京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

うん。しかし、まあ、生きていてみろよ。

2022年10月17日 | 日々の暮らしの中で
郵便局までの道を歩いていると、ふうっと鼻先に漂った香り。橙色の小さな花をびっしりとつけて、金木犀だ。


木犀の漢名は「巌桂」で、たんに「桂」とも言うそうだ『漢語日暦』(興膳宏)。そして、初唐の王績の詩「春桂問答」を引いている。
 「いま桃や李の花が満開なのに、君はなぜ花を咲かせないのか」
答えて言うに、
 「草木がみな葉を落とす時節、私一人が花を咲かせるのをご存じか」

特別な思い出に通じる花ではないが、特に初めて鼻先に香った日など、大げさではなく、自分がこの秋を生きていることを素直に嬉しく喜べる花である。

若い人たちの悲しいニュースが報道されている。
自意識過剰の劣等感で押しつぶされそうだった17歳の頃。現実の全てに不満を抱いていて、死んでしまいたくなることもあった――と熊井明子さんは書いている(『虹を織る日々』)。
そんな気持ちを父親に話したところ、
「うん。しかし、まあ、生きていて見ろよ。きっと良かった、と思うから」
と返ってきた。そしてまた父は本を読み続けた、そうだ。

若いうちに自らを限定してしまわず、のびやかに夢を描き、自分の人生の舵をとってほしい、とあった。その、夢が描けたら…。微妙な年代。熊井さんは父親に話せる関係があったのだ。心の扉を開かせる花の香りも見つからないだろうが、誰か、誰かがいてくれたら。

「なにか一つ夢を持ちなさい。夢はね、必ず叶えなくちゃ駄目なの。叶えると、アラ不思議、あなたの過去が変わるのよ。辛かった過去がキラキラした大切な思い出に変わるのよ」
ゴンママの言葉が思い起こされる(『大事なことほど小声でささやく』(森沢明夫)。
今を幸せに生きるために、小さな声で、大事な胸の内を話せる人がそばにいればいいねえ…。

頼まれた書類を航空便で送ったことを娘に伝えた折、この小説が映画化されることを話すとすでに知っていた。あの本よかったね、と二人で。


コメント (2)
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