東京 DOWNTOWN STREET 1980's

東京ダウンタウンストリート1980's
1980年代初頭に撮影した東京の町並み、そして消え去った過去へと思いを馳せる。

中央区の銅板貼り建築~その一

2014-10-10 19:22:37 | 中央区
このところ、また急速に姿を消している都心部の昭和初期の建築をまとめてみている。今回からは中央区である。まずは、旧日本橋区エリアから。銅板貼りの建築が残されているところと言うのは、基本的に関東大震災で火災の被害を受けたところであり、さらに第二次世界大戦中の空襲の被害を免れたところと言う二つの条件を満たす必要がある。関東大震災の被害を受けていないエリアでも、その時期に銅板貼りの建築があることもあるのだが、その数は多くはない。また、この震災復興で出来た町の多くを空襲で再度焼失していると言うこともある。その上、都心部では開発の速度が速いこともあって、なかなか残っているものが数少なくなっている。おそらく生まれ育った思い出のある建物として大切にされてきた世代から、その子孫の代へと移り変わりもあり、そういった中で維持することが困難になって来ているのだろうとも思う。

さて、まずは日本橋大伝馬町から。彼方流れの屋根の長屋造りであったものと思われるが、一棟分だけ残されている。


そして、日本橋本町三丁目。この三丁目は昭和通りを挟んだ町域になっている。その両側に僅かに残された銅板貼りの看板建築。


こちらは昭和通りの西側。ここだけが残されている。


自販機の店舗になっている。


再び、昭和通りの東側に戻る。日本橋堀留町一丁目。一階はモルタル仕上げで改装されている。


二軒長屋で片流れの屋根。周辺はビルだらけの町になっている。日本橋堀留町一丁目。


日本橋小網町の三軒長屋。左の二軒はモルタル仕上げで、右側だけ同じ意匠を持たせながら銅板貼りの仕上げになっている。


旧日本橋区エリアで、ある程度まとまって昭和初期の建物が残っているのは、人形町辺りだと思う。人形町一丁目。


豆腐屋さん。お店の佇まいを見ているだけで、豆腐も美味しそうに思えてしまう。人形町一丁目。


正面の意匠に特徴のある銅板貼りの看板建築。人形町一丁目。


大通りを越えて、二丁目へ。今は営業されていない様子の木造店舗。その右手の建物は銅板貼りのもの。


人形町という雰囲気によく似合っている感じの建物だと思うのだが、また甦る日が来て欲しいと思う。


一本裏の通りにも、手を入れられて大事にされている銅板貼りの家があった。人形町二丁目。


伊勢利のトロフィー。お店もカッコ良いけど、屋号もクラシカルでカッコ良い。人形町二丁目。


撮影は2012年に行ったもの。今のところ、全て健在であるようだ。


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