(※漫画「エースをねらえ!」の二次小説です。内容にネタバレ☆等を含みますので、一応ご注意くださいm(_ _)m)
この二次小説はまあ、ひろみ宗方コーチ派の人なら、誰でも一度は夢見る……的な、大体そんなよーな内容になっています(^^;)
いえ、藤堂たんは藤堂たんでいい人なんですけど、宗方コーチの持つ萌え力と比較すると、彼の存在はわたしの中であまり大きくはないというかww
うん、もちろんわかってはいますよ?彼と宗方コーチのどちらが欠けても、岡ひろみっていうテニスプレイヤーはあそこまで成長することはなかったっていうのは。。。
でも、旧こみくす☆版でいうとしたら、12巻以降の展開って――やっぱり、宗方コーチの不在を埋める<何か>が欠如してるんですよね(^^;)
もちろんそこで読者も、宗方コーチを失った喪失感をひろみや他の登場人物と共有することになるので、これは展開としていいとか悪いとか、そういう話ではまったくなく。。。
それでもやっぱり、「宗方コーチがもし生きてたら」っていうIfに最終巻に至るまでしがみつきつつ読み終わるっていうのが、「エースをねらえ!」の第二部なんじゃないかという気がします
まあわたしは妄想好き(笑)なので、この二次小説はその「宗方コーチがもし生きてたら……」っていうIfを、わたしなりに実現してみることにしたっていう、これはそんなお話です(^^;)
「うんうん、これと似たようなこと、わたしも考えてたよ!」っていうファンの方にお読みいただけるといいんですけど、まあもし、趣味嗜好が合わない方がついうっかり閲覧しちゃった☆っていう場合は、すみませんwwと思います
あと、以下はこのお話を読む際の、若干の注意点となります。。。
☆全体的に、ノリ☆が昭和風味です(笑)
☆この小説は、ウィンブルドン限定でテニスが好きという、テニスについては素人の人が書いてるものです。なので、作中の表現等におかしなところがあっても気にしてはいけません。
☆テニスっていうスポーツにオフシーズンがあるのかどうか、よくわかりません
でも全豪オープンが1月にあるので、12月をオフシーズンとしてのんびり(?)過ごすっていうのはおかしいかなと自分でも思ったり(^^;)
☆言うまでもなく、作中のバーバラ・モアランドとかエリザベス・コナーといった選手たちは架空の人々です。
☆時間軸の計算にちょっとおかしなところがあるかもしれません。でも結局のところこれは「ただの二次小説☆」なんだと思って、適当に読み流してくださいね(^^;)
☆この二次小説書いてる人は、100%完全にひろみ宗方コーチ派という人です。あと、原作を神というくらい崇めてる方にももしかしたら、お薦めできないかもしれません
☆では、以上の点を了解した方のみ、お読みいただけると幸いですm(_ _)m
いつも二人で。-1-
――宗方コーチが、交通事故に遭って入院した。
その連絡を藤堂さんから電話で受けた時、あたしは心臓が止まりそうになった。
比喩なんかじゃなく、本当に胸が苦しくて苦しくて、足がガクガクと震えて……。
「岡くん、しっかりしたまえ!これから僕もすぐ病院へ向かう。その途中で、君を迎えにいくから」
――あたしはこの時、なんて言って藤堂さんからの電話を切ったんだろう?記憶が途中で途切れていて、何も思いだせない。
藤堂さんとふたり、S市で一番大きな総合病院へ辿り着くと、病室にはすでに、お蝶夫人や緑川蘭子、それに尾崎さんや千葉さんの姿があった。
「……コーチ!コーチ!!」
人目も憚らず、宗方コーチの胸にあたしが抱きつくと、周囲の人は泣きじゃくるあたしのことを、若干呆れ気味に見守っていたように思う――藤堂さんも含めて。
「馬鹿だな。こんな掠り傷程度のことで、そんなに泣くものじゃない」
よしよし、と優しくコーチがあたしのことを受けとめ、頭を撫でてくれる。
でも、もしかしたらあたしは……この時に失っていたかもしれないのだ。コーチのこの優しさと、胸のあたたかさとを。
「掠り傷程度って言っても、全治二週間の怪我よ、仁」
誰かが持ってきたらしい見舞いの花を、お蘭が花瓶に活けながらそう言った。
「そうですよ。にしても、青信号で歩道を渡ってる時に突っ込んでくるなんて、タチ悪いよなあ。相手の男、飲酒運転だったそうじゃないですか」
