歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪【参考書の紹介】山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社≫

2022-04-13 18:05:14 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪【参考書の紹介】山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社≫
(2022年4月13日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、次の古文単語帳を紹介してみることにする。
〇山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]

目次を見てもわかるように、古文単語を「○○ワード」と分類されていることが最大の特徴である。この分類が具体的にどのような内容であるかは、このブログで解説してみたい。
また、前回のブログで紹介した武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』(桐原書店、2014年[2004年初版])のように、付録の章がないので、和歌、古典常識、文学史、識別について述べた項がない。いわば古文単語に特化した単語帳である。



【山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社はこちらから】
山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社








山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社
【目次】
はじめに
本書の構成・利用法
第1章 とにかく丸暗記で攻略
 日常動作ワード
 言語活動ワード
 恋愛ワード
 涙ワード
 仏教ワード
 生命系ワード
 皇室専用ワード
 丸暗記慣用表現
 セットもの副詞
 セットもの以外の副詞
 敬語
 特に注意すべき敬語Ⅰ
 特に注意すべき敬語Ⅱ
 注意すべき人物ワード
 注意すべき時間ワード

第2章 ちょっと工夫して攻略
 パーツで攻略
 現代語に近づけて攻略Ⅰ
 現代語に近づけて攻略Ⅱ
 漢字化して攻略
 対で攻略

第3章 違いに注意して攻略
 現代語との違いに注意して攻略Ⅰ
 現代語との違いに注意して攻略Ⅱ
 活用・品詞の違いに注意して攻略
 一文字違いに注意して攻略
 類似品に注意して攻略Ⅰ
 類似品に注意して攻略Ⅱ
 類似品に注意して攻略Ⅲ

第4章 使い方までおさえて攻略
 両極端系単語の攻略
 多義語・同音異義語の攻略
 バクゼン系単語の攻略

巻末付録・索引
 用言活用表
 助動詞一覧表
 助詞一覧表
 索引





さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・特に注意すべき敬語Ⅰの「たまふ」
・武田単語帳と山村単語帳との比較
・「よをそむく(世を背く)」という単語をめぐって
・山村単語帳の良い点
・おもしろいエッセイ「ことばの窓」
・恋愛ワード
・恋愛ワード と古文読解








GROUP30に分けた場合










特に注意すべき敬語Ⅰの「たまふ」



No.119たまふ
〇尊敬(四段)
①お与えになる。くださる。※「与ふ」の本動詞
②~なさる。お~になる。 ※補助動詞
〇謙譲(下二段)
③~(ており)ます。 ※補助動詞


見分け方

尊敬の補助動詞 【訳】~なさる。お~になる。
=四段 【たま‖は|ひ|ふ|ふ|へ|へ 】

動詞+たまふ

下二段 【たま‖へ|へ|〇|ふる|ふれ|〇 】 ※〇のところは普通、現れない
=謙譲の補助動詞 【訳】~(ており)ます。

【覚え方】
たまお(「たまふ」)さん、尊敬のあまり四段をくださる。
下仁(下二)田ネギを献上(“謙譲”)します。

・敬語出題率ナンバー1です!!
 特に補助動詞の際に要注意!
 訳や文脈から見分けるのは相当むずかしいので、四段活用なら尊敬語、下二段活用なら謙譲語、と形から見分けましょうという。
(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、52頁)

武田単語帳と山村単語帳との比較


「しほたる(潮垂る)」および「かきくらす」という単語をめぐっての比較
まず、武田単語帳には、次のようにある。
No.175(151頁)
しほたる(潮垂る) 【ラ行下二段】
①涙を流す・涙で袖が濡れる
【解説】
もともとは「潮水に濡れてしずくが垂れる」という意味でした。
その様子が涙を流しているように見えることから、泣くことを比喩的に「潮垂る」というようになりました。
<例文>
①いと悲しうて、人知れずしほたれけり。(『源氏物語』・澪標)
【現代語訳】
▶ほんとうに悲しくて、人知れず涙を流したのであった。

※絵としては、海から上がった少年には体に海水が垂れている。それを指さして女性が「泣いてるの?」という。

(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、151頁)

No.176(151頁)
かきくらす(掻き暗す) 【サ行四段】
①空を暗くする・あたり一面を暗くする。
②心を暗くする・悲しみにくれる

【解説】
・「かき」は接頭語。「くらす」は「暗くする」という意味で、もともとは自然の様子をいう語が心情を比喩的に表すようになったものです。
かきくらす=(空や心を)暗くする

<例文>
①雪のかきくらし降るに、(『枕草子』今朝はさしも見えざりつる空の)
【現代語訳】
▶雪が空を暗しく(て)降るので、
②≪わたしは亡くなった恋人との思い出の地を訪ねてみたが、≫
またかきくらさるるさまぞ、いふかたなき。(『建礼門院右京大夫集』)
【現代語訳】
▶また自然と悲しみにくれる様子は、言いようがない。
※「るる」は自発の助動詞「る」の連体形。

【見出し語の関連語】
・つゆけし(露けし) [形容詞]
①露が多い ②涙がちだ

(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、151頁)



