天使の図書館ブログ

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いつも二人で。-5-

2012-08-02 | エースをねらえ!

(※漫画「エースをねらえ!」の二次小説です。内容にネタバレ☆等を含みますので、一応ご注意くださいm(_ _)m)


 今回で、最終回です♪(^^)

 そんでもって言い訳事項としては、陶芸関係の描写については割合テキトー☆だっていうことで、よろしくお願いしますm(_ _)m

 いえ、宗方コーチ、壺とか作ってるから、それが乾くのを待って素焼きして、釉薬かけて……なんていうことをやってたら、このふたりは古民家とやらに、一体何日滞在してたんだ??とか、そういうのは何も考えてません(笑)

 なんにしても、エースの二次小説の1本目としては、とりあえずこれがわたし的にギリギリ精一杯のところだったというか

 わたしの中ではひろみと宗方コーチの関係っていうのは、体の関係を遥かに超越した、とても神聖な魂の領域に根ざしたものなので……いきなりそっちに話を持っていくっていうのは、無理だったんですよね(^^;)

 あの、わたし的には宗方コーチのひろみへの気持ちっていうのは、本当に邪念のないものだったと思っています。

 というか、宗方コーチと同じ、27くらいになってみると、本当にすごくよくわかる。。。

 まあ、たとえるのが少し難しいので、自分が前に書いた小説でいうなら、「Love Story」のいづみと健人の関係みたいな感じというか

 向こうが9歳年下で思春期で、あんまりその気持ちがまっさらで綺麗で、そこだけで繋がってられるのが嬉しいっていう、そんな純粋な気持ち。

 もちろん、宗方コーチの偉大なところは、ひろみのことをコドモ扱いしつつ、同時にひとりの女性としても見てるっていうことですけどね(^^;)

 なんにしても、残念ながら「コーチのキスはいつも、煙草の匂いがする」とか、そんな描写は一切入れられませんでした

 う゛~んまあ、次にそういうのを書けるといいなって思うんですけど、前にもどっかに書いたとおり、8月中はわたし、すごく忙しいと思うので……小説なんて書いてる暇あるかな~なんて思ったりww

 嗚呼、明日からほんと、暑い最中に軽く地獄(笑)ですけど、こういう暑い中でひろみはプレイしてるわけだし、オリンピックのテニスも楽しみにして、なんとか頑張って乗り越えたいと思います!

 それではまた~!! 


 ↓主さま、本当にありがとうございます♪何度聴いても感動・鳥肌・涙腺がです。。。




     いつも二人で。-5-


       Side:ひろみ

 そのクリスマスの朝、あたしはてっきり自分が、自分の部屋にいるものなのだとばかり思っていた。

「ん……ゴエモン。おはよ……」

 そんなことを無意識のうちにも呟いてから、薄目を開けてびっくりした。

 一瞬、自分が宇宙人にでも誘拐されて、別の惑星にでも連れて来られたのかと思ったほどだった。もちろんそんなこと、あるわけないんだけど……。

「む、宗方コーチ……」

 コーチが腕組みをし、ソファの上で寝入っている姿を見て、あたしはきのうの夜のことを順に思いだしていた。

(ど、どうしようっ!!あたし、物凄く恥かしいっ!!)

 出来ることならこのまま、忍び足で部屋を出、一目散に家まで逃げ帰りたいほどだ。

 でももちろん、そういうわけにもいかず……あたしはとりあえず、コーチが目を覚まさないうちに、軽く身支度を整えようと思った。

「ぎょえ~~っ!!」

 洗面台の鏡の前で、思わず奇声を発してしまう。マスカラは滲んでるわ、化粧は油浮きしてるわ……こんなひどい顔を宗方コーチに見られたら、恥かしさのあまり、それこそ死んでしまう。

「あいたっ……」

 踵に靴ずれが出来ていることに気づき、さらにはそこからストッキングが伝線していることもわかって――あたしは、顔から火が出そうなほど恥かしかった。

(ええ~っ!!こんなの、一体いつから!?まさかきのうの夜からとか!?)

