或日の昼つ方の事である。一人の老婆が、山門の下で雨やみを待っていた。
大きな門の下には、この老婆の外に誰もいない。唯、所々ささくれた、太い支柱の前に、老人用手押し車が一台置いてある。そして、そこにチョコンと腰かける小さな老婆がいた。
その日も、いつの間にかやって来ては、境内に敷き詰めた砂利の隙間に生えた草などを摘んでいた。「おはようございま~す」と声をかけると、お秀さんは必ず立ちあがって一度腰を伸ばす。それからゆっくりと膝に手を当てて腰をかがめる。かわいい笑顔が浮かぶ、いつものあいさつが返ってくるのだった。
「寒いから早く帰って下さいねー」。朝から薄暗かった空は、お秀さんの帰りを待つことなく降り出していた。いつからそこにいたのか…。八十歳に近いお秀さんの足で十分ほどの家まで、車で行くことに。そっと下ろしてあげるはずだったのに、若い人にキャンキャンと礼を言われ、調子が狂ってしまった。
金木犀の香りが漂うこの季節、お秀さんの静かな笑顔は消えた。春の沈丁花、夏のクチナシ、いずれも香りが愛される花である。どんなに愛された花でも、香りから色は生まれない。色の名が生まれたのは「くちなし色」ただひとつ。果実が熟しても口を開かない「クチナシ」。口がなければものも言えない、「謂わぬ色」とも呼ばれるそうな。
いたずらなしゃべりは控え、微笑みを浮かべて生きよと? お秀さん。
もう少しするとその実も熟してくる。
大きな門の下には、この老婆の外に誰もいない。唯、所々ささくれた、太い支柱の前に、老人用手押し車が一台置いてある。そして、そこにチョコンと腰かける小さな老婆がいた。
その日も、いつの間にかやって来ては、境内に敷き詰めた砂利の隙間に生えた草などを摘んでいた。「おはようございま~す」と声をかけると、お秀さんは必ず立ちあがって一度腰を伸ばす。それからゆっくりと膝に手を当てて腰をかがめる。かわいい笑顔が浮かぶ、いつものあいさつが返ってくるのだった。
「寒いから早く帰って下さいねー」。朝から薄暗かった空は、お秀さんの帰りを待つことなく降り出していた。いつからそこにいたのか…。八十歳に近いお秀さんの足で十分ほどの家まで、車で行くことに。そっと下ろしてあげるはずだったのに、若い人にキャンキャンと礼を言われ、調子が狂ってしまった。
金木犀の香りが漂うこの季節、お秀さんの静かな笑顔は消えた。春の沈丁花、夏のクチナシ、いずれも香りが愛される花である。どんなに愛された花でも、香りから色は生まれない。色の名が生まれたのは「くちなし色」ただひとつ。果実が熟しても口を開かない「クチナシ」。口がなければものも言えない、「謂わぬ色」とも呼ばれるそうな。
いたずらなしゃべりは控え、微笑みを浮かべて生きよと? お秀さん。
もう少しするとその実も熟してくる。