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異常気象 再「夏のない秋 実れ・あきたこまち」

2017年09月06日 | 足跡
今年の天気は例年と比べて今一つハッキリしない日が続いた、田植の終わった6月から低温が続き稲の分けつも少なく、秋田県農林水産部は6月13日作況ニュース3号で以下の状況を発表した。

「6月上旬この期間、低気圧や前線の影響で曇りや雨の日が多かった。寒気の影響で気温も低く、3日に角館で、4日に脇神、雄和、田沢湖、矢島で日最高気温の低い方からの6月としての1位の値を更新した。また、6日は、男鹿、阿仁合、雄和、東由利、にかほ、矢島、湯の岱で日最低気温の低い方からの6月としての1位の値を更新した。旬平均気温は低い~かなり低い。旬降水量合計はかなり多い。旬日照時間合計は少ない~かなり少ない。6月上旬で気温平均15.9度で平年差-2.1%、降水量102ミリで418%、日照時間28.5hrで44%と調査結果公表している。

東北各県の状況について8月31日河北新報の記事。

<コメ作況>東北4県「やや良」天候不順の影響小さく

拡大写真 東北農政局は30日、東北の2017年産水稲の作柄概況(15日現在)を発表した。太平洋側で続いた低温と長雨の影響は調査した時点では小さく、4県で「やや良」(平年比102~105%)、2県で「平年並み」(99~101%)の見通しとなっている。

河北新報オンライン 17.8.31

各県の作柄は図の通り。地域別では、8月に入ってから低温の影響を受けた青森県の南部・下北、7月下旬に大雨に見舞われた秋田県南が「やや不良」(95~98%)となり、他の地域は「やや良」か「平年並み」となった。7月の好天で生育が順調に推移した一方、登熟(もみの実入り)は出穂後の低温と長雨で進まず、青森、岩手、宮城は「やや不良」で、秋田、山形、福島は「平年並み」だった。登熟の良否は粒の張りに影響するほか、刈り取り時期も左右する。東北農政局の担当者は「登熟のスピードが緩慢になっており、品質、収量の上でも適期刈り取りが重要になる。今後の天候の推移を注視したい」と説明した。
 東北の地域別作柄は次の通り。
 【青森】平年並み 青森、津軽▽やや不良 南部・下北
 【岩手】やや良 北上川上流、北上川下流▽平年並み 東部、北部
 【宮城】やや良 南部、中部、北部、東部
 【秋田】平年並み 県北、県中央▽やや不良 県南
 【山形】やや良 村山、置賜、庄内▽平年並み 最上
 【福島】やや良 中通り、浜通り、会津

9月1日付けでJAこまち、JAうご、農業共済、湯沢主食集商組は「雄勝稲作情報」を全農家に配布した。これは8月20日現在の生育状況について、管内8地点の平均値を雄勝地域振興局の調査結果。これによれば㎡当たりの穂数は平年比の98%、着粒数も平年比98%で例年とほとんど変わりがないが地域、ほ場の格差が大きい傾向にあるとした。特に着粒数は標高200ⅿを超えると全平均値の70%前後となっている。調査8地点中の3地点、1地点は平均値の60%、標高160m地点に見受けられる。調査時点の8月20日は例年よりも1週間から10日遅れの出穂から10~15日後の調査結果。次期調査の9月15日の結果がまたれる。
雄勝稲作情報 №8 平成29年9月1日

現在のところ「河北新報」の報道で東北各地、湯沢、雄勝地区の稲作情報でも冷害への危機感は見られない。9月に入って天候はやや持ち直しているようにも思えるが、低温傾向が続いている。稲の登熟にどのような形になるのか心配される。気象庁は1日、今年の全国の梅雨入りと梅雨明けの時期を確定し、8月2日頃としていた東北地方の梅雨明け時期を「特定しない」に修正した。梅雨明けが特定できなかったのは、2009年以来。同庁は「冷たく湿った北風の影響が弱まらなかった」と分析している。1993年の大冷害の年も梅雨明けは特定されなかった。

このような状況で1993年(平成5年)の大冷害騒動が頭から離れない。私は1993年ハガキ「河鹿沢通信」で冷害状況を記録し友人、知人に送っていた。8月の「夏のない夏 八月のうぐいす」1~3に続いて9月に「夏のない秋 実れあきたこまち」1~4を発行した。異常気象傾向のこの時期、24年前の9月7日から21日まで4回の記事、「夏のない秋 実れあきたこまち」を再掲載し当時の状況を確認しておきたい。