 顔をさっぱりと洗い、ストッキングを脱いでゴミ箱に捨てながら、あらためてあたしは鏡の中の自分の顔を見た。

(何も最初から、背伸びすることなかったんだ……こっちのほうがずっと、いつものあたしらしいし。本当はコーチも、心の中では笑ってらしたのかもしれない)

「ムナカタ星人、朝ですよ、なーんちゃって!」

 あたしがコーチの顔を覗きこみながらそう言うと、コーチは突然、ぱっちりと目を覚まされていた。

「誰がムナカタ星人だ。それより、仕度は出来たのか!?」

「え、えっと、あの、はい……」

「まったく、おまえという奴は。反省というものを全然してないようだな」

「すみませんっ!これから食べすぎには気をつけますです、ハイ」

「じゃあ、朝メシの前に、まずはご両親に電話しろ。きのうのうちに俺が電話しても良かったんだが……もし夜中におまえの目が覚めたら、そのままタクシーに乗せて帰らせようと思っていたからな。第一、食べすぎで動けないから今晩はホテルに泊まるなんていうのも、おかしな話だろうし」

「大丈夫ですっ!あたし、普段の素行がいいせいか、両親はあたしのこと、すごく信頼してくれてるので。第一、コーチと一緒だって言えば、それで十分通ると思うし」

「それが問題なんだ」

 この時あたしは、コーチが何故そんなに眉間に皺を寄せているのかが、さっぱりわからなかった。

「岡、第一おまえは、男と女がホテルの一室に泊まって、<何もなかった>で本当に済むと思っているのか?今は時期的にいって、マスコミの目もそううるさくはない。だが、噂がまわりまわって藤堂の耳にでも届いてみろ。あいつはわかってくれるだろうが、それでもやはり面白くないような気持ちにはなるだろう。そういうことも少し……これからは考えて行動することだ。わかったな?」

 練習時と同じ、腹の底からの声で怒鳴られて、あたしは身の縮こまる思いがした。

「ごめんなさい、コーチ。また余計なご迷惑をおかけして……これからは本当に、気をつけますっ!でも、藤堂さんのことはもう、心配しなくていいんです。わたしたち、別れるっていうことにしたものですから」

「……何故だ?」

(まさか、そのせいできのうはどか食いしたのか?)と、問いかけられてるような気がして、あたしはどう答えたらいいかわからなくなった。

「あれほどの男を、何故手放した?それとも、藤堂のほうからそうしたいと言ってきたのか?」

「ち、違うんですっ。ただあたし、今はテニスに専念したいと思ってて……今ごろになって、コーチが昔言われたことが身に沁みてわかったっていう、それだけなんです。あたしには、テニスと恋愛の両立は無理でした。かといって、これ以上藤堂さんのことを待たせるっていうことも出来ません。だから……」

「そうか」

 短く答えたコーチの言葉の中には、強い怒りがこもっているようだった。それがどうしてなのかはあたしにもわからない。でも、それは本当に一瞬のことで――それからの数時間、あたしはコーチと一緒に、とても幸せなひとときを過ごした。

 まずは、きのうと同じホテルのレストランで軽い食事をして、ホテルの広い中庭を時間をかけて逍遥してから、あたしは宗方コーチと別れた。

「それじゃあ、次は二十七日にコートで!」

「ああ。きのうから今日にかけて迷惑をかけられた分、じっくりしごいてやるから、覚悟しておけ」

「よろしくお願いしますっ!!」

 タクシーに乗りこむ宗方コーチを見送りながら、本当はあたしは今すぐにでも、コートに戻りたくて仕方なかった。

(コーチにはほんと、いつまでたってもみっともないところしか、見られてないんじゃないかっていう気がする……しかもコーチは、あたしとああいう場所でふたりきりになっても――ぐっすり眠れるくらい、あたしのことはなんとも思ってないんだ。もちろん、それは当然、無理もないことなんだけど……)

 意味もなく涙がこみあげそうになって、あたしは自分の頭をコツン、と叩いた。

 コーチには明後日、またすぐに会うことが出来るのだ。それに、藤堂さんと別れたことも、わざわざ報告するのもおかしいような気がして黙ってたけど、とりあえず伝えられてよかった。今はそれだけでも良しっていうことにしておかないと……。


 お正月が過ぎて、さらに十日ばかりが過ぎた頃、あたしは宗方コーチに泊まりがけの旅行へ誘われた。

「えっと、それはテニスの合宿みたいなものですか?」

「いや、テニスとは関係ない。おまえもおそらく、一緒に来ればわかるだろう。もちろん、プライヴェートなことだから、来る・来ないはおまえの自由だ」

「もちろん行きますっ!」

 思わずあたしは、軍隊で上官の命令を受けた下士官のようにそう答えてしまった。

 宗方コーチの顔に、くすりといったような、微かな微笑みが浮かぶ。

「そこには友人の陶房があってな。冬の間は使わないから、勝手にしてくれていいそうだ。岡、おまえ、粘土いじりは好きか?」

「えっと、図工の時間にこねこねするのは好きでしたけど……」

「じゃあ、陶器の作り方なんかを少し教えてやる。といっても、俺自身そう大した腕前ではないがな。テニスと陶器作り――まったく関係ないことのように思えるが、どうしてあれでなかなか、精神集中のコツを得るのに役立つ」

