株式投資と邪馬台国女王、卑弥呼

"卑弥呼"と"株"。株は49年,古事記は30余年で、邪馬台国=北四国の独自見解です。

宇佐神宮と宇摩説(7) 宇佐神宮写真と『卑弥呼と宇佐王朝』について

2008-05-07 00:02:52 | 古代史・古事記講座(宇摩説)

   宇佐神宮の写真(torisanのブログ)

 torisanのブログに宇佐神宮の良い写真が多くあります。判りよい説明があり、先の案内図などを思い浮かべながら見られると良く判ります。
 
http://torisan.iza.ne.jp/blog/entry/149742/

 鳥さんから、無断で一枚拝借してきました。宇佐神宮の最初の鳥居です。



 torisanのブログには、もっと大きな写真です。また、参拝の道順などもあり、参拝したような気になれる優れものです。一度、訪問してください。人柄も良く、コメントも楽しい応答が出来るでしょう。

 私のブログで伊勢神宮や、厳島神社を書いた時には、伊勢神宮や厳島神社をアップをしてくれました。今回探したが出てこなかったのですが、この記事には、URLを入れたと思うので、これらの記事を読む時にも訪ねてください。


  清輔道生説と宇摩説

 この本は、宇佐の調査が良く出来ていると思う。しかし、残念なことに、ホツマツタヘを正規の伝承と決めた故に、多くの判断ミスがある。だから、宇佐神宮を知るには良いが結論には従えない代物である。

  天照大神は男神(?)

 ホツマに従って、天照大神が女神でなく、男神とする。この伝承は、別の地域伝承にもあって、現在は男神と思っている人は少なからず居る。伊勢神宮、記紀の記録や、国民のほとんどが女神と伝承されている事から、間違いなく女神であろう。

 宇摩説では、天照大神=卑弥呼だから、疑いの無い女神である。私は後世に迷彩のために作られた男神説だろうと思っている。

 古代に中国と交流して、多大の贈物を得た卑弥呼女王が、贈物で神輿太鼓を作って、皇帝の忠告通り人々に見せた。これで卑弥呼は古今最高の女神になったのだ。この山車については、先に説明した。

 弥生後期の人々にとって、皇帝から贈られた、赤地に金糸の刺繍である昇降の龍はあ驚嘆する織物だった。このために、一気に評価が上がったのである。これは、「建国と今」の部ログに写真がある。

 古事記は、最も名を上げた天照大神の事績を抜いている。名声が謎のままだが、宇摩説では太鼓台の思想、飾り、名称など解明に因って明快に解いている。つまり、天照大神の事績を省いた記紀だが、卑弥呼によって補足されるのだ。

  大元神社・馬城山(御許山=大元山)

 宇佐神宮の奥宮、大元神社の祭神が、山上に立つ、三つの巨石と言う。これを、天照大神の三女神と決めている。宇摩説で解くと、山上の三巨石(山=天=アマに立つ三神)は、「天照大神、高御産巣日神、神産巣日神」の三神である。

 この三巨石が宇佐神宮の三女神なら、奥宮でなく、上宮が適当だろう。奥の宮となれば、私は、もう一段上の神と判断する。確か、大本神社の祭神は、天之常立神か国之常立神だったと記憶する。

 なお、祭神を確定しようと、ざっと二書を見直したが、不思議なことに、この二書には、大元神社の祭神が書いてない。二書共に、かけ離れた論のために不要であったのだろう。大元神社の祭神に言及しない処をとっても、説の異常性が判る。

 宇佐神宮宇佐氏の三巨石の伝承も三女神らしいが、これこそ、迷彩であろう。宇佐族ではない宗像神社と三女神を争うことになるのだが、まず、三女神は宇佐に下ったと言うことで、決着しているようだ。

 これらの話は、どのように一致してどこを意味するかは次回にしよう。時間が来てしまった。

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