山村留学体験記&棚田復活!         あの山の向こう

横浜→長野へ山村留学した長男(中学3年間)と次男(小4-5)の記録と山留「その後」+山村の耕作放棄棚田の再生挑戦記♪

お金の大切さ・・・?

2010年03月27日 | Jo(山留小4時代)のこと
年に何度か・・・・

Joから言われることがあります。


「 お母さん、 ぼくのお年玉とか どこにあるの??? 」

( うっ、、、 来た、、、)

「 あ~・・っと、 Jo もらったお札に名前書いてある? 」 と・・とぼけてみる、、


最後は とりあえず

「 一応 郵便局のJoの口座に入れてあるよ 」 と答えておく。。。。


「 とか言って お母さん使ってたりして~ 」 ( そういうところは鋭いな~ )

「 いやいや~ 大丈夫~・・・ Joが大人になった時まで溜めとくから・・・ 」


そのうち 余裕ができたら積み立てしないとなぁ。。。
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命の大切さ

2010年03月27日 | Jo(山留小4時代)のこと
「 命の大切さ 」 について Joには これまでも

何度となく いろいろな話をしてきました。


感情的になってしまうと 思考回路が停止してしまうのか

とても危険な行為をすることがあるJo


今日は 家でお昼を一緒に食べながら・・・

歴代の担任の先生の中で 一番厳しかった先生はだれだったか・・ みたいな

話の中で 回想。


Jo 「 小1の○○先生は ほんとに厳しかった。」

私 「 漢字の練習の点線なぞる宿題、 ずいぶん苦労してたよね。

    ほんのちょっとでも 点線からはみ出ただけで

    Joは この世の終わり~ ぐらいに キレてたもんね~

    床や壁に 頭打ちつけたりしてさ、、、、

    でもさ、 もし あれで死んでたら あとあと・・・

    Joはどうして亡くなったんですか? って聞かれて

    点線から字がはみ出したので・・・ なんて 恥ずかしくていえないよねぇ。

    せっかく やっとの思いでこの世に生まれてきたのに

    神様も おい、おまえ、それはないだろう~ って言うよね~ 」


それを聞いたJoは 大爆笑! ふたりで大笑いしました。



けれども・・・ 真面目な話、

そのときだけの感情で・・・ 些細なことで うっかり命を落としてしまっても

もう戻っては来れないわけで 後で後悔してもどうにもならない・・


感情の行き場がなくて その場から消えてしまったり

想いが伝わらなくて 放心になって 危険を顧みない行動をとったり・・

それが どういう結果を招くのか

なぜ 自分の命を大事にしなければいけないのか

しつこいくらいに Joには 伝えていかなければと思う私です。。。。



一応・・ 自分なりに 意識して 感情コントロールに挑戦し

この1年の中で それなりに手ごたえを感じている Joなので

この調子で もう少し上手に ストレス発散や

お友達とのトラブル解決法を 身に付けられたらいいなと思います。。。


笑いに代えて Joには大うけでしたが

本当に Joは うっかり大事なものを落としてしまいそうな子なので

内心は ハラハラしている母であります~



余談ですが この1年で Joは 字が格段に上手になりました。

修業後 家で 小中全校生徒の書いた文集をめくっていて さらにびっくり。

他のクラスに比べて Joのクラスの子供たちが ほぼ全員 字がきれい。。。


そして 日常的に 担任の先生から 「 丁寧に字を書く 」 

厳しい? 指導があったことを Joから聞いて 納得しました。

早いうちに こういうことを矯正してもらえると

その先 子供たちの自信にも繋がるのではと思います♪

先生の取り組みが ひとつひとつ きちんと結果を生み出していることを

節目節目に 見える形で感じられ 

有難いなぁ・・・・と 思うことが多かった1年でもありました。



motoは 点線のなぞるところから やり直しが必要、、、、
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禁止5か条