「夏のない秋 実れ・あきたこまち」①1993.9.7 ②9.13 

「夏のない秋 実れあきたこまち」① 1993.9.7

河鹿沢通信19号、8月20日発行で仙台管区気象台は8月13日梅雨が明けたと発表したが、その後10日も降り続く雨に低温に「この夏は夏がなく梅雨明けがすぐ秋だ」と書いて送った。こともあろうに、仙台管区気象台は9月に入って6月2日といった梅雨入りも実は6月3日であったといい8月13日梅雨明けも修正し、特定しないと発表した。「梅雨明け」なしというのである。その結果、当初梅雨の期間が史上最高の72日間だったとの発表が、「梅雨明け」なしとの修正で期間がいつまでなのかわからない異例の事態となってしまった。9月早々の好天も3日ともつづかず、さらに日本列島を直撃する台風で雨、雨がつづいている。梅雨がまだつづいているのか、秋の長雨に突入してしまったのか。はっきり区別がつかない日がつづいている。秋田地方気象台によれば、8月上旬から中旬までの平均気温は平年を 3.5度も下回る21.3度で1951年の統計開始以来、下から3番目で真夏日もわずか5日間しかなかったと発表した。

8月後半の出穂の「あきたこまち」に、花の咲かない粒も多くみられたし、「茎が太く、大きな穂をしっかり稔らせるイネは出穂開花時がにぎやかで、えい花のオシベがきちんと6本そろっている」(薄井勝利著 豪快イネつくり)と比較してそのオシベが4本、5本であったり、中にはないものもあった。一穂の開花が天候不順で、まばらで6本のオシベがあっても気のせいかやや小さめで力強さをみることはなかった。日増しに実のつかない障害型の冷害はハッキリしてきたし、さらに出穂から登熟に必要な積算温度約40日間で 800~900 度は、先に秋田地方気象台発表した8月上、中旬の平均気温21.3度からみて不可能に近い。9月は8月と比較して確実に気温が下がり登熟に必要な積算温度は確保できないと考えるのが常識だ。
つまり 8月20日発行「河鹿沢通信」19号で指摘した障害、遅延の両方の「大型冷害」が確実となった。

麓地区は海抜約 140メートル地帯、有機米栽培の稲川町農協の中心地だ。その中で薄蒔きの健苗、3.3 m2あたり60株以下の栽培の稲は一般栽培との違いがハッキリし、成育は進んでいる。それでも平年の20%減で止まれば良い方か。海抜 160メートル以上、稲庭地区の成育が遅れ、イモチ被害等平年の30%以下の収量もありそうだし、中には皆無のところもでても不思議ではない状況がつづいている。

「夏のない秋 実れあきたこまち」② 1993.9.14

大型冷害が、さらに進行している。日増しにハッキリしてくる不稔、「あきたこまち」の出穂は8月中に終わったが、「政府米」用として登場した「秋田39号」の成育の遅れは想像以上だ。9月6日になって開花というのもある。8月末になって「大型冷害」の様相が決定的になると、秋田県を始め各市町村議会で対策論議が盛んとなり、でてきた「対策案」は決まって「稲熱病防除」のため薬剤費を助成するのだという。冷害予想が極度になりせめて「穂イモチ病」を徹底防除して減収を最小限で止める、ということにそのネライがある。各市町村、議会は目に見える対策として効果的かもしれないが、農家の立場からみたら必ずしも歓迎できるものではない。現在決まっている、町や農協あるいは県の防除費を、仮にプラスしてみても10アールあたり数百円ほどからせいぜい千円にも満たない。多くの農家の経営規模からみたらそれこそ晩酌の2 、3 本のビール程度の助成。大型の冷害予想からしたら、超ミニプレゼントとみるべきでないのか。

一方、財政規模の窮屈な市町村からみると、総額数百万から一千万円の防除費補助の財源負担は大きい。多くの農家がそれほど歓迎しない助成と、市町村にとって大きな財政負担になる資金は、もっともっと農業にとって有効な使い方があるはずだ。県、市町村あるいは農協、そして一部の政党が声を大きくして防除費の助成をとの報道に多くの農家は賛成とも思えない。今年の稲作の結果はあと一ケ月もしたらわかる。それが今まで経験したことのない大型冷害になったにせよ、中には技術と管理で減収を最低限でおさえた事例はでてくるはずだ。9月10日現在でも古くからの「苗代半作」といわれるように「健苗」と「早期田植」、さらに「坪あたり60株以下」の粗に植えつけし、稲そのものの能力を十分引き出す栽培管理した圃場の減収は最小限に止まりそうな情勢だ。

「地球の寒冷化」をいわれてきた昨今、冷害は今年限りという保障はない。まだまだつづく可能性が大きい。20数年にわたる減反、あいも変わらず国際価格よりメチャクチャに高い「日本の米」と、農業叩きが繰り返されている中、確実に農家は「米」栽培から意欲が離れつつある。数百万から一千万規模の財政負担が可能なら、これらの資金で今年の大型冷害でも平年作を勝ち取った事例を分析し、さらに多くの農家に広める「モデル田」や「基金」として、活用すべきではなかったか。

