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セミの終わる頃(23)

2017-01-13 21:26:26 | 小説
第十三章 治子との思い出

治子が亡くなってから一年が経とうとしているが、お墓の前にはいつも凛が佇んでおり、悲しそうな鳴き声をあげている、まるで治子に話しかけるように。

天を連れたリミカが凛を連れて帰ろうとするが、凛はその場から離れようとはしなかった。
暫くして、治子の墓を訪れたリミカは治子の墓標のそばで悲しそうに横たわって息絶えた凛を目にしたのだった。
リミカは、治子の墓に並べて凛を葬って手を合わせた。その時、天が悲しそうに「ギュ~イ、ギュ~イ。」と鳴き声をあげた。

その夜、リミカの夢の中に凛が現われ
「リミカさん、僕は今、治子さんと一緒に居て幸せです。そして、僕のお父さんもここに居て幸せです。もちろん、治子さんも幸せそうです。ここは人間も鹿も区別がないので、みんなで愛し合っています。」

目を覚ましたリミカは、活も凛も治子も幸せそうなので安心をした。
リミカは治子さんと凛が生きている時には何もしてあげられなかったから、私はこの天を大切にしてあげるわねと誓いを新たにしたが、治子にまた「私の後を追いかけてきているわね。」と言われそうに感じた。

「こんにちは、山崎令子と岡村ユリと申しますが、桐谷治子さんは御在宅でしょうか?」
「はい、治子さんはお亡くなりになりましたが、治子さんが仕事をなされていた商社にいらっしゃった方ですか?」
「ええ、よくご存じですね。」
「治子さんからいろいろとお聞きしておりましたから。あっ、失礼しました。私は治子さんと一緒に暮らしていました武藤リミカと申します。
治子さんから商社時代の仕事のことや、私がここに来る前の、この地での生活の話をよく聞かせてくれましたから。
さあさあ、どうぞお入りください。」

「治子さんの仏壇に手を合わさせてもらいますね。あらっ、治子さんの写真の横に鹿の写真が二枚有りますけれど、どうしてですの?」
「その二匹の鹿は治子さんの恋人です。左側がお父さんの活(カツ)で、右側がその子の凜(リン)です。そして、ここに居る鹿がそのまた子供の天(テン)です。」
「あらっ、みんな名前が有るの、素敵ね。」
「この天は私の可愛い恋人です。」
「鹿が恋人になれるのですか?」
「お父さんの活は治子さんを愛していて、治子さんに嫌な思いをさせた男の人に仕返しをして、その男の人と一緒に崖から落ちて死んでしまったのです。その時に子供の凛に治子さんへの愛を受け継がせたので、その凛はお父さんの活以上に治子さんを愛していたのですよ。」

セミの終わる頃(22)

2017-01-12 20:59:52 | 小説
「あなたにお願いがあるの。私が死んだら、この田舎の地に埋めてもらうから、お墓を守ってもらいたいの。」
鹿はまた大きくうなずいて応えてみせた。
しばらくして、リミカは治子に寄り添っている鹿に名前を付けようと言い出した。
「ねえ治子さん、この子に凜(リン)という名前を付けたいと思うのだけど、どうかしら? リンとしているから、良い名前だと思うの。」
「あなたが良いと思っても、この子が気に入るかどうかねぇ?」
「凜、おいで。あんたに凜という名前をつけようと思うのだけど、気に入った?」
その時、鹿が小さく首を縦に振って応えたようにみえた。
「治子さん、凜で良いって。」
「その子、いいや凜が良いと言うなら良いわよ。」
「ねえ治子さん、凜のお父さんにも名前を付けない?」
「そうね、子供に名前が有るのに、親に名前が無いのはかわいそうだわね。リミカさん、どんな名前が良いと思うの?」
「治子さんが見つけた時に、頭を怪我していたこの子が生きよう生きようとしていたんでしょ。だったら活(カツ)が良いと思うの。」
「良い名前ね。」
「私の所にいる子の名前は何にしようかなあ。隆(リュウ)にしようかな、それとも天(テン)にしようかな。」
「その子に選ばせたら良いんじゃない?」
「そうね、紙に書いてどちらを選ぶかやってみようか?」
「そうね。」
「さあ小鹿さん、あなたはどちらの名前が良いと思うの?」
「あら天(テン)が良いの。もう一度ね、今度は二枚の紙を離して置くわね。」
「あらっ、迷わないで天の方に行ったわ。あんたは天が良いの?」
「あらっ、今度は大きく頷いたわ。」
「よしっ、あなたは今日から天という名前ね。」
「ギュ~イ。」
「あらっ、喜んでいるみたいね。」

次の年、治子は病の寝床の中でセミの鳴くのを、大きくなった凛と聞いていたが、これが治子の最後の夏となった。

セミの終わる頃(21)

2017-01-11 21:20:31 | 小説
第十二章 治子の死

そして、治子はリミカの相談相手になりながら、自殺しないように監視を続けていた。
ある日、治子はリミカから、自殺をしないからこの湯治場で働かせて欲しいと頼まれた。
またしてもこの娘は私の後を追いかけてきていると感じた。

そして、経営者に頼み込んで、治子が身元保証人になる条件でアルバイトとして採用してもらった。経営の厳しい湯治場なので時給は、市中の時給よりも大幅に低かったがリミカが承諾したので治子は、これでこの娘の命を救えたと安堵した。

この日から、治子とリミカとの湯治場の運営が始まり、力を要する仕事のほとんどは若いリミカが行ったが、客対応も良くて若いリミカのもてなしによる集客力が貢献して、湯治場は安定した経営が続いた。

