真夏のあの暑さはどこへ行ったのであろうか、朝夕は毛布がいる季節となった。夏の間に重宝した扇風機が起こす風は、涼しさを通り越し、冷え冷えする感じがする。季節の変わり目は温度であろうか、ムッとする暑さを感じなくなった。秋は短いといわれる。いずれ音連れる冬の前触れが秋のようで、比較的温暖な関東でさえ、あっという間に冬が訪れる。
今日は曇天の中、うっそうと茂った緑のカーテンを外すことにした。基本はぶどう棚であるが、二階まではネットをつぎ足し、ユウガオ、朝顔、ゴウヤ、風船カズラ等を日よけとして植えたが、思った通りの日陰にはならなかった。植物はそれぞれ異なる成長の仕方をするし、まだらになって、陽射しを完全に遮るわけではない。これも考え方で、緑のカーテンと思えば、それでよかったのであろう。夏場は大いに楽しんだことを思い出す。庭の一部が明るくなり、縁側は愛犬の居場所であったのであるが、遮るものがなく落ち着かない様子であった。散歩をせがむ愛犬とともに、散歩へ出かけた。
今年の多摩川はいつもの年に比べると増水している。目にする中州が水没し、普段見られる野鳥も岸に集まっていて、撮影の対象としては面白くない。ちらほらカメラマンも増えているが、撮影ターゲットを絞りにくいようである。仕方なく、赤とんぼや、セイタカアワダチソウをカメラに収めている。今年は、コアジサシが営巣できず、場所を変えたようであるし、下流で川幅の掘削工事が進行中で、常に水が濁っていたため、稚アユの遡上が芳しくなかったようである。
川に住む魚類においてもちょっとした人工的なことで、生活環境が変わると、遡上が阻まれてしまい、自然のサイクルを狂わせてしまうようで、敏感と思っている。工事は治水に関係するため、差し止めるわけにはいかないが、いずれは元通りとなることを願っている。中洲や、ちょっとした砂地は、野鳥にとってのえさ場でもあり、雑草も子育てのための住環境となる。人工的な植栽や、舗装が野鳥の住処を奪っているように思える。
野鳥の保護地域との看板もあるが、一方ではキャンプやバーべキュウで訪れる人が多くなる。遊歩道を車両乗り入れ禁止の看板すら守れない輩は、野鳥との共存など全く意も解せず、我が物顔での行動は、目を覆うばかりである。自然を壊しているとの認識はないに等しい。公共施設の維持は、環境を大切にし、壊さず、余裕を持って臨みたい。今年も野鳥や雑草にとって行楽シーズンは冷たいものである。
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