天使の図書館ブログ

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動物たちの王国【第一部】-5-

2014-01-20 | 創作ノート
【ラザロの復活】フアン・デ・フランデス


 ↑のラザロさんは、わたしには何度見ても「あ、どうもイエスさま。江頭2:50です」って言ってるように見えて仕方ない……なんていうお話はどうでもよく、<脳死>のことについては一旦お休みして、今回は↓に関する言い訳事項をと思います

 いえ、自分でも読み返してみて思ったんですよね。今回のお話に至るまでには、前回と今回の間にもっと何かエピソードがあって然るべきだろう、みたいには(^^;)

 たぶん多くの方が「何やら話として急な展開だな☆」とか「蜷川さんって結局、どういう人だったんだろう?」みたいに思われるかもしれません

 う゛~ん。でもわたし自身に救急に関する医学的知識がないので、そういうのはちょっと書くのが難しかったというか。もっとこう翼が唯に意地悪する場面とか、翼が彼女と蜷川さんとを明らかに差別してるシーンとか、色々入れたかったとは思うんですけど(汗)

 ちなみにこのお話を全部書き終わってから、『新人ナース・マキちゃんと鍛える救急外来の現場力』(メディカ出版さん刊)という本を買って読みました。んで、最初の稿では適当に誤魔化して書いてある部分の参考にさせていただいたというかm(_ _)m



 あと、こっちは書きはじめる前か書いてる途中で買った本なんですけど『写真でわかる臨床看護技術』(インターメディカさん刊)という本も参考にさせていただきましたm(_ _)m

 どちらも新米看護師さん向けの本だと思うんですけど、とてもわかりやすくてためになりました。ありがとうございます

 んで、ですね……看護技術的なことだけじゃなく、救急のことに関するお医者さんや看護師さんが読むような本って密林さんで検索すると本当にたくさん出てきます。それで、こういう本をたくさん読めば、わたしも前回と今回の間に挟められるようなエピソードを書けると思うんですけど、何分そういう本って基本的に高い場合が多いのです

 手負いの獣に出てくるK病院に、医療図書室っていう場所が出てくるんですけど、ようするにここにある本っていうのはその種の普通の図書館にはない専門書が主なんですよね。あとは手術に関するDVDなども扱ってるわけですけど、サニーちゃんがどの本を買うか決める時には大体各科の先生たちの意見を参考にしているという

 まあ、そんなわけで(どんなわけだか☆)、第二部のほうで手術室が出てくることもあり、わたしそっちの本も買わねばならんので、出来る限り節約しなきゃなんないというか(苦笑)

 そんなわけで、なんとも本当に「急な話」のように感じられるかも、なんですけど、この先第一部が終わるだけでも結構長いので、そのへんの違和感はテキトーに流していただけると助かります(殴

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第一部】-5-

 唯がR医大病院の救急部に勤めるようになってから、約半年ほどになる九月も末のこと――唯にとって衝撃となるふたつの事件が起きた。

 結城医師の自分に対するイビリは相も変わらずだったが、その件については唯はあまり気にしなくなっている。いや、もちろん結城医師にギロリと一瞥されただけで、今も身の竦む思いがすることに変わりはないし、他の医師たちには感じない緊張感を彼の前では強く感じながら仕事をすることにもまったく変化はない。

 それでも、自分が看護に当たったことで無事退院した患者の姿や、他の医療スタッフたちの慰めや励ましもあり、唯はこの頃には救急部に<自分の居場所>のようなものを見つけることが出来るようになっていた。今では汚物庫でこっそり泣くということもほとんどなくなっており、目を赤くしていれば赤くしていたで「結城先生がまた何か言った?」と、周囲の人間が心配するようにさえなっている。

「まったく、あの男もいいかげん潔く自分の間違いを認めればいいのよね。自分が可愛がってる蜷川さんが辞めて、羽生さんのほうが生き残ったもんだから、また臍を曲げて羽生さんに八つ当たりしなければいいけど」

