田植えをしてほぼ1ヵ月、田んぼの畦や土手の雑草の刈り払いをしつつイネの生育を観察しています。
昨日は「随意契約による備蓄米放出」について一考を記しました。
長文になってしまったので、改めてコメ高値の本質について再考してみたいと思います。
これまでも何度か関連の投稿をしており、直近では3ヶ月ほど前に「コメ高値の本質」として記しました。
基本的なことは何ら変わっていないので、まずその後半部分だけをそのまま再掲します。
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民間輸入はこれまで実質輸入不可能と思われるように設定されています。関税が㎏当たり341円ですから60㎏にすると関税だけで20,000円を超えます。ですから25,000円以下では完全な赤字になると思われます。精米段階なら10㎏5,000以下では採算が合わないので自信があるということなのでしょう。
今、スーパーなどではごく普通に6,000円を超えているので、このまま推移すれば輸入米も売れる可能性は十分あります。輸入米は実際には業務用向けでしょうからコストも低く抑えられます。
しかし、これはあくまで現状の需給が続くと言うことが前提なので、政府の示すデータが正確なら隠れている流通米がどこかの時点で吐き出され需給のバランスが崩れます。山高ければ谷深しの原則で急落するはずで、誰かがババを引くことになります。
そうならなければ政府のデータの何れかが正しくないと言うべきです。前述したように生産量(作況)、在庫量、需要量への疑問が捨てきれません。
僅か数年前、JAからの概算金が10,000円を割ったことがあります。2024年産米の半値です。
ある程度の規模の生産者にはそれなりのセーフティネットがあるものの我が家のような零細な生産者は正に赤字覚悟、モチベーションは落ちるところまで落ちたと言っていいでしょう。僅かに環境保全と自己生産への拘りが支えになっているというものです。
末端の食堂などではご飯のおかわり自由、大盛り加算なし、果てはラーメン注文でご飯無料までありました。確かにご飯一杯20円くらいならサービスした方が売上増に繋がります。
これはコメ生産者にとっては屈辱以外の何物でもない。
今日の末端価格は確かに異常ですが、誰も長かった安値の時代を語りません。それが当たり前と思っているので当然です。今日では田舎でさえも生産を知る人間は少なく消費者の方が多いからです。
食管制度で米価が決められた時代と違い完全な自由価格になった現在は、コメも投機の対象になり得ます。政府が指摘するように隠れた流通の担い手の存在が価格高騰を招いているとすれば正に投機の対象になっていると言うことでしょう。
生産者は異常な高値など望んでいないのです。しかし、これまでのような異常な安値ももちろん望みません。しかし、多勢に無勢で消費者は安ければ安いほど良いと考えるのが一般的。
50年前、我々の一世代前、大正後半から昭和一桁生まれの世代が主たる担い手だった時代、食管制度の下60㎏20,000円が普通でした。生産者も農村人口も遙かに多く、都会にも農村出身者が多かった。従って選挙になれば集票力があり、コメの価格形成にも影響を及ぼしました。
次世代が我々昭和20年代生まれですが、食管制度から新しい食糧法に移行して様変わり。流通も価格も完全に自由化されました。農村部にも他産業従事者が多くなり、まして都会では農村出身者の陰は甚だ薄くなりました。従って圧倒的に消費者の視点が強くなり、選挙でも集票力は低下しコメの価格へ影響することもなくなりました。
それでも、少数ながらコメの大規模生産者が成立し、我々のような零細な生産者も細々ながら担い手として存在してきました。それは前世代からの意思を受け継ぐ意識があったため採算性が悪くても我慢強く続けてきたわけです。しかし、その担い手の多くが70代になり、次第に人的な生産力が低下していると見るべきです。それが顕在化してきたのが事の本質ではないかと考えています。温暖化や気象災害などの現象だけに目が行っていますが、こちらの方が本丸です。
2023年、2024年の作況指数がともに101ならこのような事態が生ずるとは思えないのです。実態は作況指数のようになっていない可能性がやはり捨てきれません。根拠は薄弱ながら長年の経験から来るカンというやつです。
人的に多い我々の世代は交代期に入っています。あと数年、長くて10年。今後は大規模生産者主体の生産構造に移行するのがメインシナリオですが、それぞれ地域の条件が違いスムーズに移行できるかは不透明です。この度の価格高騰がターニングポイントになりそうです。
政府の数値が正しくこの後理論通りに価格が急落すれば間もなくやってくる世代交代も頓挫するかもしれません。逆に高い価格が続き、コメの民間輸入も好採算となれば他企業からの参入も想定されます。しかし、これらは安くなればすぐ撤退するので価格の乱高下は大きくなるでしょう。
一番は圧倒的多数の消費者の意識と行動です。安ければ安いほどよいのか、生産コストに見合う価格での安定を望むのか、多少の乱高下はかまわないのか。
昨日のニュースで直近の消費調査の結果では価格は下がっておらず前年10㎏3,500円が今年約80%高になっていると報じていました。6,300円くらいでしょうか。売り上げは落ちていないとしています。
今、スーパーなどではごく普通に6,000円を超えているので、このまま推移すれば輸入米も売れる可能性は十分あります。輸入米は実際には業務用向けでしょうからコストも低く抑えられます。
しかし、これはあくまで現状の需給が続くと言うことが前提なので、政府の示すデータが正確なら隠れている流通米がどこかの時点で吐き出され需給のバランスが崩れます。山高ければ谷深しの原則で急落するはずで、誰かがババを引くことになります。
そうならなければ政府のデータの何れかが正しくないと言うべきです。前述したように生産量(作況)、在庫量、需要量への疑問が捨てきれません。
僅か数年前、JAからの概算金が10,000円を割ったことがあります。2024年産米の半値です。
ある程度の規模の生産者にはそれなりのセーフティネットがあるものの我が家のような零細な生産者は正に赤字覚悟、モチベーションは落ちるところまで落ちたと言っていいでしょう。僅かに環境保全と自己生産への拘りが支えになっているというものです。
末端の食堂などではご飯のおかわり自由、大盛り加算なし、果てはラーメン注文でご飯無料までありました。確かにご飯一杯20円くらいならサービスした方が売上増に繋がります。
これはコメ生産者にとっては屈辱以外の何物でもない。
今日の末端価格は確かに異常ですが、誰も長かった安値の時代を語りません。それが当たり前と思っているので当然です。今日では田舎でさえも生産を知る人間は少なく消費者の方が多いからです。
食管制度で米価が決められた時代と違い完全な自由価格になった現在は、コメも投機の対象になり得ます。政府が指摘するように隠れた流通の担い手の存在が価格高騰を招いているとすれば正に投機の対象になっていると言うことでしょう。
生産者は異常な高値など望んでいないのです。しかし、これまでのような異常な安値ももちろん望みません。しかし、多勢に無勢で消費者は安ければ安いほど良いと考えるのが一般的。
50年前、我々の一世代前、大正後半から昭和一桁生まれの世代が主たる担い手だった時代、食管制度の下60㎏20,000円が普通でした。生産者も農村人口も遙かに多く、都会にも農村出身者が多かった。従って選挙になれば集票力があり、コメの価格形成にも影響を及ぼしました。
次世代が我々昭和20年代生まれですが、食管制度から新しい食糧法に移行して様変わり。流通も価格も完全に自由化されました。農村部にも他産業従事者が多くなり、まして都会では農村出身者の陰は甚だ薄くなりました。従って圧倒的に消費者の視点が強くなり、選挙でも集票力は低下しコメの価格へ影響することもなくなりました。
それでも、少数ながらコメの大規模生産者が成立し、我々のような零細な生産者も細々ながら担い手として存在してきました。それは前世代からの意思を受け継ぐ意識があったため採算性が悪くても我慢強く続けてきたわけです。しかし、その担い手の多くが70代になり、次第に人的な生産力が低下していると見るべきです。それが顕在化してきたのが事の本質ではないかと考えています。温暖化や気象災害などの現象だけに目が行っていますが、こちらの方が本丸です。
2023年、2024年の作況指数がともに101ならこのような事態が生ずるとは思えないのです。実態は作況指数のようになっていない可能性がやはり捨てきれません。根拠は薄弱ながら長年の経験から来るカンというやつです。
人的に多い我々の世代は交代期に入っています。あと数年、長くて10年。今後は大規模生産者主体の生産構造に移行するのがメインシナリオですが、それぞれ地域の条件が違いスムーズに移行できるかは不透明です。この度の価格高騰がターニングポイントになりそうです。
政府の数値が正しくこの後理論通りに価格が急落すれば間もなくやってくる世代交代も頓挫するかもしれません。逆に高い価格が続き、コメの民間輸入も好採算となれば他企業からの参入も想定されます。しかし、これらは安くなればすぐ撤退するので価格の乱高下は大きくなるでしょう。
一番は圧倒的多数の消費者の意識と行動です。安ければ安いほどよいのか、生産コストに見合う価格での安定を望むのか、多少の乱高下はかまわないのか。
昨日のニュースで直近の消費調査の結果では価格は下がっておらず前年10㎏3,500円が今年約80%高になっていると報じていました。6,300円くらいでしょうか。売り上げは落ちていないとしています。
今週中に政府は備蓄米の売り渡しの内容について集荷業者に提示し、入札を行うとしています。備蓄米の存在がこれほど注目されるのは初めてでしょう。その存在さえも知らなかった国民も多かったと思います。最初の入札は想定以上の高値が予想されますが果たしてどうでしょう。
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以上が、小生の2月11日の投稿記事の一部ですが、その後の経過を見るとどうでしょう。
末端の価格は上がり続け、備蓄米の放出後については昨日記したとおりです。
一向に下がる気配のない価格を冷やすため、随意契約による備蓄米放出という禁じ手を使うこととなりました。
ここまで来れば、これまでオブラートに包まれていたことがより明白になってきました。
小生が繰り返し指摘しているように農水省の発表している作況指数が現実のものと乖離していると言うことです。
この度のコメ不足を直接引き起こしたとされる2023年産米の作況指数は101、そして2024年産米は101で収穫量は18万t増加しているとしています。
もしこれらの数値が実態を反映したものならコメ不足や価格高騰を引き起こすことはあり得ないはずです。
政府は外国人客の増加などで流通するコメが不足し価格高騰に繋がったとしていますが、隠れたコメ云々と同様詭弁であることが明白になってきました。
そもそも国の水稲の作柄調査のあり方をとうに見直すべきだったのです。国が発表する作況は様々なものに反映されるためかなり重要な役割を果たしてきました。
しかし、若干の変更はあるものの基本的には昔からのやり方と変わっていないと思われます。マンパワーの面でも相当縮小されている可能性があります。現在の収穫調製の現場では品質が重要視され粒の小さいものや着色したものは機械的により厳選されるようになっています。
過日、ふるい落とされた通称中米と言われるものが通常の袋入りで販売されており問題になっていました。高値につけ込んだ詐欺行為です。
実際に主食用に生産されているコメは国が発表している数量よりかなり少ない可能性が濃厚です。これが2年続くとなると数十万tはすぐ変わってきます。
また、在庫量や需要量も政府の発表する精度がかなり落ちていると考えられます。元々の数値が間違っていたのでは犯人捜しをしても無駄というものです。
食管制度の時代は国がコメの格付けを行うなど直接管理していました。農協の集荷比率も高かったのですが、年々低下し現在は半分程度まで落ちていると思われます。
需要量、在庫量、生産量が正確でなければ作るべき目標数量も不正確にならざるを得ません。
これらのことについて農水省はメンツがあり認めようとしません。数値を示し正面から指摘する人間もまだ見られません。しかし、内部では相当議論になっていると推測されます。特に、作柄調査についてはより実際に近い方法に早急に見直すべきです。と言うのは、これからの価格の動きは本年産の作柄見通しに大きく左右されるからです。
