はやしんばんぱくの、めげてめけめけ、言論の不自由ブログ

全国各地へ飛び回り、めげてめけめけめげまくり、色々書いていましたが、ブログ終わりました。過去を読めばいい!サラバじゃ~!

『らーめん放浪記』麺107本目・大林のぶひこの場合。

2011年02月05日 15時49分30秒 | 連載書き物シリーズ
ワーーーーーッ!!!

『らーめんバトル』挑戦者がいっせいに麺を握った!
司会の『勝男(かつお)』が指で銅鑼を“チーン”と弾く。

「はじまりぃ~」


『らーめん放浪記』純情旅情編。


〈3-(53)・大林のぶひこの場合〉


そいつは突然やって来た。

『文学の街』や『映画の街』として有名な尾道の
言わずと知れた『坂の街』の急な下り坂を転がり下りるスピードで
加速して、過熱して、食いしん坊達を魅了した。
そう、尾道ラーメンブームの到来である。

山陽ご当地ラーメンのパイオニアと言っても過言ではないであろうこの尾道ラーメン。
スープに豚の背脂ミンチがたっぷり浮いた
鶏がらベースの醤油味。
ちょっぴりいりこの香りをくぐり
平うちストレート麺が嫌味無く喉を滑り落ちる。
一度食べたら病みつき間違いなしの伝統の中華そばである。

そしてその元祖とも言われる店が
店主『のぶひこ』のきりもりする尾道ラーメン店『大林(おおばやし)』だ。

先々代が屋台からはじめ、先代が尾道の商店街に店を構えて数十年。
戦争での被害を免れた奇跡の街尾道で
当時のたたずまいそのまま、味もそのまま尾道中華そばを守り続けてきた。

今では尾道ラーメンもひと言では言えぬ程様々なカタチで親しまれているが
ここ『大林』は、先々代の味を崩すことなく、頑固に守り通している。

ブームの到来と共に、のぶひこの店は『超』が数百個つく程忙しくなった。
日本全国、いや、海外からもお客は押し寄せる。
リピーターの数も半端無い。
連日連夜、とにかく行列の途切れる事は無かった。

忙しさで味は落とせない。
のぶひこは懸命にラーメンを作り続けた。
麺の湯切りで腱鞘炎になっても
1杯のラーメンを何杯も何杯も作り続けた。

独身で単身経営の大林はアルバイト、パートさんに頼るしかなかったが
元々大した欲も無いのぶひこは業務拡大も特にせず
極力少ないスタッフで回す営業を続けていた。
と、簡単に言ってもブームの恐ろしさは想像を遥かに越えて過酷だった。
忙しさはまさに、そう、楽しい地獄そのものだ。
数名のスタッフは日々完全にグロッキー
店内常に嬉しい悲鳴を上げていた。

逃げ出したくなる様な忙しさの中
ただ、のぶひこの人柄が、スタッフさん達を繋ぎ止めていた。
決して弱音を吐かない、えらぶったりしない、愚痴を言わない、常にスタッフを労い
そして味に一番厳しい。
決して妥協を許さない、お叱りにも愛がある
人の嫌がる事を率先してやる、自分をある程度犠牲にしても店を守り、スタッフを守る。
でも責任下に於いて、無駄な無理はしない。
そんなのぶひこだからこそ、スタッフは離れず、お客も離れず
超×云百の忙しさをなんとかこなしてこれたのだ。
店舗展開の話しもあったが全て断った。
儲けより、お客の食い気が優先である。

そしてのぶひこは
ブームの波の恐ろしさも知っていた。
かつてブームの泡と散った店を
ここ尾道の商店街でたくさん見てきたからだ。
波に、飲み込まれてはならない。

やがてブームは去った。
あの、カリスマ尾道ラーメンは、普通の中華そばに戻った訳だ。
ブームの魔法が解けたお客は
次ぎにまた尾道ラーメンのブームが来るまでもう
『大林』に足を運ぶことはないだろう。
ブームの波乗りブーマーは、次なる波に乗ってどこか遠くへ行ってしまった。

そして『大林』には、のぶひこの味をこよなく愛する者だけが残った。
ブームの魔法とは無縁の常連が、空腹を美味いラーメンで満たす為に
今日も、いつもと変わらぬのれんをくぐる。
常連からしたら、異常なブームはただの邪魔に過ぎなかったのだろう。
しかし常連達は加熱っぷりも決して煙たがらず
毎日並んでまでのぶひこの味を求めて来てくれた。
ありがたい限りである。
味を、まっすぐに、貫いて良かった
そうのぶひこは思うわけであり、今日もいつもと何も変わらぬラーメンを作り続ける。

ただ経営者たるもの、やはり儲けは重要である。
この極端な波のどん底は、『大林』にとってかなりかなり辛いものであった。
仕方ない、ブーム大戦を共に戦ったスタッフ達に
ブームで儲けたお金からドンと退職金としてふるまって
泣く泣くのぶひこは、昔同様1人となった。
去り行く者は誰も、のぶひこを悪く言う事は無かった。
この辛さを共通の痛みとして分かち合えていたからだ。
良いスタッフを持てて幸せだと、のぶひこは心から思うのである。

今の状況からして『大林』は
のぶひこ自ら1人でラーメンをこしらえ、1人で運んで、1人で片付け
1人で会計をする、1人劇場でも充分な経営状況なのである。
悲しい事に、これがブームというモノの現実なのだ。
1人でやれちゃう店にもホトホト慣れて来た頃に

