思索の日記

美しいもの・よいものへの憧れを抱き続けるタケセンの思索の日記です。

わが日本人の集団ヒステリーは、ほんとうに困りものー小沢氏の政治生命を断つまで裁判を続ける!

2012-05-10 | 社会批評

 

わが日本人は、ほんとうに集団ヒステリーだな、とつくづく思います。

どこまで追いかけ回せば済むのか?

どこまでイジメ続ければ済むのか?

これは、わが日本人の国民性なのでしょうか。

何の法律を犯していなくとも、「罪人=悪人に違いない」という空気をいったんつくられたら、そこから逃れられない集団ヒステリーの国。

 根拠がなくても、証拠はなくても、黒・クロ・くろ。

国家権力(強権をもつ検察庁をはじめとする官僚組織の集団意識)とマスコミの共同戦線がつくる空気で、みなの心身は金縛り。

「肩書き人」(東大卒とか官僚とか天皇家に象徴される由緒正しき家系とか)は無条件で尊重されるが、ひとりの人間としての実力者は、胡散臭い者と見られ、嫌われる。日陰者にするまで、あるいは死ぬまで「許さない」。

国家権力が総力を上げて(検察史上最大のお金=税金をかけて)捜査したにも関わらず起訴できず、検察審査会の強制起訴による裁判でも「故意や共謀は認められない」として無罪になった「事件」(検察庁の政治的意図によりつくられた事件ならざる事件)をクロにするまで裁判を続けるという執拗な行為は、人権蹂躙もはなはだしく、もはや「狂気」という他はないでしょう。

今朝の東京新聞の社説・【小沢元代表控訴】『一審尊重の制度改正を』は、正鵠を射るものと思いますので、ぜひ、ご覧下さい。「特捜検察が一人の政治家を長期間にわたり追い回し、起訴できなかった異様な事件」であるとし、「検察による不起訴、強制起訴による裁判で無罪なのに、『黒』だと際限なく後追いを続ける制度には手直しが急務である」と結んでいます。

 

武田康弘

 

東京新聞社説

小沢元代表控訴 一審尊重へ制度改正を

 一審無罪の小沢一郎民主党元代表を検察官役の指定弁護士が控訴するのは疑問だ。そもそも検察が起訴を断念した事件だ。一審無罪なら、その判断を尊重するよう検察審査会制度の改正を求めたい。

 新しい検察審制度で、小沢元代表が強制起訴されたのは、市民が「白か黒かを法廷で決着させたい」という結果だった。政治資金規正法違反の罪に問われたものの、一審判決は「故意や共謀は認められない」と判断している。

 つまり、「白」という決着はすでについているわけだ。検察が起訴する場合でも、一審が無罪なら、基本的に控訴すべきではないという考え方が法曹界にある。国家権力が強大な捜査権限をフルに用いて、有罪を証明できないならば、それ以上の権力行使は抑制するべきだという思想からだ。

 とくに小沢元代表の場合は、特捜検察が一人の政治家を長期間にわたり追い回し、起訴できなかった異様な事件である。ゼネコンからの巨額な闇献金を疑ったためだが、不発に終わった。見立て捜査そのものに政治的意図があったと勘繰られてもやむを得ない。

 小沢元代表はこの三年間、政治活動が実質的に制約を受けている。首相の座の可能性もあったことを考えると、本人ばかりでなく、選挙で支持した有権者の期待も踏みにじられたのと同然だ。

 新制度は従来、検察だけが独占していた起訴権限を市民にも広げる意味があり、評価する。だが、新制度ゆえに未整備な部分もある。検察官役の指定弁護士に一任される控訴判断はその典型例だ。検察でさえ、控訴は高検や最高検の上級庁と協議する。

 指定弁護士の独断で、小沢元代表をいつまでも刑事被告人の扱いにしてよいのか。「看過できない事実誤認」を理由とするが、検察審に提出された検察の捜査報告書などは虚偽の事実が記載されたものだ。どんな具体的な材料で一審判決を覆そうというのか。

 むしろ、「白か黒か」を判定した一審判決を尊重し、それを歯止めとする明文規定を設けるべきだ。最高裁も二月に、控訴審は一審の事実認定によほどの不合理がない限り、一審を尊重すべきだとする判断を示している。むろん被告が一審有罪の場合は、控訴するのは当然の権利だ。

 検察による不起訴、強制起訴による裁判で無罪なのに、「黒」だと際限なく後追いを続ける制度には手直しが急務である。

 
 
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日本テレビの感情論ー国民誘導報道に呆れるー小沢無罪判決に対して。

2012-04-26 | 社会批評

日本テレビの「ミヤネヤ:」という番組を見てのツブヤキ。

事実を無視した若い弁護士の感情論トーク(判決文を小沢=悪という視点で読み変える)を中心にし、マスコミによってつくられた国民感情を増幅する「天才的」!?(笑)な小泉おぼっちゃま議員のコメント=【この無罪判決で政界の闇はますます深まった】を、ヒラリークリントン級の最高の言辞だとしてもちあげ、あくまでも小沢は、悪(=排除の対象)という論理を展開する日本テレビの姿勢に、改めて「戦争賛美と協力」に明け暮れた戦前のマスコミと同じだな、と感じ入りました。ただし、誘導・洗脳の技術は格段に進歩していますが(笑・憤)。もしかすると、自分の頭で考える力が弱まっているテレビ人は、自分で自分の論理破たん=感情論の支配に気付かないのかもしれません。【思考力減退による日本の闇はますます深まっている】のが、わが日本の最大の問題です。情報処理に特化した頭脳ではなく、思考力と判断力の育成が喫緊の課題です。

なお、小沢問題の本質を知るためには、政治的には反小沢である元検察官、郷原信郎さんの「検察が危ない」(ベスト新書)をお読み下さい。明晰な論理による公正な見方を踏まえた上で論じなければ、戦前と同じ過ちを繰り返すことになります。テレビで発言する人は、最低限「事実」を弁える義務があるはずです。感情論によるデタラメな発言は根源悪です。

武田康弘

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ドレイがドレイをつくる社会

  
はりやー

市民目線で白黒つけろと司法に持ち込んで白となると
グレーだグレーだと言い出す人達って本当に何なんでしょうね?

