buvery
@buvery
コーランの9:5、アル・タウバの章には、『多神教徒を見つけて拘束・包囲した時は、殺せ。あらゆるところで待ち伏せよ。多神教徒が反省し、祈りを受け入れ、人頭税を払うなら釈放せよ、実にアラーは慈悲深いのである』と書いてありますが、これを認めるのですか?@Islamforjapanes
コーラン第9章
「[流血が禁じられた]ハラームの月が過ぎた後、どこかで多神教徒を見つけたら、彼らをすぐに逮捕し、取り囲み、どこにいても彼らを狙っているがよい。だがもし彼らが罪を悔い改め[、多神教信仰をやめ、]礼拝を行い、喜捨を施した場合には、彼らの道を開き[、解放してやり]なさい。まことに神は、寛容で慈悲深い方であられる」 (9:5)
9:5
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And when the sacred months have passed, then kill the polytheists wherever you find them and capture them and besiege them and sit in wait for them at every place of ambush. But if they should repent, establish prayer, and give zakah, let them [go] on their way. Indeed, Allah is Forgiving and Merciful.
At-Tawba 5
The Quran, chapter 9 (At-Tawba), verse 5:
“ But when the forbidden months are past, then fight and slay the Pagans wherever ye find them, and seize them, beleaguer them, and lie in wait for them in every stratagem (of war); but if they repent, and establish regular prayers and practise regular charity, then open the way for them: for Allah is Oft-forgiving, Most Merciful.
Explaining the context of this verse, Quranic Scholars (such as Muhammad Asad and Maulana Muhammad Ali) state that the permission to fight and kill is being given regarding specific tribes already at war with the Muslims who have breached their peace agreements and have attacked the Muslims first
聖典というのは、いろいろ解釈があるようで、殺せ、というのは、交戦相手が平和協定を破って、むこうから攻撃をしかられたときに限る、といったようにかなり限定的に解釈している学者もいるようである。
キリスト教の旧約聖書、新約聖書についての記述でも、現代的道徳観からしていかがなものか、というのがある。そんなのを集めたサイトとして、
Evil Bible com
たいていの場合、信者は適当なところでおりあいをつけているんでしょうね。
いずれにせよ、古い物語にすがるーーーすがる、という言葉は悪いかもしれないがーーーーのも悪いとはいわないが、自分で物語を作るなり、探求していくというのが現代人的な人生の意味・価値のみいだしかたなんでしょうね。教会も、聖典も、指導者も、案内人としては重要性がうすれてくる。個人主義というのが支配的な時代になってきている。
殺生に関していうと、無益な殺生はできる限りしないーーーというのが現代人であるわれわれが向かっている、あるいは、向かうべき方向なのだろう、と私は、思います・・・チーーーーン。