天使の図書館ブログ

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動物たちの王国【第二部】-31-

2014-04-05 | 創作ノート
リン・デイヴィーズ(オールポスターズの商品ページよりm(_ _)m)


 今回ちょっと本文が長いので……例によってどうでもいい話を短めに、と思います(^^;)

【27】のところで翼が口ずさんでいるのは、The Lonely Islandのおバカソングなんですけど(笑)、最初に書いた時にはローリングストーンズの悪魔を憐れむ歌のサビが入ってました。



 いや~、カリスマ性があってカッコいいですね、ミック♪(^^)

 腕の般若(?)の顔は「もっと腕のいい彫師いなかったのか」と残念ですが、これもまあ御愛嬌ということで(笑)

 わたしはこの時代、まだ生まれてもいませんが、それでも彼がステージに上がるだけで「ミック、抱いてーー」な時代であったと聞いています。

 実際、わたしが別ので見たビデオによると、興奮した女性が突然脱ぎだして、上半身裸になってたような

 それはさておき、レノンさんもすっかりノリノリな御様子ですね(笑)



 んで、こっちがThe Lonely Islandのおバカソング「I just had sex」……ついさっきセックスしたぜ、とても気持ち良かったぜ……ああ、そうですか、それは良かったですね的なww

 この曲をかけた時に、もし英語のわからない彼女が「いい曲だね♪(^^)」とか言ったら、「まあね☆」と言って、スカしてみましょう(笑)




 こちらも、超有名な曲すぎて恥かしい感じですが(笑)、LMFAOのパーティロックアンセム。




 アギレラ姐さんの声量、ハンパない感じですねww

 バーレスク、ずっと見ようと思っててまだ見てないのですが(ヲイ)、なんにしても選曲に特にこれといった深い意味は何もないということで(^^;)

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第二部】-31-

 正直なところをいって翼は、見ていてもなんの面白みもない映像をチェックし続けることに、三十分もしないうちに飽きていた。

(あーあ、こんなことなら唯のことでも胸に抱いて、あのままぐっすりんこお寝んねしてたほうが、よっぽど良かったわな)

 だが、病院の職員玄関を人が行ったり来たりする映像を長く見続けるうちに――翼はハッとしたことがあった。もっともそれは、自分の勘違いかもしれないし、その人物が仮に翼が思っているのと同一人物だったとして……それが一体なんだというのだ、ということでもあった。

 けれど、唯の住むマンションのロビー、そこで出会った女性のことを翼がすぐ思いだせず、近くの駐車場まで歩いている時にハッと気づいたのと同じ、脳が<適合>のシグナルを出す喜びを、この時翼は味わっていたのである。

(もちろん、俺の気のせいかもしれない。それに、気のせいでなかったとして……いや、まずは明日病院へ行ったら事務局長に電話して確かめよう。話は全部それからだ)

 翼はそう思い、その日の夜は早々に眠った。もっとも頭を枕につけたあとも、自分の仮説のことが脳裏を離れなかった。朝、人が来ては靴を履き替えていく風景が続くその中で、毎日ほぼ同じ時刻にそこを訪れる人物と、翼が手術室の廊下で見かけた人間が同一人物であった場合――いや、そんなことは少し突飛すぎやしないか、だがもし……翼はそんなふうに連綿と自分の推理を思い描き、そして唯が今日最後ににっこり笑った笑顔を思いだして、眠りに落ちていった。

       

(やっぱり、そうか)

 翼は九重事務局長と話し終えると、次に赤城警部のいるK市警察署に電話した。そして「自分の仮説を出ないことですが……」と断ったのち、警部に長い話をし、彼の管轄区域外のことについて少しばかり無理な願いごとをした。

「いいでしょう。いえ、東京のほうに同期の桜の刑事が何人もいますから、その件はそいつらに頼みますよ。血に飢えたドーベルマンみたいな連中ばかりなので、喜んで奴らはこの肉にありつくでしょうな。実際、その人物の経歴を洗ってみれば、かなり面白いことがわかるかもしれませんし」

「ありがとうございます。こんな、素人探偵みたいな医者の言うことを真に受けてくれるのは、赤城さんくらいなもんでしょうね」

「いえいえ、とんでもない。こうした市民の方からの有益な情報が、事件解決、犯人逮捕に繋がったということが、存外多いものですよ。ただ最近はむしろ、隣近所との連帯が途切れてますからね……そこに加えて、自分の益となることでなければ指一本動かしたくないという利己的な人間の増加によって、刑事というのはまったく無駄骨や空振りをする回数が多くなってる気がしますし」

