KENSEI みえの会

会員間の連絡用ブログ

頑張らないでいい

2016-10-10 07:21:53 | 街の畑公園だより

外気が涼しく感じるようになってきています。秋の気配・・・

秋って、ふとわが心のなかに、風がすっと吹き込んできて、ときに

自分の内面に焦点が当たる、そんなことないですか?

 

10月一週目の土曜日、理想の暮らしを語る会の公開シンポジウムが

鈴鹿カルチャーステーションでありました。

テーマ「自分らしく生きるーー人生を振り返る」

 

 

公開シンポジウムでは、3人の方から、そのテーマで語って

いただきました。それぞれ、ご自分の内から湧いてくる思いを

素直に聞かせてもらい、しみじみとした気持ちになりました。

 

金治智計さん(64歳、7年前から人工透析暮らし)

「透析をはじめたころ、勝手な生活していて、お医者さんから叱られて

いた。その頃ビルの上に行ったりすると、下に吸い込まれていく感じが

したり、こんな自分が生きていても意味ない、税金で透析していて、

一人でも減ったほうがいいかな、とか。

それが、最近、声かけられて、この会に参加したり、鈴鹿にはサイエンズ

研究所というのがあるんですが、そのゼミに参加するようになって、何か

希望が湧いてくるようになりました。透析は、月水金と夕方4時まであるん

ですが、ちょうどゼミが月水金の夜、あるんです。

ぼくは、しゃべらないけど、みんなの話を聴いていると、日々同じこと

の繰り返しと思ってきたんだけど、本来の人間の姿を知っていこうすると、

日々変化していること分かってきて、嬉しいんです」

 

岸浪和子(71歳、看護師、リウマチと付き合う)

「この歳になるまで、自分って何だろう、なんて考えてこなかったなあ。

昨年、仕事をやめて、鈴鹿でやっている内観コースに参加したの。

これまで、あれも出来る、これも出来ると、やることに眼がいっていた。

出来ない人がいるとあの人は、どうなってるの?と思ったり。

はたけ公園のイベントでカレー出したんだけど、何度もお替りする人を

見て、責めたりする気持ちが、ポッと出てくるのよね。

内観のあと、そういうのって、自分のなかのどんなところからでてくる

のか、立ち止まって考えられるようになったの。

自分の気持ち見てこなかったのね。他の人の気持ちにも関心が

なかった。

やることが大事で、自分に頑張ってきたし、他の人にも求めていた。

頑張らなくていい。

一人で生きてきたんじゃないのよね。内観でそのことが見えたの。

自分が実際、どんなかを知ったら、もっと人に甘えたい、心底甘えたい、

人にも甘えてほしい、って気持ちが湧いてきたのよね。

毎日が面白いの」

 

井川道男(65歳、サイエンズスクールの内観コーススタッフ)

内観がどんなものか、参加者の感想も交えながら語っていただいた。

「奈良の内観研究所の案内では、まず”心の窓をノックしよう”と

あります。人生の休暇、一人静かに自己を見つめてみる機会、

と言えますか。

母や父、身近な人などについて、幼少期から今に至るまで、

世話になったこと、して返したこと、迷惑かけたことなど、時期を

区切って思いだしていくんです。

やっていくと、そのときの自分の気持ちや、母や父の気持ちが

どんなだったかと、知りたくなってきます」


参加した人の感想も紹介してくれました。

「内観で発見しました。してもらってばかりで、恩返ししていない。

心からあの時助けてもらってありがとう、と出てきました。

自分や他の人の気持ちを考えることしてこなかった」

「自分一人で頑張ってきた。実際は、たくさんの人に支えてもらって、

大切にされて来た存在、自分で我を補修しなくてもいい、もともと

自分でなんとかするなんてことしなくてもいい、心の中が自由に

なりました」

 

3人の話のあと、参加者20人で感想を語り合いました。

「自分が育ってきたこと振り返っても、外からの教育で規格化された

感じで、のびやかでなかったなあ。うつの人が増えても、仕方ない。

頑張らないでいい、自分らしく生きる、内観に行ってみたい感じが

する」

「最近、内観に参加した。嫌っている人についても、調べてきた。

ゆっくり調べていくと、その人の外観ではなく、その人の本当の

姿、何がその人なのか、見えてきた。

自分もたくさんの人に迷惑かけてきたけど、今は、もっと迷惑かけて

いいんだ、となってきている」

「看取りをやっている人が、死んでいく人からいくつかの後悔を聞く

という話がある。今日、みんなの話を聞いていて、内観などで本来の

人の姿に焦点が当たっていたら、むしろ自由な感じで死んで

いけるのかなと思った」

「透析って、食事など暮らしに制限がある。暮らしでは、出来ないこと

がいっぱい。それで、死んでいく。つらいときもある。でも、つらいけど

それが喜びにかわるときがある」

 

