南町の独り言

様々な旅人たちが、日ごと行きかふ南町。
月日は百代の過客、今日もまた旅人が…。

私を感化した言霊たち(3)

2013-07-31 12:57:26 | ユニオン
少林寺拳法に熱中していた頃の私は組合活動にはどちらかといえば非協力的でした。
ほぼ1日おきに町道場に通っていましたから、就業後の全員集会にはなんだかんだと嘘をついて欠席していました。
それでも職場委員や代議員は順番で回ってきましたから、逃げるわけにはいきません。

代議員をやっている頃でした。
ある女性がどうしたわけか共産党員だという噂を立てられます。
決してそんなことはないのですが、当時そんな噂が立つだけでも大変です。
職場では白い目で見られますし、どんどん孤立をしていきます。
相談された私は、労組の執行委員に助けを求めました。
その執行委員は私が働いていた生産管理部出身者です。
親身になって話を聞いてくれ、いろいろ噂の出所を捜してくれて、結局根も葉もないことだと判明します。
彼女は救われました。
(その女性がいまの私の家内です)

そんなことから先輩には大きな借りができ、先輩の依頼で翌年は代議員会議長をやることになります。
そしてついに「執行委員をやって欲しい」との要請。
2年断り続けましたが、この言葉で押し切られました。

「誰かがやらなきゃいけない」

次の改選期、先輩は職場へ戻っていきました…

1985年、とんでもないことが起こりました。
組織内県議が突然「清水市長選」に出馬することとなります。
大激戦の末勝利しましたが、今度は穴の開いた県議に誰が出るかで大騒ぎ。
その結果、当時の委員長が出馬をします。
そうなると委員長の代わりが必要となり、私に白羽の矢が立ちました。
私は少林寺拳法の支部を守る役目がありますから、なんとか職場へ帰りたい…という気持ちでいっぱいでした。
そこへ尊敬する副委員長のひと言…

「誰かがやらなきゃいけない」

「俺がお前を支えていくから大丈夫だよ」
しばらくして副委員長は職場へ帰っていきました…


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