 溜息を着いている赤城警部のことを、翼は言葉によって慰めたいような気がして、こう聞いた。

「医者も刑事も仕事がなくなるのが一番……なんて言いますけど、実際どうなんでしょうね。病気になる人間が誰もなく、犯罪を犯す人間がひとりもいない、赤城さんだったらそんな世界に住んでみたいと思いますか?」

「さて、どうですかね。病気はないほうがいいには決まってますが、そのことによって教訓を学ぶような側面もありますし、人間性が磨かれるといった面もあるでしょう?それに、犯罪者がひとりもいない世の中なんてのも、あんこの入ってない饅頭のような社会という気がしなくもないですね。コショウの効いてないラーメン、わさび抜きの寿司、たとえはなんでもいいですが、それが人殺しでない軽犯罪的なもの――ほんのちょっとした軽微な犯罪であれば、少し残っていてもいい気がしますが」

 ここで赤城は部下の白河に「おい、白河」と何か指示を出し、それからまた電話の送話口に戻ってきた。

「なんにしても先生、詳しいことがわかり次第、またお電話しますよ。あと、電話だけで済まない話となるようでしたら、久しぶりに直に会って一杯やりましょう。それでは……」

 翼は赤城警部が言った言葉――コショウの効いてないラーメン、わさび抜きの寿司の類義語として、イチゴののってないショートケーキ、塩味の効いてないポテトチップスなどを連想したが、(そんなことより)と思い、次に笹森病院長のいる院長室へ電話した。

「あ、笹森院長ですか?結城です……そうですか。院長も随分耳が早いですね。まあそりゃ、宮原総師長には院長に対して報告義務があるかもしれませんが……いえ、今回は少し別件で、院長先生にお頼みしたいことがあって。お金……ええ、ちょっとかかります。職員玄関に仕掛けた隠しカメラと似たようなものを、関口先生が担当している患者さんの病室に仕掛けてもらえないかと思って。今、先生は休職されてますよね。たぶん、彼がある程度元気になって出勤してきたら、また事件が起きるような気がするんです。以前事件のあった患者さんも、関口先生が担当だったっていうことでしたよね?犯人はおそらく、彼のことをぐさりと刺して殺してやりたいと思っているでしょうが、そんなことでは生ぬるいと思って、ジワリジワリと精神的に追い詰めることのほうを選んだ気がするんですよ。ええ、俺にしてもまだ仮説を出ない話で、これからひとつひとつ裏付けを取っていこうと思っています。けど、また同じ事件が起きたとしたら、うちの病院としても致命的なスキャンダルになることですから……」

 笹森院長は翼の話を聞いても、何を馬鹿なことをと一笑に付したりはしなかった。というのも、そのような形でもし真実が明らかになったとすれば――マスコミのK病院に対するバッシングは沈静化の方向へ向かうのではないかという気がしたからである。

『じゃあ、関口君が次に出勤してくるまでに、そういった措置を取ることにしよう。患者の家族には、人工呼吸器のコンセントが外れる、あるいは抜かれたという事件を受け、今後何か問題があった時のためにそのようなカメラが設置されていると説明しようと思う』

「なんだか余計な手間ばかりかけるようで申し訳ありません。それと、赤城警部から電話が入り次第、どうだったのかまたご連絡します。まあ、俺としても「違う」ということを望む反面、東京とこのK市が離れているだけに、そんな偶然があるのだろうかと不審にも思うので……動機のほうはまだはっきりしませんが、なんにせよ、関口医師に家族を殺されたと信じ込んでいるのかもしれません。このあたりのことについては心当たりがないかどうか、関口先生に直接聞いてみようとは思ってるんですが」

 翼は笹森院長との電話を終えたのち、その日は珍しく午前の十一時という時間帯に部長室に在室していた。書類仕事のいくつかを片付け、午後からみっちりスケジュールの詰まっている手術に備え、早めのランチを取っている時に――コンコン、とドアがノックされる。

「どうぞ~」と、どこか間の抜けた声で返事をし、翼はサンドイッチの残りを口に放りこむと、空になったカップにコーヒーを注いだ。

「おや先生。なんてお珍しい」

 翼がこの時間帯に在室しているなど、滅多にないだけに――青木多津子は相当驚いたようだった。それでも廊下などですれ違った時には、「いつもごくろうさん」といったように翼は話すことが多いのだが。

