私が離婚を決めた理由

離婚するまでの経緯のつもりでしたが、考えているうちに、AC、共依存などにぶつかっています。

ありときりぎりす

2006-02-13 20:00:29 | 私が離婚を決めた理由
何でもかんでも旦那は目の前にある問題を後回しにした。
例えば、職場に提出する書類であったり、年賀状であったり、家事であったり・・・・
職場に提出する書類は、前日になって私に見せた。
生命保険の更新手続きだったり、扶養親族の確認資料であったり・・・・
事務手続きは、私の職種でもあったので、当たり前のように私がしていた。
でも、仕事を辞めて数年立ってからは、それをするのを辞めた。
もう、制度が変わっていて、私は解らないから、自分でやってと突き放した。

年賀状の写真の準備から、印刷の手配も全て私だった。
全ての段取りを整えてから、旦那に渡しても、一向に書こうとしなかった。
結婚してしばらくは、親戚や上司にちゃんと出さないと私が笑われると思い、仕方なく私が書いた。
お正月に、旦那の実家に帰って唖然とした。
年末の掃除もされていない部屋に、出されていない年賀状が塔のように立っていた。
500枚近い年賀状を、姑一人が書いていた。
毎年、除夜の鐘を聞きながら書くのが常と言う。
でも、だんだんそうすることも馬鹿らしくなり、私は書くのを辞めた。
印刷だけはしていたのだが、気が向けば返事を書く程度で、ここ数年は、手のつけられていない年賀状がそのまま置いてあった。

家の用事の何を頼んでも後回しだった。
私があくせくと動き回っている間、寝ていてテレビを見ていた。
そのくせ自分が動き始めると、自分ばかりにやらせると文句ばかり言っていた。

そんな旦那に私は、「ありときりぎりす」の話をした。
どうせやらなければいけないのなら、目の前のことを先にやってしまったほうが、気が楽ではないのかと。
あとで慌てるのは自分ではないかと・・・・・
でも、結局いつも尻拭いを私がしてしまっていたのだ。
旦那にとっては、手伝ってもらえるその方が良かったのかもしれない。
別居する前は、そんな旦那を無視していた。
いつやろうが、旦那の勝手なのだ、私には一切関係ないのだと、私は自分に言い聞かせた。
そうすると、夜中に起きだして自分の分担分の家事をしたり、朝出かける前に、遅刻しそうだとわめきながら、こなすようになっていた。



先日、長男の公文のプリントに「ありときりぎりす」の絵があった。
表には、歌を歌いながらバイオリンを弾いているきりぎりすと、必死に働いているありの絵があった。
裏には、暖かい部屋の中で、食べ物をおいしそうに食べているありと、寒さに凍え今にも倒れてしまいそうな姿のきりぎりすの姿があった。
それを見た長男、
「なんでありは、きりぎりすに優しくしないの?きりぎりすは可哀想。
きりぎりすはみんなのために、歌っていたのに、ありは悪い!!」そう言った。
そして
「ありは悪者だから、やっつけてやる。」と・・・・

いつも寝転んでばかりの旦那を注意した時、
「わしがこうやってのんびりしているのを見ると、子ども達は安心するはずだ。
そのためにこうやって寝ているのだ。」そう言い放った。
そんな旦那の尻拭いをしなくなったから、私はやっつけられたのだろうか?
なんだか、違う気がする。
長男もそのことにいつか気がついてくれるといいのだけれど・・・・・