
藪柑子(ヤブコウジ)は当地の野山にはごく普通に見られます。

大概はこのように数株が生えていたり、単独で生えていることが多い。

時に沢山自生するリュウノヒゲの群青の実とのコラボを見ることが出来ます。

たまに群生とまではいかないまでも、まとまって生えている所があります。
極々最近、群生と言って良いほど纏まっているところを発見しました。
極々最近、群生と言って良いほど纏まっているところを発見しました。
遠目には全く分りません。ここ全体がヤブコウジで覆われています。

これまで何故気付かなかったかと言うような場所です。
毎年、三度は必ず刈り払いをしています。

たまたま、水路をチェックしようと思い歩いていて分ったのです。
赤い小さな実を見て気付きました。
赤い小さな実を見て気付きました。

あまり冬場には歩くようなことがないため気付かなかったのでしょう。
夏場は草が伸び、ヤブコウジは地べたに這うように生えており、赤い実も着けていません。
また、刈り払いに精一杯でそちらに目が向くような余裕がなかったことも確かです。
それにしてもびっしりと生えています。
夏場は草が伸び、ヤブコウジは地べたに這うように生えており、赤い実も着けていません。
また、刈り払いに精一杯でそちらに目が向くような余裕がなかったことも確かです。
それにしてもびっしりと生えています。

これなら群生と言って良さそう。

株数を数えれば100の単位になることは間違いないでしょう。
いつ頃からこのようになっていたのか。


ヤブコウジ自体が小さく目立たないので、その気にならなければ容易に分りません。
赤い実を着けてようやく気付かれる存在なのです。
それほどにヤブコウジは気にも留められない存在なのかもしれません。
小生、長い間ヤブコウジは縁起物の千両、万両にあやかって別名を一両と勘違いしていました。
実は一両はアリドオシでヤブコウジは十両と知ったのは近年です。
ヤブコウジもこのくらいあれば千両分くらいの価値がありそうに思えてきます。
小生、長い間ヤブコウジは縁起物の千両、万両にあやかって別名を一両と勘違いしていました。
実は一両はアリドオシでヤブコウジは十両と知ったのは近年です。
ヤブコウジもこのくらいあれば千両分くらいの価値がありそうに思えてきます。
そして、こちらは万年青(オモト)。

大きな栗の木の下に纏まって生えています。

ここにオモトがあることに気づいたのは大分前です。記憶に定かではありませんが。
オモトもいわゆる縁起物。覆われていた落ち葉や笹竹を除いてやりました。
自然に殖えてきていると思っていましたが、今年は逆に減っているような気がします。
オモトもいわゆる縁起物。覆われていた落ち葉や笹竹を除いてやりました。
自然に殖えてきていると思っていましたが、今年は逆に減っているような気がします。

それでも今年も健在で実を着けてくれました。

自然に生えているので見栄えはよくありません。今年は実も少ないようです。

何故ここにと考えてきましたが、鳥が種を運んだのだろうと推測しています。
何故栗の木の根元なのかは想像がつきません。
ここでもリュウノヒゲとの共演が楽しめます。
何故栗の木の根元なのかは想像がつきません。
ここでもリュウノヒゲとの共演が楽しめます。

赤い実と群青の実が今年も見られました。

こちらは少し離れたところにあり、昨年気付きました。

これは実の数が少し多く大きいようです。
我が家には縁起物の千両、万両はありませんが、多くの南天と万年青、藪柑子が楽しめるのは嬉しい。
我が家には縁起物の千両、万両はありませんが、多くの南天と万年青、藪柑子が楽しめるのは嬉しい。
自然は、変わらぬ季節の贈り物をしてくれます。
それに気づくかは、他人となりです。
いいさなことに目をむけ、耳を清ませ、心に写せば聴こえるのだと思えます。
一重に、心根がやさしくないと判りませんもの。
行いの正しさに、神・宇宙からの賜物。
コメントありがとうございます。
本当におっしゃるとおりです。
自然の恵みを感じる時は嬉しいですね。
自然に教えられることも多いです。ものを作るのも自然に逆らってうまくいくことは少ないですね。
当地は自然豊かなことだけは間違いないです😄