アクセスに
深く感謝いたしております。
この震災から
若い人たちに
たくさん話をしました。
一つだけ
分かったことがあります。
「~しつつ、~」
なんで無意味に”しつつ”とセンテンスを長くする必要がある?
と思ってましたが
それが今の言葉なのですね。
勉強になりました。
話し言葉として
行頭に接続詞として”なので”が来るのは
今の30代の特徴です。
”~~なので、~”という接続なら気にはなりませんが
いきなり
形式段落で
意味も無く”なので”がくるのは文脈上不自然です。
”だから”という説明・まとめの接続詞を使うべきだし
行頭の”なので”は話し言葉で文章表現上は不適切です。
この”なので”が一般化したのは
台場放送局の女子アナがいつも多数で使って
電波に乗ったためです。
台本やニュース原稿ではありえませんから
バラエティのアドリブで
言葉に注意しなければならない最先端の職業人に
そうした感性が日常的に欠落していた社員教育だったのでしょう。
何故 こんな事を突然言い始めたか?
理由は単純です。
言葉の重みが
原稿まる読みだから通じないのです。
点でしかない報道を意識しないで
支援格差とが
女性アナウンサーが
ヒステリックに当たり前のように
口にするからです。
だったら
スタジオを出て
屋内退避の福島に行って
レポートしたら?
福島や茨城が
支援からスルーさえているのは
原発だけの報道姿勢の結果です。
報道しないからという
支援格差は
マスコミの作り出した
結果悪であることを
ネットワーク、在京TVキー局は自覚するべきです。
2週間
屋内退避を命じられたら
もう生活ができないはずです。
言葉の重みと
その時代による同一単語の使用例
および
言葉の意味のゆれいよる変化は
時代を超えるのか
今だけのものなのか
耳をダンボにして
聴いていき続けたいと思います。
※ 「耳をダンボにして」・・・この表現も消えゆく表現なのでしょう。
この枝についた蕾は
ブルーベリィの蕾です。
今まで見過ごしていました。
これが白い小さな花になるのでしょうか?
ということで
このエントリィは終わります。
支援の遅れは
「要請が無いから」という単純なものから
支援所に関する支援体制の見直しに変わってきました。
避難所におられる方は20万人を超えている
と報道されていますが
実は
避難所から退避されて
自宅からその避難所に
物資をもらいに来ている方が
かなりおられます。
車中生活をされて
避難所に水や食料をいただきに来られる方もおります。
そうした方は
避難所毎に掌握されていても
その数字は表に出てきません。
そうしたことに
きめの細かい支援は
支援所に責任をもたせ
要請されていないからと
汚れのない防災服を着て
口先だけでの発表をされている方々の
常套手段です。
気がついた人が
気がついたことを
その支援所毎に
大声で叫びましょう!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
曲を聴く余裕も
紹介する気力もありませんでしたが
この曲を紹介させてください。
神戸市長田区出身です。
曲は2002には歌われていました。
取り直しです。
今がだから
あえてうるさいとお思いでしょうが
また月曜です。
無言で頑張りましょう!
こんな我慢なんか
家も家族も失った方に比べたら・・・。
臥薪嘗胆!
復興までに何十年かかっても
みんなで支え合うことが大事です。
言葉ではなく
心でつながり
支え合い
できることをムリせずに
努力しましょう。
あきらめたら
駄目だよ!
せっかく生かされた命なんだから
みんなで”命”を大切にしよう!
花も樹も山も海も
そしていけるもの全てを。
国破れて山河あり!
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
被災三月に連なり
支援万金に抵る
白頭掻けば更に短く
渾べて信に勝えざらんと欲す
※ 即興パクリ・・お粗末・・ごめんなさい”杜甫”様!!!
[parts:eNozsjJkhAOz1FQjkyTTlMrsHK8w54pQnwpHJhMLAyZjSwMmAyYQiMwvDSlNSgUAEaELUw
これは復興の歌でしょう
千春の歌は応援か!
最後はこの曲
<!-- 人にやさしく~情熱の薔薇 the blue hearts -->