「ま、こういうことは俺もあんまないんだけど、ちょっと手術のスケジュールのほうがずれちまってさ。そんでつっとばかここで雑事を片付けたりしてたわけ」

「患者さんの容態が安定しなくて、手術が中止になったとか、そういうことですか?」

 青木は軽い世間話としてそんなふうに話しながら、部屋のものを順に軽く拭いていった。床のモップがけのほうはもうひとりの中年女性が行っており、彼女は翼のほうを見ようともしない。まるで「こんな外見の医者は評判はどうあれ、人間としてはろくてないだろう」と決めつけているかのようだった。

「大体、そんなとこかな。ところでさ、青木さん。俺が論文のデータを失くしちまったことで、おばさんたちも嫌な思いをしたんじゃないかと思って。ここの部長室に出入りすんのは、医療秘書のサニーちゃんと清掃員のおばさんたちくらいだろ。けど俺、サニーちゃんのことは百パーセント信頼してるし、おばさんたちのことも同じくらい信用してるわけ。そうなると犯人はよそにいるってことで間違いない……けど、前に高畑先生の部屋から五十万盗まれた時みたいに、それじゃ論理的に辻褄が合わないだろ。俺もさ、べつにここから盗まれて困るってものが大してあると思ってねえもんだから、次の手術に向かうって時にそのことで頭がいっぱいになるあまり、部屋の鍵をかけ忘れるってことがある。そういう時にMRっていう人たちがやって来て、盗んでいったっていう可能性もなくはない」

「先生、また探偵ごっこですか」

 ゴミ箱のゴミや灰皿の灰などをゴミ袋に捨て、青木は笑った。この五分にも満たぬ時の間に、もうひとりの掃除婦は床にモップをかけ終わり、小さな流し台や鏡なども綺麗に磨いていた。

「青木さん。わたし、残りの仕事を始末してきますから、ここでゆっくり先生とお話なさっててください」

「あら、近藤さん。べつにいいのよ。あなたもここでちょっと一休みしていったらいいじゃない」

 そう言って青木は時計の時刻を見たが、すべての仕事をし終わるのに、まだ少し余裕があった。というより、部長室の掃除は結城医師の部屋が最後であるため、ここまで来れば終わったも同然であるともいえた。あとはモップを綺麗にゆすいだり、ゴミを一階まで捨てにいったりするだけのことである。

 だが近藤と呼ばれた掃除婦は、翼のことをホストか何かを見るように一瞥したのち、そのまま黙って部屋から去っていた。

「これ、あとでさっきの人にも渡しておいてくれる?例によって患者が持ってきた饅頭で悪いんだけどさ」

「あらまあ、すみませんね、先生。いつもいつも」

 翼は自宅のマンションもそうなのだが、この部屋にも時々余った菓子類などを置いておき、その上に「青木さんへ。ただであげるから食べて」と、メモ紙を貼っておくのである。

「それで、何かわたしにお聞きになりたいことでもおありになります?」

 青木は翼がソファを勧めても座らず、片手にゴミ袋、もう片方には布巾を持ったままそう聞いた。

「いや、なんつーかさ、俺、あの論文データが消えた日だけ、部屋の様子が変だなって思ったわけ。物を盗んだことを誤魔化すために、ことさら室内がいつも以上に綺麗になってるような印象を受けたっていうか……で、青木さんたちはいつもどんなふうに仕事してんだっけっていうのが、なんとなく気になったんだけど」

「わたしたちが前にここへ来た時も、同じようにして掃除していったと思いますよ」

 ほんの数えるほどではあるにせよ、翼は今のように少し早めの食事を取ったりしていて、彼女たちと部屋で出くわしたということがある。

「でもあの時は、もうひとりの相棒の女性が違わなかったっけ?」

「先生も女性に関してのみは目ざといですねえ」と、青木はからかいをこめて笑った。翼が入れてくれた茶を受けとり、数口飲む。「あの五十万円盗まれるっていう事件があってから、医局に出入りする掃除婦のみ、より信頼できる人間をっていうことで、仕事の出来る幹部クラスの人が来ることになったんですよ。もちろんわたしなんか、相も変わらずただのパートのおばさんですけどね。前にわたしのパートナーだった立木さんは、そのう……今回あった事件を受けて、今度は脳外科病棟へ行くことになったもんですから」

「へえ。あの立木さん、傍から見てても掃除に関してはべテのランっていう感じに見えたもんな。あんな物騒な事件が起きたあとじゃ、パートのおばさんよりもちゃんとした正社員に出入りさせたいとか、事務長あたりになんか言われたとか?」

