原発は麻薬に似ている。弱い人間をシャブ漬けにし、一度手を出したら最後、次から次へと増設しないとあぶく銭は入ってこないため、住民自ら増設を希望するようになる。ー文中より
http://sharetube.jp/article/2339/より転載
原発是非の本質が示された!! これこそが今日の日本社会の実態だと思う・・・自立できない人間や町が原発に賛成する~小出裕章氏インタビュー
Release Date:2016年04月26日
![原発是非の本質が示された!! これこそが今日の日本社会の実態だと思う・・・自立できない人間や町が原発に賛成する~小出裕章氏インタビュー 原発是非の本質が示された!! これこそが今日の日本社会の実態だと思う・・・自立できない人間や町が原発に賛成する~小出裕章氏インタビュー](http://sharetube.jp/assets/img/article/2016/facebook_ogp_half/2339.jpg)
福島の事故が起きる前から、 原発が安全だと思っている人はほとんどいないはず。 それは推進派も同じ。 原発を誘致した町の人たちだって、 原発が危険なことぐらいよくわかっている
今後の町の発展を考えた時に、 原発なしでも発展できると考える町や人は原発に反対し、 原発がないと発展できないと考える町や人は原発に賛成する。 原発なしで自立できるかできないか。 そこが大きな違いではないか」 (京都大学原子炉実験所・小出裕章助教)
かつて原発計画があったにもかかわらず、 住民の反対運動によって原発を断念させた町を取材している。 今でこそ福島原発事故が起きたからこそ、 誰もが原発は危険なものだと認識しているはずだ。 しかし福島原発事故が起きる前、 場所によってはチェルノブイリ原発事故が起きる前から、 原発反対運動を展開し、過疎地にもかかわらず、 金の誘惑にも負けずに電力会社を追いやった町がある。 なぜそんなことができたのか? 私は不思議に思って取材をしている。 今から30~40年も前といえば、 原発は輝かしい未来のエネルギーであったはずだ。 ましてや原発計画が持ち込まれた町は、 ほとんどがあまり産業のない場所だ。 だから福島や新潟や福井などは原発を受け入れた。 しかし和歌山、徳島、三重などは断固として拒み、 ことごとく原発計画を闇に葬り去った。 一体その違いはどこにあったのか?
出典:自立できない人間や町が原発に賛成する~小出裕章氏インタビュー : 好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライターかさこのブログ
原発推進派も原発を誘致した町や人も、 危険性を認識していたということだ。 私はてっきり推進派は、 政府や電力会社のカルト教団的なやり口に騙され、 安全だと信じきっていたのだと思っていたのだが、 一軒一軒ビラを配るなどして住民運動に加わった小出先生によれば、 推進派だって危険性はある程度は認識していたはずだという。 ではどこに違いがあったのか。 ズバリ、原発なしでも発展できるかどうか、 自立できるかどうかの問題だという。 和歌山日高町の濱さんも、 「原発なしでも経済的に自立できる人は原発に反対し、 原発がないと経済的に自立できない人は原発に賛成する」と言っていた。 伊座利漁業協同組合の組合長、吉野清さんも、 同じような話をしてくれた。 「行政に頼っては真の町の発展なんかできん。 手弁当で自分たちで知恵を出し合って、 自ら町のために活動しなくちゃ、 永続的に町を発展させることはできない。 お上の棚からぼた餅なんかに期待しても、 一時的に町は潤ったとしても長続きはしない」
出典:自立できない人間や町が原発に賛成する~小出裕章氏インタビュー : 好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライターかさこのブログ
原発は麻薬に似ている。 弱い人間をシャブ漬けにし、一度手を出したら最後、 次から次へと増設しないとあぶく銭は入ってこないため、 住民自ら増設を希望するようになる。 電力需要なんか関係ない。 原発を次から次へと作らないと、 シャブが切れて町は死んでしまうからだ。 原発に限った話ではない。 景気が悪いのをすべて政府のせいにして、 景気対策をせがむ国民は、 自立心のない麻薬に頼るシャブ漬け患者だ。 景気対策という名の一時的にハイになれる、 公共事業という麻薬をせびり、 麻薬を大盤振る舞いしてくれる自民党を選ぶ。 もちろん、その麻薬代は国民自ら働いた金で買われるわけで、 金がつきれば国民自ら借金し、麻薬を買う。 景気対策が切れたら景気が悪くなってしまうから、 また政治家に選挙をちらつかせて麻薬をくれとせがむ。 これを繰り返した結果、衰退しきった今の日本がある。
出典:自立できない人間や町が原発に賛成する~小出裕章氏インタビュー : 好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライターかさこのブログ