水瓶

ファンタジーや日々のこと

バーバリオンの話(つづき)

2014-04-20 10:11:19 | 彼方の地図(連作)
かつて私が作り出した不老不死の秘薬___それはフラスコの中で白と黒の渦を巻き、中心に針の先ほどの小さな金色の光を輝かせていた。玉座についた王様は年を取らなくなる。今も壮健なバーバリオンは、百才をとうに越えているはずなのだ。なぜ今まで思い至らなかったのだろう。あの渦と光は、不死の世界との接点にある。

「玉座に座っていると、霞がかかったように、近くのものがぼんやりしてくる。宮殿では時間の流れ方が奇妙だという噂は、君も聞いただろう?たとえるなら、眠っている時のようだ。ほんのわずかの間にとても長い夢を見たり、さっき目を閉じたばかりのようで、長い時間がたっていたり。慣れない頃は、ずいぶんちぐはぐに感じたものだよ。

だが、そうだね。玉座にいる時間は心地がいい。楽しいと言ってもいいかも知れない。楽しいと言っても、狩りの時などに感じる喜びとは全く違うものだがね。どちらの方がいいかと聞かれても、私には答えるのが難しいよ。今は、乱暴者でなくなったこのバーバリオンをもって、故郷を駆けまわりたいと望んでいるが___ああ、私は玉座に長くいすぎたよ。もう夢からさめてもクァロールテンは怒りはすまい。いや、今となっては、荒涼とした北の岩山が私の夢だ」

その気持ちは、私にもわかる気がした。本当の所、どうなのだろう?私は不死の体を失って、夢からさめたのだろうか。それともまだ、長い夢のつづきを見ているのだろうか。今では真昼の大陸での長い年月が、短い夢のように思える。バーバリオンはそんな私から、共感か同情のようなものを感じ取ったようだった。

「滝の宮殿はとても美しい。四季を通じて気候もおだやかだ。だが、長い冬のあいだ雪と氷に閉ざされ、遅い春の訪れを、崖に咲くモクレンや、ちょろちょろと流れ出した雪解け水の音で知る、あの喜びこそが、長の年月、あの荒れ地で生きて暮らして来た、われらケンタウロスの喜びなのだよ」

しばらくバーバリオンは宙に目をやって、故郷をなつかしむようにしていたが、軽く頭をふると、しっかりとした黒い目を私に戻して、思い出したように玉座の話を続けた。玉座に座っていると、近くのものがぼんやりするかわりに、遠くのものが驚くほどはっきりと見えることがあるのだそうだ。玉座に慣れてゆくほど、そうして見えるものが増えて来るのだと。バーバリオンが玉座にいながらにして、沼地をおかす灰色に気づいたのは、三年ほど前のことだと言う。

「何かいやな予感がしたものだから、灰色の正体を確かめるために、宮殿のケンタウロスたちを沼地に使いに出したんだ。灰色の場所に入り込んで、具合の悪くなった者が何人か出たが、灰色の場所が今ほど広がっていなかったせいか、それともケンタウロス持ち前の強靭さのためか、まだその頃は、大事に至るほどではなかったのだ。今は、わからん。玉座からは、灰色自体の力が増しているように感じられた。君は、みるみる内に力が抜けたと言っていたが、他の生きものたちも同じようなのだ。小さく弱いものなど、あっという間に死んでしまうだろう。もっとも、そうした生きもの特有のカンで、遠くへ逃げ出してしまうことも多いが、サウーラのように、ここを離れては生きていけないものも多いからな。

___しかし、あのこわがりやのティティが、灰色にのまれかけたこの沼から離れようとしないのだからなあ。私にはわからんよ。ティティに旅に同行してもらうか、さもなければ玉座についてもらうには、どうしたらいいものだろう。まさかティティをがんじがらめに縛り上げて、宮殿まで連れて行くわけにもいくまい」

かつての乱暴者も、ずいぶんとやさしくなったものだ。だが、それだけではない、叡智といってもいいものが、バーバリオンからは感じられた。それはかたくなでない、やわらかなものだ。薄明の大陸の玉座は、固い岩かどをもけずる水の流れのように、人を変えてゆく。臆病で頑固なティティが玉座についたなら、いったいどんな風に変わってゆくのだろう?