鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第56話(その1)いにしえの神竜と御子たち、決戦の始まり

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ


もしも君がいなくなれば、
後で必ず彼らが悲しむ。

そして君がいなくなれば、
俺には存在する理由がなくなる。

 (水のパラディーヴァ アムニス)


1.いにしえの神竜と御子たち、決戦の始まり


 
「堕落した《人の子》たち、愚かな人間どもよ……」
 地の底深きところから、常世の国から、現世へと漏れ出し、地表に染み渡っていくような不気味な声。何らの感情も帯びてはいない、淡々と、しかし一定の節回しをもって送り出されるその声音(こわね)は、生身の人間の発するそれであるとは到底考えられなかった。
 何処とも知れない暗闇の中で、揺らめく炎の玉が宙空に現れる。その青白き鬼火のもと、黄金色の仮面が闇に照り映えた。紫がかった深い紅色の頭巾の下、にこやかに破顔した翁の面は、眺めているうちに次第に狂気をも感じさせ、魔界から来た道化師のようにも思われてくる。
「汝らは、尊き《絶対的機能》の御業に手を触れ、二つの大罪を犯した」
 《老人》の黄金仮面は言葉を続ける。反響するその声は、天の御使いたちが裁きを告げる歌や、生者を黄泉路へといざなう死霊の呼び声と同様に、実際の音として伝わる以上に、むしろ聞く者の魂に直接的に浸透してくる類のものだ。
 さらに鬼火が現れ、次なる黄金仮面、長いくちばしをもった鳥のような《それ》が言葉を継ぐ。
「ひとつは、《人の子》の分際で《人》を創ったこと。その罪の重さに震えよ!」
 《鳥》の黄金仮面がけたたましく鳴くように嘲笑したとき、その背後から霧のごとく湧き上がり、実体化したのは《兜》の黄金仮面である。凝った装飾など何もない平らな面相の中で、赤みを帯び輝く二つの目だけが異様な威圧感を放っている。《それ》は言った。
「もうひとつの罪は、人の手で創られし禁忌の命を、大いなる摂理との矛盾ゆえに短き定めの……その命を、世界を統べる因果律に反して書き換えたこと」
 それからしばらく、漆黒の広間は静まり返り、四つのあやかしの炎とそれらに照らされる四体の黄金仮面が無言でたたずむ、異様な光景が闇の中に取り残された。
 やがて沈黙を切り裂くように、多数の女たちの声が、最初は遠いところで、いつの間にかすぐそこで幾重にも反響し、最後には老婆のしわがれた声と少女のあどけない声とが入り乱れ、ひとつの高笑いとなって暗黒に消えていった。《魔女》の黄金仮面が、荒野を吹き抜ける寒風のような、生気の無い乾いた声によって、怒りを静かに滲ませる。
「許し難い。闇の御子を決して帰してはならぬ」
「帰してはならぬ」
「帰しては、ならぬ……」
 他の黄金仮面たちが復唱する中、《老人》の仮面が前に歩み出た。
「帰してはならぬ。だが、今の条件のもとでは、我らが直接手を下すことは禁じられている。法の定めは絶対である。それゆえ、我らの力を分け与えたかりそめの御使いを遣わし、闇の御子よ、汝らを滅ぼす」
 赤紫の長衣の下から骸骨さながらの細い腕が差し出され、その先にある干乾びた骨の指は、チェスの駒を連想させる何かをつまんでいた。おそらくは竜をかたどったのであろう、象牙色の駒が仮面の手から離れ、そして、床に落ちる音を立てる前に、空間に吸い込まれるように忽然と消えた。
 