「そうなんですよ、先生。びっくりなさらないでくださいね――あのダンディな事務局長、五十万の件で懲りたかと思いきや、またぞろわたしたち掃除婦が犯人なんじゃないかって、遠回しにそんなふうに清掃主任に言ったそうなんです。つまり、掃除してる時についうっかり、コンセントにモップの柄なんかが引っかかって抜けたんじゃないかって」

 笑いごとではないのだが、翼は思わずコーヒーを吹きそうになった。

「そりゃちょっとひでえな。まあ、可能性としてゼロってことはないにしても……」

「そうですよ。わたしだって、ここの医局の担当になる前は、他の病棟にいましたからね。だからわかりますよ。たくさんの点滴の管とか色々、変なことにならないよう気を使って掃除しますから。ところがこれが時々、機器の不具合からかピーピー鳴ることがあって……それで思わず看護師さんを呼びますでしょう?そしたら、どこかのボタンを押してこう言うんですよ。「この忙しい時に、こんなくだらないことでいちいち呼ばないでちょうだい」って、看護師さんによってはまあ、鬼みたいな恐い顔してね」

「まあ、彼女たちも仕事が大変だからな」と、翼は同情をこめて笑った。「医者にはああしろこうしろって言われて、患者にはああしてこうしてって頼まれ……あんたたち、人をなんだと思ってんのよって、切れそうになる時もあるんだろう」

「もちろん、それはわかるんですけどねえ。なんにしても、そんなわけでわたしのパートナーだった立木さんは脳外科病棟へ行くことになり、次に医局の掃除担当になったのがさっきの近藤さんなんですよ」

「そっかあ。ま、さっきの人にもその饅頭あげがてら、「がんばって」とでも言っといてくれ。俺も午後からもう一頑張りしようと思うからさ」

 このあと、青木は壁の時計をもう一度見、仕事をさぼる時間がなくなったと知ると、翼の部長室から出ていった。

「そいじゃ先生、今度また田舎から林檎や梨なんかを送ってきたら、また自宅のお部屋にでも置いておきますね」

「ああ、べつに気ィ使わなくていいって。俺が置いてるものはほとんど、よそからただで仕入れたものばっかなんだからさ」

「まあ、そう言わずに……お互い、ちょっとした気持ちですからね」

 翼は青木が出ていったあと――九重事務局長がなんとしてでも病院側に医療的過失はないということにするため、清掃員を犠牲にしたいのだろうと思い、少しだけおかしくなった。

 何分、事は病院のメンツに関わる問題である。そういう意味では気持ちはわからぬでもないが……。

「さーてっと。俺もこんなことばっか考えてる暇はねーんだ。来月には東京のほうで学会もあるし、あー忙しい忙しい」

 そんなふうに自分に発破をかけるようにして、翼はすっかり腹ごしらえをすませると、手術室のほうへ向かった。ちらと廊下の端に目をやった時、そこの喫煙室に内科医の内藤と休職中であるはずの関口の姿を見つけ、翼は驚く。

(あー、関口先生もう出勤してきちまったのか。もうちょっと休んでりゃいいのに……って、まあ脳外には脳下の人員の問題とか色々事情があるわな。なんにしても、こっちはこっちでちと急がねえと)

 この日の夕方六時半頃、翼がようやくすべての手術を終えて解放されると――彼はオペ室の休憩室に唯に伝言しにいった。そして「もうちょっとかかるけど、待ってろ」と入口付近で言いかけ、何も言わずに立ち去った。何故といってそこでは、女性の職員が数名固まって何やら楽しそうに笑っている最中だったからである。

(なんにしても、職場じゃあ人間関係がうまくいってるに越したことはねえからな)

 そして翼が術着姿のまま、光量の落ちた薄暗い廊下を歩いていくと、廊下の端の喫煙席に誰かがいるのが見えた。何分廊下が薄暗いだけに、煙草の分煙機の紫色の光に照らされた彼は、少しばかり存在が不気味だったかもしれない。

「結城先生。手術中だとお聞きしましたので、ここの廊下を歩いて来られるのをずっとお待ちしてたんです」

「ああ、いや、その……」

 翼は一目会うなり、関口五郎の様子がおかしいことに気づいた。昼間はちらと見ただけだったので気づかなかったのだが――彼は何日も眠っていないかのように目が虚ろで、一体何日剃っていないのか、ぼさぼさの無精髭を蓄えていた。だが、格好自体はスーツをビシッと着こなし、ネクタイにも乱れはなく、その上によく糊の効いた白衣を着ているのである。