と、怒ったように千葉さん。
「間もなくウィンブルドンが開幕するってのに、この怪我じゃあ……イギリス入りするのは、とりあえず先に岡くんひとりってことになりそうですね」
この尾崎さんの言葉に、あたしは瞬時にして凍りつきそうになった。
そうだ。ウィンブルドンが開幕になるのが、ちょうど約二週間後。それまでの調整は自己管理でなんとか出来る。でも、自分の側の観客席にコーチの姿がないなんて、絶対に嫌だと思った。
「馬鹿。そんな顔をするものじゃない」
コツン、と額を指で叩かれて、あたしはその時に初めて、慌てたようにコーチの体から離れた。
「ま、なんとかなるだろう。左足の骨のほうは牽引してくっつけてあるっていう話だったし……人が気を失ってる間に手早く処置してくれて助かったよ。意識のある時にやられると、結構痛いからな、あれは。なんにしても、ウィンブルドンへは松葉杖をついてでもいくさ。だから岡、おまえは余計なことに気を取られず、自分の最終調整についてだけ考えろ」
「はい、コーチ!」
お蝶夫人が優しく差しだしてくださったハンカチで涙を拭いながら、あたしは目いっぱい元気にそう返事をした。
なんにしても、本当に良かった……コーチが無事で。それに、ウィンブルドンの初舞台へも、一緒に来てくださるのだ!
「さあさ、そろそろみなさん、面会時間は終わりですよ」
そう美人の看護婦さんが言いに来ると、みんなコーチに挨拶して、ぞろぞろと病室を出ていく。
「宗方くん、まさかあなたがこんなに教え子たちから慕われてるなんてねえ」
(えっと、コーチに向かって、宗方くん!?)
あたしは最後に病室から出ていこうとして、看護婦さんのその一言に驚いた。
「ふん。宮森こそ、その若さですでに病棟の婦長とはな。お互い、歳はとるわけだ」
そのあと、その宮森さんという美人の看護婦さんと、コーチの楽しい話し声が背後から聞こえてきて……あたしは、かなりのところ衝撃を受けた。
「どうかした?岡くん」
「い、いえ。なんでも……」
あたしは藤堂さんにそう返事しながらも、気持ちはどこか別のところへ飛んでいた。
「なんにしても、良かったね。そんなに大事に至るような怪我じゃなくて……君も安心したろ?」
「はい。むしろ逆に、明日からもっと気合を入れてトレーニングに励まなきゃって思います!本当はもう、今週中にでもイギリス入りする予定だったんですけど、もう少しコーチのお加減の様子を見てからにしようかな、なんて……」
「それは駄目だよ。宗方コーチにも言われてるだろ?早く向こうへ行って、今時期のイギリスの気候とか気温に慣れることも大事だし、芝のコートの感覚にも早く慣れたほうがいいって言われてるんだから」
「そ、それはそうなんですけど……」
あたしは、チラッと後ろの宗方コーチの病室を振り返った。
すると、何かを察したらしいお蘭が、あたしに対してこう声をかけてくれる。
「あの看護婦さんね、仁の中学時代の同級生なんですって。びっくりよね。たまたま救急車で運ばれた先が、元同級生が勤める病院だったなんて」
「あ、そうなんですか。あたし、てっきり……」
(昔、つきあってたか、親密な恋人同士だったのかと……)
「ふふっ。わかるわよ、岡さんの言いたいこと。わたしも最初に病室へ駆けつけた時――びっくりしたもの。テニス一筋、女っ気なんか全然ない仁が、あんな美人と仲良さげに話してるんですものね。思わず聞いちゃったわ、仁に。『あの人とどういう関係なの?』なんてね」
くすくすと笑いだしたお蘭につられるように、あたしも笑った。
「いやいや、そうは言ってもわかんないですよぉ」
と、千葉さんが混ぜっ返すようなことを言う。
「宗方さんって、あれだけ格好いいんだから、過去にラブ・アフェアのひとつやふたつ、絶対ありますって。いや、ないわけがない!!」
「ま、確かにそりゃそうだよな。本人はクールそのものでも、女のほうが放っておかないっていうかさ」
尾崎さんがそう相槌を打つと、何故かその話はそれきりになった。
あとは、あたしのウィンブルドン戦のことに話題が集中し――あたしは恋人である藤堂さんの車に乗せてもらい、そのまま真っ直ぐ家まで送ってもらった。
「じゃあ、また明日、コートで会おう」
