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ニュースサイト 宮崎信行の国会傍聴記

元日本経済新聞記者の政治ジャーナリスト宮崎信行が3党協議を現地で取材したり国会中継を見たりして雑報を書いています。

第175臨時国会は7月30日(金)召集へ

2010年07月13日 20時18分58秒 | 第175臨時国会(2010年7月)ねじれ
[写真]樽床伸二・民主党国会対策委員長

 民主党国対委員長の樽床伸二さんらは、参院民主党国対委員長の平田健二さんらと相談し、第175臨時国会を7月30日(金)に召集することを決めました。

 陛下が、日本国憲法第7条と国会法第1条によって、東京に召集します。参議院規則それと、もちろん衆議院規則のそれぞれの第1条により、召集詔書に指定された期日の午前10時に各議院に集会しなければならないとされています。当選後初めて登院する議員は、当選証書を事務局に提示し、当選人名簿との対照を受けます。

 このため、7月30日の衆院本会議や参院本会議は「午前10時開議」と表示されますが、実際には、午後1時ごろからスタートすると思います。

 報道によると、会期は5、6日ということで、召集翌日から土日を挟みますから、合計4営業日程度の「院の構成」を定めるだけになりそうです。

 院の構成は、まず参議院事務総長が議長・副議長選挙を取り仕切り、議長らを選出。議長が常任委員長を指名します。なお、第22回参院選で議席を21→19に減らしたことから、公明党が持つ委員長ポストが2→1に減少する見通しです。改選非改選を問わず全議員が常任委員を辞任し、新しい常任委員を指名します。議長、副議長、委員長ポストの配分、委員数の配分などで各会派のかけひきが繰り広げられます。

 第18回参院選で民主党が大躍進した時には、北澤俊美・参院民主党国対委員長が予算委員長ポストを要求し、「民主党が躍進したことが有権者のみなさまがテレビでよく分かるようにしたい」と要求しました。このとき、参院自民党国対委員長だった永田良雄さんが元々高血圧でいらしたと思うのですが、脳梗塞で亡くなり、規定により第18回参院選で富山選挙区次点だった民主党の谷林正昭さんが繰り上げ当選しました。私は、当時日経政治部の民主党担当記者でしたが、国会議事堂内で永田さんのお顔を見て、かなりの高血圧だと思っていました。体調を崩され、横浜市の病院に入院してすぐ亡くなりました。当時の小渕政権で発言力があった自民党の野中広務さんが、長野県上田市で「北沢は永田さんを殺した」と根も葉もないデマカセの根拠のないインチキ演説をして、毅然と抗議し、野中さんが謝罪したことがありました。

 参議院は良識の府ですので、この辺のかけひきは執行部に任せて、衆参とも執行部外の議員は変な動きをしない方が、結果として議員として長持ちする傾向があります。

 本格論戦は、9月5日ごろ実施される民主党代表選の後に、召集される第176臨時国会になる見通しです。その前に、8月中に概算要求をとりまとめないといけません。相変わらず忙しいですが、政務三役が説明不足にならないように、どうしても無理なら民主党政調がかわりに説明することを期待したいです。
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民主党は公明党と「125議席」で衆参ねじれを克服すべきだ

2010年07月12日 15時43分26秒 | 第175臨時国会(2010年7月)ねじれ

 国会法2条の3は、「参議院議員通常選挙の後、議員の任期の始まる日から30日以内に召集しなければならない」。

 第20回参院選出者の任期は7月25日まで。このため、7月26日(月)~8月24日(火)に第175臨時国会が召集されます。

 「平和と福祉」の立党の精神に立ち戻った公明党は、選挙区3で全勝しましたが、比例代表ではジリ貧で、議席数は19に減りました。

 公明党代表の山口那津男さんは元新進党衆院議員です。

 山口代表は12日午前の記者会見で、「慣例通り比較第1党である民主党から議長を選出するべきだ」、「議会全体の運営にかかわることだから、党派性を表して(議長を)取り合うということは原則避けるべきだ。比較第1党が議会の要職を占めるというルールは確立している」と述べました。

 議長選挙で、民主党(106議席)と公明党(19議席)が協力すれば、合計125票で、過半数を上回ります

 参議院では、議長・副議長選の過半数は122です。議長選出後の議案では、衆院と違って、参院議長は投票を棄権するのが慣例となっていますから、民主党が議長を獲れれば、その後の国会運営では、「121」が目安となります。