「もしかして、関口先生。昼間からずっとここにいらっしゃったとか……?」

「ええ、まあ。昼ごろ病院に来て、結城先生とお話しようと思ったんですが、先生は午後からオペのスケジュールが詰まっていると知りまして。そこで、自分の部長室のほうで論文の続きを執筆したのち、先生の手術が終わりそうな時間ごろから、ずっとここにいたような次第です」

(とりあえず、言ってることはまともだ)

 翼はそのことにどこかほっとしたが、自分が今煙草を持っていないのに気づいた。

「結城先生、フィリップモリスでよろしければどうぞ」

「どうも」

 そう言って翼は関口から煙草を一本受けとり、彼に火を点けてもらった。難手術が無事終わったあとの一服というのは、何にも代え難いものがある。

「それで、俺に対する話っていうのは……?」

「いえ、先生にはあらためてお礼を申し上げておきたかったものですから。普通は一勤務医が突然休みたいなどと言っても、そう簡単には通りませんからね。お陰で、最初の何日かは妻と家でゆっくり話しあって今後のことを決めることが出来ましたし、彼女の母も僕たちがアメリカへ行くのはいいことなんじゃないかと賛成してくれました」

「アメリカ、ですか」

 翼は煙草の煙を吐きだしながら、そう呟いた。あらゆる不幸な事件や面倒な厄介事から逃れるようにして、異国へと飛ぶ……果たしてそれが本当の解決と言えるのだろうか?とはいえ、翼は今の関口のすっかり打ちのめされた様子を見て、その転地療法的なものが彼に効くのならば、それもいいのかもしれないと思った。

 ただし、人工呼吸器のコンセントを抜いた犯人がわかるまでは――彼にはいずれ病院に復帰するという振りだけはしてもらいたいという、ただそれだけである。

「結城先生、今、こいつ逃げる気だなとお思いになりませんでした?」

「いえ、そんなふうには……」

 翼はここで立ち上がると、一旦廊下へ出、天井の光量のスイッチをひねることにした。薄暗い中で関口のギョロリとした目玉を見ていると、なんとも不気味だったのである。

「逃げるというより、それが関口先生にとって最良の選択でさえあれば、アメリカ行きも未来への展望が開けていいんじゃないかと思います。それに、奥さんとのご関係がうまくいっているのであれば、他の人間がとやこう言おうと大したこっちゃないと思いますし」

「そうなんですよ、先生。僕と妻は結婚して三年、これまでもうまくやって来たほうだとは思うんですが、いわゆる倦怠期っていうんですか?どんなに仲のいい夫婦でもなるというそれになりかかってましてね……けれど今回こういう事件が起きてみて、まるで昔の深い愛情が復活したようでした。そのことを僕は唯一、とても嬉しく思っています」

 ここで翼は、関口の科白と実際の彼の風貌に矛盾を感じずにはおれない。こんなに目玉がギョロリとしていて、髪の毛もどこか油っぽく、無精ひげを生やしている夫のことを、彼女はどう思っているのだろうか?

「ああ、結城先生のおっしゃりたいことはわかりますよ」

 関口はここでも翼のことを先まわりしてそう言った。彼もまたフィリップモリスを片手に、ふうと溜息を着くように煙を吐きだしている。

「妻と話しあってアメリカ行きを検討し、お互いの愛情を確かめあったまでは良かったんですが……そこからが色々と大変でしてね。マスコミがマンション付近にいるのは前からそうでしたが、今度はそれだけでなく暴力団のような連中が周囲をうろつくようになりまして。うちはオートロックなんですが、結局ピザの配達だの宅急便だので、人が出入りする時に住人になりすませられないこともないですしね。そこで毎日ピンポン攻撃だの、例によって「人殺し」だのいう張り紙なんかがあって……妻なんか今ではすっかり電話恐怖症になりましたよ。そんなわけでまあ、妻はマンションから出て実家へ一時避難し、僕はホテル住まいをすることになって……けど、一体どうやって探りあてるんでしょうね。行く先々でヤクザのような連中が必ず姿を見せるんです。『脳外科医ってのは、稼ぐらしいのう。その指一本、一千万くらいするんとちゃうかァ?』なんて言われて、ナイフをポケットから出された時には本当にぞっとしましたよ」