「はい。おやすみなさい」
――宗方コーチに、「おまえたちのことは、おまえたちの自覚にまかせる」と言われて以来、あれから二年ほどの歳月が過ぎた。
あの時あたしは十八で、今は早いもので、もう二十歳になる。
でも藤堂さんとは、映画館で手を握りあうような関係以上には進展していない……彼は、あたしの気持ちがテニス以外のことで大きく動揺しないよう、とても大切に接してくれていると、わかっている。
それなのに……宗方コーチが事故にあった日以来、あたしの中で決定的に何かが変わってしまったのだ。
藤堂さんとコートで打ちあっている時にも、絶えずコーチのことばかりが気になって、自分は少し頭がおかしいんじゃないかと思うほどだった。
「どうしたの?返ってくる球に心がこもってない感じだったけど……いや、心はこもってるんだ。でも、魂まではこもっていない。何かそんな感じだった」
「す、すみません。あたし……」
「僕は宗方コーチじゃないからね。『そんなことで、ウィンブルドンの初戦を突破できるかっ!』なんて、君を怒鳴るつもりはない。でも、わかったよ。君はコーチがいないと、本当に精神的にガタガタになるんだなって」
「自分でも、わかってはいるつもりなんです。グランドスラムはそんなに甘くないって……宗方コーチがいなくても、動揺なんてしちゃいけない。そのくらいの精神的強さをコーチ自身も求めてるってわかってるつもり。でもきのうのことは、やっぱりショックでした。飲酒運転の車に軽く足を引っ掛けられただけだって言っても……まかり間違ったら、もっと大変なことになってたかもしれないんだって思っただけで、心臓が止まりそうで」
あたしは、まるで額の冷や汗でもぬぐうようにして、タオルで顔を拭いた。
「送っていくよ。それとも、病院へ先に寄っていくかい?」
「はい。あ、あの……いえ、やっぱり今日は、ひとりで………」
「そっか。わかった」
――藤堂さんは、優しい人だ、本当に。あたしがひとりになりたいような時も、そうと察して、深く追求はせずにそうしてくれる人。
だからたぶん、この時も彼にはわかっていたのだと思う。あたしが、ひとりで宗方コーチの病室を見舞いたいんだっていうことが……。
宗方コーチの病室へいってみると、そこにはコーチ以外の人の姿はなく、あたしはとてもほっとした。
そして宗方コーチはといえば、あたしがウィンブルドンで当たるであろう選手たちのビデオを、オーバーテーブルや床頭台いっぱいに積んで、テレビと睨みあっていたのだった。
「岡、ちょうどいいところへ来たな。これを見ろ。今期絶好調のバーバラ・モアランドとエリザベス・コナーの試合だ。バーバラは今年の全豪オープンで優勝、コナーは練習のしすぎで手首を痛めたという情報があったが……ウィンブルドンを棄権することは考えていないらしい。以前にも足を故障した時に、彼女は全米オープンでいい成績を残している。選手に故障はつきものだが、コナーはむしろそういう時にこそいいプレイをするという、稀有な選手だ。おまえも見ていてわかるだろう?彼女の技術力の高いプレイは、他の追随を許さないほどだからな……怪我をして不調な分は、うまく技術力で補い、むしろ相手を翻弄するという頭脳プレイに徹している。岡、もしおまえが彼女と当たったら――まずは左右に振られて無駄に走らされるだろうな。まったく、その様がありありと目に浮かぶようだ」
「そうならないためには、どうしたらいいですか、宗方コーチ」
あたしもまた、食い入るようにテレビの画面を見つめ、コーチからの適切なアドバイスを待った。
と、その時……。
「宗方くん。今日の夕食はさばの味噌煮……あら、あなたが噂の岡選手ね」
きのうの、美人な看護婦さんが手にトレイを持って、にっこりと微笑みながら病室へ入ってくる。
「あらあら、どこもかしこもビデオテープの山。ほんと、テニス馬鹿一代っていうのは、宗方くんのためにあるような言葉ね」
「一代は余計だ。俺はこれでも、後進の育成にはかなり力を入れてるほうなんでな……どうした、岡?」
「あ、あの、あたしはそろそろこれで……」
ビデオテープの山をよけ、どうにかオーバーテーブルに夕食のトレイを置く看護婦さんに頭を下げると、あたしはそそくさと病室を出ようとした。
