京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

「老いは楽しむためにある」

2016年03月14日 | 日々の暮らしの中で

田辺聖子さんは、自分の「夢見力」が牽引力となって老いの身を支えてくれていると言っていた。
いつも好きなものを抱きつづけること、いつも愛する何かを身の裡にひそめ、それをじっくり温め、舌先で味わい、その味を育てようとすることで、自分だけの小さな蕾は、いつか、きっと開くと思う、と。
「老いは楽しむためにある。そう、思いたい」「憤りを発するのも、精神をリフレッシュさせてくれる人生のたのしみである。老いのたのしみは際限ない」とも言われる。素敵なメッセージだ。

たくさんの示唆、発見が詰まった『楽老抄』Ⅱ・Ⅲを読み返していた。良い気分になる。
私は今、自分の関心事を少し学んでみようとしている。充分にはできなくても、やがてそれらがどこかでつながり合う事を期待している。春だもの。

馬酔木の花を見ていると、このたくさんのおちょぼ口から盛んなおしゃべりが聞こえて来るような気がするのだけれど、なんと「小人の国の提灯」に喩えられているのを知った。賑やかにいろいろな声を聞くのも楽しいことだ。
コメント (2)
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