海外から見れば司法と言う手打ちを容認できない未熟な民主主義国家と思われても仕方ないような政界やマスコミ、市民の反応が多いと思います
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すかぶら

こんな裁判を担当させられる裁判官も被害者でしょうね。
へびのあし(蛇足)
契約と納期とどちらで帳簿に記載するのか、
よくあるミスであります。
一応僕は商学部なもんで
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タケセン

「記者クラブ」制度という独裁権力を行使するマスコミは、検察からのリーク報道に依拠し、「官僚独裁体制」を維持する国民操作のための支配機関となっていますね。とりわけ日本テレビは、正力松太郎が原子力エネルギーを広めるために作った洗脳放送局ですから、さもありなんです。一応、反対派も登場させ官僚批判もしながらの誘導ですから、なかなか凝っています(笑)。北朝鮮はヘタクソですが、日本のマスコミはお上手な誘導・洗脳をします。
ジャーナリストとしての自立精神のないマスコミ人は、いわば自身がドレイですから、日本は奴隷が奴隷をつくる社会というわけです(笑・呆・憤)。
 
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約4年長かったですね!(涙) (林)
2012-04-27 23:10:47
 
武田先生へ

読売老害新聞社、朝日東大病新聞社、フジ最低新聞社らを主とした長期に渡る小沢氏圧殺報道に心底怒りを感じていた者の一人とし昨日のニュースでホットさせられつつ、改めて憤慨しております。

郷原氏の書籍並びに上杉隆氏の、
「新聞、テレビはなぜ平気でウソをつくのか」(php新書)

いずれも国民必読書ですね。


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      インチキとデタラメを包む技術者集団 (武田康弘)
      2012-04-28 01:07:31
 
林さん

まったくですね。
受験知・情報処理能力知が知を独占する社会は、土台がインチキです。原理的思考がないので、表層知がすべて。それをソフィスティケートする技術をもつ者が管理者として社会を支配する。
知的教育の根本が間違っているのです。元から変えなくては。
 
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橋下市長に「教師生命かけ反対」…国歌起立せず--ほんものの人間=背骨ある教師にエールを送ります。

2012-03-22 | 社会批評

橋下市長に「教師生命かけ反対」…国歌起立せず
(読売新聞 - 03月22日 07:45)

チェックする(542) つぶやく(3905) 日記を書く日記を読む(1044)
 大阪市教委は21日、市立小計298校で同日行われた卒業式で、大領小(住吉区)の女性教諭(55)が国歌斉唱時に起立しなかったと発表した。

 市教委は、起立斉唱を求める校長の職務命令に違反したとして処分を検討する。市立学校の卒業式で起立しなかった教員は、中学校を含め今春3人目。

 発表では、女性教諭は校長から事前に職務命令を受けた際、「橋下徹市長による急激な改革で教育の破壊が進んでおり、反対の意思を示すため教師生命をかけて座る」と述べたという。

 大阪府内ではこのほか、高槻、茨木、豊中各市の小中学校の卒業式でも教諭各1人が起立しなかったことも判明した。

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戦前のような国家主義や天皇主義が再び大手を振るい、明治天皇(天皇現人神)に捧げられた「君が代」を国歌として全国民に強制するというおぞましい世の中になりました。
上位者、権力者に従うだけの背骨のない日本人ばかりの中で、職をかけ(命がけ)で自分の信念を貫く教師がいることは、とても心強いことです。わたしは、彼ら、彼女らにエールを贈ります。

よしくんぱっとさんの提案ですが、
「君が代」を、「民が代」に変えて大声で歌うという案もあり、なかなか面白いと思いました。
民(たみ)の代(時代)は、千代に八千代に〜〜〜、というわけです。主権者は、われわれ市民・国民なのであり、天皇とは儀礼をつかさどるに過ぎないことを明確にするという大原則がぼやければ(天皇を元首にするという自民党など保守主義者の憲法改正案)、主権在民の民主主義は幻となり、政治家や官僚による「エリート」支配に行き着きます。

勇気ある教師のみなさん、橋下市長などの国家主義者に「非暴力不服従」の闘いを挑み、一人ひとりの自由と人権を守る闘いを拡げて下さい。 『東大話法』の安冨教授の言い方を借りれば、「ショッカー」と闘う自由の守り手「仮面ライダー」となって。

武田康弘

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コメント

条例制定者は、根源悪 (川瀬優子+武田康弘)
2012-03-22 21:58:10

川瀬 優子

魔女狩りのようです…決め事だから??

決められた事が正しいんだと信じていたけど違うこともあるってことをタケセンから学んでま〜す!!魔女狩りに負けず頑張って欲しい!!
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武田 康弘

優子さん、コメントありがとう〜〜。

日本国憲法が定めている基本的人権(主権者である私たち市民が互いに交わした約束)、その核は19条の思想及び良心の自由ですが、これは、多数決で制限することのできない根源ルール(通常の法律の土台となるルール)です。

従って、個人の「思想及び良心の自由」を制限するルール(条例や法律など)を多数決で決めることはできません。平常時の人権制限はすべて無効である、という思想が、近代民主主義の大原則なのです。

それにより、根源ルールに反する法律や条例に対して市民は従わない権利をもちます。ガンディーの「非暴力不服従」(悪法に従わない非暴力の闘い)の根拠は、ここにあります。

橋下大阪市長と維新の会、及び、それに同調した政党は、この権限ルールを破る悪を犯したのです。それに対する教師の抵抗は、人権と民主主義の原理を守るもので、正義(人権思想という根源ルール)の闘いです。悪は、条例を制定した側にあるのです。
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警察と検察の構造悪は、民主主義を潰します。警察官の証言