「おかしなことに気をまわすな。それより、話が途中だったろう?これから、ビッグ・サーバー、バーバラ・モアランドのサーブを打ち破る方法と、コナーの頭脳プレイに翻弄されないためにはどうしたらいいか、講釈してやる。まあ、腹が減ったんなら、下の購買ででも何か買ってこい。なんだったら、俺のメシを半分やってもいいが」
「いえ、そんな……っ!!」
折り悪しくここで、あたしのお腹が馬鹿正直にも、ぐうっと鳴ってしまった。
くすくすと看護婦の宮森さんも笑いだす。
「ほんと、人って変われば変わるものなのねえ。宗方くん、中学の時は手もつけられないくらいの荒くれ坊主だったのよ。それが、今ではこんなふうにテニスを通じてたくさんの教え子さんから好かれてるなんて……」
「ふん。宮森はいい子の学級委員長だったからな。クラスにひとりはみだし者がいるってだけで、まとめるのがさぞ大変だったろうよ」
「まあね。でも、今ではもう、すべていい思い出よ」
――あたしはこの時、かなりのところドキマギしながら、階段を一気に駆け下りて一階の売店まで走っていった。
(びっくりした、びっくりした、びっくりした!!!)
たぶん、絵になる美男美女っていうのは、ああいうのを言うんだろう。
もしかしたら、宗方コーチの怪我をきっかけに親密になって、ふたりは恋人同士に発展、なんていうことにもしなったら……。
(絶対に嫌だ、そんなの!!)
あたしは売店が閉まるギリギリの時間に、なんとか売れ残っていたアンパンひとつと、それから牛乳を買って、宗方コーチの病室へ戻った。
もしまだあの看護婦さんがいたらと思ったけれど……よく考えたら、彼女は婦長としてこの時間帯、とても忙しいのだろう。ナースステーションの前を通りかかった時、日勤と夜勤の看護婦さんが集まって、ちょうど申し送りをしているところだった。
「コーチ。さっきのお話の続き、よろしくお願いします」
「ああ、わかった。ところで、岡。さばの味噌煮は好きか?」
「えっと、好きです、けど……」
「じゃあ、食っていけ。割り箸なら、床頭台の引きだしに入っているから」
「あの、コーチはさばの味噌煮、お嫌いなんですか?」
「嫌いってほどではないがな。だがまあ、もともとあまり好きではない」
それ以上のことは、あまり深くは追求せず――あたしはあんぱんにさばの味噌煮に牛乳という、ちょっと取り合わせの奇妙な夕食を食べながら、面会時間ギリギリになるまで、ウィンブルドン出場選手のそれぞれのクセについてなど、宗方コーチの有難い講釈を受けて病室を後にした。
「今言った俺の言葉を思いだしながら、しっかりそのビデオを繰り返し見ておけよ」
というこれまた有難いお言葉とともに、ビデオテープを十数本手渡される……それから最後に仕上げの微調整について、注意をいくつか受けると、あたしの頭の中からは宮森さんと宗方コーチのことは、すべての邪念が吹っ飛んでいた。
『嫌いってほどではないがな。だがまあ、もともとあまり好きではない』
もちろん、そんなのは気のせいだ。自分の考えすぎだと、よくわかってはいるつもり。
でもそれがコーチの宮森さんに対する気持ちなのだと……何故かあたしにはわかってしまった。あんなふうに色々と世話を焼かれるのも苦手だと、コーチの顔には書いてあったような気がするし。
――なんにしても、この日を境に、あたしの宗方コーチに対する気持ちは、何かが変わった。けれど、あたしはそのことをはっきりとは自覚していなくて……とりあえずまずは、ウィンブルドンの初戦のことしか頭にはなく、そしてその初戦を突破した時に、宗方コーチがどれだけ喜んでくれるかということ、そのことしかあたしの胸の中にはなかったのだ。
あたしのウィンブルドンでの初舞台は、なんと!!!ベスト8まで進出するという快挙で、華々しく幕を閉じた。
宗方コーチもまさか、あたしがここまでの成績を残せるとは思っていなかったらしく……調子の上がらないエリザベス・コナーを打ち破った時など、「岡、よくやった!!」と言って、あたしのほうがむしろびっくりするくらい――繰り返し強く、抱きしめ返してくれたものだった。
そして、今は冬の十二月。地道なトレーニングは積んでいるものの、一応はオフシーズンということで、おもに室内コートでの練習にあたしは明け暮れていた。
