[画像]松下忠洋国務大臣の「閣議議事録の作成は岡田副総理のご説明で進めていただいて結構です、賛成です!」との人生最後の閣僚懇談会での発言をあかす、岡田克也副総理(行政改革相)、2012年9月11日の定例記者会見の首相官邸内動画からキャプチャ。
わが国の歴史上はじめて、閣議の議事録を作成して、30年後に国立公文書館に移す、改正公文書管理法が今国会で成立する可能性が高まりました。
おとといの参議院本会議で連立与党党首の山口那津男さんが「公文書管理法改正を早急に成立させるべきだ」と質問演説し、安倍首相が「閣議の議事録は明治以来作成してこなかった閣議のあり方にかかわるため、内部での検討のうえで提出したい」と答弁。
きょう2013年10月20日放送のNHK日曜討論で、公明党幹事長の井上義久さんが「この国会で成立させる」と明言しました。同席の自民党の石破幹事長も異論をはさまず、参院では自公で過半数でもあり、井上幹事長の発言通り、今国会中に成立する見通し。
井上さんは、特定秘密保護法案、公文書管理法改正法案、情報公開法改正法案を成立させると明言。たた、民主党案の「裁判官によるインカメラ審理」が含まれるかどうかは不明。
井上さんは「特定秘密文書は行政文書になる」との公明党修正が反映された法案が提出されると、山口質問と同じ認識を示しました。
「行政文書」とは、公文書管理法第2条に定められており、「行政機関の職員が職務上作成し、または取得した文書で、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして当該行政機関が保有しているもの」です。
これは、管理職の決済や稟議がある前の文書も含まれます。もちろん、ワープロ文書、メールも「文書」です。なお、官報、白書などの販売物は公文書館を身軽にする意味合いもあり、除いています。
特定秘密文書はすべて公文書管理法・情報公開法の対象になりました。
そして、岡田克也さんが、東日本大震災時に、バックネット裏最前列(与党幹事長)として隔靴掻痒の思いで見ていた議事録問題は、昨年の副総理・行革担当大臣の時代に、オーラル・ヒストリーの御厨貴・東大教授を座長とする勉強会が、英国の事例を調べるなど進んでいましたが、心残りになっていましたが、井上幹事長がバトンを継いでくれました。
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岡田さんは2012年7月6日(金)の定例記者会見で、「第二次世界対戦、御前会議の全記録などというのが今あれば、これは何故こういうことに至ったのかということの検証というのは、かなり深いものができたはずですよね。そういう意味で、国の最高の意思決定機関になる閣議、あるいは、それに準ずる閣僚懇などについて、記録を残すということは基本的には私は重要なことだと思っております。」
この鈴木貫太郎内閣の官房長官(内閣書記官長)だった迫水久常はこう回顧しています。
「私はいま、この文を草しながら、この本を読まれる読者がなんと当時の日本の政府は、バカだったのかと思われるだろうと思う。運命の神様の目から見ると、日本は、目隠しをされてあらぬほうをまさぐっていた姿であろう。私は、残念というか、不明を恥じるというか、お人よしであったといおうか、いうにいわれぬ感慨の下に涙が出そうである」(「機関銃下の首相官邸」279ページ)。
御前会議に出席していた迫水ですが、本当に自ら命を絶ってしまいそうなくらいの後悔。しかし、議事録が作成され、のちに公開されると思えば、心の重荷は軽くなります。
偶然にも、2012年9月11日(火)の定例記者会見。この日は、同僚である松下忠洋・国務大臣が自ら命を絶った後で、岡田さんは私が見る限り、2番目か、3番目に動揺していましたが、冒頭次のように語りだしました。
「まず、松下大臣の御逝去に対して、心から哀悼の意をあらわしたいというふうに思います。
先週の金曜日に、閣僚懇で私が、例の閣議閣僚懇の記録、議事録の問題を説明して、各閣僚の御意見をいただいたわけですが、そのときに松下さんが手を挙げていただいて、あまり閣僚懇の中身は言っちゃいけないことになっていますが、こういう場ですからお許しいただきたいと思うんですが、「岡田副総理の御説明で進めていただいていいと思います。賛成です。」というふうにおっしゃっていただいたのが、金曜日ですから、非常に記憶に残っております。そのときに、今日を予想することは全くできなかったわけで、非常に本当に残念に思っております。内閣の中でも非常に安定感のある発言で重きをなしておられた方ですので、本当に残念に思っているところであります。」
このように議事録問題で、閣議のなかで、岡田提案が全会一致になるよう、背中を押してくれた。それが松下大臣の最後の閣議になったそうです。
そして、迫水久常・官房長官が支えた鈴木貫太郎首相を擁立したのは、岡田啓介元首相。迫水は奥さんの父である岡田元首相と終戦を喜ぼうとすると、「大蔵官僚出身のお前には、軍人たちの悔しさが分からないんだ」と陸軍も含めた軍人らにも思いをいたすように叱られたそうです。で、その岡田元首相がその9年前の「2・11」事件で一命をとりとめるために身代わりになったのが、岡田首相の妹の夫の松尾伝蔵・首相秘書官。その松尾伝蔵の娘の夫が、何を隠そう、「不毛地帯」の陸軍参謀・瀬島龍三さんです。そして、瀬島さんは、伊藤忠商事会長として、自分が主宰する勉強会に通産官僚だった岡田青年を抜擢しています。これは、ファザーコンプレックスをもつ岡田さんにとってはとてもうれしく、自信になった出来事だったようです。
このように、情報とは、それがすなわち権力の源泉であり、民主政治の糧です。
しかし、情報を抱え込んで自殺する必要はありません。なぜなら、社会は支えあいなので、ほかの人も知っているからです。岡田克也外相が公開を命じた外交文書やその証言の結果、佐藤栄作首相は沖縄返還に関して複数の交渉ルートを持っていたことが分かりました。そのうちの一つとして、民間人である大学教授に交渉を頼みました。これについて、この大学教授は「他策ナカリシヲ信ゼンと欲ス」という著作を残したうえで自殺しましたが、実はその教授が存在を知らなかった外務省ルートで沖縄返還が実現しており、教授ルートは予備だったことが明らかになりました。
あるいは、日航機墜落事故の後に、その機体を検査したことのある国土交通省の検査官が自殺していますが、修理痕の見落としについては、自ら修理したボーイング社との情報流通の祖語が要因だとされています。
このように情報を抱え込んで自殺する必要はまったくないわけで、30年後に公開されるという前提に経った方が、物は言いやすくなるでしょう。
3・11で、経済産業省の副大臣室を飛び出して、原発に向かった松下さんも何か情報を抱え込んでいたのかもしれません。
ところで、石破幹事長は、NHK日曜討論に先立ち放送されたTBS時事放談(おととい収録)の中で、「JR北海道の問題は、やはりもっと早く、前の社長が自ら命を絶ったときに私も含めてもっと対策を考えるべきだった」として、情報公開は自殺がきっかけになる、というオールド・ポリティックスをみせました。なにもかも、物の考え方が古い世襲議員ぶりにに閉口しました。
閣議の議事録作成を義務付ける改正公文書管理法は、ぜひ、松下・福田・岡田法と名付けてほしいところです。