(やっぱり結局はテニスか)と、そんなことを思いつつ、あたしは次の週末がやって来るのが待ち遠しかった。宗方コーチと(一応は)テニスを離れて、プライヴェート旅行!!そう思っただけで、気持ちが浮き立つあまり、その日の午後からの練習には、いつも以上に気合が入った。



「あの、宗方コーチ。随分山の奥にあるんですね……かれこれもう、一時間は歩いてる気がするんですけど」

「きついか?」

「まさか!」

 と、あたしはかぶりを振った。というより、いつも鬼のしごきに耐えているあたしにとっては、一時間山道を歩くくらい、どうということもない。そしてそれは、宗方コーチもよくわかっているはずなことだった。

「まあ、あと大体二十分とかからずに到着する。夏場は車でそこまで行けるんだが、冬は雪で道が閉ざされるからな。岡、足許によく気をつけろよ」

「はいっ!!」

 そう勢いよく返事をしたそばから――あたしは長靴が雪に埋まってしまい、そのまま脇の道に人型を作ってしまった。そんなあたしのことを、どこか笑いを噛み殺したような顔をしながら、コーチが助けだしてくれる。

「宗方コーチ。お笑いになりたければ、この際思いっきり笑ってください……それと、これで一体何度目だ?とも、コーチにの顔には書いてありますっ!!」

「いや、やはりここへは、ひとりで来るべきだったという気がしてな。岡、おまえを一緒に連れてくることにしたのは、テニスを離れてたまにはこういう気分転換もいいだろうという気がしたという、ただそれだけだ」

「そうですか……」

 そのあとさらに、互いに無言のままもくもくと歩き続けていると、藁葺きの古民家の屋根が遠くに見えてきた。他には雪をかぶった鬱蒼とした森以外、周囲には何もなく、一面の銀世界が目に眩しいほどだった。

「一応、電気は来ているが、通っているかどうかはわからない。もし電気が死んでたら、まあ自家発電でなんとかするしかないな」

「でもあたし、なんか好きです、こーゆーの!なんでかわからないけど、わくわくしてきちゃうっ!!」

「そうか。じゃあまずは、雪かきをして、暖炉に火を入れて……そんなことからはじめてみるか」

「はいっ!!」

 あたしは目いっぱい元気にそんな返事をし、宗方コーチと一緒に古民家のまわりの雪かきをし、そのあとはコーヒーを飲みながら幸せな気持ちであたたまった。

 食料なんかは、五日分くらいしか持ってきてなかったけれど……地下倉に色々な缶詰や非常用の食料などが置いてあって、いようと思えばゆうに一か月くらいは、ここで過ごせそうでもあった。

「良かったですね、コーチ。無事、電気が生きてて」

「そうだな。じゃないと、ろくろを回せないしな……手動のろくろというか、蹴ろくろもあるが、あれは友人が大切に使ってる品だから、勝手に使ったとわかれば、おそらくぶっ飛ばされるだろう」

「大悟さんといい、コーチってなんとなく、そういう喧嘩っ早そうな方が友達に多いんですか?」

「いや、もともと俺に友人は少ないさ。ただ、あいつは……ここの古民家の持ち主はな、俺がテニスで再起不能になった時、良かったらここへ来いよって誘ってくれたんだ。べつに、可哀想な俺のことを慰めようってわけでもなく、ただ毎日一緒に寝起きして、薪を割ったり、陶器の作り方の基礎的なことを教えてくれたり……そのお陰で俺は随分心を救われた気がする。それ以来、何か心の迷うことがあると、俺はここへ来るんだ。で、下手な陶器をひとつふたつ焼いて、自分では大作を作ったつもりになって山を下りるわけだ。なんでかはわからんが、そうすると霧が晴れるように心から迷いが消えて――頭がすっかり澄み渡っているようにすら感じる。もしかしたら、ただの錯覚かもしれんがな」

「ううん、コーチのおっしゃりたいこと、あたしにもなんとなくわかります。あたしももし、テニスでスランプに陥ったら、またここへ連れてきてくださいますか?」

「ああ、いいだろう」

 その日の夜、あたしは信じられないくらいぐっすりと深く眠った。山登りに雪かきに古民家の掃除に食事の仕度……そんなことを一日中していたら、もう夜の九時前にはすっかり眠くなってバタンQ状態だったのだ。