「いいか、岡!?バーバラ・モアランドの男子並のサーブを破るには、最初にどちら側へくるか、予測する必要がある。右にくるか左にくるかわからず、立ち竦むようなことだけは絶対にやめろ。コートでの自分の勘に頼れ。いいか、相手の球がネットを越えるのはほんの一瞬のことだ。その一秒にも満たない間に予測を立て、体が動くようにするんだ。もしも勘が外れて逆をつかれたとしても構わない。とにかく、反射的に体が動くことが大切だ。そら、いくぞっ!!」
鋭いサーブがセンターラインぎりぎりに決まり、やはりあたしは動けないままだった。
あたしの勘では、サイドラインだったのに、ウィンブルドンでも同じように繰り返し、センターへ決められたのだ。結果として、あたしはビック・サーバー、モアランドのサービスを打ち破ることが出来ず、自分のサービスを落としたことによってストレート負けした。
そして、今期ウィンブルドンで記念すべき優勝二連覇を、バーバラ・モアランドは飾ったのである。
気の狂いそうなほどの試合・試合、そして練習・練習の繰り返しの中、藤堂さんと直接会ってデートしたのは、ほんの数えるほどだったと思う。
今日もこれから、会う予定があるけれど……あたしは何故かあまり、気乗りがしなかった。以前までは、藤堂さんと会える時間があるからこそ、どんな厳しいコーチの特訓にもついていけると思えたものだったのに……。
「コーチは今年のクリスマス、どうされるんですか?」
「どうもこうもしない。何分、うちは仏教徒だしな。何も、クリスマス限定でキリスト教徒になる必要もあるまい」
(コーチらしい)
そう思ってあたしは、思わずくすりと笑った。
「おまえは、藤堂とデートだろう?二十三日から二十六日までは、練習を休んでいいぞ。藤堂とふたり、好きなように過ごすといい」
「は、はい……」
そのコーチの言葉に、あたしはズキリと胸が痛んだ。
『岡さん、今年のクリスマス、良かったら泊まりがけで出かけないか?』
『えっと……』
『なんだったら、宗方コーチに許可をもらってもいいけど』
『いえ、そんなっ!!あたし、自分で言います、自分でっ!!』
『そう?まあ、無理だったらまたの機会にするけど、こんな時くらいしかお互い、のんびり話せる時間を持てないんじゃないかと思ってね』
――どうしてだろう。藤堂さんと旅行へ行きたくないなんて。こんなにも気が重いだなんて、本当にあたし、どうかしてる……。
『そりゃあひろみ、よくある初めての女子が陥る、セクシュアル・パニックっていうやつよお!!』
前に、親友のマキにそのことを相談したら、そんなことを言われた。
『セクシュ……えっと、何それ、マキ??』
『なんていうのかなあ。もし仮に相手のことを心の底から愛してたとしても、初めての時は誰でも混乱するってこと!あたしの時なんて、あの上田のやつ、なんて言ったと思う!?「君は間違いなく処女だよね?」だって!!バッカみたい!!しかもホテル代もワリカンがどうとか言いだして、あたしあんまりアッタマきて、ひとりで帰ることにしたの。そしたら今度は潮らしく頭を下げて、ホテル代は払うからやらせてくれとかなんとか……あーっもう、男ってほんと、やりたいだけの馬鹿ばっかりっ!!』
それから、マキの口からはまるでマシンガンのように、自分の交際相手に対する不満が迸りでた。
『あ、ごめん、ごめん。なんかあたし、自分のことばっか話しちゃってさあ。それよか、今はひろみのことよね。相手はなんといってもあの藤堂さんなんだから、初めてを捧げる相手としては、これ以上の人はいないわよ、うん。ひろみ、がんばって!!』
『う、うん。でも、その……藤堂さんはそういう意味で泊まりがけの旅行に誘ったっていうわけでもないと思うし……』
『何言ってんのよお。これまで、そんなふうに誘われたことなかったんでしょ!?あたしが思うにはさあ、藤堂さん、ひろみも二十歳になったし、これでお互い成人式すませた身になったってことで、解禁の時期がくるのをずっと待ってたんじゃない!?ひろみもテニスプレイヤーとして、ウィンブルドンでベスト8進出を果たしたし、そろそろ……なーんてねえっ!!』
『あ、ごめん、マキ。お母さんが下で呼んでるから、一度切るね』