「随意契約による備蓄米放出」で5㎏2,000円のコメが供給され、どのくらい流通過程に滞留しているコメが吐き出されてくるかですが、反応はイマイチです。高く買い付けたコメを簡単に吐き出すわけにはいかないので古古米や古古古米の評価待ちかもしれません。しかし、本当に国が言うように滞留しているコメがあるのかが問題です。コメは保管し精米しなければならないので実需者の多くは一定の期間で契約することが多くフリーのコメは少なくなっている時期と思われます。
昨年中に想定したように国の数値が正しければ、今頃は劇的に値下がりし誰かがババを引き苦しんでいるはずでした。そんな風になってはいませんし、禁じ手の「随意契約による備蓄米放出」でもどうかといった状況です。
国の示す数値の信用度は地に落ちたと言っても言い過ぎではないようです。
それでも今回の備蓄米放出は実需になるため確実に価格の下押し効果はあるはずで、今年の作柄がますます重要になります。再び国の発表する数量と実際の数量が乖離するようなことがあってはなりません。
過日、農水省から都道府県ごとのコメの小売価格が発表されました。主産地県が相対的に安いのは分かるとして随分価格差があるものです。どのような調査をしているのでしょう。
当地のスーパーを覗くと大分前から主力の県産米は5㎏3,000円台です。急落はせず徐々に5㎏3,000円台前半に収束していくと言った流れなのかもしれません。
それでも価格高騰前ならこれがほぼ10㎏の価格でした。5㎏なら2,000円以下が普通でした。もっと安いコメもあったはずです。そして、このような状況が20年続いてきたわけです。
消費者にとってコメは殆ど空気のような存在になっていたのではないでしょうか。突然高い金を払わせるとは何事だとなるのも当然です。
その間、生産者の玄米60㎏の価格は10,000~15,000円が20年続いてきました。いわゆる最低賃金相当の労働報酬を得られた人はどのくらいいたでしょう。当然ながら小生のような零細生産者は赤字覚悟です。
昨年来の高値になる以前の20年余りいかに米価が低迷してきたか。その間に溜まったマグマが一気に噴き出したのが今日の現象です。
ここに来て減反政策が悪かったと言う人もいますが、そう単純ではありません。それは1年だけ見た結果論で長期のスパンで見れば一定の役割を果たしてきたことは間違いありません。青果物なら腐ってしまうのですぐリセットされます。コメは大量で長持ちするため始末が悪いのです。備蓄米制度も非常時に対応すると同時に過剰に生産された場合のバッファーの役割も果たしています。
大潟村の著名な法人経営者の涌井氏が農水大臣あてにコメ増産の提言をされたと報道がありました。大潟村は干拓による稲作のモデル農村を作るとしてスタートしたわけですが、ほどなく減反政策によって翻弄されました。涌井氏は一貫して減反政策に反対し生産流通から加工販売まで独自の体制を築かれてきたので提言には重みがあります。これまで血の滲むような努力があったと推察されます。ようやく苦労が報われる時が来たと思われているかもしれません。
過日、ある報道番組に農業法人経営者のT氏と元農水官僚でC研究所のY氏が出演し米政策について話されていました。さすがにT氏の発言は実践を踏まえているので腑に落ちることばかりでした。一方のT氏はどんどん作り輸出をして足りなくなればそれを国内向けに回せば良いなどと口先ばかり。実践できる現場は沢山あるので自ら実行してからもの申して欲しいと気分が悪くなりました。何時ぞやは3ha以下の農家は自家用にもなるのだから赤字でも良いと言っていたような。
あまりに大雑把過ぎると批判を受けるかもしれませんが、戦後の農村を眺めてみると、第一世代の担い手が大正後半から昭和一桁生まれの世代、第二世代の担い手が我々昭和20年代生まれの世代、そして第三世代が昭和後半から平成初め生まれの世代となるでしょうか。
誤解を受けると良くないので当地方ではと言うことにします。