みんなで出し合っていくうち、「甘える、甘えられる」「迷惑をかける、

迷惑をかけられる」って、どんなことだろう、という問いかけを

各自にするような空気になりました。

残念ながら、今回はそこまで。

次回、また、語りあいたいなあ、と余韻漂うなか、散会しました。

 

 


句会と運動会

2016-10-03 08:51:31 | 街の畑公園だより

月例会と句会をいっしょにやろうと、考えたのですが、まさか

孫の運動会とかち合うなんて、思っていなかったなあ。

 

ここんとこ、雨続き。10月1日土曜日、運動会の日の明け方まで

雨がふっていたけど、午前中には雨が上がるという天気予報。

運動会は延期でなく、開始時間を遅らせて、開催になった。

句会メンバーのジジ・ババ3人が運動会の方で、孫サービスならぬ、

孫から癒されに行った。

 

句会は、運動会に行って、投句参加の辻屋康子さんの句に

みんなの選が集まった。

こういうのが、おもしろいなあ。

 

  敗戦を生きし人逝き蝉時雨

 

これは、7人の人が選んだ。

そのほか2句。

  部屋のすみ忘れし浮き輪の児の笑い

  鈴虫やきのうは鳴きて今日は止み

いずれも、点が多かった。

 

その日の句会では、句会の気風や句の作風など、ときどき意見を

交えながら、進んだ。

 

  蝉を喰うトノサマバッタ落ちて来て

  二十年剪定続けて柿稔る

  一直線畦道に引く彼岸花

これは鈴木英二さんの句。

今回は、残念ながら、この3句とも選ぶ人がいなかった。

英二さんの弁。

「いままでと作風を変えたんです。

いままでは、自分の信条をなんとか表現したいと意気込んで

いたんだけど、今回は無機質なもの、何気ない風景を表現しながら

内面が伝わらないかと思って・・・」

そういう英二さんの話を聞いたあと、句を鑑賞してみると、何か

味わいがちがってくる。

とくに、トノサマバッタが自分よりカラダの大きい蝉に喰らいついて、

ドッサっと落ちてくるなんて、それを見ている英二さんの心の

動き、つたわってくような・・・

 

瑠璃色の残像蜥蜴穴に入る       伊藤敏子

 

師匠の句だったけど、選ぶ人がいなかった。

この句会、メンバーのぼくらでは、すこしレベルが高すぎたのか?

「蜥蜴穴から出る」が春で、「穴に入る」が秋だと知った。

なるほど。そこが、イメージできたら、「瑠璃色の残像」と詠んだ、

作者の内面の世界に思いを馳せることができたかも。

 

余川さんは、句会のメンバーのなかでは、群を抜いて、勉強熱心だ。

句の一字一句に推敲の背景がある。

 

  丸山や朝日にふくらむ稲の花

  長き夜や父母亡き里は遠くなり

  

そのときの情景や気持ちをケレンミなく詠んだ句もいいなあ。

 

  まだ青き栗の食みあと獣みち        敏子

  木からもぐイチジクの香りなつかしき     照子

  真夜中の虫の音色や夢心地        大平

  枝豆を飛ばして食べる孫楽し        小浪

 

句の評定でワイワイしているうちに、「それならいい句になる 」と

思わぬガッテン。

  

  定番のスイカ割りして孫の来る       伊藤敏正

 

敏正さんに、その時の状況を聞いているうち、誰からともなく、

それなら最後は「孫帰る、じゃないの?」

「なーる」

 

  定番のスイカ割りして孫帰る

 

その人によく聞いてみないと、分からない句。

 

  寝返りし気にかけないで晩夏の夜       郡山

  鈴虫が夜なべの床の静かさに         辻屋

 

本人、欠席のため、みんなで好き勝手な詮索。

 

句会の気風とか、句の作風について、いろいろな思っていることが

出ていた。

師匠からは「写生句をめざしている」とか聞いた。

英二さんも、そんなチャレンジしているとか。

句会から、その人の暮らしぶりや、見えていなかった一面が見れて

感動するときもある。

作品味わい方も深めていきたいし、夜に人との通じあいもやっていき

たいなあ。