 ――R医大病院の救急部には、プライバシーと呼ばれるものがほとんどない。何故といって他の科と違い、ナースステーションと医務室がほとんどいっしょくたになっているため、看護師と医師とは同じ場所で記録を取ったり、情報を共有することになっている。

 唯は最初、常にナースステーションに医師や研修医の姿がある環境に馴染めなかったが(何より、よくそこに結城医師の姿が見られるため)、今ではもうすっかりどうということもなくなっていた。唯一、結城医師が会話の中で自分だけを無視してきたり、視線で「俺はおまえが嫌いだ」というメッセージを伝えてくる時以外は……。

「あの、蜷川さんが辞めるって、本当ですか!?」

 大抵の場合唯は、みんなが話すことの聞き手にまわっていることが多いが、この時は驚きのあまり、珍しくそう声を上げていた。

「あら、知らなかったの、羽生さん。辞めるっていうか、救急部から五階の外科に異動になるっていうことなんだけどね。何が理由かはわたしたちにもわかんないわ。結局あの子、あたしたちには一度も心を開くことなく、黙々と仕事だけした半年間だったものね」

「そうよねえ。実際すごく変わった子だったわよ。休憩室に一緒にいる時も、全然何もしゃべんないの。こっちから何か話を振っても、必要最低限の単語だけで答える感じで、会話が続かないわけ。なんで結城先生もあんな子のことを可愛がってたのかしらねえ」

 鈴村と峰岸は電子カルテと向き合いながら、互いにうんうんと頷きあっている。

「あの、でもわたしも話下手なほうだし、もしかしたら蜷川さんもそうだったのかも……」

「あら、蜷川さんと羽生さんとじゃ、話が全然別よお」と、峰岸がキィボードを打つ手を止め、顔を上げる。「あなたは先輩に遠慮して前のめりに自分を出してこないってだけじゃない。けどねえ、蜷川さんの場合はちょっと違うのよ。『あなたたちとわたしとの間にはとても高くて越えられない壁があるのです。ガシャーン』みたいな?」

「ま、辞めちまう奴のことはどうだっていいわよ。それより羽生さんが生き残ってくれて、あたしたちとしては大助かりよ」

「…………………」

 ありがとうございます、などと返事をするのもおかしな話だと思い、唯は黙りこんだ。カルテの記録を済ませると、急いで救急部看護師長の部屋へと向かう。蜷川さんは確かに自分以上に周囲と打ち解けていなかったかもしれない。けれど、仕事の面では唯以上に優秀なことだけは間違いなかった。それなのに何故、という疑問を胸に、唯は徳川看護師長の前に立っていた。

「あの、ドアを閉めてもいいですか?」

「まあ、あなたが話を人に聞かれたくないというのであればね」

 救急部の師長室のドアは、大抵の場合いつも開け放しになっている。これはおそらく廊下の向こうの病棟で何か異変があった時に即対応できるようにという師長の配慮なのだろうと唯は推測していた。

「どうしたの?結城先生がまたあなたにセクハラめいた発言でもした?」

 徳川師長は机の前で何かの書類に目を落としたまま、唯の話を聞いていた。

「その……わたしのことじゃなくて、蜷川さんのことなんです。どうして彼女辞めてしまうのかなって。もしわたしの聞いたことが差し出がましいことじゃなかったら、師長にその理由を教えていただきたくて」

「まあ、個人的なことになるけど、あなたも一応当事者みたいなものだものね。救急部に羽生さんと蜷川さんが入ってきた時、一見、看護師として優秀なのは蜷川さんのように見えたでしょう?でもあの子、自分には人間力みたいなものがまるでないから、もう駄目です、辞めますってわたしに言ってきたのよ。看護師の能力として高いものを持ってるのは、ある意味では蜷川さんのほうだったかもしれない。でも結果として周囲と馴染んでうまくやってるのは羽生さんのほうだった……わたしの言ってる意味、あなたにわかるかしら?」