一方、山村単語帳には、「第1章 とにかく丸暗記で攻略【涙ワード】」に、次のようにある。
No.27 かきくらす 動(サ四)
①(雨や雲などが)あたりを暗くする。
②心を暗くする。(涙や悲しみが)目の前を暗くする。

No.28 しほたる(潮垂る) 動(ラ下二)
①雨や海水などで濡れる。
②涙で袖が濡れる。泣く。

【解説】
・泣き濡れてしおたれる(「しほたる」)
自然現象を表す語を、心の様子にも適用したもの。自然描写の場面なのか、心情描写の場面なのかをチェックして意味を特定します。「しほたる」は、海水がポタポタ垂れる状態を表す意から、涙がポタポタ落ちる意にも用いるようになった語。他に、形容詞「つゆけし」も、涙ワードとして覚えておきましょう。

【相関図】
「かきくらす」 「しほたる」 「つゆけし」
自然 雨などで
あたりが真っ暗 雨などで
濡れる しめっぽい

心情 悲しみで
真っ暗 涙で
濡れる 涙がちだ


<例文>
●あやしう恐ろしきに、「こはいかなることぞ」とただかきくらす心地すれば、衣をひき被(かづ)きて臥(ふ)しぬ。(『狭衣物語』
【ポイント】「心地」←心情表現の証拠
【現代語訳】
わけがわからず恐ろしくて、「これはどうしたことだ」とひたすら目の前を暗くする気持ちがするので、衣服を(頭から)かぶって横になった。

●いと悲しうて、人知れずしほれたり。(『源氏物語』)
【ポイント】「悲しうて」←心情表現
【現代語訳】
とても悲しくて、人知れず泣いてしまった。
(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、17頁)


「よをそむく(世を背く)」という単語をめぐって


「よをそむく(世を背く)」という単語がある。意味は「出家する」である。
この単語をめぐっても、両単語帳は扱いと出典が異なる。
まず、武田単語帳では、次のようにある。
見出し語では「よをそむく」は含まれず、315語には入っていないが、「出家するの言い換え表現」と題して解説している。
【解説】
古文の世界では、俗世に絶望したり、現世での寿命が尽きることを意識したりしたときには、出家をすることがよくあり、その表現もたくさんあります。来世での幸福(=極楽往生=極楽に生まれ変わること)を願って、仏道修行に専念するために出家をしたのです。(58頁)


そして、「出家する」ことをいう表現は次の三つに大きく分けられるとする。
①衣服などを変える(やつす、かたちを変ふ)
②髪を切ったり、剃ったりする(御髪おろす、頭[かしら]おろす、もとどりきる)
③世(=俗世)を離れる(世を背く、世を遁るなど)
<例文>
・世を背きぬべき身なめり。(『源氏物語』・帚木)
▶(わたしは)きっと出家しなければならない身であるようだ。

(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、58頁)



一方、山村単語帳には、「第1章 とにかく丸暗記で攻略【仏教ワード】」に、次のようにある。
No.31 かしらをおろす(頭をおろす)
①出家する。
No.32 よをそむく(世を背く)
①出家する。隠遁する。

【解説】
「出家」は、俗世間を捨て、仏門に入ること。それまでの俗世間での地位や家族を捨て、街の中心部から山中に引っ越し、「庵(いほ・いほり)」というコンパクトな家を建てて、そこで仏道修行生活をおくります。ほとんどの貴族は、人生のどこかのタイミングで出家をするので、こうした表現が古文には数多く現れます。

【相関図】
<仏教関連・衣装ワード>
「苔の衣」・「苔の袂(たもと)」…出家者の着る粗末な服
「墨染め衣(すみぞめごろも)」…①出家者の着る服 ②喪服(もふく)

<例文>
●比叡の山にのぼりてかしらおろしてけり。(『古今和歌集』)
【ヒント】「比叡の山」=比叡山延暦寺
【ポイント】「かしらおろして」←「を」がなくてもOK!
【現代語訳】
比叡山に登って出家してしまった。

●はや、この暁、霊山にてよをそむきぬ。(『弁内侍日記』)
【ヒント】「霊山」=神仏をまつった神聖な山
【現代語訳】
すでに、この暁に、霊山で出家してしまった。
(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、19頁)

山村単語帳の良い点


一方、山村単語帳には、「第3章 違いに注意して攻略【類似品に注意して攻略Ⅱ】」に、次のようにある。
◎違いをつかめ!「趣」ワード編
No.492 あはれなり 形容動詞(ナリ)
①しみじみと~だ。
No.493 あはれ
①(感)ああ。
②(名)しみじみとした思い。
No.494 をかし 形容詞(シク)
①趣がある。おもしろい。
②すばらしい。
③滑稽だ。おかしい。
No.495 おもしろし 形容詞(シク)
①趣がある。
②興味深い。おもしろい。