2012-03-21 | 社会批評

以下は、山崎康彦さんの市民連帯mlへの投稿で、元警察官の仙波敏郎氏の報告です。
以前に警察の裏金の実態をTV(テレビ朝日)でも詳しく報じていましたが、どうしてここまで腐ってしまうのでしょうか。良心のかけらもない人々が直接の権力を行使する公務員であるとは、背筋が凍る恐怖ですし、許し難いことです。警察と検察を監視する第三者機関(オンブズマン)の設置が急がれます。

武田康弘



仙波敏郎氏が「緊急日曜勉強会」で話されたポイント

(1)日本の警察は年間3兆2000億円の予算を持ち、500名のキャリアー
が30万人のノンキャリア警察官と一般職員を支配している。

(2)キャリアが一年間に横領する「裏金」は、自分の告発以前は400億円、
現在は年間200億円。膨大な偽領収書の作成に全警察官が駆り出され てい
る。領収書の平均金額を5000円とすると、偽領収書の数は400億円で
800万枚、200億円だと400万枚となる。

(3)「警察の裏金」の大部分はキャリーアが取り、次に准キャリーアが取り、
残りをノンキャリアと一般職員が取るようになっている。警察組織全体が共犯
関係となり内部告発を許さないようにしている。

(4)2004年暮れ頃、自分が近々実名告発する事を県議員の密告で知った愛
媛県警本部の幹部は自分を呼んで「特進させてやる。好きな部署につけてやる」
という「買収工作」を行った。自分は断って退出したが、その帰り道自分を逮捕しよう
として追尾して来た自動車2台とカーチェイスを展開、上手くまくことができた。

(5)ある時、県警本部の幹部が「仙波をやれ」と部下に命令したが、自分と同期の
出世頭の幹部が「仙波を逮捕したりすれば彼は徹底的に抵抗し死者が出ます」と諌言
したため中止された。「もしも相手が私の体に触ってきたら、柔道、剣道、空手計8段、
握力65kgの私は少なくとも一人は道連れにし て自分も死ぬ覚悟だった」

(6)現職の警官は自分との接触は禁止されているが、すれ違いざまに「感謝」
の言葉を言われる場合が多い。警察官は真面目な人間が多く、彼らは 「裏金」
の存在を疎ましいと思っていて内部告発した自分に対して表立っての支持はでき
ないが共感してくれている人が多い。

(7)ヤクザからも「感謝」されたり丁寧な挨拶を受ける場合が多い。彼らは違
法行為で生計をたてる犯罪者が多いが、少なくとも刑罰を受けて服役し てい
る。一方警察は莫大な金額の公金を横領し、公文書偽造し、脱税行為をしている
のに何の刑罰も受けていない。ヤクザが自分を応援する気持ちはよ くわかる。

(8)自分の著書【現職警察官「裏金」内部告発】(講談社)は全警察官に購読
禁止令が出されているが、数万部売れてベストセラーとなっている。

(9)米国には「キーダム法」という法律があり、内部告発のお陰で公金の出費が
抑えられた場合、内部告発者に節約された税金の1/3が報奨金として支払われ
る制度があるとのこと。もしも自分告発が米国でなされたなら「警察の 裏金」
が400億円から200億円に減ったので差額の200億円の1/3約68億円が
支払われることになる。

(10)鹿児島地検は鹿児島県阿久根市前翅長竹原信一氏を追い落とす為に本気
で逮捕・起訴しようとしていた。竹原前市長は「逮捕されても留置場か ら市長
の職務を果たす」と覚悟を決めていたが、竹原市長から副市長に任命された自分
は担当の鹿児島地検3席の検事に会い「もしも竹原市長を逮捕す れば、鹿児島
地検が300万円の裏金で飲食していた事を暴露する」と言ってその動きを止めた。

(11)警察内でのセクハラは酷いものだ。警察幹部が一般職の女性をレイプし
てさんざんおもちゃにしても表沙汰にはならない。

(12)警察庁国松長官の狙撃事件が発生した時、彼が愛人か恋人かはわからないが、
「家族がいる住居ではないマンションから朝出てきた所を狙撃された」と書いた報道は
皆無だった。自分はこの事件は犯人が捕まらず時効となる、と予想したがそのとおりになった。
警察長長官の年収2000万円で8000万円の自宅マンションと8000万円の愛人か恋人かわからないが家族の住居以外のマンションをどうして買えるのか?裏金で買ったのだ。
そのマンションは一週間後に所有者名義が変更された。

(13)自分は、2004年に「警察の裏金」を実名告発した元北海道道警原田
信ニ釧路方面本部長から一度お会いしたいとの申し出を断ったことがある。何
故ならば、原田さんは警察をやめて8年間の時効が終わってから告発したのであ
り、准キャリアとして裏金にどっぷり使ってきた人だ、との思いがあったから
だった。しかし松山まで来ていただきお会いした途端「自分は何とスケールに小さい人間
だった」と痛感した。原田さんの大きな人間性に感銘し今では一緒に戦っている。

(14)松山東高校の先輩には「検察の裏金」を告発した元大阪高検公安部長の
三井環氏がいる。大先輩には正岡子規や「坂の上の雲」の秋山兄弟がいる。

(15))松山東高校の同期で「仙波敏郎さんを支える会」を結成し代表を努め
てくれ、国賠闘争や全国での講演会活動を全面的に支えてくれた盟友の 元産経
新聞記者東玲治がいる。今自分があるのは彼のおかげだと思っているが、東玲治
は2008年10月21日自宅で倒れ59歳の若さで帰らぬ人と なった。自分
は現場に立ち会ったが、便所の窓ガラスが割れている不審な状況にも拘わらず警
察官は若い研修医に「死因は狭心症だ」と強制するような 断定的な口調で言
い結局不審死扱いされず検視もされなかった。

(16)法務省は実質検察官が支配している。課長職以上のキャリアは60名。
そのうち約30名が検察官出身、10名が判事出身、20名が赤レンガ 組(法
務省生え抜き)。