 第174通常国会では、与野党が激しくせめぎ合った「子ども手当法案」が終盤で公明党が修正し、賛成に回りました。

 その時のようすを当ブログ内から引用します。
 http://blog.goo.ne.jp/kokkai-blog/e/6c3788808505efaaa39e7905770caaff

(抜粋引用はじめ)

 「平成22年度における子ども手当支給法案」が衆院を通過しました。衆院厚生労働委員会では、公明党から修正案が出て、児童養護施設が対象に加わりました。参院に送付されます。

 「児童手当の公明党」が修正・賛成に回ってくれたことで、名実ともに「児童手当・子ども手当」という継続性ができましたので、自治体も地方負担に関して納得するしかないと思います。とはいえ、民主党が「全額国費」と言っていたのは、なんとも野党風情の財政素人だったと僕は思います。

 児童手当と違い、所得制限はありません。が、今まで児童手当を受け取れなかった高額所得者は新しく手続きが必要です。

(抜粋引用おわり)

 実は、この後の議事録では、公明党の古屋範子衆院議員が賛成討論なのに、激しく民主党を攻撃しました。しかし、これは古屋さんが厚労委という現場の中で、公明党の代名詞とも言える「児童手当」について激しく大臣、民主党議員と闘った悔しさをぶちまけたのでしょう。最終局面で公明党が「賛成」したのは間違いありません。

 衆参のねじれは問題です。統一地方選(来春)で民主党と公明党が対峙する選挙区もあるでしょうが、国と自治体がねじれているのは、問題というよりも当たり前、健全です。

 小沢一郎さんに、「民公協力」を依頼しても、これは無理です。なぜなら、彼は「神崎グループを“純化”する」という、なんだかアフリカとか、中東とかの国で聞くような恐い理論を振りかざして、新進党を解党したからです。

 
[画像]1997年12月、新進党解党に反対する岡田克也さんに視線を送る「浜四津敏子さん(赤丸)」と、前列で耳を傾ける「草川昭三さん(黄丸)」ら。

 
[画像]参議院引退にあたり、「政策を聞いてもらった覚えがない」と新進党時代などの小沢一郎氏を批判する、公明党代表代行(羽田内閣環境庁長官)の浜四津敏子さん=6月17日付朝日新聞から。

 新進党解党後は、神崎グループは「新党平和」の渡し船を造りました。旧自民党系の「民政党」、旧民社党系の「新党友愛」の渡し船で第2次民主党(1998年4月結党)に乗り込んだ国会議員は、新進党で“同じ釜のメシを食った仲”“戦友”です。

 当時は、石田グループ→神崎グループと呼ばれていました。今調べたところ、現在の公明党衆院議員21人のうち16人(当選5回以上の15人+京都市議を経て昨夏国政復帰した竹内譲さん)つまり「76%が元新進党」なんです。

 民主党にしろ、公明党にしろ、1997年12月の新進党解党大会まで頑張った人は“戦友意識”がありますので、「民公協力」のかすがいとなるでしょう。

 日本の安定のために、衆参ねじれ解消のために。すべての議案とは言いません。まずは「参議院議長案」がスタートです。

 民主党は公明党と連携の一歩を踏み出すべきです。

 とまあ、小生の基本方針パラダイムをブログに書いたところで、政局は嫌いなので、リラックスしたり、体を鍛えたり、整理整頓したり、昼寝したりしながら、第175臨時国会を待ちます(^o^)

時事ドットコム:参院議長は民主からと公明代表=平沼氏は野党共闘に賛意-参院選

 公明党の山口那津男代表は12日午前の記者会見で、みんなの党の渡辺喜美代表が野党共闘による参院議長の選出を求めていることに反対し、慣例通り比較第1党である民主党から議長を選出するべきだとの考えを示した。
 山口氏は「議会全体の運営にかかわることだから、党派性を表して(議長を)取り合うということは原則避けるべきだ。比較第1党が議会の要職を占めるというルールは確立している」と述べた。
 一方、たちあがれ日本の平沼赳夫代表は同日の記者会見で「自民党が(参院で改選)第1党になったわけだから、野党側から議運委員長も含めて(議長を)出していくべきだ。野党側でしっかりと協議しないといけない」と渡辺氏に賛意を示した。 (2010/07/12-12:57)

tag 新進党を解党した小沢一郎を歴史法廷の断頭台に送ろう。

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