2010年03月26日 | moto(山留~中3時代)のこと
motoは 長野の山村留学先のクラスメート宅へ お泊りに行くと

張り切って 早朝に家を出て行きました。。。


横浜の自宅からだと 4時間半の道のりですが

電車の乗り継ぎも 何度か こなして大分慣れたよう。

乗り継ぎで 寝過ごさない限りは 心配はないですね。。。


同級生はみな 進学先の準備などで忙しくされているはず。

あまりご迷惑にならないといいのですが。。。。

motoも、戻ってきたら すぐに 3泊4日の進学ガイダンス&オリエンテーションが

始まります。



さて・・・

あらゆる女子から 「 鈍感 」 と言われる moto(笑) ですが、

ちょっぴり モテ期? だったらしいこの一年を振り返って・・・


私 「 八方美人は 誤解されやすいし 無駄に 期待させたり 

              傷つけたりするから 気をつけなね。。。 」

moto 「 八方美人って 何?? 」

私  「 好きな子だけじゃなく みんなに優しくしたり よく思われようとすること 」

moto 「 え?? それ いかんの??? 」

私  「 友達としての優しさなのか 恋愛感情があっての優しさなのか 区別つかない

     ような優しさは 誤解をまねくよ~~ 

     ましてや 彼女がいるなら そこははっきりしないとねぇ。。。 」

moto 「 ・・・・・・・・・ 」 ← 思い当たる節があるようだな、、、



まぁ 山留生や学校の中では 本当にみんな 男女関わらず 仲がいいので

その境目を 相互にクリアに読み取るのは 意外と難しいかもしれないのだけど・・・

motoの その類稀なる? 鈍感力に やきもきした人は 現実にいたらしい。。。。

motoが あの時、 気がついていたら・・・ねぇ・・ という、

後の祭り~ 的な話もちらほら、、、、


なんか・・・・

motoは まったく自分で自覚のないままに うっかり 

「 ふたまた 」 になってたりしそうな・・危うさを感じる(^^;
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親の覚悟