【相関図】
「あはれなり」…しっとりしみじみとした趣。
「をかし」………知的でカラッと明るい趣。
「おもしろし」…心が晴れ晴れするような趣。

【解説】
・「あはれなり」「をかし」「おもしろし」は、いずれも趣や風流にかかわる意味を持つ語である。
何となく同じように捉えていた人もいるかもしれない。しかし、次のような違いがあるようだ。
①「あはれなり」
嬉しいにつけ悲しいにつけ、心が揺さぶられ、しみじみとする意。
※「あはれなり」は辞書にはたくさんの訳語が載っている。
 結局「しみじみうれしい」のか「しみじみ悲しい」のかなどは文脈から判断するしかない。
 だから、覚えるのは、「しみじみと~だ」だけで、OKだとする。
 (後は本文から読み取ること)
②「をかし」
 主に普通とは少し変わったことに対する知的な趣。
③「おもしろし」
 気分がパッと明るくなるような趣を表す。

<例文>
●ある人の、「月ばかりおもしろきものはあらじ」と言ひしに、また一人、「露こそなほあはれなれ」と争ひしこそ、をかしけれ。(『伊勢物語』)
【現代語訳】
ある人が、「月ほど趣のあるものはないだろう」と言ったところ、別の一人が、「露こそがやはりしみじみとした趣がある」と言い争ったことが、知的でおもしろい。
(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、236頁~237頁)

おもしろいエッセイ「ことばの窓」


和歌には特別な力があり、言葉には不思議なパワーがあるという「言霊(ことだま)」信仰があったことを、おもしろいエッセイ「ことばの窓」で次のように記している。

「力をも入れずして、天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)をも慰むるは歌なり。」これは、古今和歌集の仮名序(かなじょ、=ひらがなで書かれた序文)の一節です。
 古代、和歌には特別な力があると考えられてしました。人間や鬼神の心を動かすだけではありません。たとえば、いい歌を詠むことで、都からの追放刑ほどの大罪を許されたり、別れた彼氏が戻ってきたり、“実益”を伴う話が古文には多いんです!
 和歌に限らず、そもそも言葉に不思議なパワーがあるという「言霊(ことだま)」信仰をベースにしているともいえますし、それだけ和歌が重視されていたともいえそうですね。
(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、214頁)

恋愛ワード


目次を見てもわかるように、山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』(語学春秋社、2020年[2017年初版])には、「恋愛ワード」という項目がある。
そこには、次のような古文単語が載っている。

No.18 おもふ【思ふ】 動詞(ハ行四段)
①愛しく思う。
②不安に思う。
③思う。

No.19 よばふ【呼ばふ】 動詞(ハ行四段)
①言い寄る。求婚する。

〇「おもふ」の意味は基本的に現代語と同じ。
 ただし、何をどう思うのかがはっきりしない「おもふ」は、たいてい「愛しく思う」か「不安に思う」の意。恋愛ワードになり得るので、恋物語の場合は意識すること。

〇「よばふ」は、“夜這(よば)い”と勘違いする人もいるが、「呼ばふ」と漢字化される。
 もともとは、「(誰か)を呼び続ける」の意であるが、「交際を申し込む・プロポーズする(=言い寄る・求婚する)」の意で多く用いられる。
 訳語の「言い寄る」「求婚する」は、日常会話ではあまり使わないが、選択肢などには現れるそうだ。
〇ちなみに、「垣間見る」「懸想(けさう)す」なども、恋愛初期の場面によく見かける語である。

<恋愛初期・関連ワード>
【相関図】
垣間見る のぞき見る
懸想す 恋愛感情を抱く
懸想文(けさうぶみ) ラブレター

(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、11頁)

No.20 みる【見る】 動詞(マ行上一段)
①(男女が)交際する。結婚する。
②見る。

No.21 あふ【会ふ・逢ふ】 動詞(ハ行四段)
①(男女が)交際する。結婚する。
②出会う。対面する。

No.22 かたらふ【語らふ】 動詞(ハ行四段)
①(男女が)親しく言葉を交わす。
②説得して味方に引き入れる。
③語り合う。

※「みる・あふ」は、結婚する前提

No.20~ No.22は、現代語と同じ意でも用いるが、恋愛の語で用いられる場合は、主語などをチェックした上で基本的に恋愛ワードとして意味を考えること。
〇ちなみに、高貴な貴族女性が自分の姿を直接見せる異性は、原則、父・兄弟・夫のみ。
⇒だから、家族以外の男性が女性を「みる」ことが「交際する」「結婚する」の意になる。

・また、入試で出題される「古文」の時代には、現代のような婚姻届がないから、“おつきあい”と“結婚”の区別は今のようにはなく、同じ語で表す。
・当時は、男女が同居せず、夫が妻に会うために妻の邸(やしき)に通う、「通い婚」という結婚スタイルが主流。

「ことばの窓」には、次のようにある。
・古文の時代は、一夫多妻。
 通常、貴族たちの妻はそのまま生家で暮らし、夫がそれぞれの妻のもとを訪ねる「通い婚」なので、妻たちが夫を囲んで集団生活なんかはしない。
(同居カップルもいるが少数派)
〇また、当時の高貴な女性は姿を見られることを極端に嫌ったので、結婚当日に初めて妻の顔を見て、夫がビックリしたなんてこともあった。

<恋愛順調期・関連ワード>
【相関図】
知る 交際する。結婚する。
通ふ (男が女のもとに)通う。通い婚をする。
男(をとこ)す 夫を持つ。夫にする。
見ゆ 妻になる。女が結婚する。
あはす 結婚させる。
後朝(きぬぎぬ)の文 デート直後の手紙

