古代の史跡を歩く(旧:多摩の史跡を歩く)

川崎麻生区、町田市や、他地域の史跡の記録です。

三河国分寺跡・国分尼寺跡・国府跡(愛知県豊川市)

2025-02-08 12:00:00 | 日記
2025.2.9
◼️三河国分尼寺跡
・愛知県の南東部の都市、豊川市にある奈良時代の遺跡。西暦741年の聖武天皇の命で、全国に作られた国分寺尼寺の一つで、この三河のものは8世紀後半の築造と考えられるとのこと。




説明板



復元された中門




金堂跡





礎石のうち、6つは当時のものであるとのこと。







経堂跡


鐘楼跡。

講堂跡






北方建物跡


掘立柱塀跡


尼房跡


西回廊跡



東回廊跡




◼️三河天平の里資料館
・国分尼寺跡のすぐ南側に、小ぶりな資料館があり、尼寺跡・僧寺跡からの発掘物などが展示されている。説明板は充実しており、たいへん参考になった。中でも、国分寺の塔跡から発掘の、銅製の水煙の破片はきわめて貴重。

(豊川市八幡町忍地108)

◼️三河国分寺跡
・尼寺跡から西に歩いて10分ほどのところに、国分寺跡の遺跡。尼寺跡に比べ、復元展示的な要素はないが、説明板は充実していた。
説明板


西回廊跡


塔跡



礎石が二つ残っている。




二つ目
築地塀跡


講堂跡


南大門跡




平安時代の銅鐘



国分寺跡の北の住宅街にあった「国分寺北遺跡」の説明板。


国分寺跡の西側にある八幡宮。国分寺の鎮護のために作られたもので、15世紀の築であるとのこと。
(豊川市八幡町本郷31)

〈関連遺跡:赤塚山古窯〉
・国分寺跡から北東に3kmの、赤塚山公園にある遺跡。国分寺の瓦を焼いた窯跡が保存展示されている。
説明板





登窯の上部と思われる石組みが5つ。






窯を下から見た様子。
敷地内にある円墳「赤塚山古墳」。
案内板によると、6世紀後半から7世紀初頭のもの。

擁壁や地面も瓦が使われていて、瓦窯跡らしい雰囲気を出していた。

赤塚山公園の全景

(豊川市市田町東堤上1番地30)

◼️三河国府跡
・国分寺跡から西に1km弱のところに、「三河国総社」という神社があり、ここに国府があったと考えられるとのこと。礎石などの遺物はなく、説明板のみ。





(豊川市白鳥町上郷中)





志波城跡(岩手県盛岡市)

2024-11-09 14:00:00 | 日記
2024.11.9
◾️志波城跡
・9世紀の初め(平安時代初期)、桓武天皇の命により、坂上田村麻呂が作った古代城柵の跡が、広大な歴史公園として整備されている。











































〈参考〉
志波城跡から車で約10分ほどのところにある「盛岡市遺跡の学び館」。
縄文時代の発掘物を中心に、歴史史料がわかりやすく展示されている。






盛岡市本宮字荒屋13-1(盛岡市中央公園内)






備後国分寺跡(広島県福山市)

2024-10-25 13:00:00 | 日記
2024.10.25
◾️備前国分寺跡
・福山駅から北東へ車で約30分の神辺町。
現国分寺の参道の入り口に、「南大門跡」の標柱



参道を北に進むと、「塔跡」「金堂跡」「講堂跡」の標柱。いずれも、標柱のみで、礎石などの遺構は、見当たらない。
発掘後に埋め戻されているものと思われる。




案内板



現国分寺の建物。境内にも、古代の国分寺跡の遺構・遺物を示すものはなかった。





◾️小川池廃寺跡
・僧寺後から西に約700m。確定には至っていないようだが、国分尼寺の推定地とされている遺跡。






◾️福山市神辺歴史民俗資料館
・国分寺跡から福山駅に国道313号で戻る途中、「吉野山公園」に上る細い山道を登っていくと、福山市神辺歴史民俗資料館がある。



国分寺の模型
国分寺跡からの出土物(瓦など)が、説明とともに展示されていた。










資料館からの展望


〈参考〉
両遺跡の近くにある、江戸時代の砂防石積み「堂々川砂留」










両宮山古墳(岡山県赤磐市)

2024-10-25 12:00:00 | 日記
2024.10.25
◾️両宮山古墳(りょうぐうざんこふん)
・岡山市の北東部の、赤磐市にある、岡山県で3番目の規模の前方後円墳。5世紀後半の築造。







前方部にある祠。墳丘には登れない。


前方部を西側から。


岡山県赤磐市穂崎)



備前国分寺跡(岡山県赤磐市)

2024-10-25 10:00:00 | 日記
2024.10.25
◾️備前国分寺跡
岡山駅から北東に車で約30分。中国自動車道の北側の平野部に、国分寺跡が残されている。


説明板。国分寺跡と、近くにある両宮山古墳の説明パンフレットがケースに入っていた。





塔跡。




石造りの七重塔(鎌倉時代のもの)が置かれている中心礎石は奈良時代から残る実物、周囲を方形に囲む礎石は当時の位置に置いた模擬礎石だということ。

中門跡


南門跡

金堂跡


西面回廊跡


北面回廊跡



講堂跡





僧坊跡




説明板は丁寧に書かれているが、遺跡自体は整備途中の印象。

◾️備前国分尼寺跡
・僧寺跡から南に約300m、中国自動車道を南方向にくぐった池のほとりに、国分尼寺跡。説明板のみで、遺構は見当たらない。





◾️赤磐市山陽郷土資料館
・国分寺跡から北東に約3キロ、赤磐市役所の敷地内にある資料館。





国分寺跡からの出土物の他に、近隣の古墳群からの出土物(鉄の産地らしく多数の立派な鉄剣、陶製の棺など)の展示が豊富で見応えがあった。