2010年03月23日 | 優しい時間
子供たちを 初めて山村留学に送り出した春・・・

motoは中1から、 Joは小4からのスタート時期を

ちょっと振り返ってみると・・・


motoは 小3から短期の山村留学に行っていて 4年生あたりから

1年の山村留学に行きたいと たびたび言っていたので

「念願かなって」 の 山村留学だったから

親子ともに心の準備は万端。 


入学を目前に控えたこの時期は

慌しく準備をしながらも 特に不安なく家族の時間を楽しんでいました。

とりあえず、「 1年 」 という 父親との約束もありましたが

私としては 「 motoは行ったら中学卒業まで帰ってこない 」 だろうと

思っていたので ある意味 覚悟は決めていました。


覚悟・・・ といえば

夫婦で話したことがあります。


つまりは 親が手元から離して 子供を まったく目の届かない地へ送り出す・・

ということは、 その先で たとえどんなことが起きようとも

全ては 送り出した自分たちの責任である・・・ということ。

万が一のことがあったとしても 子供を責めることなく 他者を責めることなく

全てを受け入れようと。


腹は決めたつもりでも 現実になったら どうなるかわからないけど

でも それは 親子一緒に暮らしていても 同じことで

どのみち 親が四六時中 子供とくっついて いれるわけではないし

学校で起きてること 登下校中、 塾で、 友達と・・ 遊びに行った先で・・

どこにでも ネガティブなことが発生する可能性はある。


まだ未成熟な自分の子供が 能動的に起こす可能性も否めないし

子供に非がなくても 巻き込まれたり受動的に起こる事もある。

人為的ではない 自然災害も含めて

どこで誰とどんな風に暮らしても 生きてる間は 危険と隣りあわせで私達は生きている。



話が飛躍するように思うかもしれないけど

そもそも論で

私達は なぜ人として この世に生まれてきたのか・・・ というところに

たどり着く。


今 縁している場所、 縁している人々は

どうあれ、 やはり自分にとって 深い意味持っていること・・を感じている私は

子供たちが なぜ私たちの元に生まれてきたのか

私たちが この時期に この家族のなかの「自分」として生きている意味を

よく考える。

そして それぞれに 生まれてくる時に 「 宿題 」を持ってきているのだと

私は思っている。

宿題という以上、 当然 楽しく幸せなことばかりなわけはなく

むしろ 宿題は自分にとって難題が多いはず。

それは超えないと 終われない宿題。 先送りしても やがてまた向き合う時は

やってくる。


そんな中で 似たような宿題、 または反転的な宿題を持つ人時と場を共有し 

宿題をクリアした人は ステップアップした環境へ

先送りしたり、レベルが合わなくて ステップバックが必要な場合は

それなりの環境へ・・・

学ぶ場を変えながら 寿命まで魂を磨いていくのが 「 人生 」 なのだと

いうのが 私の持論。

子供たちにも そういう話を折に触れすることがあります。



だから 縁あって この山村留学に送り出すことは

親子ともに 必要な 「 魂磨き 」 の場が そこにあり

村のしきたりに寄り添い

センターのルールに従い

農家さんの家庭方針に委ね

関わる人々を信頼し、 そして子供を信じて

全てを預けるつもりで 手放す 「 覚悟 」 をしているつもりです。


そうでもなければ 

短気で脱走癖が完璧に治っていない? 10歳の子を

山村留学に出すなんてことはできないこと。


それでも この1年、 正直 Joのことがとても心配でした。

なぜかというと 100% Joの意志での山村留学ではなかったから。

「 行ってもいいかな・・ 」 と 「 行きたい! 」 は やっぱり違う。

そんな中で もしものことがあったら

きっと私達は Joに対しても 周囲の方に対しても

Joを送り出したことを後悔したかもしれない。

ちょっと ハラハラ ドキドキの Joの1年でした、、


なので 今回の・・・・

Joが 親の私たちに相談もせずに 

「 ぼくは 山村留学 継続します! 」 と意気揚々 宣言した その言葉を聴いて 

心底 ほっとした私です。


これで やっと Joの山村留学に対して

本当の意味での 「 覚悟 」 ができました。



子供には 子供の 「 魂 」の 意志があると思っています。

心の絆が しっかりと感じられていれば

親子は 必ずしも一緒に暮らしていなくても ちゃんと「家族」として

ともに生き ともに成長していけると 信じています。


motoを 山村留学に送り出すとき ブログにも書きましたが

もし、 親子関係が悪く 家庭内に問題があり

心が離れてしまっていたら 逆に 子供を家から出すことはしなかったと。

親子関係が良好で 心の絆を互いに感じられるからこそ

子供の今を信じ 子供の未来を信じて  

全てを山村留学先に 委ねようと思えたから 送り出しました。


発展途上の子供の成長期ですから 山村留学の3年間の間には

当然 たくさんの方に迷惑や面倒をかけましたし

moto自身 思春期のまっただ中 いろいろな苦悩がありました。

そしてそして・・ たくさん いい事もありましたし

周囲の方に 感謝されたり 喜んでいただくようなこともありました。



山村留学先で 「 暮らす 」 ということは

それは 一時的な観光旅行でも イベントごとでもなく

全てにおいて その場の慣習の中で 「 生活 」 として根付くことを意味すると

思います。

意識的に学ぶ・・・ 考える・・・ というより

習慣の中で 定着し、 毛穴から染み込むように 無意識に身につくものがあって

はじめて そこで 「 暮らした 」「 生活した 」 と。


motoが 受験で帰省した時 一緒に行った スーパーの野菜売り場でひとこと・・

「 お母さん! これって 今 旬(の野菜) じゃないよね~

    都会のスーパーって 年中 何でもあって 感覚 狂うわ~ 」