『うん、じゃあまあ、旅行から帰ってきたら、旅行の首尾について詳しく聞かせてね、ひろみっ!!楽しみに待ってるから!!』
――お母さんが下で呼んでる、というのは嘘だった。
ただ、あたしは……マキが言ってるのとは別の意味で、確かに混乱していた。
あたしはたぶん、藤堂さんとはずっと、今の関係を続けていたいのだと思う。お互いに支障のない時に会って、友達以上恋人未満なデートをし……最後に互いを励ましあって別れるという関係でいいなら、これからも続けていきたいと思っている。
『藤堂とのふれあいを、より大きなプレイに生かしていけるほど、まだおまえは大人ではない。おまえの精神力が恋愛感情を制御できるようになった時、その時は――前にも言った。もう何も言わない』
そう言ったのは、宗方コーチだった。でも、あたしはあの時と精神的にはまったく一緒なのだ。テニスばかりしてきて、プレイヤーとしては伸びた。けれど、精神的にはある意味全然子供のままなのだ。恋愛的にもまったく成長していず、藤堂さんの瞳の奥に、今以上の先の関係に進みたいというサインが見え隠れしていても……気づかないという振りしか出来ない。
(コーチ、あたしはどうすればいいですか?)
高校生時代の時のように、あたしは今、宗方コーチの元にまで走っていきたかった。
でももう、こんなことはコーチにも相談は出来ない。自分で決めるしかないことなのだとわかってはいるつもり。
あたしは、首から藤堂さんの優勝メダルを外すと――その上に、涙を数滴こぼした。
「これは明日、お返しします、藤堂さん。あたしには、あなたの大切な時間を、これ以上無駄に費やさせることは出来ないから……だから………」
もし、それでもいいと、藤堂さんが言ってくれたとしても、あたしには他にふたりの関係をこれ以上は続けていけない理由があった。それが、宗方コーチのことだった。
何故といって、コーチが交通事故に遭われたあの日に、あたしははっきりと気づいてしまったから。この人なしではもう生きていけないという自分を……そして、宮森さんという看護婦さんの出現で、もうひとつのことにも気づいた。
あたしが藤堂さんとおつきあいしているように、コーチには当然、コーチのプライヴェートな時間というのがあって――もし、宮森さんと宗方コーチがあのあと、仮に恋人同士のような関係になったとしても、あたしに止める権限はないということだった。
でももし、そんなことになったとしたら、あたしはどんなに苦しかったことだろう。そう想像してみただけで、自分がいかに嫉妬という醜い感情を裏に隠し持っているのかが、はっきりと自覚できた。
『仁もいつかはお嫁さんをもらって、幸せに……』
『本当にのう。わしらは曾孫の顔を見るまでは、安心して死ねんの、ばあさん』
宗方コーチのおじいさんとおばあさんが、そんな会話を交わしていたことがあるのを、あたしはよく覚えている。対するコーチはといえば、新聞を広げながら煙草を吸い、ただ黙りこんだままでいたけれど……あたしには、よくわかっていた。
ふたりを喜ばせるために、コーチは何かの機会があったら、結婚することを考えるかもしれない。けれど、あたしが現役のテニスプレイヤーでいる間は、決してそんなことはしないだろう。何故といって、あたしの心が動揺するとわかっているから……そしてあたしは、そこまでの犠牲をコーチに強いているのに、何ひとつコーチに対して返せてはいないのだ!
そのことに気づいた時、自分の鈍さ加減に、今さらながら愕然とした。
でもまだ、取り返しのつかないほどではない……そしてそう思った時からあたしは、藤堂さんと別れなければならないことを、ずっと頭のどこかで考え続けていたのだ。
>>続く。
早く続きを読みたいですU+203CU+FE0E
お願いします(^^)
わたし、自分が書いたもののことは書き終わった途端に片っ端から忘れていくのでアレなんですけど(汗)、ここからGrand Strokeなども読まれるとしたら、結構長いかも……なんて思います
実はテニスの描写に関してとか、今の段階で「間違っちった。てへ☆」というところがあったりして、でもエース愛だけはみっちり詰まっているという、これはそんな二次小説です(^^;)
林檎さんのお気に召していただけたら、幸いです♪
コメント、どうもありがとう~