「えっと、つまりどういう……」

 徳川師長に真正面から見据えられて、唯は意味もなくカーディガンのボタンをいじった。昼休みにくしゃみをしていたら、ナース専門の通販雑誌を鈴村が見せてくれ、「こういうのとか着たらいいんじゃない?」と教えてくれたものだった。

「わたしね、来月から外科病棟の看護師長として異動することが決まったの。何分急な人事異動だったから、まだみんなにも伝えてないんだけど……総師長に話をして、蜷川さんのことも外科病棟に連れていくことにしたのよ。本当はああいう寡黙で仕事だけ出来る子は、手術室がいいんじゃないかと思ったんだけど、総師長が「だったらあなたの責任において、まずは外科病棟で一年勤めさせなさい」って言ったものだから……まあ、簡単に言ったとすればそういうことよ」

 唯はここでもまた強いショックを受けた。徳川師長が来月には救急部からいなくなる――そう思っただけで、言い知れない寂しさに唯は囚われそうになった。

「そんなっ。徳川師長は救急部が嫌いなんですか!?やっぱり仕事がキツいから外科病棟のほうがまだ少しはいいとか、そういう……」

「まあ、それもあるわね。だって、唯一救急部だけだもの。師長も主任も夜勤をこなさなくちゃいけないのなんて。というより、本当は来年の四月に異動予定だったんだけど、外科病棟の師長が両親の介護で早期退職することになってね。それで突然半年ほど早まったというわけ」

「す、すみません。なんだかわたし、自分勝手なことばかり言ってしまって……徳川師長はわたしにとって、看護師としての目標だったものですから、来月から救急部に師長がいないだなんて、寂しいと思って……」

「羽生さんのそういう素直さは救いだわね。その素直さに免じて、あなたにだけは本当のことを話しておこうかしら。お茶を淹れるから、そこに座るといいわ」

 唯は徳川師長に促されるがまま、革張りのソファに腰掛けた。師長は小さな台所の前で紅茶を淹れると、磁器のティーカップを唯に向かって差しだす。

「わたしが二年前にこの救急部に来た時、羽生さんみたいに一か月も過ぎる頃には辞めたくて仕方なかったわ。他のどの部署よりもハードワークであるように感じられることもそうだけど――何より、人間関係の面においてね。着任してからわかったことだけど、救急部には生き字引きと言われる在籍二十年の鈴村主任がいて、その相棒というか親友の峰岸さんがいる。つまりね、わたしは名前だけは看護師長だけど、実質的には鈴村さんが師長で峰岸さんが主任みたいなものだったの。本当、なんてやりずらい嫌な環境に自分は身を置くことになったのかって、最初はつくづく思ったものよ。しかも医師のほうの中心人物は結城先生で、彼は彼女たちをリンリンさんだのみーたんだのと呼んでる関係なんだもの。きっと三人で今度来た若い師長はどーだの、ちょっとしたことで自分の悪口を言ってるに違いないって、そう思ったくらい。でもそれがわたしの被害妄想だっていうことがすぐわかって……前にあなたにした結城先生の話、覚えてるかしら?」

「えっと、もしかして『師長は結城先生のことを嫌いだろうけど、結城先生は仕事の出来る師長が好きだ』っていうことですか?」

 正確には、「徳川は俺のことが嫌いだろうけど、俺は仕事の出来る奴が好きだ」ということだったが、唯は敬称を略することが出来ず、そんなふうに説明した。

「そうよ。わたし、その言葉に物凄く救われたの。前にも言ったとおり、それで結城先生のことを好きになったとか、そんなことは全然ないのよ。飲み会で三次会くらいまでつきあうと、最後には酔って下品な話しかしないし、最低な人だと思ってることにも変わりはないわ。でも結城先生にそう言われたことで――ハッと気づいたことがあるの。鈴村さんも峰岸さんも、大っぴらにその人の目の前で悪口や欠点を言ったりはするけど、陰湿な陰口を叩いたりはしない人たちなのよね。そのことに気づいて以来、自分が救急部の師長としてどうしたらいいのかがわかって……ここまで言えば羽生さんにも、わたしの言いたいことが大体わかるでしょう?」

