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近くの多摩川に飛来する野鳥の連続写真を中心に、日頃感じた出来事を気ままな随想でご紹介し、読者双方との情報を共有したい。

大分雑感 潮干狩り(2回シリーズその1)

2013年12月08日 00時00分01秒 | 緑陰随想

 春の大潮の時期は潮干狩りには絶好な時期である。潮の干満は月と地球の引力の差で生じる。大潮の時期になると陰暦が役に立つ。春は気温の変動も大きく、なかなか晴天に恵まれない。天気予報と陰暦の満月の時期をねらって海岸へ繰り出す。

 女房の実家は大分空港の近くであるが、昔は杵築と国東との間はジーゼル列車が往復していて、杵築に近い守江が潮干狩り(貝掘り)の場所であった。筆者が大分にいたときは既にジーゼル列車は廃止されており、もっぱら自家用車で国東半島の東側にある富来や熊毛の海岸へ出向くことが多かった。

 最近では近くのスーパーで一年中アサリが販売されているためか、それとも居住する住民が高齢化し、体力的に無理なのか、理由はともかくとして、潮干狩りの話はあまり聞かなくなった。既に港湾整備等で海岸が整備され、浚渫(しゅんせつ)により浅瀬が少なくなる。塩分濃度が高くなるとアサリは深場に移動せざるを得ず、呼吸困難となり死滅する。自然の環境が変化しているのも理由の一つかも知れない。

 一時はこんなにも貝が生息しているのかと驚いたこともある。表現がオーバーかも知れないが、事実、貝の周りに海の水があり、手ですくえば海水が指の間から落ちて貝が残るほどであった。直ぐに持参した肥料袋が一杯になる。1時間も経たない内に肥料袋の山が出来る。料金もいらないし、貝を掘っている人も少ない。自宅へ持ち帰り、小分けにして近所へ配っても、手元には肥料袋が2~3袋は残る。

 数日間は酒蒸し、天ぷら、みそ汁の具にして食するが、塩水に浸けておいても生ものであるから何日も持たない。佃煮にしても連日の貝づくしにはいささか飽きてしまう。仕方なく食べるものはどの食材であっても、もういらないということになってしまう。旬とはよくいったもので、少ないから価値があり、手に入らないから食べたいという欲求が生まれる。しかし、このような思いをしても1年が経つとまた潮干狩りに出かけたくなる。(次回へ続きます)


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