「夏のない秋 実れ・あきたこまち」③ 1993.9.17 ④9.21

「夏のない秋 実れあきたこまち」③ 1993.9.17

昭和51年、県は9月6日に5回目の本部員会議を開き、「県稲作異常気象対策本部」を「県稲作冷害対策本部」に改めた。それは「異常気象に対する稲作技術指導から一歩進め、被害農家の救援体制づくりを急ぐほか、次年度以降の営農技術対策として地域別栽培基準の作成や地力増強対策の推進に力を入れる」ことになった。当時の主力品種はキヨニシキ、トヨニシキで県の奨励品種の中で耐冷性が高いのはヨネシロだった。そのヨネシロも300 メートルの標高となれば、出穂が9月になってのところが多く収穫が皆無の状態だった。同年農林省発表の10月15日現在の作況指数で、秋田県は東北で最高の93、全国平均は94だった。しかし、朝日新聞秋田支局が調べた県内の市町村別作況指数( 昭和51年10月 4日付朝日) は、稲川町が85とある。推定日は 9月17日、ちなみに推定日 9月30日で湯沢市75、東成瀬村50、皆瀬村40、雄勝町50~60、羽後町は推定日9 月20日で69と報告されている。

そして今年、51年の冷害をはるかに超える「大冷害」が予想されるのに何と対応の鈍さなのか。イモチ防除費の、一部助成以外ほとんど示されていない。警告だけで対策の希薄なのは、「米」に対する行政対応の低さからくるのだろうか。 当時雄勝農業問題研究会は、昭和48年 3月に農業問題研究集会を湯沢市で開いた。当時気象庁和田静夫長期予報官が、2、3年先に「大型冷害」の心配があり、稲作は耐寒性品種を準備すべきとの指摘があった。早速、大曲の東北農試に出向き耐寒性品種を相談したら、県内には今のところないので青森の黒石農試に相談するよう助言された。それが青森で昭和48年に奨励品種に指定された「ふ系 104号」だった。雄勝農業問題研究会では、早速種もみを取り寄せ49年、50年と試験栽培し冷害年の51年には湯沢、雄勝管内で130 ヘクタールまで拡大していた。

秋田県は、これらの民間運動に触発された形で「ふ系 104号」を県の奨励品種に指定、ここに「アキヒカリ」と名をかえ誕生となった。「アキヒカリ」は、その後東北各地に広まりうまい米「あきたこまち」誕生まで約10年間、東北の耐寒性品種として地域の経済を大きく支えてきた。しかし、今この未曾有の大冷害が予想される中で「秋田39号」、「あきたこまち」以外農家が栽培する品種はない。「うまい米」崇拝の中で耐寒性の品種イコール「まずい米」のレッテルをはられ、かつての耐寒性品種が消えていった。「うまい米」で耐寒性のある品種の誕生は不可能なのか。51年当時いわれた「政治冷害」はまだつづいている。

「夏のない秋 実れあきたこまち」④ 1993.9.21

9月17日、皆瀬村若畑地区に行く。9月10日の秋田魁新報で、標高 420メートルの若畑で不稔率あきたこまちで98.9%、たかねみのりで90.2%の記事があった。標高 160メートル前後で成育の遅れている稲庭地区では穂イモチで赤茶色の田圃が一面に見える。
昭和9年、秋田魁新報「凶作地帯を行く」のルポ由利郡笹子村のタイトル同様「青稲の直立不動、稔ればイモチ病」そのままの状態だ。稲庭地区以外もまだまだイモチ病は広がる様相。 成育がいくらか進んだからイモチ病があるので皆瀬村若畑地区、長石田地区の稲は「直立不動」。稲川町では大谷地区にも「直立不動」型の稲がある。皆瀬村若畑、長石田地区を見聞し、もしかしたら皆瀬村では全村民の飯米の自給ができないのでは、と考えてしまった。9月の彼岸がもうすぐで、気の早い雑木が少し色づいてきたというのに一部穂揃いしない稲と、穂の空っぽの稲が「直立不動」で整然としている。その姿に不気味にも思える。かつての農民は、凶作と高い小作米で「米」をつくっていて「米」を食べられない時代がつい数十年前までつづいていた。それが、高度経済成長政策と農業近代化政策のおこぼれを頂戴し、「田植機稲作」が浸透していた今、「米」をつくっていて「米」を食べられないことなど大方の農民は経験していない。

9月15日、コメの民間調査機関、「米穀データバンク」は「冷夏による不作のため、日本は百万トン以上のコメを外国から緊急輸入することを年内に決定、来年実施されるだろう」との見通しを発表した。この報道によると、92産米 がこの 8月末で政府米が50万トン、自主流通米が20万トンの計70万トンしか残っていない。全国の 1ケ月の主食用コメ消費量が約60万トンなので、92年産米はこの 9月中に食べ切ってしまう状態という。今後、93年産が出回ってくるとはいえ、来年の 8月、 9月になると国内産米がゼロになるというのだ。

食糧庁は「来年夏から出回る94年産米を前倒し供給すれば、米需給は心配ない」と必死に否定している。しかし、「米穀データバンク」のいう 1ケ月の主食用コメ消費量が約60万、「食糧庁」は約83万トンだという。農業関係筋の予想は93年産最終作況「85」( 著しい不良) 程度に落ち込んだ場合、収量は消費量10ケ月分の850 万トン程度となり、冷害が来年もつづけば確実に「米不足」になる。それは、「農業軽視政策」の「つけ」がいよいよ現実のものとなり、今さら減反緩和策をとってもどうにもならないかもしれない。

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