私以上に 旬の野菜を よく知っている。

そんな小さなことですが

motoは 八坂・美麻で 体験学習をしているのではなく

「 暮らしている 」 のだと実感した私です。

3年もやっていると こんな風になるんだなぁ~と 感心すると同時に

motoは 八坂・美麻の子になったんだなぁ~と うれしく思いました。



そんな覚悟を 山村留学に子供を送り出している 親御さん全員がしているかどうかは

わかりませんが・・・・

でも 私が受け入れる側だったら そのくらいの覚悟で送り出してもらえなかったら

やりきれないなぁ~~ と思います。

受け入れる側の 覚悟は 送り出す側以上のものがあるはずと思うから。


親ができないことを 山村留学先で与えていただいている、補っていただいていることを

子供たちを通して 実感しています。


子育てにおいて 何が正解か・・なんて誰にもわからない。

親だって 紆余曲折、、、、自問自答の毎日。

育った環境も 価値観も個性も バラバラの子供たちが集まり

1年をすごす山村留学の現場では おそらく一難去ってまた一難・・・みたいな

忙しない子供たちとの攻防?があることと思います。

我が子 一人2人でも結構 手をこまねいたりしてるくらいなので

さぞかし 山村留学の現場では 骨が折れることと思いますが・・

そんな中で センターの指導員さんも 農家さん、 学校・・

その時々の状況において 悩みながらも ベストを尽くしてくれています。


創設者の意志に賛同し 子供を思う気持ち、 子供の心と体を育てる気持ち、

山村留学に関わる意義の深さを思わずして

「 この場 」 を共有することは 現実的に 非常に難しいことと感じています。



もしも 「 信じる気持ち 」 と 「 委ねる覚悟 」 が持てないとしたら

やっぱり 自分の手元において 子育てをするほうがいいのかもしれない・・



なんてことを 考えた今日この頃です~~
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余韻

2010年03月23日 | moto(山留~中3時代)のこと
さて、motoのその後は・・というと

まだまだ どっぷり山村留学の余韻に浸っていて

「 これでもう、山留 終わりなんて いやだぁ~ 」 

「 スイス公文に渡航の日まで センターに居ていい? 」



Joに聞いた同じ質問、 「 山村留学生はかわいそうか?? 」 

という問いにも

登下校の13キロも 寒さも 自分で洗濯したり 身の回りのことをやること、

プライベートな時間がないこと ゲームやテレビ、漫画がだめなこと、

農作業やいろいろな活動などなど 学校以外のことにも忙しいこと

人間関係のあれこれ・・・

すべてひっくるめて 「 そんなもんは 時間が経てば 慣れて当たり前になる」から

大した問題ではない・・・ という口ぶり。

人間関係では 結構 苦悩した? 中2のあの時期を、 何とか乗り越えて 

修園ギリギリまで悩んで 継続の道を選んだ去年を振り返り

「 あれで帰ってたら こんな楽しい山留は 味わえなかったよ~

                     あぶねーー あぶねーー 」


学校の卒業アルバムや、センターの仲間が作ってくれたアルバムなどを

何度も見ては 名残惜しむmotoでした~

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山村留学生は「かわいそう」?

2010年03月21日 | 育てる会「山村留学」のこと
motoの山村留学先の中学の卒業式と

センターの修園式のため長野入り。


自らの強い意志で 中1から始めたmotoの山村留学3年間が終った。

この3年間、紆余曲折と戦った? motoの成長過程とその結果は

総じて 本人も親も満足し 

大変だったけど 楽しく意味の深い3年間であったことは

加筆の必要がないほど このブログでも綴ってきたので 今日は割愛(^^


私としては

小4次男の1年目の山村留学を通して

長男のそれ以上に いろいろな気付きや発見、

そして多方面に課題をみつけた1年であり、 

そして その思いは 修園を挟んでさらに強める格好に。  


たくさんの複雑なことが絡み合って その一部だけを切り取って話せないのだけど・・

根本的な部分のひとつとして 子供たちに・ ずっと聞きたいと思っていたことがあった。

でも、山村留学中に聴くには 適当な質問ではないと思ったので

修園したら聞いてみようと思っていたのだ。


修園式が終わり・・ 落ち着いた時間の中で Joに聞いてみた。


「 Joは、 山村留学をしている自分を、かわいそうだと思ったことはある? 」


Joは motoと違って 自らの強い意志で山村留学を始めたわけではなかったから

なおさら 聞いてみたかった。

もちろん、motoの行事のたびに Joも山村留学の面白さを垣間見てきていたので

「絶対、嫌」な山村留学では なかったはずだけど 

かと言って 積極的にやってみたい・・ものでもなかっただろうし

何より 地元の友達や、甘えきっていた親と離れて暮らすことには

まだ小4のJoにとっては

どちらかというと 「気が重たい」山村留学であったと思う。



そして、そんなJoの 周囲の大人の声を拾うと

「 かわいそう 」 な Jo・・・ ということに。


その 「かわいそう」 ベスト3は・・・ 

・まだ小4なのに 親から離れて暮らすこと

・毎日 片道12キロの道のりを通学すること

・テレビやゲーム、スナック菓子など 「今どき」の子供の楽しみから遮断されること



motoは 中1で山村留学を始めたことから

ある程度のことをわかった上での 「絶対行きたい!」山村留学だったので

親としても 「かわいそう」なんて思うことはなかったけど

こと、小4のJoに対しては

山村留学の魅力に 大いに はまっている主人でさえ

この一年の間 2回くらい 

Joの ( けなげ?で 痛々しく見える? その ) 姿に 涙している(^^;;