 確かに徳川師長の言うとおりだった。ナースの休憩室はいつでも開け放しでカーテンだけがかかっているため、中の会話がナースステーションに丸聞こえなのだ。その状況下で鈴村主任と峰岸さんはよく、「あの研修医のお坊ちゃまがどうの」とか「今度やって来た新米医師はこうの」といった話を相手に聞こえるように大声でするのである。もしそれで誰かが抗議しようものなら、「こんな小さいことをいちいち気にするなんて、キンタマが小っちゃいんじゃないの」とか「そんなことじゃ医者として大成しないわよ」とでも言われて撃沈されたに違いない。

「つまりね、蜷川さんのことに話を戻したとすると、結城先生には彼女の性格みたいなものが割とすぐわかったみたいなの。で、仕事が出来るっていう意味においては自分好みなわけでしょ。ところが鈴村さんや峰岸さんは「一体なんなのあの子」みたいに思ってて……まるで結城先生に対抗するみたいに主任と峰岸さんは羽生さんのことを贔屓するようになったわけ」

「べつに、贔屓だなんて、わたし……」

「いいのよ。簡単に言えば、結城先生は羽生さんと蜷川さんを天秤にかけて蜷川さんを可愛いと思い、鈴村さんたちは羽生さんのことを可愛いと思った、これはそういう話だもの。蜷川さんってどうもこう、コミュニケーション不全なところがあるらしくて、自分も一歩間違えばああだったろうな、みたいな話を結城先生はしてたわね。だから自分が可愛がることでそのうち周囲にも溶け込めればいいと思ってたみたいなんだけど……流石の結城先生をもってしても、その点は難しかったみたい」

 徳川師長が少しだけ寂しそうに笑うのを見て、唯も初めてハッとした。

「あの、師長。もしかして蜷川さんは……」

「ええ。ああいう子っているのね。あんまり純粋すぎて、まわりとうまくしゃべったり出来ないっていう子みたい。でもバランスが悪いことには、情報の処理能力の速さとか、手技の速さみたいなものだけは普通の人よりズバ抜けているわけ。病院を辞めようと思いますって言いに来た時、あの子泣いてたわ。何より、色々教えてくださった結城先生に申し訳ないって、そう言ってね」

 突然、唯は胸を突かれたような思いがした。震える手で金色の花模様の磁器カップを手に取り、気分を落ち着かせようと紅茶を一口飲む。

「わたし、もっと……なんとかしたら良かったです。蜷川さんに。でも、話しかけても嫌われてるように感じたから、なんだか途中からは同じ時期に入った新人として張りあってるみたいになってしまって……」

「べつにそのことで羽生さんが責任を感じる必要はないわ。ましてや、鈴村さんや峰岸さんがもっとどうにかしていたらっていう話でもない。誰も悪くないのよ。でもなんとなく職場に自分の居場所を感じられないから辞めるだなんて――ある意味世間ではよくある話よ。ただ、蜷川さんはまだ二十一歳で、社会人としては一年生でしょう?だから今が大切な時期だとわたしは思ってるの。次の異動先の外科病棟では、わたしももう少し気を配ってなんとかしようと思ってるしね」

 廊下で看護助手の阿部美希が「羽生さーん、羽生看護師いませんかー!?」と叫ぶ声が聞こえ、唯は立ち上がった。一礼してから救急部の看護師長室を出ていくと、唯が担当の病室の患者が呼んでいるということだった。二十日間も昏睡状態を経験したのち、ようやく意識が戻ったという患者だったため、当然唯は一目散にそちらへ向かった。

 鹿野涼子という五十八歳の女性が目を覚ました時――彼女はおそろしい力で唯の制服の袖を掴んできたものだった。それまでずっと意識レベルが三百だっただけに、唯はその力に驚くばかりだったのだが、彼女はその翌日に目をぱっちりと開け、おそろしい眼力を宿した眼差しで唯のことを睨みつけてきたのである。