そいつは突然やって来た。

昼の営業と夜の営業との境目のまどろみの時間
のぶひこがスポーツ新聞『スポコン』を流し読みしている最中に
突然『大林』ののれんをひるがえし
軍服姿の女の子が店に入って来たのだ。

♪さくらぁ
胸のつぼみ開くわ
あなたへひらり舞い降りて
素敵な大人になるの
さくらぁ
お願いそっと受け止めて
少し背伸びしたわたしを
抱きしめてKISSして
Darling 今わたしはあなただけのもの
……♪

ラジオから『羊田 妖子』の『さくら』が流れる店内に
全身ミリタリー系で身を固めたファッションの娘がしっかり仁王立ち。
その見た目はどこか確実にイケていなかったが
幼く輝く瞳は何故だろう、いきなりのぶひこを魅了した。

娘は乱暴に狭い店内へ入ると
2、3歩のぶひこへ近づきピタリ身動きを止めた。
そしてしばらくジッとのぶひこの目を見つめたのだ。
のぶひこは、まるで蛇に睨まれたカエルの様な心境だった。
ただの蛇ではない、華奢でいて鋭い様はまるでハブだ。
猛毒を持ったハブである。

ハブが口を開いた。
「ここで、働かせてください!」
何?今この子はなんと言った?
スットンキョウなのぶひこに、再び娘は牙をむく。
牙?いや、そいつはかわいい八重歯だ。
八重歯を覗かせ力強く言葉を繰りかえした。
「ここで、働かせてください!」
もの凄い目力を感じる。
それは執念、いや怨念にも似た、何となく怖い不のパワーに近かった。
しかしのぶひこは、不思議とそのパワーに嫌な感情を持たなかった。
むしろ自分の中に湧きあがる何かを感じていた。
そう、多分それは決意である。
はじめて何かを成し遂げようとした時
若かりしあの頃の、自分の燃えた決意の瞬間を
今、目の前のこの娘に見ていた。

突然の出来事に唖然としつつも、のぶひこは妙な興奮をおぼえた。
とらえどころ無き、溢れる摩訶不思議な感情にしどろもどろとなりながら
のぶひこは娘に答えた。
「とと、突然来られても…
募集は今…
えっと…とりあえず…じゃあ、あの
りり、りれいきぃ…履歴書は?」
娘は大声で、ストレートに即答だ。
「ありません!買えません!履歴書!お金無いから!」

このギラギラした瞳、仁王立ちの足、迷い無き口元
こりゃどえらい娘が迷い込んで来たもんだ。
どこから来たんだろう?一体何者なんだ?

「ウチが働く事で
決してこのお店に損はさせません!
お願い、ウチを雇って!」

こりゃどう見ても“厄介者”だ。
やる気満々だが、ワケあり感も満々だ。
しかしのぶひこは、この圧倒的パワーに押されてしまったのか
取り付かれてしまったのか
ついつい、いや何となく、いや!心から
この娘に何か強い“徳”を見出した。
それはいわゆる“勘”てヤツなのだろうか。
この時、詳しく自分でも分からぬ感情と感覚が
のぶひこの心を支配していた。

これが、人の魅力ってヤツなのかもしれない!
このハブ、逃がしちゃいけない!

のぶひこは読みかけの『スポコン』をテーブルの上に置き
背筋を伸ばしてこう答えたという。
「奥で着替えてらっしゃい」
娘は大喜び…せず、小声でひと言こう吐き捨てた。
「(ヨッ)シャーーーッ!」

その時の、娘の瞳を
のぶひこは今でも覚えている。
あの、殺意を含んだような鋭い目付きを。

娘の名前は『ペコ』
本名なのか愛称なのかは分からない。
そう言えば、そう、あの不二家のペコちゃんにもどことなく似た可愛さがあった為
のぶひこはそのまま娘を愛嬌たっぷり『ペコちゃん』と呼んだ。

ペコちゃんは『大林』に住み込みで働く事となった。
独り身ののぶひこは、何だか急に出来ちまった娘のようにペコちゃんを可愛がった。
器量が良く働き者のペコちゃんは、すぐさま常連さんやご近所さんの人気者となった。
ペコちゃんは決して素性を明かす事は無かった。
何か訳ありなのだろう、のぶひこもそこら辺決して突っ込んで聞こうとはしなかった。

それから時は流れ、ペコちゃんも時を駆け抜けて
そう今、尾道ラーメン『大林』の代表として
そのペコちゃんが、イベント『らーめんバトル』の舞台に立っている。

イベントへの参戦が決まった瞬間からこの日まで
しっかりみっちり、のぶひこはペコちゃんに『大林』の味を伝授した。
今、会場の客席最前列で見守るのぶひこの目の前で
ペコちゃんがのぶひこ直伝のラーメンをこしらえる。

「頑張れ!ペコちゃん!」

…あれ?
あれあれ?
ペコちゃんそれって…?
尾道ラーメンは尾道ラーメンなんだけど…
何となく…どことなく…
ソーキそばっぽいんですけど…!?

ジャッヂ!


♪パララ~ララ
パラララララ~~~♪

街に夜鳴きの音(ね)が響く。

めけめけ~。

『らーめん放浪記』つづく。


(注)この物語はフィクションです。

久々の『らーめん』となりました。
すっかり忘れてしまった読者の方々
是非!過去の記事にさかのぼり
読んでみてください!

写真。尾道土産もの屋さんにて。


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