(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、12頁~13頁)


恋愛ワード と古文読解


【テーマ3】場面に応じた意味把握②~恋愛ワード編~
「会ふ」「見る」「知る」などの言葉は、そんなに現代語との違いがないように見える。でも、これらの言葉は、男女がメインの恋愛のお話の中で用いられると、特別な意味になる重要語である。

ワザ41意味の特定法②[パターン的中率80%]
 男女の恋のお話では、「会ふ」「見る」「知る」などは恋愛ワードに変身!
古文単語 意味
会ふ(逢ふ)・見る ①デートする。②おつきあいをする。③結婚する。
見ゆ 女性が結婚する。
知る ①おつきあいをする。②結婚する。
通ふ・住む ①男性が女性のもとに通う。②おつきあいをする。③結婚する。
呼ばふ ①言い寄る。②プロポーズする。
もの言ふ ①言い寄る。②プロポーズする。③デートする。
こころざし 愛情
世(の中) 男女の仲
<プラスアルファ>
〇現代人感覚では、「デート」と「おつきあい」と「結婚」には大きな差を感じるが、入試で出題される古文の世界には現代のような戸籍がなかったので、婚姻届を提出する手続きがなかった。
⇒だから、おつきあいをする時点で、普通は結婚を意味することになる。
〇また、当時の女の子は非常にガードがかたく、迷ったり悩んだりさんざんした上で、決意してデートをした。
⇒だから、基本的に、デート=おつきあい=結婚、となる。
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、138頁
~139頁)

【練習問題】
〇次の文を読んで、後の問いに答えなさい。

 さて、この男、「女、こと人にもの言ふ」と聞きて、「その人と我と、いづれをか思ふ」と問ひければ、女、
  花すすき君が方にぞなびくめる思はぬ山の風は吹けども
となむ言ひける。
 よばふ男もありけり。「世の中心憂し。なほ男せじ」など言ひけるものなむ、この男をやうやう思ひやつきけむ、この男の返り事などしてやりて……

(注)
ものなむ――ここは「けれども」の意。

問一 傍線部「もの言ふ」、「よばふ」の意味として最も適切なものを、次の選択肢の中から、それぞれ一つずつ選びなさい。
 ア言いつける イ仲良く言葉を交わす ウ噂になる エ言い寄る
問二 傍線部「世の中」の意味として最も適当なものを、次の選択肢の中から一つ選びなさい。
 ア世間 イ俗世 ウ男女の仲 エ現世

<解法>
☆問の言葉はすべて恋愛ワード。ずいぶんモテモテの女の子の話。
〇「女」と「こと人」(他の人、別の人)がデートしている・愛の言葉を交わしているの意味だと理解しよう。
〇「よばふ男」の「よばふ」は、「つきあおうよ!と言い寄る」意味。
〇「世の中心憂し。なほ男せじ」
 この「世の中」は男女の恋のお話なので、恋愛ワードとして処理。「男女の仲」
 「心憂し」は「つらい」という意味の形容詞。
 「男す」は、「男性とつきあう、男性と結婚する」意味のサ変動詞。
 「じ」は打消意志の助動詞。
⇒「『世の中』(男女の仲)がつらいから、もうつきあいたくない」と

【答】
問一 (1)イ (2)エ
問二 ウ

【現代語訳】
さて、この男は、「女が、別の男と仲良く言葉を交わしている」と聞いて、「その人とボクと、どちらを愛しく思うのか」と(女に)尋ねたところ、女は、
  花すすき(=私)はあなたの方になびいているようです。思いもよらない山風(=別の男からのアプローチ)が(私の方に)吹いているけれども。
と言った。
 (さらに他に、この女に)言い寄る男もいた。(女は)「男女の仲というものはつらいものです。やはり男の人とはおつきあいしないでおきましょう」などと言っていたけれども、この(言い寄る)男のことをだんだん心ひかれていったのだろうか、この(言い寄る)男からの手紙に返事などを書いて送って……

(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、138頁
~139頁)

≪【参考書の紹介】『古文単語315』桐原書店≫

2022-04-13 17:30:05 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪【参考書の紹介】『古文単語315』桐原書店≫
(2022年4月13日投稿)

【はじめに】


 古文の勉強はどのようにしたらいいのか?
 よく言われるのは、単語、文法、読解を勉強したらよいとされる。
 だが、どのような参考書があるのか、戸惑う生徒も多い。
 今回のブログでは、次の古文単語帳を紹介してみたい。
〇河合塾講師 武田博幸/鞆森祥悟
『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]

また、次回においては、次の古文単語帳を紹介する。
〇山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]

さらには、古文の和歌で、桜をテーマとしたものについて、次の本を参照にしながら考えてみたい。
〇田中秀明『桜信仰と日本人 愛でる心をたどる名所・名木紀行』青春出版社、2003年
(いわば、日本史における桜に関する和歌について考えてみることにする。)


【『古文単語315』桐原書店はこちらから】
『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店
読んで見て覚える 重要古文単語315