(17)税関は外国人密入国や麻薬・覚せい剤密輸の捜査権がないので、捜査を
委託する検察官に猛烈な官官接待を行なっている。

▲ 仙波氏の街頭演説

同じ日(3月18日)午後に渋谷駅前で開催された「小沢一郎は無罪!街頭演説
会」で仙波氏がマイクを持って話された内容をブロガーの日々坦々さん がアッ
プしてくれましたので以下に転載させて頂きます。

http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-1441.html

(以下転載)

元愛媛県警の仙波です。警察見張り番をしております。

今、日本の警察は大変なところに入っています。

検察庁も同じであります

無実の人が冤罪で刑務所に入っています。

それは全て警察の裏金が原因であります。

自分が冤罪で逮捕されて初めて警察の酷いことを知るわけです。

今、日本の警察官は約30万人、国家予算3兆2000億円です。

そのうち200億円は、管理職の懐に入っています。

皆さんの税金をねこばばしているのは日本の警察であります。

特に最近の警察官の不祥事は毎日のようにあります。

東京警視庁だけでも、王子警察署で警察官が会社の金を平気で盗んでいます。

湾岸警察のお巡りさんは、落し物のお金160万円をねこばばしております。

犯罪を検挙する捜査する日本の警察は自らが犯罪組織になっています。

そういう意味で、この小沢一郎さんの件も、全く捜査してもおかしな捜査をして
います。

証拠に基づかない捜査をしています。

現に検察庁は起訴を断念しています。

それに対して世論を煽って、記者クラブを利用して、検察審査会をあたかも正し
い組織のように欺いています。

警察の捜査に対して、もっと厳しい目で見ましょう。

自分が冤罪の被害にあって痛い目にあってからでは遅いんです。

今、私は警察見張り番をしておりますが、その中でいろいろな利権に絡むことが
世の中まかり通っています。

原発のガレキの処理もそうです

阪神大震災では1トンあたり2万円で処理できました。

東北大震災では6万円のお金が動いています。

放射能に汚染されたものを各地で処理をする。全て利権絡みです。

皆さん、この世の中のこの動きを、もっと厳しく見なければ、皆さんが被害にあ
います。

どうか、警察の数々の不祥事を見過ごすことなく、厳しい目で監視をしなければ
なりません。

これからもいろいろ厳しいことがありますけれども、どうか皆さん、警察の不正
な捜査に対して、

それをまた、当たり前のように報道する記者クラブの記事に対して、それを全て
真実と思わないでください。

日本の警察は、もう大変なところまで落ちてしまっています。

その中にいた当人が言うんですから、

本当に裏金にどっぷり浸かってしまった警察組織に対して、皆さんがNO、ダメだ
と言わなければいつまでも続きます。

警察の実体をもっと皆さん知りましょう。

そして、ほんとに正しい者が認められるような、そういう社会を作っていきたい
と思って、警察見張り番を立ち上げました。

どうか皆さん、警察の動き、検察の動きを他人事のように思わないでください。

明日は我が身です。

突然、犯人に仕立て上げられて刑務所に行く可能性もほんとに沢山あります。

先日の放火殺人の事件も、証拠捏造の可能性がたくさんあります。

世の中ではたくさん、捏造で無理に罪を着せられて、刑務所に行った方も沢山い
ます。

どうか、警察の動きに対して厳しい目を向けていただくようお願い致します。

よろしくお願い致します。

(転載終わり)


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国家主義(天皇尊敬)の教育を進めるために「維新の会」と安倍元首相が連携。

2012-02-27 | 社会批評

いよいよ、元首相の安倍氏は、大阪の『維新の会』と連携し、【天皇中心思想に基づく国家主義教育】を目指すとのニュースが流れました。

以下は、安倍氏の主張ですが、山県有朋らの明治の保守政治家がつくった「近代天皇制=国体思想」の焼き直しです。

「日本の歴史は、天皇を縦糸として織られてきた長大なタスペトリーだ。日本の国柄をあらわす根幹が天皇制である。・・一つの家系が千年以上の長きにわたって続いてきたのは、奇跡的としかいいようがない。・・特攻隊の若者たちは、自らの死を意味あるものとし、自らの生を永遠のものにしようとする意思もあった。それを可能とするものが大義に殉ずることではなかったか。彼らは「公」の場で発言する言葉と、「私」の感情の発露を区別することを知っていた。死を目前にした瞬間、愛しい人のことを想いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである。」(安倍晋三著『美しい国へ』)

そして、彼の思想に合うように教育を改革するために、教科書を変える、と主張します。

安倍氏のこの本(文春新書)は、『靖国神社』の売店に平積で売られていたのですが、同じく売店の一番前にうず高く積まれていたパンフレット『靖国神社を考える』(小堀桂一郎=東京大学名誉教授)には、以下のように記載されています。

 「『私』というものを『公』に捧げて、遂には命までも捧げて『公』を守るという精神、これが『忠』の意味です。この『忠』という精神こそが、日本を立派に近代国家たらしめた精神的エネルギー、その原動力にあたるものだろうと思います。ですから、『私』という存在を『公』の為に捧げて働き、遂に命までも捧げて『公』を守る、この精神を大切にするということは少しも見当違いではない。その意味で、靖国神社の御祭神は、国家的な立場でから考えますと、やはり天皇の為に忠義を尽くして斃れた人々の霊であるということでよいと思います。
 出征する兵士たちにとっては、自分たちがたとえ戦死してもあのお社(靖国神社)にまつっていただける。あのお社は天皇陛下も御神拝になるきわめて尊いお社である。微々たる庶民的存在にすぎない自分が命を捨てて国の為に戦ったというだけで天皇陛下までお参りに来て下さる。つまり、非常な励みになったわけです。・・・国の為に一命を捧げるということが道徳的意味をもつのは万国共通です。人間にとっての普遍的な道徳の一項目なのです。」(小堀桂一郎)