 その回復の力強さに唯は当然嬉しいものを感じていたが、さらにその翌日に、酸素マスクの奥から途切れ途切れに彼女はこんな言葉を発したのだった。「あなたが……わたしに……いちばん……良くしてくれた」――その掠れた声を聞いても、唯はすぐにはそれが自分のことだとは思わなかった。おそらく家族の誰かと間違えているのだろうと思ったし、何より患者は意識がまだ混濁した状態なのだ。けれど彼女は次第次第に動くほうの手足(鹿野さんは左脳の被核出血が原因で倒れ、運ばれてきた)をバタつかせるようになると同時、目を開けている時間も長くなり話せる言葉も除々に多くなっていった。少しばかり呂律はまわっていないものの、この程度ならリハビリで回復するだろうと思われる言語の明瞭さだった。

「ちょっとー、鹿野さんと来たら、同じ看護師でもわたしじゃなくて、羽生さんのほうがいいんですって。失礼しちゃうったら」

 峰岸が冗談で笑いながらそう言うと、鹿野涼子は「わたしの、お気に入り」と、まだ掠れている声で答えていた。

「あの、すみません。今日ここの病室の担当はわたしなのに……」

「べっつにー、こういう時はお互いさまでしょ。ま、鹿野さんの場合はあなたじゃなきゃ駄目みたいだけどね。他の人は仕事が雑で粗いんですって」

 唯は阿部に手伝ってもらって鹿野さんの要望通りに体を動かしたり、彼女が見たいというテレビのチャンネルを合わせてやったりした。自分が担当した患者の中で、ここまで劇的に短期で回復した患者は鹿野が初めてであったため――彼女がリハビリ施設の充実した病院へ転院するという時、唯はあまりの嬉しさに汚物庫でこっそり泣いてしまったほどだった。

 その場所で嬉し涙を流すのは、その時が二度目だったかもしれない。一度目は、徳川師長から蜷川幸恵の異動の経緯を聞いた日のことだった。看護助手の長である真田が「みんな心の温かい、いい人ばかりですよ」と言った言葉の意味が、唯には身に沁みて感じられていたからだ。

 この時から突然、結城医師のこれまでの意地悪な言動の数々が、唯にはまったく別の意味を帯びて甦ってきた。それまでは「まるでわたしに当てつけるように、蜷川さんを贔屓にする嫌な人」といったように、唯は心のどこかで思っていた気がする。けれど、自分のほうこそ考え方が浅はかで愚かだったということに、唯は初めて気づいていた。鈴村主任と峰岸さんが自分のことを可愛がるなら、結城医師が蜷川さんを特別扱いするのは、ある意味当然のことだったとも言えるだろうから……。

(それなのにわたしは、純粋な仕事の面ではともかく、人間的には蜷川さんよりも周囲とうまくやれているとか、そんなふうに思っていたんじゃないかしら?)

 唯はそんな自分のことを恥かしいと感じ、目頭をこすって鼻をすすると、オムツの尿量を量りにきた藤森と入れ違いに汚物庫を出た。

「えっ!?もしかして唯ちゃん、また結城先生に何か言われた!?」

 藤森奈々枝が驚いたようにそう叫ぶと、すぐ近くにいた結城医師が腕組みをしたままこちらへやってくる。

「おまえら、こいつが汚物庫で泣いてたからってなんでも俺のせいにするのはやめろ。少なくともここ数時間、俺はこのお嬢ちゃんになんもしてねえからな。そうだろ?」

「はい、そのとおりです……」

 唯がどこかしおらしくそう呟いて去っていくと、奈々枝と翼は思わず顔を見合わせ首を傾げていた。もちろん彼らは知るよしもない。唯が結城医師の姿を見ているうちに、これまでとはまったく別の意味で、涙腺が緩んでしまったことなどは。



 >>続く。





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