 ◇
 
 実体化されている《虚海ディセマ》の中に巨大な竜が姿を見せたのは、そのときであった。ようやく生還したエレオノーアとルキアンの目の前に、それは降ってわいたように現れ、想像を絶する巨体で彼らの行く手を阻もうとしている。
「おにいさん、このままでは神殿ごと押し潰されてしまいます! アマリアさんたちのところまで転移呪文で一気に戻りましょう。アーカイブの検索、始めます」
 とぐろを巻くように、自らの巨躯の下に神殿を抑え込んでいる竜。その姿を窓の外に見ながら、激しい揺れの中でエレオノーアが言った。不意に、そこで彼女は姿勢を律し、右手を胸に当てて厳かに告げる。
「エレオノーア・デン・ヘルマレイアは、闇の御子として共に使命を遂行します。わたしのアーカイブのすべてをあなたに捧げます、おにいさん!」
「ありがとう。一緒に乗り越えて、必ず帰ろう、エレオノーア。ほんのわずかだけど、僕が時間を稼ぐ。その間に呪文を頼む」
 神々しさすら感じさせる真剣な彼女の眼差しに、ルキアンは思わず圧倒されるが、それ以上に、彼女の言葉に込められた熱意に心動かされた。その熱意の源は、限りある命を最後まで生きようとする者の強さ、生まれ変わった彼女の強さである。朗らかながらも心の底では常に《死》を基準にして生きていた、これまでの虚ろな彼女とは、いまルキアンの前に立つエレオノーアはまったく違っている。
「アマリアさんの支配結界とともに、まだ僕の支配結界の力も残っている。それなら……。御子の名において命ずる。異界の暗き海より、闇の眷属きたれ!」
 ルキアンの想像力が闇の力を具現化し、実体となって御使いの竜に襲い掛かる。薄い鋼板でできた帯のような、黒光りしつつ、魚の姿をした、水の中で波打つ何かが、何百、何千、深海の底から無数に現れる。《無限闇》の力で生成された暗闇の魚たちは、刃のごとく研ぎ澄まされた体をぎらつかせながら、異様に大きい口とそれに見合う長大な牙を剝き出しにして、竜に向かって殺到する。
 山脈のようにそびえる古の竜に比べれば、一匹一匹の怪魚は小さくみえる。だがそれでも彼らは、人や、それどころか牛馬より遥かに大きく、体中が金属でできており、痛みも恐れも感じることのない鋼鉄の軍勢だ。
 払っても次々と絡み付き、喰らい付き、刻一刻と数を増して召喚される深海の魔物たちに、さすがの始まりの竜も忌まわしげに四つの首を持ち上げ、怒りの雄たけびを上げた。
「この程度の牙では、竜の鱗をかみ砕くことはできないけれど、わずかな間、動きを止め、注意をそらすことくらいはできそうだ」
 実際、決定打を欠きながらも絶え間ない抵抗が、あの四頭竜に対して予想以上の効果をあげている。これによって得られた数秒の間に、エレオノーアは最適な呪文を探り当てていた。
「海の外まで《跳んで》ください! 今のおにいさんなら、この程度の呪文は詠唱無しで使えるはずです」
「分かった、ありがとう。アマリアさんにも連絡する」
「その間、今度は私が竜を足止めします」
 ルキアンとエレオノーアは、事前に何の話も交わしていなくても、交互に竜の動きを封じている。お互いにあまりコミュニケーションが上手な方ではない二人だが、今は、ふたつの精密な歯車のように嚙み合い、寸分違わずに連携していた。
 ――あの竜は大きすぎて、《言霊の封域》に取り込むことは無理ですね。それなら、闇に潜む魚たちに降り注げ、《言霊の封域》よ。
 ルキアンが《無限闇》で呼び出した怪魚の群れを、エレオノーアが《言霊の封域》で強化する。
「汝らの体は、絹よりもしなやかで、天の鍛冶が鍛えし剣よりも、いや、まさに竜鱗(りゅうりん)よりも強靭となる。その牙で喰らい付き、竜を食いちぎれ!」
 エレオノーアの左目に闇の紋章が浮かび上がる。より力を増した深海の魔魚たちに幾重にも取り巻かれ、一時は四頭竜の姿が見えなくなりそうだった。
 エレオノーアから呪文の情報を受け取ったルキアンは、例の《刻印》を使ってアマリアに連絡する。
 ――アマリアさん、エレオノーアを完全に救出できました。《ディセマの海》の実体化は、もう解いてもらって構いません。僕たちはそこまで転移します。
 ――了解した。《ディセマの海》を支えたままでは、その化け物と戦うことなどできはしない。
 ルキアンはエレオノーアの手を取り、転移の呪文を念じ始める。
「エレオノーア、行こう」
「はい、おにいさん。私たちの反撃開始です!」
 エレオノーアはルキアンに寄り添い、握った手に力を込めると、片目を閉じて微笑んでみせた。
 一陣の風のごとくルキアンたちの姿が瞬時に消え、それから一息遅れて神殿が崩壊し、建物内部に黒い海水が膨大に流れ込み始めた。
 
「大地にあまねく眠る元素を司るものたち、この地、かの地に棲まう精霊たちよ。我が呼び声に応え、地表に集いて帰らずの園を拓け」
 《ディセマの海》をつなぎ留める大役から解放されるが早いか、アマリアが杖を掲げ、呪文の詠唱を始める。低めの良く通る声で、歌うように彼女は呪文を紡ぐ。
「取り囲め、汝らの贄を狩れ。貫く万軍の槍、煌めく鉱石の梢、無限の結晶の森……」
 ルキアンたちがアマリアの隣に転移し、姿を見せたのはそのときだった。
 完成する呪文は狙っていた。二人の闇の御子を滅しようとする四頭竜が、彼らを追って目の前に現れる瞬間を。
 アマリアは紅のケープをはためかせ、杖を掲げて舞うように回ると一息溜めて、周囲の空気に沁み通り、大気を震わせるような気合いで口にした。
 