また、安倍氏のブレーンの中心者である八木秀次氏は、ちくま新書の『反「人権」宣言』で次のように書いています。

 「人権の概念に本来的に欠けている、歴史・伝統・宗教・共同体といった要素、に目を向けて、それらに照らし合わせて自己の主張の妥当性を検証してみなければならない。・・わたしたちは、道徳教育なき「人権」教育に邁進してきた。そのために今日、社会が荒廃し、液状化を招いたのだと気付くべきではないだろうか。
 私たちはもう「人権」という言葉に怯える必要はない、・・「人権」という言葉に惑わされることなく、それぞれの主張の妥当性を歴史や伝統に根差した知恵、我々の社会の道徳や倫理、共同体における相互の人間関係、これらを総合化したものという意味での『国民の常識』に照らし合わせて個々具体的に判断すればよいのである。
 本書がその書名を「反『人権』宣言」としたのは、そのような意味で今日の私たちが「人権」の呪縛から解放され、【国民の常識】に還るべきことを説くためである。」(八木秀次)



上記の彼らの思想(国体主義)を知れば、彼らが、明治天皇に捧げられた『君が代』を歌うことを執拗に強制する理由がよく分かります。わたしたちふつうの市民は、彼らのアナクロニズムの国家主義を終わらせ、「一人ひとりの人間存在の対等性」と「一人ひとりの自由と責任」を前提とする【人権思想】を深める教育を進めるために、【非暴力不服従の闘い】を開始しようではありませんか。わたしは、「愚か者」たちによる支配を許さないために、断固として不退転で闘います。


武田康弘
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土肥先生と一緒にみんなで進もう。先生 負けるな!私たちがついている。

2012-02-07 | 社会批評

官僚主義(エリート主義)的な論調が目立つ『朝日新聞』でさえも、不当な、否、あまりにも不当な東京地裁の判決を「社説」で厳しく批判していますが、土肥元校長の裁判の判決内容は、石原都知事と都教育委員会の役人の独裁的権力行使をそのまま認めるという驚くべきもので、常識をもつ人なら誰であれ呆れ果てたことでしょう。

驚天動地というべき判決で、民主主義の否定・民主主義の自殺行為としか言えません。近代民主主義国家を肯定する人で、この判決を「正当だ」と思う人は誰もいないと思いますが、もし、このブログの読者で、そう思う方がおられるなら、ぜひその理由をコメント欄にお示しください。

この裁判官は、丸暗記の司法試験に合格し、上司の顔を見ることを学んだ官吏に過ぎず、「民主主義国家とは何か」という本質については何も知らない愚かな人間という他ありませんが、こういうところに受験主義(=東大病・東大教)の恐ろしさが現れます。意味を問わない事実学の累積は、社会を元か腐らせ、破滅へと導いてしまいます。不毛なイデオロギーの闘い(ウヨクとサヨク)ではなく、民知という健全な知(ソクラテス的な問答による知)に基づく言動、生き方が求められるゆえんです。

リンク先は、土肥元校長から送られてきた「支援する会」の案内ですが、読者のみなさん、ぜひ、拡散をお願いします。直接民主的な言動がなければ、民主主義は絵に描いた餅・お題目に過ぎなくなります。この下の『東京新聞』にもありますように、【主権在官】(「東大病」者による支配)の官治国家から【主権在民】による民治国家(自分で考える人々による統治)に変えていくのは、わたしたち一人ひとりの小さな能動性によるはずです。ぜひ共に!

※なお、土肥校長は、東京大学農学部卒業ですが、東大病・東大教とは、無縁な人です(笑)。(「東大病」についての対話をご参照下さい。)

武田康弘
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東京新聞、一面5段抜き「主権在官」打ち破れ (官僚によるメディアコントロールの恐ろしさ)

2012-02-05 | 社会批評

今朝の東京新聞トップ記事は、5段抜きで【「主権在官」打ち破れ】です。

正鵠を射る見出しと内容で、マスメディアの責任を果たしています。原発事故以来『東京新聞』の記事はますます冴え、その内容の的確さと深さで『朝日』、『読売』を大きく引き離し、独走です。販売部数も大幅に増えているとのことですが、当然でしょう。われわれ市民は、ほんとうの情報と確かな見識が欲しいのであり、官僚によってコントロールされた「ウソ」を読むためにお金を払っているのではありません。

この記事は、憲法の国民主権を骨抜きにする「主権在官」構造と闘う日隅一雄(ひずみ・かずお)さんへのインタビューです。ひずみさんは、弁護士で元産経新聞記者、末期の胆のうがんと闘う49歳。

以下は、要旨です。

「原発事故での会見で、情報を隠そうとする姿勢には、国民主権の理念などまったく感じられなかった。細野豪志さんなど政治家は割ときちんと答えようとしていたが、問題は官です。官僚は匿名、だから責任を取らない。彼らに有利な情報しか出さず、メデイァをコントロールしようとする。日本の民主主義は上っ面だけ。「主権在民」ではなく「主権在官」なのです。三年前の政権交代を経ても、その構造は生き延びている。

鳩山さんも菅さんも官僚の抵抗でつぶされてしまい、野田政権になり、結局は自民党時代と同じ官僚主導の政策決定となってしまった。官僚は強いのです。民主主義を実のあるものにするためには、国会内に【民主主義を検討する委員会】をつくるべきです。

いま、国民が官を疑い、主権者として考える兆しがある。インターネットという道具を使い、官僚お任せシステムを打ち破れる可能性は出てきた。情報をきちんと伝えれば、国民は関心を持ちます。マスメディアも変わらざるを得なくなる。わたしは、病気になっていま、伝える活動に専念していることに因縁を感じる。これがわたしの果たすべき役割なんだな、と自分を納得させている。」


また、「審議会」という名の詐術(官僚が政策決定を握る為のシステム)を変えるためには「透明性の確保」が必要ですが、それを阻むのが【事務局】であることが指摘されています。この「事務局」の問題は、昨日の東京新聞・こちら特報部でも詳しく説明されていました。