『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店
【目次】
本書の使い方
出典略称一覧
索引
見出し語索引
常識語索引(297語)


第一章 最重要語(見出し語163語・関連語124語)
001~038 動詞(38語)
言い換えコーナー(「出家する」14語・「死ぬ」14語)
039~082 形容詞(44語)
083~096 形容動詞(14語)
097~127 名詞(31語)
128~163 副詞(36語)
長文問題『更級日記』

第二章 重要語(見出し語126語・関連語74語)
164~192 動詞(29語)
193~228 形容詞(36語)
229~241 形容動詞(13語)
242~278 名詞(37語)
279~289 副詞(11語)
長文問題『枕草子』

敬語の章 (見出し語26語・関連語5語)
290~315 敬語動詞(26語)
重要敬語動詞と主な意味・用法
長文問題『大鏡』

付録の章 (慣用句90語・常識語297語)
慣用句
和歌
①和歌入門 ②区切れ ③和歌特有の表現 ④掛詞 ⑤縁語 ⑥枕詞 ⑦序詞 ⑧本歌取り
⑨体言止め ⑩倒置法 ⑪物名(隠し題) ⑫折り句 ⑬和歌にかかわる語句
古典常識
<風流と教養>
①四季の風物 ②月の異名 ③十二支と時刻・方位 ④楽器 ⑤その他風流・教養関係
<恋愛と結婚>
①男女の会話 ②後宮
<信仰と習俗>
<宮中と貴族>
①行事・儀式 ②官位・官職 ③乗り物 ④衣服 ⑤住まい
<その他>
文学史
①上代・中古・中世①<詩歌集・評論>
②上代・中古・中世②<物語・日記・随筆・説話>
③近世
④文学史関係(読みに注意すべきもの)
識別
①「ぬ」の識別 ②「ね」の識別 ③「る・れ」の識別 ④「なり」の識別 
⑤「なむ」の識別 ⑥「に」の識別 ⑦「し」の識別 ⑧「らむ」の識別
コラム

(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、4頁~5頁)




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・「いみじ」という古文単語
・「いみじ」の練習問題
・『古文単語315』(桐原書店)に載せられた長文問題の古典
 第一章 最重要語 長文問題『更級日記』
 第二章 重要語 長文問題『枕草子』<鳥は>
 敬語の章 長文問題『大鏡』<時平>






「いみじ」という古文単語


「いみじ」という古文単語について考えてみたい。
まず、武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]にみえる「いみじ」の意味はどうなっているのか?

No.75 いみじ シク活用
①とてもよい・すばらしい
②とても悪い・ひどい
③<「いみじく(う)」の形で副詞的に用いて>とても・はなはだしく

四段動詞「忌(い)む」が形容詞化した語。
対象が神聖、または穢(けが)れであり、決して触れてはならないと感じられる意から転じて、善し悪しを問わず程度がはなはだしい様子を表すようになりました。
入試では善し悪しを具体化したものを選ぶ場合がよくあります。
 いみじ➡とても+か-
(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、82頁~83頁)

それでは、山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]ではどのように記載されているのか?

No.521 いみじ
①とても~だ。
ただ、このように記す。
とてもイメージ(「いみじ」)が大事だ(「とても」と「だ」が赤字)

「とてもすばらしい」意味でも「とてもひどい」意味でも使う。良い意味か悪い意味かは、文脈から判断。
そのポイントは、次の2点。
(1)何が「いみじ」なのか。
(2)それは、その文章ではプラスに捉えられているものなのか、マイナスに捉えられているものなのか。
※特に「いみじ」の直前直後に注目すること。
 プラス/マイナスをつかんだら、「とても良い」「とてもすばらしい」など、つかんだ方向性にあう表現を訳に補って、完成。
(山村由美子『GROUP30で覚える古文単語600』語学春秋社、2020年[2017年初版]、252頁)

「いみじ」の練習問題


「いみじ」という古文単語について、山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版](136頁~137頁)には次のような練習問題がのっている。

【練習問題】
〇次の文中にある傍線部を現代語訳しなさい。

 御室(おむろ)に、いみじき児(ちご)のありけるを、「いかで誘ひ出だして遊ばん」と企(たく)む法師どもありて…… (徒然草)

傍線部は「いみじき児」の部分である。

(注)
御室――京都市右京区にある仁和寺(にんなじ)のこと。
<解法>
・「いみじ」は、「すばらしい」意味でも、「ひどい」意味でも使える。
 「忌まわしい過去」「忌み嫌う」などと使う現代語の「忌まわしい」「忌む」と、語源的には同じで、本来「不吉だ・縁起が悪い」といった意味の語である。
 しかし、古文ではもっと幅広く、悪い意味だけでなく、「とてもいい」の意味でも用いられる。
・頭の中の整理法としては、
①不吉だ・縁起が悪い(マイナス)
②とても~だ(プラス/マイナス)➡「よい」のか「悪い」のかは文脈判断!
こうしておくと、多少覚える分量が少なるし、実用的。

☆『徒然草』の傍線部は、直後に注目。
「いかで誘ひ出だして遊ばん(=何とかして誘い出して遊ぼう)」とする法師たちが登場する。
「一緒に遊びたい」と思うから、「いみじ」をプラスの意味で取り、「とてもすばらしい・かわいらしい・かわいい」と訳すこと。