そのたびに 

「 ねぇ。。。 Joは “かわいそう” なんかじゃ ないよ。 」

と、自分自身の動揺にも言い聞かせるように 主人に言ってきた。



さて、 Joの答えは・・・・ というと・・・

「 なんで? そんなこと聴くの? 」 が 先ず第一声。


そのひと言が 意味することは大きい。

その質問自体が Joからすれば ???? ということらしい。


私 「 うん。。 例えばね、 親戚とか・・ まわりの人から そう言われることが

   結構あるし、 学校の先生の中にも そう思ってる先生はいるみたいだし・・

   実際、 やってる本人は どうなのかな~ と思って 」


Jo 「 たとえば? どういうとこが かわいそうって??? 」


私 「 例えば~ 親と離れて暮らすとか、 好きなものや好きなことできないとかさ・・

    あと・・ 吹雪の中 いっぱい歩いて帰るとか・・・ 」


Jo 「 あぁ~。。。 」


私 「 どう??? 自分はかわいそうって思うことあった? 」

   Joと話してるうちに この質問が すごく変な質問に思えてきて・・

   でも やっぱり確かめたくて。。。

   質問を変えてみた。


   「 じゃぁ、 “もし 山村留学生はかわいそうだ”って言う人がいたら

     お母さんは なんて言ったらいいと思う? 」


Jo 「 ぜんぜん かわいそうじゃないし、 それぞれが楽しんでるから(^^

    たまに家に帰るとき、 有難さがすごくわかるし

    仲間がいっぱいできるし。 いろんな体験ができるし。

    そういうことは 山村留学でしか味わえないと思ってるから。 」




今年、 大半の子供たちが、山村留学を継続することを自分の意志で決めた。

Joにとって 「自分の意志で決めた山村留学」が この4月から始まる。

半ば やらされた感で始めた去年の山村留学でも 相当の変化、成長を見せたJoでしたが

そこに さらに 「自分の意志」がある次期の山村留学は

1年目とは また違った面を 見せてくれると思っています。


昨年の活動で 翡翠採取をしたことが 彼の好奇心を揺り動かしたようで

今年度の収穫祭の個人研究は 「翡翠」について調べるのだとか。

クラブ体験も野球か吹奏楽か 迷う姿も楽しそうで

楽器に興味はあるけど もう少し、体を引き締めたいから 野球かな・・・ と・・

この1年の通学や活動を通して 体力が相当ついた様子が感じられる発言。


農家の父さん、母さんと 雪遊びしたことも話してくれたが

「そり」の操縦は 見た目よりはるかに難しいんだとかで

また来年もやってみたいと話した。


まだまだ上達したいスキーや、 涙をこぼした雪中キャンプのリベンジ、

太鼓・・・ そして人を笑わせる技を磨くこと・・・

などなど Joの山村留学は まだまだ開拓されていく様子。


山村留学を始めて以来、 散々ひっつきむしだったJoが

少し 「よそよそしく」なった件については

「 ( 山村留学に行くまでは ) お母さんに いっぱい甘えてきたから

   もう、そろそろ “ レギュラー交代 ”ってかんじかな~(笑) 」

という、Joらしいユニークな表現。

今は お父さんとのスキンシップが楽しいんだとか。


生まれて以来の約9年間・・・

抱っこちゃん人形のように 私に 始終くっついていたJoだったので

寂しいけど “ レギュラー交代 ” 宣言されたので

監督業に専念しよっかなーーー (笑)



それから Joと いっぱい話をして

大人の会話が 少しできるようになたこと、

言葉や話の内容についての 理解力が以前よりついていることに

山村留学で関わっていただいた皆さんへの 感謝の思いをまた深めた私でした。
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ジェフリー・S・アイリッシュ氏に学ぶ

