白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

聴きたいと思う音を弾くために

2009-07-05 | 日常、思うこと
セッションに顔を出してみた。





まわりの音を一切聴かないようにして、
自分の音のみに集中して弾いているとき
ふ、と、耳に飛び込んでくる音、
話し声、スネアショット、弦のこすれ、
携帯電話、グラスの氷、ライドの倍音、
こうしたものが邪魔に感じない状況では
どうやら、いま、ここにある、という、
あっていいんだ、という浸透的な感覚に
素直になってしまう。





形にはめることも完成することもやめて
未だ練れていない、という意味の未練を
追うことにしたところ、
ずいぶん指がまわった。
Body & Soul のコード進行を忘れている
信じられないような自分に気づいて
嫌になりもしたのだが、
まあ先日より、よかったのではないかと
思っている。
演奏としてはAll The Things You Areの
ごく一部、今まで弾いたことのない音が
弾けたので、これをよしとしておく。





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東京でしか楽しめないものに金を使っていると
破産してしまうのだが、
諸々の支障が一人称、二人称、三人称の各々に
発生してしまわぬうちに、五感を用いて十全に
楽しんでしまおう、ということを考えている。
かといって、古代ローマの享楽生活に陥っては
元も子もない。





土曜、無性にとんかつが食べたくなり、
先日、秋葉原の丸五には行ったから、と、
本郷から湯島天神、池の端へと下りて、
鈴本演芸場の裏手にある「双葉」へ赴いた。





週に3日は休み、ランチ営業のみ、しかも
上質の豚肉が入らないときには臨時休業も
辞さないというその店は、
子連れお断り、作業着お断り、ときていて
今のご時世一体何様だ、と言われかねない
江戸気質である。
店のかまえは、洒落気も皆無の無粋な白色
コンクリートに、アルミサッシであって
通常ならば、入る気もしないであろう。





午前11時25分、暖簾が掛っていたので
引き戸を開けると、客は誰もおらず、
どうやら今日最初の客らしい僕に、女将が
丁寧に挨拶をし、一番奥の席へと案内した。
店内は昭和の時代の洋食屋、という風情、
不思議なことに、肉の匂いも、油の匂いも
一切しない。
美味い店は、どこもふつう、清潔である。
品書きには、とんかつ、それだけである。
定食にして、2940円。
これに、エビスの瓶をつけて、3465円。
通常、とてもとんかつの値段ではない。





しばらくすると、店は満席となり、立札を
女将が外の通りへ出した。
しかし、どれほど混雑していても、決して
一人客でも相席にしないらしく、
待ち時間にと手渡された新聞を読みながら
しばしエビスを楽しんだ。
ビールはひとり2本までと決まりがある。
また、完全禁煙。これは好ましいと思う。





待つこと15分、眼の前に供された皿を見、
ああ、これなら文句はない、と思った。
絹糸の如く細く切られたキャベツの柔和な
形象の手前に、目の細かな黄金の衣を纏い
断面はほんのりと桃色を帯びたロース、
余計な脂身の一切を落としてある。
何もつけずに口に運ぶと、ラードの香り、
香ばしい衣、次いで、濃厚なうまみが来て
一切、繊維の感覚のない、ひれ肉のような
やわらかな歯ざわりと弾力感、
これらが瞬刻に過ぎ、喉の奥へ落ちていく。





味噌汁はやや塩気の強い白みそ、その香りが
心持強めに漂う。
キャベツにレモンを絞り、肉、白米、漬物、
味噌、キャベツ、という具合に、
味覚を清浄にしながら食べ進める。





塩、辛子、ソースと食べ方を変えてみる。
やわらかで芳醇な、そして少し懐かしい、
独特の癖を感じるものの、しつこさのない
その肉は、厚さ2cmはあるだろうか。
軽やかでありながら、飲み込まない限り、
旨みがずっと、全身に残っている。
おそらく、上質な肉をじっくりと熟成し
眼の細かな小麦粉と濃厚な卵黄に潜らせ
しっかりと細かなパン粉を纏わせて、
おそらく並ぶもののない技術でもって、
じっくりと低温の油で揚げるのだろう。





食事を終えると、ほうじ茶が供された。
200gはあろうかというとんかつを
食べたはずが、全く、重さを感じない。
雲のようなキャベツの皿をお替りして
おいたからかもしれない。
店員全員の声掛けを背に、店を出た。
奥から、主人の声も聞こえた。





高齢となりつつある主人や、週休日、
あるいは臨時休業の多さも相まって、
この店は幻の店と評されるようである。
それがブランド価値を高めているのだろう。
しかし、それはヴィトンやシャネルのような
それではなく、大峡製鞄や濱野皮革工芸の
それであると思う。





日本最高といわれるとんかつだというので
食べてみたが、間違いないと思う。





さて、次は、鰻か、もしくは、鮨か。
もしくは秋のオーケストラ来日公演に回すか。
ウィーン・フィルも、ジスモンチも、
仕事の都合で行けなさそうで、残念である。






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