「極楽へのいざない ―練り供養をめぐる美術― 」(9・7-10・20)が龍谷ミュージアムで開催されている。友人とお昼を共にした後、陽かげを求めて汗を拭き拭き西本願寺前まで。京都市内は35度を超える猛暑となった昨日、暑かったこと!
日本最古の着ぐるみ? 岡山県弘法寺に伝わる「被り仏」(上の写真、右に)が展示されている。足元から頭を入れてすっぽりかぶって阿弥陀仏に化身だ。内側には紐があって、左右それぞれの肩にかけて背負う仕組みが図示されていた。ちょうど腹部にあいた穴から外が覗けるらしい。かぶることも立っているときでさえ、両脇からの介助者がいる。
上映されたビデオによると、行者がホラ貝を吹いて先導し、面をつけ、きらびやかな衣装まとった菩薩などがあとに続き、極楽に見立てた本堂からこの世の娑婆に見立てた場所までの往復を練り歩く。この世の往生者に見立てた小さな像を、極楽へと連れ帰るのである。練り供養とはそうした行事であるという。
臨終に際して、極楽浄土から阿弥陀如来とその一行がお迎えに来て下さる。そうした「のぞまれた臨終のかたち」が演じられ、また、浄土への憧れは数多くの来迎図に現わされいるということだろう。
最も印象に残ったのが、この春、訪れたことのある滋賀県坂本市の西教寺所蔵の「山越し来迎図」だった。山の頂に大きな阿弥陀仏が姿を現している。肩から上の姿だけだが、それがやけに大きい。かつて見たことがなく心に残って、あれこれひも解いてみていたところ、南家藤原郎女を主人公にした『死者の書』(折口信夫著 中公文庫)に戻ることもできた。一読した折、メモをとりながらだったので関連する描写を確かめるのも容易だった。
【彼岸中日、秋分の夕。・・・ 夕闇はそろそろ、かぶさって来て居るのに、山すそのひらけた処を占めた寺庭は、白砂が、昼の明りに輝い てゐた。ここからよく見える二上の頂は、広く、赤々と夕映えである。 ・・・ 男嶽と女嶽との間になだれをなした大きな曲線・・・、山 の間に充満して居た夕闇は、光に照らされて、紫だって動きはじめた。 ・・・ 肌、肩、脇、胸、豊かな姿が、山の尾上の松原の上に現れ た。・・・ しづかに、しづかに雲はおりて来る。・・・ 】
「色身の幻」 「… 幾人の人々が、同時に見た、白日夢の類かも知れぬ」と物語は終わっていく。
当麻の邑。中将姫伝説。日本人の信仰、西方浄土…。改めて、いつか再び二上山を仰ぎ見たいという思いがふくらむ。秋彼岸近し。