<プラスアルファ>
・一言で「古文」といっても、実は千年分ほどの言葉を一手に扱うわけである。
たとえば、現代語で「ヤバイ」という言葉は、もともとはよくない意味でしか使わなかったが、いつの頃からか、「ヤバイ(ぐらいにおいしい)」などと、良い意味でも使うようになった。
・言葉は、私たちが生きている短い間にも、これほどの変化をするわけであるから、千年のうちに意味に幅が出てくるのは、むしろ当たり前である。
※中心的な意味を暗記した上で、そこではどういう意味なのかを見抜く力を養うことが大切であると、山村由美子先生は強調している。

【答】とてもかわいらしい子

【現代語訳】
仁和寺に、とてもかわいらしい子がいたが、「何とかして(その子を)誘い出して遊ぼう」と考えをめぐらす法師たちがいて……
(山村由美子『図解古文読解 講義の実況中継』語学春秋社、2013年[2019年版]、136頁
~137頁)




『古文単語315』(桐原書店)に載せられた長文問題の古典


今回、「いみじ」という古文単語について考えてきた。
こうした古文単語は、実際の古典文のどういう文脈で使われているのかを知っておくことが大切である。
武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』(桐原書店、2014年[2004年初版])には、次のような長文問題が載せてある。

第一章 最重要語 長文問題『更級日記』
第二章 重要語 長文問題『枕草子』<鳥は>
敬語の章 長文問題『大鏡』<時平>

上記の中でも、『更級日記』には、「いみじ」という古文単語が頻出である。
もう一度、現代語訳を参考にしながら、意味を確認しておいてほしい。
また、敬語は古典文法で入試によく出されるので、「敬語の章 長文問題『大鏡』<時平>
」は注意して勉強してほしい。

第一章 最重要語 長文問題『更級日記』


 花の咲き散る折ごとに、「乳母なくなりし折ぞ
かし」とのみあはれなるに、同じ折なくなり給ひし
侍従の大納言の御娘の手を見つつ、すずろにあは
れなるに、五月ばかり、夜更くるまで物語を読みて
起きゐたれば、来つらむ方も見えぬに、猫のいとな
ごうないたるを、おどろきて見れば、いみじうをか
しげなる猫あり。「いづくより来つる猫ぞ」と見
るに、姉なる人、「あなかま、人に聞かすな。いと
をかしげなる猫なり。飼はむ」とあるに、いみじう
人なれつつ、傍らにうちふしたり。「尋ぬる人や
ある」と、これを隠して飼ふに、すべて下衆のあた
りにもよらず、つと前にのみありて、物もきたなげ
なるは、ほかざまに顔をむけて食はず。姉おとと
の中につとまとはれて、をかしがりらうたがるほど
に、姉のなやむことあるに、ものさわがしくて、こ
の猫を北面にのみあらせて呼ばねば、かしがまし
くなきののしれども、「なほさるにてこそは」と思
ひてあるに、煩ふ姉おどろきて、「いづら猫は。こ
ちゐて来」とあるを、「など」と問へば、「夢にこの
猫の傍らに来て、『おのれは侍従の大納言殿の御娘
のかくなりたるなり。さるべき縁のいささかあり
て、この中の君のすずろにあはれと思ひ出でたま
へば、ただしばしここにあるを、このごろ下衆の中
にありていみじうわびしきこと』と言ひて、いみじ
うなく様は、あてにをかしげなる人と見えて、うち
おどろきたれば、この猫の声にてありつるが、いみ
じくあはれなるなり」と語り給ふを聞くに、いみ
じくあはれなり。

【現代語訳】
桜の花が咲いては散る(ころになる)たびに、
「乳母が亡くなった季節だわ」とただ悲しくな
る[つらくなる・心が痛む]うえに、同じころにお亡くな
りになった侍従の大納言の姫君の筆跡を見ては
むやみに悲しくなる[つらくなる・心が痛む]が、五
月ごろに、夜が更けるまで物語を読んで起きていたと
ころ、来たような方向も(=どこから来たのかも)分か
らないが、猫がとてものんびりと鳴いているので、
はっと気づいて見ると、とてもかわいらしい猫
がいる。「どこからやって来た猫かしら」と見てい
ると、姉である人(=姉)が、「静かに、人に聞かせるな。
とてもかわいらしい猫だわ。飼いましょう」と言うが、
(その猫は)とても人になれていて、(わたしたちの)
そばに横になった。「探している人がいるのではない
か」と(思いながらも)、この猫を隠して飼っていたが、
(猫は)まったく卑しい者(=使用人)のそばには近寄ら
ず、ずっと(わたしたちの)前ばかりにいて、食べ物もき
たならしいものは、ほかの方に顔を向けて(=顔をそむけ
て)食べない。姉妹の間に(=わたしたちのそばに)
ずっとまとわりついていて、(わたしたちも)おもしろが
りかわいがっていたときに、姉が病気になることが
あったので、(家の中が)なにかと騒がしくて(=取り込
んでいて)、この猫を北側の部屋(=北に面した使用人が
いる部屋)にばかりいさせて(こちらに)呼ばないでいる
と、やかましく鳴き大声で騒ぐけれども、「やはり
(猫というものは)そのようなものであるのだろう」と
思っていたところ、病気の姉が目を覚まして、「どこ、
猫は。こっちへ連れて来て」と言うので、(わた
しが)「どうして」と聞くと、「夢にこの猫がそばに来
て、『わたしは侍従の大納言殿の姫君がこのように
なっているのである(=侍従の大納言殿の姫君の生まれ変
わりである)。そうなるはずの前世からの因縁(=
宿縁)が少々あって、ことらの中の君がしきりに(わ
たしのことを)懐かしいと思い出してくださるので、
ほんの少しの間ここにいるのだが、このごろは卑しい者の
そばにいて、とてもつらいこと』と言って、ひど
く泣く様子は、高貴で美しい様子の人(である)と
思われて、目を覚ましたところ、この猫の声であっ
たのが、とても心にしみた[感慨深かった]のです」
と語りなさるのを聞くと、ほんとうに悲しくなる[つ
らくなる・胸をしめつけられる]。