事務局の数名(実際は特定の一人か二人)が人事を握るシステムは、官僚の集合意識(自分たちの利益を守る)により支えられています。この不透明さ、というより【完全な闇】の人事が、官という組織を動かしています。主権在民を意識している官僚などまず誰もいません。国民の税金で雇われているという意識も皆無です。

わたしは、2年前に、2期(1年間)にわたり参議院の行政監視委員会調査室で客員調査員として働きましたが(仕事は『日本国憲法』の哲学的土台についての問答式授業を行うこと)、上記のことは、わたしの体験によっても真実です。

官僚人事が不透明=まったくの闇、これがまかり通っている日本という国家は、どう考えても主権者不在という他ありません。官僚の集合意識(無意識を含む)がわが国を漂流させているのです。

われわれ市民が、主体性をもち、惰性態を変えていきたいと思います。『東京新聞』が一面トップの大見出しで、民主化のために【「主権在官」を打ち破れ】という記事を載せたのは、まさに民主的メディアの真骨頂です。みなでエールを送りましょう〜〜。

追記
昨年、5月の8日に、参議院「行政監視委員」の24名(30名中の24名で、過去最多の参加者数)が【最高検察庁】に視察に入りましたが(日本の歴史上はじめてのことです)、マスコミは何も報道しませんでした。国会からの行政監視という民主主義を担保するための大仕事、冤罪が続く検察の不祥事の元を正すための国会議員たちの勇気ある行動(ほんらいは当然ですが)を伝えないマスコミ。なんというテイタラクでしょうか。


武田康弘


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コメント(mixi)


2012-02-06 12:59:43
リーフ(♪)2012年02月05日 22:03

リンク先(武田康弘さん・金泰昌さんらの参議院におけるパネルディスカッション)の
自由対話を拝見し
橋下市長の競技ディベートと
随分違うものだと思いました。
こうした
自由対話なき政治と言うのは
主権在民封じ込めの大きな重石になってますね。
――――――――――――――――――――
タケセン2012年02月05日 23:11

権力をもって議論するのでは、議論=自由対話にはならず、卑怯対話(対話ではなく押し付け)にしなりませんよね。
民主的倫理に基づく「対等な立場での自由対話と議論」に依拠するのが民主制社会を動かす原理なのですが、それが分からず、民主主義とは多数決のことと考えている人ばかり(愚)。最後の手段の多数決を本質と考えるのでは、民主主義は、ひどく歪んでしまいます。
人権まで多数決で縛れると思う人まで出てきます(呆・憤)。
「自由対話なき政治と言うのは主権在民封じ込めの大きな重石になってますね。」
は、まことにその通りと思います。
――――――――――――――――――――
リーフ(♪)2012年02月06日 11:20

タケセンさん、

日本人は、
多数決=民主主義と思わされてますね。

形式的な対話、
権力を背景にした対話で、
一気に多数決に行く。

自由な対話により、
少数意見が忌憚なく言論で多数意見を
追及し、攻撃し、
少数意見が多数決に成長する可能性を保障する制度が、
民主主義。

ことに行政の審議会なり
行政委員会なりでは、
政党色を離れて
権力色を離れて

自由対話が必須だと思います。

審議会、行政委員会に限らず、
司法、行政、立法、
学校、その他、
民主主義を前提とする
多くの場で、

日隅さんが提案されてる
【民主主義を検証する委員会】なり、
そうした、
民主主義をチェックするシステムが
制度として存在することが必須ではないか、
と、私は思えます。

政党色、権力を振りかざし、
競技ディベートでやりあっても、
意味がない。
セレモニーとしての質疑応答では、
意味がない。

自由対話を保障した環境下で
社会科学的なシステムを提案し、
検証することは、
必要ですね。

それを、
権力を背景に、
当選は民意によると、権力を振りかざし、
公選されたと言う公選権力を振りかざし、
基本的人権まで多数決で制限したり、
縛り上げる規範を作るのは、
もはや、
民主主義じゃない。

民主主義の土台をぶち壊す多数決は、
もはや、
民主主義ではない。

(追記)

橋下市長、大阪維新の会の
人事監察委員会などと言う、
職員の5段階相対評価の実施がしっかり行われているかを見張り、
密告で監察する委員会などは、

日隅さんの提案する
【民主主義を検証する委員会】とは真逆。
【ファシズムが行われていることを検証し、強制する委員会】に
ほかならない。
―――――――――――――――――――
タケセン2012年02月06日 12:32

リーフ(♪)さんの上記のコメントは、完全に正しいと思います。

「民主主義は開かれた自由対話に依拠する」というのは、特定の意見ではなく、原理中の原理ですから、家庭と学校教育の中で実践されなくてはなりませんね、その実践なくしては、絵に描いた餅にしかなりません。 対話による考える頭の育成が必要ですーその意味でも受験主義の勉学は最悪です。

核心は、われわれ一人ひとりが、日々、「民主的倫理」に基づいて考え・生きることの実践です。それが人として生きる(=愛情と内面の豊かさをもって生きる)上での幸せ・充実をつくるのですから。

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優れたメッセージ性をもつ『カーネーション』(NHK)

2012-01-28 | 社会批評

わたしは、NHKの連続テレビ小説『カーネーション』を楽しみに見ています。

主人公の糸子は、
ものの見方が明確でブレることなく自分の思いと考えを貫きますが、
同時に、
実際問題から逃げず、現実をしっかり引き受ける粘り強さを持ちます。

情に厚く、豊かな人間味をもち、筋を通すので、見ていてとても気持ちがよいのです。自分にまっすぐで率直な糸子の言動は、感動的です。

こういう優れたメッセージ性をもつドラマが多く必要だと思います。優れた生き方の見本がないと、よい社会にはなりません。


武田康弘
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「弱者は切り捨て」で、どういう日本にするのですか?経済同友会・長谷川代表に公開質問状です。

2012-01-23 | 社会批評

あなたは、なんのために会社の経営しているのでしょうか?
少しでも多くお金を自分のもの、自分たち一族のものにするためですか?