「警察のほうに相談はしましたか?」

「いえ、まだ……」と、その時の恐怖が脳裏に甦ったのか、関口は左手の指の震えを右手で押えていた。「それに、警察になんて何か言ってもどうにもできないでしょう?とにかく僕たちは一日も早く日本を発つ予定でいるんです。今日はそのことを院長に相談するためと、結城先生、先生に一言お礼が言いたくて、こうして参ったような次第です」

「そうだったんですか」

 翼は足を組んだ姿勢のまま、煙草をふかし――(さて、どうしたもんかな)と頭をひねる。

 関口には、翼としても色々聞いておきたいことがあった。翼の推論によれば、犯人のターゲットはおそらくほぼ九分九厘関口医師のはずなのである。もっとも、犯人の動機など、詳しいことまではわからない。ただ、彼に身内の人間を殺されたと犯人が信じているとすれば、指の一本くらいでは飽き足らぬ、グサリと刺し殺しただけでもまだ生易しい……そのくらい根深い恨みを持っているという気がしていた。

「何故突然そんなことをと、関口先生はお思いになるかもしれませんが、俺が昔教えたことのある研修医に藤井って奴がいて、病院の駐車場で突然あやしい連中に囲まれたそうなんですよ。で、指を一本実際に切り落とされましてね……研修医としての期間が終わり、外科医としてこれからっていう時のことでした。今も犯人が誰かというのはわかってないんですが、別の研修医がね、それを『綾瀬の呪い』だと言ったということなんです。確かに藤井と綾瀬とそいつは同期だったんですが、綾瀬真治くんっていうのは、そんなふうに気に入らない奴に危害を加えたりする奴だったんでしょうか」

「わかりません。僕が知ってるのは――いや、これはどちらかというと、僕の妻が言うにはということですが、『弟はいい人間じゃない』って彼女は言うんです。一応血は繋がってるはずなんですが、弟だと思えるような実感を感じたことがないって。僕にも姉がひとりいるんですけどね、関係はとてもいいほうだし、電話で話せば家族に特有の連帯感を感じることが出来ます。だから僕、彼女の家のそうしたことにぶち当たるたび「おまえにも悪いところが……」って言いそうになるんですよ。けど、彼女はとにかく「あなたにはわからないのよ」の一言で、すぐ膨れてしまう。僕の知っている真治くんは、「いくら彼でもそこまでのことはすまい」と思いますが、もしかしたら真希ならこう言うかもしれませんね。「弟だったらそのくらい、するかもしれないわ」というふうに」

「今、「いくら彼でもそこまでのことはすまい」って関口先生はおっしゃいましたが、じゃあ逆に、先生は彼がどこまでのことならすると思いますか?実際、俺は彼が高校時代にクラスメイトを死に追いやったというようにも聞いています。それに、彼は三つ子の魂百までというやつで、お父さんに自分の悪事がバレないためには、どんなことでもする子だったんでしょう?」

「それは……」

 今度は関口のほうが、分煙機の紫色の光が映る翼の顔を、不気味に感じる番だった。天井からの明かりがあるとはいえ、やはり喫煙室はどこか薄暗く、あたりもしんとしていて気味が悪かった。

「僕は――確かに、真治くんに脅されていましたよ。これは真希も知らないことなんですが……過去に少し浮気をしたことがありましてね。どうやって調べたのかはわかりませんが、自分の手術の肩代わりをしてくれなければ、そのことを姉貴にバラすと。でも今にしてみれば、それがまず第一の間違いでした。その時に正当な罪の償いとして、彼女にあやまっておけば良かったんです。けれど僕は人間的な弱さから判断ミス……選択ミスをしてしまったのかもしれません」

「失礼ですが、その浮気した相手というのは、同じ病院の看護師ですか?」

「いえ、彼が脅したのは別の件でした。その、なんというか別のというのは……」

「飲み屋のホステスとか、そういうことですか?」

 何故こんなことを、病気でも診断する時のような口調で聞くのだろうと訝りつつ、関口は今更言いたくもないことを口にした。

「相手の女性は医療事務員でした。綾瀬脳外科病院でクラークをしていて……可愛い子でしたし、向こうも仕事のことを含め、色々なことを聞いてきたので、それで親しくなって。それがまあその……正確には真希と結婚する前のことなんですよ。つまり、彼女と結婚する少し前のことで、そういう期間っていうのは女性にとって大切だって言うでしょう?でも僕は仕事のことだけで疲れていたんです。そこへ持ってきて、式でかける音楽がどうのと毎日聞かれ、「そんなのどうでもいい」なんて言おうもんなら、そこでまた喧嘩になるし……」