 翌朝、宗方コーチはあたしよりも早く起きていて、すでに食事を作ってくださっていた。

 ごはんに目玉焼きにお味噌汁、それになんの肉かわからない謎の缶詰のお肉……。

「たぶん熊肉か、イノシシの味付け肉じゃないか?」

「えっ、そうですか!?これ、どう考えても鯨のお肉の味ですよ。あたし、父が鯨の肉が好きで、小さい頃によく食べてたからわかるんです。っていうか宗方コーチ、熊のお肉食べたことあるんですか!?」

「いや、前にもここへ来た時……彰(あきら)というのが、ここの古民家の持ち主の名なんだが――彰がそう言ってた気がする。この手のタイプの、ラベルがない銀色の缶詰は大体、熊の肉かイノシシの味付け肉だろうってな」

「ま、なんにしても、缶詰の底にある賞味期限は切れてないわけですから、体に害はないっていうことで、気にせずいただきましょう!」

 ね、コーチ!と言って、あたしはその茶色いお肉を全部ぺろりと平らげた。

「釜で炊くとほんと、ごはんってこんなに美味しいんですねえ。それに、お味噌汁もきちんと鰹節でおだしがとってあって……あたし、コーチってこういうことは全然なさらない方なのかと思ってました」

「初めてここへ来た時に、みんなあいつに教えてもらったんだ。で、うちのおばあさんの料理もうまいが、ここで食べる食事は格別の感があってな。いつか、おまえをここへ連れてきてやりたいとは思っていた」

(コーチ……)

 あたしは胸がいっぱいになるあまり、それから食事が終わるまで、うまく言葉を口にだせずにいた。あたしがコーチを好きなのは、何よりこういう瞬間かもしれない、と思う。

 互いに何かおしゃべりなんてしなくても――ちっとも居心地悪くなくて、むしろ逆に安らげるのだ。とはいえ、もちろんコートの中では、コーチは百八十度別人になるのだったけれど……。

「さて、と。食事がすんだら、土ねりからはじめて、早速陶器作りにとりかかるとするか」

 コーチがコーヒーを飲んでいるマグカップ――奇妙にひしゃげて、おかしな形をしている灰色のそれは、宗方コーチがはじめて作った作品らしい。

「岡、笑ってられるのは今のうちだけだぞ。絶対におまえも最初のうちは、せいぜいがこんな程度だ。テニスと同じく、陶器作りも難しい」

 確かに、この宗方コーチの言葉は当たっていた。コーチがあんまり簡単そうにろくろを回して、壺らしきものを形作っているので――ようし、あたしも!などと思ったのが間違いだった。ぐにゃりと粘土がひしゃげた途端、「それ見たことか」とばかり、宗方コーチが笑いだす。

「もしこうやってろくろを回し続けて、そのうちおまえにきちんとしたものが作れたとしたら……その頃にはなんとなくわかるだろう。テニスだろうが、建築だろうが、その他どんなことだろうが、結局その<本質>はどれも大して違わないっていうことがな。ひとつの道を究めるということは、大体あるひとつの同じ精神の過程を辿るものなんだ……だから、テニスが駄目でも自分には他にも違う道が無数にあると、俺はここで思えた。そして岡、おまえを見つけたというわけだ」

 あたしがドキッ!として後ろを振り返ろうとすると、後ろからコーチの手が伸びてきて、あたしの手の上に重なった。

「そうだ、肩の力を抜け、岡。試合前に今と同じように肩が緊張している時は、あまりいいプレイが出ないだろう?陶器作りもなれてくると、だんだん「ああ、そういうことか」というのを体が覚えるようになる……だがまあ、そこまで辿り着くのがまた、俺の場合遠い道のりだったがな」

「コーチ……」

 また、いつもと同じ、居心地のいい沈黙がふたりの間で長く続いた。

 いつまでもずっとこのままでいたいと思うほどの、安らかさに満ちた優しい沈黙のひととき。

「そら、大体こんなものでいいか?あとはこれを十分乾かして素焼きし、それから釉薬をかけてもう一度焼くといったところだ。昔俺はおまえに――一気に燃え上がり、燃え尽きるような恋はするなと言ったことがあるが、おまえと藤堂の間には、こういうものが何かひとつは残ったか?」

「コーチ。残ったとは思います……ただ、それはやっぱり未熟で、うまく形造られていない、青春の記念の品のようなものでした。あたしはもっと――次に恋をする時には、最低でも前以上には良いものを作りだせたらと思います。せめて輪郭くらいははっきりしていて、壺なのかマグカップなのか、あるいは皿を作りたいと思ってるのか、そのくらいのことはきちんとわかるものを」