お昼のNHKニュースで、「社会保障の費用を切り詰めろ」という経済同友会・長谷川代表の話しが流れましたが、「弱者切り捨て」でどういう日本をつくろうと考えておられるのか、お聞きしたいと思います。

――――――

近代民主主義国家は一般福祉のために存在しているのであり、
弱肉強食でよい、
弱者は切り捨て、
格差はOK、
というのならば、国家が存在する理由は元から消えます。

わたしは、経済界の代表は孫正義さんやビル・トッテンさんのような優れた民主的思想をもつ経営者がなるべきだ、と思っています。


武田康弘
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堺屋太一さん、橋下市長をたしなめて下さいー狂気の「君が代条例」

2012-01-19 | 社会批評

「君が代」は明治天皇に捧げられた歌で、天皇賛歌ですので、天皇家の人々は歌いません。また、現天皇の明仁さんは、東京都教育委員(当時)の将棋指し米長邦雄さんに対して、「強制にならないように」と釘を刺しました。

明治天皇賛歌は、そのまま天皇家の歌にしておけばよいものを、1999年に法律で国歌としてしまったために、日本国民の不幸の種になりました。「桜」か「故郷」を国歌にしておけば、このような不幸は起こらなかったのです。

それは、さておき、15年戦争のシンボルにまでなってしまった「君が代」(これは天皇家にとっても迷惑)に拒絶反応をもつ教職員の思想・信条を「条例」で縛るという愚行(「憲法」および「世界人権宣言」に反する行為)を防ぐために、良識人の一代表である堺屋太一さんにはぜひ頑張ってもらいたいと思います。大阪改革のための委員を引き受けられたのですから、よろしくお願いします。

わたしが橋下さんの教育思想を真正面から批判すると彼は頑なになるでしょうから、近くにいる堺屋太一さんが意見するのが最善だと思います。


武田康弘
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橋下君、引っこみなさい(怒)こどもと女性が中心で決めるのですー国家主義にはレッドカード!

2012-01-18 | 社会批評

昨日、ブログを出しましたが、最高裁の判決を無視し、挑発発言を繰り返す橋下市長と府知事の発言ー「教育の政治管理」をテレビで見、わたしは激しい公共的憤りを覚えました。

教育の具体は、こどもたちを中心にし、教師と保護者のサポートで決める、という民主主義の大原則を否定し(大胆なまでに文部省の権限を現場に移譲したところにフィンランド教育改革の大成功がある)、
議会で政治権力により特定の方向性を与える(従わない教師はクビにするという強権の正当化)というのは、
ドイツのヒトラーの思想・政策、日本の治安維持法による戦前の思想・政策とまったく同一であり、ハレンチ極まりない言動です。

わたしは、橋下市長と討論したいと思います。わたしとの討論ということになれば、橋下市長は逃げるかもしれませんが。


武田康弘
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安全性は二の次のこと、原発導入を急げ!正力松太郎ら有力政治家らの意思。

2011-12-14 | 社会批評

一昨日のブログ『原発を進めた中心者―中曽根康弘元議員―反省なしは反道徳的態度です』の続きです。


『東京新聞』は、連続で、原発導入の経緯を一面トップ記事で伝えていますが、
今日の第3回では、【耐震に問題を承知で英国型を導入】という事実を明かしています。

1958年2月決定
「原子力開発の現状を探る英国訪問団は、耐震性の欠陥を認識していた。」
しかし、
「西側で当時、商業用発電に成功していたのは英国の黒鉛炉だけだった。後に世界の主流となる米国の軽水炉は、まだ実用化されていなかった。
『急ぎならこれが良いんだというのが一番大きな理由』英国から帰国後の57年1月8日、物理学者で原研理事の曽我根遼吉は、外務省で講演し、こう明かす。安全性でも将来性でもない。(政治家と財界のドンの)決め手は、『早さ』だった」


わが国の支配的階級に属する人々の実態は、こういうものでした。ふつの人=民の良識につく民主主義政治への転回が必要です。


※正力松太郎は、戦前は警察幹部、A級戦犯。読売新聞社長、日本テレビ創設者。衆議院議員、原理力委員会初代委員長


武田康弘



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原発を進めた中心者―中曽根康弘元議員―反省なしは反道徳的態度です。

2011-12-12 | 社会批評

日曜日の『東京新聞』の一面トップには、
学会尻目に電撃予算――1954年3月の提案
政界主導「札束でほっぺたを」

という見出しが躍っています。


「藤岡由夫(東京教育大教授)は、国会に出向いて反対を唱えるが、原理力予算案は3月4日に衆院を通過。本人は後に否定したが、小田原評定を続ける科学者らに、中曽根はこう言ったとされた。
『あんたたち学者が昼寝しているから、札束でほっぺたをひっぱたいてやるんだ』」(一面の記事のコピー)


中曽根康弘元議員は、正力松太郎と共に強力に原発を進めた中心者であり、その手法の徹底ぶりは驚くべきものでした。NHKでも放映されましたが、正力は、新聞、テレビを用いて情報操作をしてまで原発を導入したのですが、彼以上の政治的中心者であった中曽根元議員は、福島原発事故の後、沈黙したままです。

ふつうでは通らなかった原発予算案を通させたのは、中曽根一流の作戦があってのことでしたが、反対者が圧倒的に多かった原発をあらゆる手を使って実現させた彼は、同時に執拗に【道徳教育】(国家主義の観点から上位者に従わせる教育)を推進した人物でもありました。

では、自分自身の「責任」はどう取るのか。ダンマリを決め込んでいるのは、反道徳的行為としか言えません。


武田康弘


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ざらすとろ2011年12月13日 08:45

道徳を振りかざす奴ほど倫理的じゃないんですよ。あの中身の無いお調子者の中曽根の辞書に責任という語彙は存在しない。
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すかぶら2011年12月13日 09:37

ビキニ事件の頃でしたかね?
へびのあし(蛇足)
中曽根は海軍主計の将校でしたから、
兵は数字と思ってたのでしょう。
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タケセン2011年12月13日 12:56