 翼はここで、煙草を揉み消すと、頭を思いきり両手で前後にかきむしり出した。関口のほうではまるで、結城医師の気が狂ったのではないかというような目で、こちらを見ている。

「あーっ、もう、関口先生!!あんた完璧にアウトだよ!!ここに来て、犯人の動機が突然わかっちまったじゃねえか。クッソ!!向こうが尻尾をだすまでに、まだ時間がかかるか……赤城警部に身辺調査を依頼したのは今日の昼間のことだし……まだ泳がせておくにしても、そこでまた犠牲者が出たら……」

(俺、医者として忙しーんだから、こんな探偵ごっこなんかしてらんねえんだっての)

 翼としてはそう叫びたかったが、頭をかきむしった姿勢からふと正気に戻ったように、体を起こす。そして無言で関口のほうに手を伸ばし、煙草を無心した。

 彼のほうでもまた、どこか呆然としたまま、フィリップモリスに火を点けて寄こす。

「その、結城先生。僕が完璧にアウトだっていうのは……」

「ああもう、べつにいいんだよ、関口先生。俺だって男だ。つきあってる女がいようと浮気したいって気持ちはわかる。つか、前までは間違いなく完璧にそうだった。俺の友達に時司要っていう絵描きがいるって前に言ったろ?あいつがさ、俺によくこう言うんだよ。結婚式の前日にバチェラーパーティを開いて、可愛い子をたくさん呼んで最後に思いきり遊ばせてやるって。それでも次の日に結婚したいかどうか、是非とも感想を聞かせてくれって……そりゃ男なんか脆いもんだよな。明日結婚する相手がどうとか、もうそうなったら全然関係なんかないぜ?だから別に俺、同じ男として関口先生を裁きたい気持ちなんか、これっぽっちもありゃしねえの。あーあ、けど、そういうことのために一生を棒に振る、女で人生を駄目にするってことが、間違いなくあったりするわけだ……」

 関口は相変わらず訳がわからなかったが、自分が病院を休んでいる間にも、結城医師は院内で犯人が誰か目星をつけ調査していたということなのだろうか?

「あー、関口先生はさ、これからまず警察に電話したほうがいいよ。つか、俺のほうから赤城警部に電話して、先生の身柄を保護してもらう。で、こっちは俺のほうから笹森院長にお願いして、関口先生には普通に出勤してもらい、仕事してる振りだけしてもらうってのはどうだろうな……いや、仕事してる振りだけってのは、やっぱ無理か。関口先生の頭がおかしくなったから、まずはリハビリをかねて仕事してる振りだけさせてくれ……それも絶対無理があるもんな」

 おそらく疲労がピークに達していたせいもあるのだろう、翼はだんだん自分が何を言っているのか、わからなくなってきた。だが、関口のほうでは不思議と、彼が犯人に心当たりがあるということに対し――恐怖ではなく信頼の気持ちを寄せたようである。

「結城先生。僕だったら大丈夫ですよ。もしそうすることで先生のおっしゃる犯人が誰かわかるというのであれば、明日からでも喜んで出勤し、普段通り仕事をしようと思います。今こそこんな無様な成りをしてますがね、僕は生きる目標さえ見つかれば存外強い人間なんです。ただ、今回のことではどこに達成すべき目標があるのか、この地獄みたいなことはこれからえんえんと永久に繰り返されるのか……そんなふうに思って出口の見えないことが、何より怖かったんですよ。それに先ほどからお話を窺っていると、結城先生は人工呼吸器が抜かれたのは事故ではなく人為的なものだと考えておられるんですよね?」

「ええ、まあ。関口先生が担当だった患者さんが亡くなったことからそう推察したんですが――」

「なんていうことだ!!」

 ここで関口は、まるで先ほどの翼の真似をするように頭をかきむしった。白いフケがあたりを飛んでいく。

「じゃあ、じゃあ、水口さんは、僕がこの病院へ来て、たまたま僕が受け持ちになった、それだけの理由で死ぬことになったっていうんですか!?」

「いや、それは……」

(それが不幸なことだったかどうかは、誰にもわからないかもしれませんよ)とは、流石に翼にも言えなかった。五十六歳の水口篤志は、元は高校の社会科担当の教師だったという。一年ほど前、交通事故により救急受け入れ先だったK病院へ運ばれるも、いつまでたっても意識が回復しない、いわゆる植物状態に陥ってしまったのである。患者家族のほうでは病院に落ち度があったとして、訴える構えを見せたものの、雁夜医師が病院を訴えても勝訴できる可能性は低いことを懇々と説明し――患者の妻や息子のほうでも「このままずっとK病院に置いてもらえるなら」という条件で、医療裁判にすることは取り下げたのである。

 K病院が夜間救急に当たっていたその日、雁夜は当直に当たっていたわけではない。だが、彼の部下に当たる研修医が当直医として治療に当たっていたため、そのような折衝役を買って出ることになったのである。ところがこの雁夜がいなくなった途端、病院側は百八十度態度を変えた。気づけば水口篤志の最初の担当だった研修医も他の病院に転勤しており、彼らは新しく担当になった関口よりこう説明されたらしい。「これ以上の意識の回復が見込めぬ以上、別の病院へ転院していただくことになります」と……。ここで「最初と約束が違うじゃないか」と訴えても、病院側では強硬な姿勢を崩さなかった。また関口のほうでも脳外科医としてこれと似たケースは数え切れぬほど扱ってきており、患者家族に転院を勧めなければならないのも、その説明についても、同じ言葉を繰り返すのに慣れていたのである。

 翼は関口の態度から、彼が何かを悔恨しているらしいと察していたが、そうとわかればこそ、それ以上のことは何も意見しなかった。また、彼が医師としても人間としても<善良>な部類に入る人物であるようにあらためて感じ、自分が助けるに値する人間であるとも判断した。

(まあ、もちろんわからないんだけどな、そんなこと。犯人が捕まって、向こうの事情って奴を最後まで聞いてみないことには……)

 関口は分厚い手のひらで顔を何度か撫でさすると、これですっかり決心がついたというように、ようやく顔を上げている。

「結城先生、ありがとうございました。医者っていうのはみんなそうだと思いますが、一度治療方針さえ決まれば、あとはそれを誠意をこめて実行するのみですからね。僕も今、自分がこれから何をすべきかがわかった気がします。まずは警察のほうに連絡して身柄を守ってもらうにしても……アメリカへなど逃げたりするより、僕は正当な法の裁きを受けなければならない。そのことが今、はっきりとわかった気がします。もちろん、真希は反対するでしょうが……」

 この時翼は、関口が<法の裁き>と言ったことが、自分が思っているのとはまったく別の方向を指していると気づいていた。おそらく彼は、義理の弟の綾瀬真治の手術を肩代わりしたこと、その罰を法廷で受けよう、また水口篤志の患者家族にも詫びを入れようと、そんなことを思っていたに違いない。

 ところで水口篤志の遺族は、今のところK病院を訴えていない。というのも、病院側が内々で和解金を提示したことと、もうひとつは家族が患者の世話で経済的、肉体・精神的に疲れきっていたということがある。水口の妻は、「病院の看護だけに任せておけない」と相当熱心に夫の面倒を見ていたが、最初の頃はともかく今では意識回復の見込みはまったくないと身を持って痛感していた。そこへ持ってきて信頼していた雁夜医師の退職と、転院云々という話が持ちこまれ――彼女の中では何かが壊れてしまったと、息子は看護師に話していたという。「だから僕にも、わからないんですよ。人工呼吸器のコンセントが抜かれていたのはもちろんショックです。けど、あんな看護疲れした母の姿を見続けるのもつらかったし、もしかしたら父が「もういいよ」と言っていたような、そんな気もして……」

 もっとも、関口医師の転院の進め方が冷淡でいかにも事務的だったことについては、水口の妻も息子も謝罪してもらいたいと、そんなふうに思っていたらしいのだが……。

(なんにしても今、俺がすべきことは)と思い、翼は疲れた重い体を起こすと、関口より先に喫煙室を出た。まずは赤城警部に電話して、しかるべき人員にここへ来てもらわなくてはならない。

「関口先生。ちょっとここで待っててもらえますか?俺、今部屋で警察に電話してきます。やっぱり先生が事情を一からお話になるより、俺が知り合いの赤城警部に言ったほうが話が早いと思うんで……」

 関口は軽く会釈して頷いたが、翼が喫煙室のドアに手をかけた瞬間、何故かこんなことを最後に言った。ギョロリとした例の目つきのまま、ぷかぷかとどこか自動的に煙草をふかしながら。

「先生、僕、さっきちょっと嘘をつきました。僕の知ってる真治くんは「そこまでのことはすまい」と言いましたが……本当は僕も真希と同じく、「彼ならなりかねない」と、そう思っていたんです」



 >>続く。





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