「そうか。まあ、がんばれ」

 あたしは、宗方コーチがあたしから離れて、手を洗いはじめる後ろ姿をただじっと見つめていた。

(ああ、そうか)と思う。コーチの中ではあたしは――いつまでも子供のようなもので、宗方コーチがあたしのことを<女>として見ることはないのだと、そう悟った。

 雪山の奥で、男女ふたりが一部屋離れたくらいの距離で、ともに寝起きする……でも、なんといってもコーチの頭の中にあるのは、テニスのことだけなのだ。

 あたしが藤堂さんとの失恋を中途半端な形で胸に抱えたままでは、プレイに支障がでると思ったから、ここへあたしを連れてきてくださったのだろう。一度そうとわかってしまうと、なんだか切なかった。

 そして、翌日には下山するという前の日、あたしが生まれてはじめて作った、不恰好な陶器の茶碗やティーカップなどが、千度を越す窯の中から出てきた。宗方コーチの作った皿や壺などは、まるでプロはだしだったけれど、あたしのほうのは、まったくみっともない出来映えだったとしか言いようがない。

「<昇華>って、こういうことを言うんでしょうか、宗方コーチ」

「ん?」

 あたしの初作品を笑うでもなく、コーチがそう聞き返す。

「もっと、あたしは自分のテニスを高めたいです。それは、ランキングを上位に押し上げたいっていうことじゃなくて……もちろんそれも大切ですけど、そういうのっていうのは、努力した結果、あとからついてくるものだと思うんです。ある意味、副産物というか。うまく言えないけれど、あたし、ここへ着てからラケットなんて握ってないのに、何かを掴んだような気がします。ありがとうございました、宗方コーチ」

「まあ、何も俺はそこまでのことをおまえに悟ってほしいと思って、ここへ連れてきたわけじゃない。こんなものは結局、ただの遊びだからな。だが、おまえがテニスに命を懸けているように――彰にとっては、命懸けの遊びなんだ。テニスなんてしなくても、陶器なんてうまく作れなくても、まあ人は生きていける。でも、何故なんだろうな。何かそういうものがひとつでもないと、その瞬間に人の心は死ぬ。<昇華>っていうことで言うなら、俺の死んでいた心に明るい炎の火を入れたのは、おまえなんだ、岡」

「コーチ、コーチ……!!」

 あたしがあまりに思いきり抱きついたので、宗方コーチは手にしていた壺を、一瞬取り落としそうになった。

「コーチ、あたしはコーチにとって、一体なんですか!?テニスプレイヤーとしてここまで育てていただいて、あたし、とても感謝しています。ウィンブルドンではベスト8という結果も残せました……でも、何かまだ不十分な気がして。いつも、いつも、コーチにご恩返しをしたいと思いながら――まだ足りない、もっと努力しなくちゃって、ずっと永遠にそのままなんだとしたら、あたし、あたし……っ!!」

「おまえは俺の期待に応えて、十分よくやっているよ。これ以上のことなど、俺にはのぞむべくもない。岡、今おまえが自分の口で言ったとおり……プロの世界は厳しい。ほんの何年か死にもの狂いで上位を保持したかと思えば、体の故障などに悩まされ、世間からは「あいつはもう終わりだ」と匙を投げられたりする。だがな、岡。俺が言っているのは――世界ランキングでトップを目指せということとは、少し違うんだ。それはおまえの言うとおり、ただの副産物に過ぎない。それよりも俺はおまえに……人々の記憶や心にいつまでも残るプレイをして欲しい。そう思って日々、練習の中で教えているつもりだ。わかるな?」

「はい。はいっ、コーチ……!!」

 ――その日の夜、お風呂に入ったあと、あたしはえも言われぬ幸せな気持ちで、布団の上に横になった。

 昼間、あたしが言った、「自分はコーチにとってなんですか!?」という問いかけは、本当は「あたしはコーチにとっていつまでも、<女>には見えないままなんでしょうか!?」という意味だった。

 でも、もういい……と、そう感じる。

(これからもここへ宗方コーチに連れてきてもらって、いつかもっとうまく陶器が焼けるようになったら、そうしたら、思いきってこう言ってみよう。「あたしを<女>にしてください!」って、まるでワンセットマッチを申し込む時のような気持ちで……)

 それからあたしはこの夜、寝相悪くも布団を蹴飛ばして眠り、翌日そんなあられもない姿を、宗方コーチに見られてしまうのだけれど――どうやらいい女になる道というのは、あたしにとってまだまだ高くて険しい山の上にある<何か>なのらしかった。



 終わり





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