鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第54話(その4) 紅の魔女

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第54話 その4
 
 エレオノーアは無数の微細な光の粒に姿を変え、あたかも風化し砂塵となって舞い上げられていくかのように、この世からあっけなく消え去った。
 失うものを持たなかった者が、戸惑いつつも大切な人と出会ったばかりのときに、それを失った。その喪失感の重さは想像を絶する。ルキアンは、泣くことや悲しみを表に出すことすら忘れ、ただ力なく座り込み、途切れ途切れ、震える声でエレオノーアの名を繰り返すだけだった。
 失意のあまり、ルキアンは、彼の周りで起きた驚くべき変化にもしばらく気づくことができなかった。そしてようやく異変を理解する。どの方向に目を向けても、見通しがまったく効かない。暗黒の世界だ。音もせず、ましてや動くものなど感じられない。ここは、どこなのだろうか。
 だが、そんな空っぽの暗闇の中に、ただひとつ、奇跡のような声が浮かんだ。
 
 ――お……おにい……さん? おにいさんなのですね?
 
 とはいえそれは、現実の音の響きを伴った声ではなく、ルキアンの心に直接語りかけてきている。ちょうどパラディーヴァと話しているときと同様に。
 ルキアンは反射的に叫んだ。
「エレオノーア!? エレオノーア、どこにいるの?」
 彼の声に応えようとしているのか、漆黒の世界にひとつの灯りがともった。仄かな青白い光に包まれ、小さな何かが宙を舞っている。
「蝶? どうしてこんなところに」
 ルキアンがそっと手を伸ばすと、蝶はひらひらと近寄り、彼の手にとまった。真っ黒な羽根に、幾筋かの銀色の模様の入った美しい蝶だ。
 ――おにいさん!
 またルキアンに呼び掛けるものがある。しかし、その話し手の姿は見当たらなかった。
 ――おにいさん。エレオノーアです、私はここです。
 ルキアンは、何も見えないのを理解しつつも、改めて周囲の闇をのぞき、手で探ってみた。唯一、この空間に存在する者。それは、やはり……。
 手の上の蝶を見つめ、しばらく黙った後、意を決して話しかけるルキアン。
「まさか、エレオノーアなんだね?」
 ――よかった! 気づいてくれましたね、わたしのおにいさん!!
 蝶は羽根を何度もはばたかせ、円を2,3回描いて飛んで、再びルキアンの指先にとまった。その様子は、喜びを体全体で表現しているようにみえた。
「こ、これは一体……」
 安堵の涙を目に浮かべながらも、蝶になったエレオノーアを心配して複雑な気持ちになるルキアンに対し、彼女の方は意外に平然と話している。
 ――おにいさん、《支配結界》を展開しましたね。闇の御子の支配結界は《無限闇》。御子が想像したことを創造する、果てしなき闇の世界。
「え、それって……どういう……?」
 ――もう、仕方がないな。おにいさんは、御子のこと、本っ当に……何も知らないんですね。
 エレオノーアが可愛らしく嫌味を言った。
 ――多分、おにいさんは何とかしたくて、無意識のうちに支配結界を発動させたのだと思います。私の体が消え去り、ぎりぎりのところで、最後に残った私の心を《無限闇》の力で実体化し、結界内の世界に留めた。
 ルキアンは、《楯なるソルミナ》の化身と戦った時のことを思い出す。ソルミナの夢幻の世界の中で、ルキアンは闇の支配結界を知らず知らずのうちに展開し、黒光りする鋼の荊を創造して、ソルミナの操る魔人形たちを引き裂いたのだった。
「あれが、想像を創造に変える結界の力? 無限、闇……」
 ――ありがとう、おにいさん。さっきはいきなり消えてしまったので、心の準備が、何もできていなかったです。今なら、もう少し落ち着いて話せます。だけど……。
 エレオノーアが言葉を詰まらせると、羽根を閉じた蝶が妙にしょんぼりとしてみえた。
 ――今も私、徐々に消えていっているのです。おにいさんの《無限闇》のおかげで仮の存在を保っていますが、因果の鎖からは逃げられません。この支配結界もいつまでも続くものではありません。おにいさん、本当は、力がもう足りなくなってきているのでしょう?