第一世代の時期は食管制度の下で増産そして減反への転換時期でした。但し米価は60㎏20,000円でほぼ保証され米から得られる収入は安定していました。しかし、それだけでは家計は成り立たず減反政策とも相まって畑作や畜産との複合経営が一般的でした。農閑期は土木作業に日稼ぎというケースが多かった。米は経営の1部門でしかなかったとしてもあくまで農業が主でした。我が家もそうです。
我々の世代はどうか。幼少期の頃、長男は当然に親の経営を引き継ぐものという意識が醸成されていました。もちろんそのまま就農した人もいますが、減反が囁かれるようになった頃から雰囲気が変わりました。親世代が働き盛りと言うこともあり安定的な他産業へ従事するケースが主流になっていきました。
しかし、家や集落への意識は体に染みついているため、世代交代するに当たっても大きな齟齬(そご)は起きませんでした。従って他産業に従事しつつも米はほぼ維持されてきたのです。我が家も父が亡くなって30年になりますが、曲がりなりにも二足のわらじを履き続けてきたわけです。
昭和20年代生まれと言うと全員70歳を超えており、従来の生産能力が失われてきています。正に世代交代期にあるわけです。
されば次世代はどうか。農業や家、集落への意識は我々の世代とは大きく変わりました。特に職業の選択についてはフリーで、我々世代のように二足のわらじを履くような意識も殆ど無いでしょう。職業選択で重視されるのはまず収入、そしてやり甲斐や魅力。数は少ないながら農業を選択する若者もいますが、大概は施設園芸などです。
当地では米を選択する若者は殆ど見かけません。20年余りもまともな労働報酬を得られないような安値が続いたのでは当然です。
もちろん近隣には農業法人や集落営農組織で米生産を行っているケースもありますが、ここでも構成員は70歳代が大半。
20年余りも安値の時代が続いたのでは、いかに我々世代が我慢強く作り続けてきたとしてもスムーズな世代交代が出来るわけはないのです。それが顕在化したのがコメ高値の本質と思っています。
かの農水官僚OBは3ha以下は赤字で良いと言いましたが、我が家のような零細生産者はしょうがないとして、依然2、3haの生産者がボリュームゾーンなのです。
猶予は無くあと数年、長くて見ても10年。メインシナリオは大規模生産者主体の生産構造への移行ですが、全ての地域に当てはまるわけではありません。我が集落は全く不透明です。
今回のコメ価格高騰が20年余り続いた長い安値の結果なのだと消費者が理解できるかどうかが今後のコメ価格を左右することになるでしょう。
安ければ安いほど良いと言うのがコンセンサスなら青果物のように暴騰、暴落を繰り返すことになるでしょう。
当面の価格は本年のコメの出来に全て掛かることになりました。但し、既に備蓄米の多くを放出しているので、ここまでくれば以前のレベルまで大きく下げる可能性は無くなりました。仮に不作になれば暴騰するでしょう。
それにつけても、繰り返し言うように農水省の作柄調査は責任重大。最初の作柄概況の発表は8月下旬、西南暖地の早場米は7月下旬です。
しからば肝心の現在のイネの生育はどうでしょう。

当地のここまでの天候は雨が多くしばしば強風が吹いたというのが特徴です。昨年の高温乾燥とは趣が異なります。
我が家の田んぼでは5月は若干の遅れが感じられましたが、最近の高温で概ね平年並みの生育と見られます。

ここまでの生育は田植え後の日数の違いが大きいので一概に言えません。
当地方の一番の問題はヤマセによる低温。近年では夏の異常な高温です。そのため初期生育が順調なほど逆にリスクが高まるとも言えます。田植えが早いのもリスクが高まるので我が家のようなは早植えは推奨されません。
したがって、現時点の生育の早晩はあまり気にする必要はないのですが、順調な生育なら安心感はあります。

茎の分けつも順調に始まり、1株の茎数は田植え時の倍くらいになってきました。

これから分けつの最盛期に入ります。最終の1株茎数は25本が目安。
先はまだまだ長く、最後まで何事もなく終わるという年はまずありません。
生産者は淡々と着実に作業を進める以外ないのです。
ただ、消費者の方々には自然を相手に相当の苦労をしてコメ作りをしていることを知ってもらいたいとは思います。