治子はこのことでもリミカは私の後を追いかけてきていると感じられた。
そして、治子に寄り添っていた鹿も、ある日小鹿を連れてやってきて、
「僕にも子供が生まれたよ。」
と報告しているように思えた。
その小鹿は治子とリミカにもすり寄って来たので、この小鹿も親鹿の後を追ってきていると思われた。

歳を重ねた治子は体調不良で湯治場を休む日が続くようになっていったが、治子の部屋の外には忠犬ハチ公のごとく、鹿がいつも佇んでおり、治子がガラス戸を開けると、治子にすり寄って来て、潤んだ目で治子の顔をずっとながめている。

「あなたの気持ちは十分分るけれど、私はあまり永く生きられないと思うので家族の元に帰りなさい。」
「・・・」
鹿は頭を治子に強く押し付け、目を閉じて動こうとしなかった。
「しかたが無いわねえ、だったら、私が死んだらみんなの所へ帰るのよ。」
その時鹿は大きくうなずいて見せた。
「旅館の方はリミカさんがちゃんとやってくれているので心配は無いけれど、わたしはあなたの事が心配でならないわ。」
「・・・」
「あなたがしゃべれたら、あなたの囁く愛の言葉を聞いてみたいわね。私が想像しているとおりだと思うけれどね。」
鹿は嬉しそうに大きくうなずいて、頭をより一層強く治子に押しつけてきた。
「ゴメンね、できない事を言ってしまって。そうだわ、あなたもお父さんと同じように夢の中に出てくればいいのよ。私が生きている内に夢に出てきてね。」
「・・・」
「あらっ、あなた困っているでしょ。」
治子は鹿の困っている様子が手にとるように感じられた。

セミの終わる頃(20)

2017-01-10 21:28:08 | 小説
その時、ガラス戸の外で鹿が「ギューイ、ギューイ。」と甘えるように鳴いたので、治子がガラス戸を開けてやると、鹿が治子にすり寄って来た。
「あらっ、この鹿は良くなついているわね。」
「ええ、私の恋人なのよ。」
「恋人なの?」
「そうよ、人間の男性以上に優しくて頼もしいのよ。」
「でも鹿でしょ?」
「いいえ、二代続く私の恋人なの。この子のお父さんはね、この子以上に私を大切にしてくれたのよ。」

そして、治子は自分がここで働く事になった経緯と、この鹿との関わりを詳しく話してあげた。
「ええっ、おかみさんもここで自殺しようと考えていた時が有ったの?」
「ええ、そうよ。だけれど、この子のお父さんを助けようとしたのだけれど、結果的に私が助けられる事になったの。そして、その想いが子供のこの子に受け継がれているのよ。」
「そうなの。」
「ねえ、あなた、今
『おかみさんもここで自殺しようと考えていた時が有ったの?』
と言ったわよね。あなたも私と同じように、ここで死のうと考えているの?」
「・・・」
「私は鹿に助けられたけれど、あなたは私が助けてあげるわ。私は年老いて永く生きられないと思うので、あなたがこの子の恋人になってあげて、お願い。この鹿に雄の小鹿が生まれると、その生まれた小鹿もあなたの恋人になってくれるわよ。」
「・・・」
「恋人になる話は、私が死ぬまでに考えていてね。だから、あなたは死んだらダメよ。」

セミの終わる頃(19)

2017-01-09 10:29:55 | 小説
そして、改めて目の前に居る若い女性が自分の若い頃にソックリなのに感心していた。
私はセックスをした事は有ったが、妊娠した事はなかったから、この娘さんは私の子供ではない。そうすると、私なのか?
「リミカさんは好きな方は、いらっしゃるの?」
「いいえ、いれば一緒に来たわよ。」
「そうよね、会社の中にもいらっしゃらないの?」

「実を言うと付き合っている男性はいるの。一緒に働いている人なんだけれど、奥さんと子供さんがいるの。その人とは遅くまで仕事をしている時に、時々夕食を一緒にしていたの。だけど、ある日、お酒を飲みに行った時に終電車に間に合わなくて、私のマンションに一緒に泊まったの。そして、その夜にお互い好きでもないのにベッドで抱き合ったの。」

またしても、治子の後を追いかけてきているのが手に取るようにわかるので、心配になって少し深く聞いてみることにした。
「ねえ、リミカさん、あらっ、ごめんなさいね、何となく親しみが沸くのでさっきからリミカさんと呼ばしてもらっているわね。」
「ええ、私もおかみさんは初めて会った気がしないの、不思議ね。」
「そう言って頂けると嬉しいわ。」

治子はリミカが打ち解けてきたので、気になることを聞いてみることにした。
「リミカさんは初めてここにいらっしゃったわよね。ずっと計画していたの、それとも急に思い立ったの?」
「どちらかというと思い付きの旅行なの。」
「あなた、ご両親はご健在なの?」
「父と母は私が小さな時に離婚して、父親一人に育てられたの。だけど、父も他界してしまって、今は一人で住んでいるの。」
「それでは、いろいろな事を相談する方はいらっしゃらないの?」
「ええ、私は友達をつくるのが下手だから、困った時に相談する人は居ないの。だけれど、おかみさんには何でも相談できそうな気がするの。」
「あらっ、そう言って頂けると嬉しいわ。なんだか親子みたいね。これが湯治場の良いところなのよね。素敵な温泉宿が、次から次から観光ホテルに変わっていっているけれど、日本人の心を柔らかく包み込む湯治場は素敵なのよね。」