2010年03月11日 | 優しい時間
育てる会が毎月発行している会報誌が 42年の時を重ねて ついに500号となった。

出版当初は 三号廃刊かと言われたこともあったとか。

「体験を持ち寄って語り合う月刊誌」という編集方針のもとに

育てる会事業の水先案内人的な役割を担ってきた。


毎号 子供たちの活動の様子を中心に

理事長の思いや 指導員さんらのエッセイ、子供たちを送り出している親御さんや

OB、農家さん、地域の方、「育てる」というキーワードで様々な人が登場する。


今号に掲載された、ジェフリー・S・アイリッシュ氏の 子育て講演会の様子も

感慨深く拝読した。

彼は アメリカ生まれながら大学で日本史を学び

中でも大正・昭和初期の日本の姿に興味を引かれ 日本に移り住んだとのこと。

最終的に鹿児島の土喰集落で暮らすこととなった。

30人ほどのお年寄りしか住んでいない過疎地に住み、

8年間、その暮らしぶりを 新聞に連載も掲載していたそうです

集落に住んで 彼は自分の価値観が変わったと言います。


・お金より時間を優先させたい。

・人の良いところを探す。 よいところを信じたい。

・マスメディアではなく 実際に人と接することだけで判断したい。

・生きていることは当たり前ではないゆえに 人生を無駄にしたくない。

・生死と直面している人たちを見てきたので、自分の中では よほどのことがない限り

  辛い、無理、できない・・という言葉は使いたくない。

・個人が社会に影響を与えることができると言うことを強く信じている

・口に出して言うだけでは何もならず、行動でフォローしない限りは言ってないのと同じこと。

・私は、どんな人からも「学ぶことができる」年長年少関係なし。

・文化や歴史は生活とかけ離れたものではなく 我々の日々の行動、選択肢、他の人との

 接し方で 日本の今の歴史を1日1日重ねて作っている。そのくらいの責任と喜びをもって

 自分のやることを意識してみるのもいいのではないかと思う。



特に最後の3行は 非常に染み入りました。

文化や歴史は ともすると他人事であったり 

「作られた」環境に、 つい不満だけを募らせる。

けれども 実は・・・ 今、その場を共有している自分を含めた、ひとりひとりが

「今」という時を 重ねながら 現在進行形で 文化や歴史を作っている。

まさに その張本人であるということを自覚し、その重みを認識できている人は

案外少ないのではないかと思う。

変えるべき事があるなら 自らの手で、 みんなで協力して

新たな文化、歴史を拓いていくことだってできるはず。

文化や歴史の継承や創造を 楽しみ、そして責任を持って生きていけたら・・と思いました。


家族の文化、歴史・・・・

職場の文化、歴史・・・・

地域の文化、歴史・・・・

どこにでも通じる 大切なことを、とても明確に教えていただいた気がします。。。。
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チェンジはチャンス!

2010年03月10日 | 育てる会「山村留学」のこと
美麻中学校からのプリントを整理していたら こんな言葉が。




心が変われば 行動が変わる

行動が変われば 習慣が変わる

習慣が変われば 人格が変わる

人格が変われば 運命が変わる



変わりたいと 思う心があれば・・・・・

誰でも 変わることができる。

プラスに向かって 「変わる」というのは 「チャンス」を掴むということかもしれない。


終ってしまった過去は 変えられないけど

今と未来は 心ひとつで 変えられる。


チャンスは平等(^^
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修園秒読み

2010年03月08日 | 育てる会「山村留学」のこと
育てる会/八坂・美麻学園は 3月19日に 「修園のつどい」があります。

子供たちは 最後の農家生活も終え

昨日は 最後のスキー活動だった様子。

これからは センターで 修園の準備に忙しい頃だと思います。


子供たちが・・生まれて以来の大の仲良し家族から電話があり

なんと 「 Joからハガキが来た! 」と。

(うちには何にもないんですけど~~ この1年で、たった一度だけハガキがきましたけど)

立派な字、立派な文章で 「ぼくは 山村留学を継続することに決めました」と

報告があったらしい。


それを聴いて・・・ 

改めて、 Joは、本当に帰ってこないんだなぁ。。。と。。。。


逢えない時間が 愛を育てると・・・ 昔、 郷ひろみが歌っていたなぁ~(笑)

子供たちとの家族愛も まさに、そんな感じです。

寂しいけど 安心して見守れるのは

一緒にいる時間の長さより、思い合う気持ちの深さや密度が感じられるから。。。

逢う時はいつもお互いに 良い意味で甘えられる。

家族が揃うことが、当たり前の時間じゃないことに 気付けているから

優しい気持ちで時間を共有できる。



こういう家族のカタチがあってもいいなと思う。。。。



久々に 子供たちの夢を見ました~(^^
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