(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、140頁~141頁)

第二章 重要語 長文問題『枕草子』<鳥は>


 鶯は、文などにもめでたきものに作り、声よ
りはじめて、さまかたちも、さばかりあてにうつ
くしきほどよりは、九重の内に鳴かぬぞいとわろ
き。人の、「さなむある」と言ひしを、「さしもあら
じ」と思ひしに、十年ばかり候ひて聞きしに、まこ
とにさらに音せざりき。さるは、竹近き紅梅も、い
とよく通ひぬべきたよりなりかし。まかでて聞け
ば、あやしき家の見どころもなき梅の木などには、
かしがましきまでぞ鳴く。夜鳴かぬもいぎたなき
心地すれども、今はいかがせむ。夏秋の末まで老い
声に鳴きて、虫食ひなど、ようもあらぬ者は名をつ
けかへて言ふぞ、くちをしくすごき心地する。
それもただ雀などのやうに、常にある鳥ならばさも
おぼゆまじ。春鳴くゆゑこそはあらめ。「年たち返
る」など、をかしきことに歌にも作るなる
は。なほ春のうちならましかば、いかにをかしか
らまし。人をも、人げなう、世のおぼえあなづら
はしうなりそめにたるをば、そしりやはする。鳶、
烏などの上は、見入れ聞き入れなどする人、世に
なしかし。されば、いみじかるべきものとなりた
れば」と思ふも、心ゆかぬ心地するなり。祭のか
へさ見るとて、雲林院、知足院などの前に車を立て
たれば、時鳥も忍ばぬにやあらむ、鳴くに、いと
ようまねび似せて、木高き木どもの中にもろ声に鳴
きたるこそ、さすがにをかしけれ。

[注]
竹近き紅梅――宮中には清涼殿の庭に竹も梅も植えられていた。
年たち返る――「あらたまの年たち返る朝(あした)より待たるるものは鶯の声」(拾遺集・春)
祭のかへさ――賀茂(かも)祭(葵祭)の斎王(さいおう)が翌日紫野(むらさきの)へ帰る行列。

【現代語訳】
鶯は、漢詩などでもすばらしいものと詠
み、声をはじめとして、姿も顔立ちも、あれほ
ど上品でかわいらしい割には、内裏の中で鳴かな
いのは、とてもよくないことだ。誰かが「そうなん
ですよ(=内裏では鳴かないんですよ)」と言ったが、
「そうではあるまい」と(私は)思っていたが、十年ほ
ど(内裏に)お仕えして聞いていたが、本当にまった
く声がしなかった。そのくせ実は、(内裏の清涼殿の庭
の)竹の近くの紅梅は、(鶯が)よく通って来(て鳴き)
そうな都合のいい場所であるよ。(内裏から)退出し
て聞くと、身分が低い(人の)家の、見所もない梅の木
などには、やかましいまで(鶯が)鳴いている。夜鳴か
ないのも、寝坊な感じがするが、今さらどうしようも
ない。夏・秋の末までしゃがれ声で鳴いて、虫食いなど
と、下々の者は名前を付け替えて言うのが、残念で
ぞっとするような感じがする。それも、ただ雀など
のように、いつ(どこにで)もいる鳥であるならば、それ
ほどにも思われはしないだろう。春に鳴くものだから
こそであろう。「年たち返る」など、趣のある言葉で和
歌にも漢詩にも詠んだりするというのは。やはり
(鶯が鳴くのが)春の間だけだったならば、どんなにか
すばらしかったことだろう。人についても、一人前
でなく、世間の評判も悪くなりはじめた人を、(うる
さく)批判したりするだろうか。鳶や烏など(平凡な鳥)
のことは、目をつけたり聞き耳を立てたりなどする人は、
まったくいないものだよ。だから、「(鶯は)すばらし
いはずのものとなっているから(なのだ)」と思うが、
(鶯が夏・秋まで鳴き続けるのはやはり)納得のゆかない
気がするのである。(初夏の)賀茂祭の帰り(の行列)
を見ようと思って、雲林院、知足院などの前に牛車を止め
ていると、ほととぎすは(季節柄、鳴くのを)こらえ
きれないのだろうか、鳴くのだが、(その声を鶯が)とて
もよくまねて似せて、木高い木などの中で、声を合わ
せて鳴いているのは、なんといってもやはりすばらしい。
(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、222頁~223頁)