「《永劫庭園(エーヴィガー・ガルテン)》」
 
 突然、空を覆い隠すほどの体で、天高く伸び、四つの鎌首をもたげた始原の竜。その刹那、地表から無数の鉱石の柱、いや、槍状のものが瞬時に上空まで伸びて貫いた。さらには反対に天上から、同様の槍が豪雨のごとく落下する。地の精霊力によって生成された、超硬度と強靭さとを兼ね備える謎めいた多結晶の槍先は、伝説級の魔法武器すら弾く神竜の鋼鱗をも、容赦なく突き通した。
「す、すごい……」
 紅の魔女、地の御子アマリアが最初から極大呪文を使って四頭竜を仕留めにいった一連の流れを、ルキアンは体を細かく震わせながら見つめていた。
 大聖堂の尖塔にも比肩するような、巨人の武器のごとき大きさの槍が、宙に浮かぶ神竜に何本も突き刺さり、ヤマアラシのように体中から棘を生やした姿にさせている。なおも竜が体を動かそうとすると、アマリアが杖を振る。再び、大地から空まで貫く槍の列と、天上から地に降り注ぐ槍の雨が、即座に竜を襲った。
 ルキアンが勝利を確信したそのとき、四頭竜が突然光り輝き、その体が目の前から消え、獲物を失った無数の槍も轟音と共に大地に落ちていった。
「ほう……」
 アマリアが嘆息した。
 その直後にして、彼女らの前に閃光とともに再び現れたのは、無傷のままの四頭竜の姿だった。
「どうして!? あんなに沢山の槍に突き刺されて、あの竜は息の根を止められたのでは?」
 エレオノーアは目を疑ったが、勘の良い彼女は思い出し、息を呑んだ。
「まさか、おにいさんが使ったような《絶対状態転移》の魔法で……」
「そうだ。あれの本体である《始まりの四頭竜》、すなわち《万象の管理者》は、我々がいうところの《神》、しかも《主神》や《唯一神》とほぼ同格の存在。たとえ、いまここにいる竜が《始まりの四頭竜》の単なる似姿、本体とは比較にならないものであるとはいえ、それでも最高位の光属性の魔法を扱えるくらいのことは当然にあり得る」
 アマリアが、半ば予想していたように、仕方なさげに首を振る。
「そう知っていたから、最初から私の使い得る最大の攻撃呪文のひとつで狙ったのだが……あの竜が肉片ひとつも残さぬほどに、どこまでも槍を突き立て続けるべきであったか。《永劫庭園》の名の通りに」
 竜の次の動きに注意を払いつつ、ルキアンが不安げに尋ねる。
「それでは、僕たちは一体どうすれば?」
「あの古き竜を倒すには、その絶対的な防御を超えて、かつ、先ほどのような恐るべき回復力を、さらに上回るだけの致命傷を与え続け、一気に消滅させなければならない」
「アマリアさん、そんなことができるのでしょうか……」
 ルキアンの予想に反して、アマリアはまずは否定した。
「私たちでは無理だろう」
「そんな!?」
「いや、私たち《だけ》ではできないという意味だ」
 そのとき、エレオノーアが話に割って入った。
「おにいさんたち、あの竜を中心に、凄まじい魔法力が蓄積されていっています! 相手はドラゴン、たぶん次に来るのは……」
「的確な観察眼だな、うら若き闇の御子よ。竜の焔の息、しかも神竜の吐く天災級のブレスが来るぞ。エレオノーア、ルキアン、次の一撃を防げるか」
 アマリアがエレオノーアを見た。エレオノーアは意外にも落ち着いた様子で頷いた。
「はい。いま、効果的な防御魔法を検索しています。その間に、アマリアさんは次の手を用意するのですね?」
「察しも良いな。その通りだ。同じ御子として、君たちの力を信じる。あの神竜のブレスを一度でよいから防いでくれ。その間に私は……」
 アマリアが隣に視線を向けると、フォリオムが姿を現し、にこやかさの奥に底知れない怖さを秘めた眼差しで、ゆっくりと手を上げた。
「わが主よ、《炎》と《風》の者たちはいつでも大丈夫じゃ。だが、残る《水》の御子が……」
 
 
【第56話(その2)に続く】
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