ざらすとろさん

まったくです。道徳教育をいう大人は、他者のことではなく、自分自身を問題にすべきです。どだい、君たちは道徳的たれ!と言うこと自体が、道徳的ではありません。道徳とは自己についてであり、他者への命令ではないのですから。

すかぶらさん

「中曽根は海軍主計の将校でしたから、 兵は数字と思ってたのでしょう。」

そうですね。
彼のような国家主義者は、国家があって国民がいる、という逆立ちした想念に囚われていますので、根源ルール=社会契約論の意味を知りません。
特権者を認めず、対等な存在である市民の自由を互いに認め合う上につくるルール社会、という近代社会の原理を踏まえない政治家は、ほんらい民主主義の国では活動を認められないのですが、危険で本質的に愚かな輩がまだまだ大手を振るっていますね。
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ざらすとろ2011年12月13日 20:12

人口に膾炙されている道徳とはその価値基準は他律的なものとして機能しているので、私は道徳を否定します。私には私を律する自律的な規範こそがあって、それこそのみが私の従うべき掟であり、倫理です。
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タケセン2011年12月13日 21:55

まったく同感です。

ほんらいの道徳、言葉の優れた意味での道徳とは、自分のありよう(存在仕方)への意識の明晰さの程度をいうので、倫理と呼ぶほうが適切です。
中曽根ら国家主義者のいう道徳とは、外的規範(何かしら越的視点からの規範)にすぎず、わたしもそれを認めません。
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ざらすとろ2011年12月14日 08:12

実は人間はそういう外的な規範(ドクサ)から自由ではないのですが、そういう外的な規範そのものを批評し、外的な規範を乗り越えていく自律的な規範獲得によって、初めて、人間は道徳を問う事が出来るのだし、人は人として生きていると言えるのではないでしょうか?

ところでサドの小説に出てくる悪漢たちについて如何思われるでしょうか?
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タケセン2011年12月14日 09:18

ざらすとろさん
深いコメント、感謝です。

「外的規範」(その時々の社会常識)と「内からの命の働きに基づく倫理性」との緊張が強く豊かな倫理を生む、とわたしは思い、それを日々実践しています。
倫理の絶えざる吟味・創造こそが人間の生の意味深さの源泉だと考えています。

わたしは、サドの暗黒を引き受けない倫理とは、陳腐な底の浅い道徳=人間でしかないと思っています。



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多様な価値観の共存が優れた国をつくるー『NHKクローズアップ現代』トルコを取材

2011-12-07 | 社会批評

トルコの宗教はイスラム教ですが、政教分離政策をとり、徹底した世俗化(=市民社会化)を進める中東の要の国として知られます。
いま、市民革命により急速な民主化が進むアラブ諸国、その先進モデルともいえるトルコを取材したNHKの『クローズアップ現代』を見ました。

国谷キャスターの質問に対して、トルコの首相首席補佐官は、多様な価値観の共存こそが市民社会と国家を優れたものにすると主張し、東西文明が融合する地点にある(アラブとヨーロッパとアジアとアフリカの合流点でもある)トルコが進める多文化主義の意味と意義を説明していました。知的にして情熱的、柔軟にして自信に満ちた首相補佐官の言葉を聴きながら、ふと、思いました。

2600年前、地中海に面した港町のミレトス、この世界に開かれた交易の中心地から「普遍的な考え方」を求める営みが始まりました。哲学の祖と言われるタレスら自然哲学者たちは、宗教的な考え方・生き方を超えて、人間と自然について考える「原理」を見出そうと努力したのですが、それが哲学の始まりです。

いま、文明の転換期に際して、同じ地から(当時のミレトスはギリシャ領)宗教的思考とは異なる豊かな普遍性=人間性をもつ考え方が生まれているーー
トルコの首相首席補佐官の言葉を聴き、その表情と態度を見て、
うーーん、と唸り(笑)、感心しながら、そう思ったのでした。


武田康弘
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警察と検察は、一般市民の敵なのか。堕落は底なし。

2011-12-03 | 社会批評


少し精神の活動の弱い人を捕まえて、誘導や脅しでウソの自白をさせ、犯人に仕立て上げる警察お得意の手法は今日まで後を絶ちません。

今回の冤罪事件(福井市の前川彰司さんの事件ー再審決定)にしても、唯一の証拠となった目撃証言は、前川さんの友人を警察に呼び出し、「もし、あなたが罪を犯すようなことがあっても見逃してあげるから」と言って、刑事が作文した全くの作り話をさせたとのことです(TVで友人が告白し、謝罪していました)。

刑事は、自分の手柄にするためには何でもする、これでは北朝鮮等の独裁国家の警察と同じです。警察を監視する市民オンブズマンがある北欧の進んだ民主主義国に倣い、警察を主権者である市民が見張り、人権と民主主義思想に反する悪徳警察官や刑事を告発し罰することができる制度の新設が必要です。

検察も警察に追随し、いい加減な仕事しかしていませんが、彼らの人権感覚のなさも唖然とするほかありません。元検事の郷原信郎さんも証言していますが、検察官は自分と組織のため(私益)しか考えず、【公共】という意識はまるでないとのことです。ストーリーをつくり、それに沿って証拠までつくってしまう検察官、シロと知りつつ、決定した方針のままに起訴する検察という組織。倫理などどこ吹く風です。

われわれの税金を使って集めた証拠も、検察庁は隠匿して公開しない。公開しないことを検察庁出身の最高裁判所の判事が許可する!検察庁に支配された裁判所、否法務省全体が検察の支配下にあるおぞましい事態については、一昨日の『NHK・クローズアップ現代』でも取り上げ、批判していました。

主権者が主権者のお金で雇っている警察官や検察官が、人権と民主主義思想を踏まえず、自分たちの利益のために働き、次々と冤罪を拵える。この危険な【暴力装置】の人事と組織を根本的に変えるのは、主権者の代行者である国会議員の役割です。彼等がその役を果たせなければ、議会制民主主義は死んでしまいます。


武田康弘
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