敬語の章 長文問題『大鏡』<時平>


(この左大臣は)物のをかしさをぞ、え念ぜさ
せ給はざりける。笑ひたたせ給ひぬれば、すこぶ
る事も乱れけるとか。北野と世をまつりごたせ給
ふ間、非道なることを仰せられければ、さすがにや
むごとなくて、せちにし給ふことを、いかがはと思
して、「この大臣のし給ふことなれば、不便なりと
見れど、いかがすべからむ」と嘆き給ひけるを、な
にがしの史が、「ことにも侍らず。おのれかまへて
かの御事をとどめ侍らむ」と申しければ、「いとあ
るまじきこと。いかにして」などのたまはせける
を、「ただ御覧ぜよ」とて、座につきて、事きびし
く定めののしり給ふに、この史、文刺に文はさみ
て、いらなくふるまひて、この大臣に奉るとて、
いと高やかにならして侍りけるに、大臣文もえ取ら
ず、手わななきて、やがて笑ひて、「今日は術なし。
右の大臣に任せ申す」とだにいひやり給はざりけれ
ば、それにこそ、菅原の大臣、御心のままにまつ
りごち給ひけれ。
 また、北野の神にならせ給ひて、いと恐ろしく
神なりひらめき、清涼殿に落ちかかりぬと見えけ
るが、本院の大臣、太刀を抜きさけて、「生きても
我がつぎにこそものし給ひしか。今日神となり給へ
りとも、この世にはわれに所おき給ふべし。いかで
かさらではあるべきぞ」と、にらみやりて、のたま
ひける。一度はしづまらせ給へりけりとぞ、世の
人申し侍りし。されどそれは、かの大臣のいみ
じうおはするにはあらず、王威の限りなくおはしま
すによりて、理非をしめさせ給へるなり。

[注]
北野――右大臣菅原道真(すがわらのみちざね)。
史――太政官の主典(さかん)で、文書を扱う役人。
座――宮中の公事(くじ)のとき、公卿(くぎょう)が列座する座席。
文刺――文書をはさんで貴人に差し出すための杖。
ならして――「ならす」は放屁すること。

【現代語訳】
(この左大臣は)ものごとの滑稽さを、我慢する
ことがおできにならなかった。(いった
ん)笑い出しなさってしまうと、ずいぶんとものごと
が乱れたとか(いうことです)。北野(=右大臣菅原道
真)と(一緒に)世を治めなさっていたときに、(左
大臣が)理にかなわないことをおっしゃったので、な
んといってもやはり(左大臣は)重々しく、(その人が)
無理やりになさることを、(北野は)どうして(止め
られようか)とお思いになって、「この左大臣がな
さることであるので、不都合だと思うけれども、どうす
ることができようか(いや、できはしない)」と嘆きな
さっていたところ、なんとかという主典が、「(たいし
た)ことでもありません(=簡単なことです)。わた
しが必ずあの(左大臣のなさる)ことを止めましょう」
と申し上げたので、(北野は)「とてもできるはずもな
いことだ。どうして(そんなことができようか)」などと
おっしゃったが、(主典は)「まあとにかく(黙って)
御覧になっていてください」と言って、(左大臣が)座
について、議案を厳しく裁定して大声を上げなさって
いると、この主典が、文ばさみに書類をはさんで、(わざ
と)大げさに振る舞って、この左大臣に(書類を)差し
上げるという(まさにその)ときに、たいそう音高く放
屁しましたので、左大臣は書類を(手に)取ることも
できず、手が震えて、そのまま笑って、「今日はどうしよ
うもない。右大臣に(政務は)任せ申し上げる」とさ
え言い終えなさらなかったので、そのことによって、
菅原の大臣が、お思いどおりに政務を執り行いなさった。
 また、北野が雷神におなりになって、とても
恐ろしく雷が鳴り(稲妻が)光って、(宮中の)清涼殿に
落ちかかったと見えたが、本院の大臣(=左大臣時平)
が、太刀を抜き放って、「(あなたは)生前もわたしの次
(の位)でありなさった。(たとえ)今雷神になりな
さっているとしても、この現世ではわたしに対して遠慮
なさるべきである。どうしてそうでなくてあってよい
だろうか(いや、よいはずがない)」と、(雷の方を)にら
みやって、おっしゃった。(すると、その時)一度
だけは(雷神も)鎮まりなさったと、世間の人が申
し上げました。しかしそれは、あの(本院の)大
臣が立派でいらっしゃる(からな)のではなく、帝の
ご威光がこの上なくていらっしゃるために、(道真公
の霊が、朝廷で定めなさった官位の順序を乱してはならな
いという)分別を示しなさったのである。

(武田博幸/鞆森祥悟『読んで見て覚える 重要古文単語315[三訂版]』桐原書店、2014年[2004年初版]、246頁~247頁)