 敢えて黙っていたことをエレオノーアに指摘され、ルキアンには返す言葉がなかった。支配結界を展開してから、ルキアンは一瞬ごとに体力や気力が恐ろしい勢いで削られていくのを感じていた。それを無理に隠していたのである。
 ――私をこの世につなぎとめるために、一緒に、あんなものまで実体化してしまったのです。それを維持するのは、いくら御子の力でも難しいことです、おにいさん。
 彼女の言葉に、ルキアンはふと足元を見た。彼は慌てて大声を上げそうになったが、必死に落ち着きを取り戻した。そこに、落ちないように。
 水が――ひたひたと、あくまでも静かに、暗闇の中をつま先まで迫ってきている。そこから何の間合いもなく、その水面は果てしなく深海底にまで、ほぼ垂直に、地獄の底までも落ち込んでいる。目には見えないが分かる。莫大な量の水、底無しの深みに対する、人間のもつ根源的な恐怖感が警告しているのだ。
 ルキアンの恐れが《無限闇》に影響を与えたのか、先ほどまでの完全なる闇が、今度は永遠に明けない薄明の世界に変わった。そしてルキアンと一匹の蝶の前には、彼らの足元から水平線の彼方まで、死に絶え、黒々とした海が、茫漠として際限なく広がっている。たとえば一方で、極点を遥か沖合に臨む、世界の果てを感じさせる寒々とした北の海原と、他方で、夜の工業都市に口を開けた真っ黒な運河の淀みと、いずれも見る者を飲み込みそうな無言の威圧感を漲らせた海のありようが、ひとつに交じり合っている。静けさの中に突き刺すような拒否感を露わにした水面(みなも)が、不気味にこちらを見つめている。
 ルキアンの背筋に冷たいものが走った。彼は思わず後ずさりする。
 これに対して、蝶になってからのエレオノーアは、奇妙に淡々としていた。
 ――これは《ディセマの海》、あるいは《虚海(きょかい)ディセマ》といいます。過去の《アーカイブ》たちの蓄えてきた膨大な情報が思念データとなって保管されている、虚と実の狭間にある情報空間。いま私たちが見ているのは、その一部が《無限闇》によって具現化されたものです。《アーカイブ》の命が尽きると、あの《ディセマの海》に還って、暗い海底に降り積もるのです。
「今なら、そこから、無くなったエレオノーアの体を取り戻すことはできないの?」 
 そう尋ねてみたルキアンだったが、こうしている間にも、《ディセマの海》との対峙の中で秒刻みに力が激減している。
 ――できるかも、しれません。でも、その前におにいさんの力がもうすぐ尽きる……。無理をすれば、おにいさんまで消えてしまいます。
 ルキアンは即座に答えた。自身でも、なぜそう判断したのかいまひとつ分からないままに。
「構わないよ。エレオノーアとなら、一緒に消えてもいい」
 ――おにいさん、嬉しい……。ありがとう。でも、おにいさんは生きて、私の分まで生きてください。
 蝶がルキアンの指から離れ、顔の前を何度も行き交う。 
 ――私がいたこと。私が確かに生きていたこと。おにいさんが覚えてさえいてくれれば、ずっと、私も失われずにそこにいます。
 ルキアンの目の前で、今度は黒い蝶の輪郭がぼんやりと薄れ始めた。エレオノーア自身が消えたのと同じように、この蝶もじきに光の粒となって散ってしまうかもしれない。
 彼女に何か言おうとしたが、突然、ルキアンは胸を押さえ、吐血した。
 ーーおにいさん! もう十分なのです。これ以上続けたら、おにいさんまで本当に死んでしまう。
 泣き出しそうな声でエレオノーアが止めた。死に直面するような凄まじい負担が、ルキアンの心身にかかっている。こうしている間にも体中の力が結界に吸い上げられていく。
「駄目だ。僕は、エレオノーアと必ず一緒に帰るんだ!」
 ルキアンは口から一筋の血を流しながら、目を見開く。右目に闇の紋章の魔法円が浮かび、輝きを増した。だがそれとは裏腹に、ルキアン自身の体力は極度に低下し、文字通り、命を削っている状態である。
「消したくない! 僕の大事なエレオノーアを」
 めまいがして、ルキアンの上体が大きく揺れ、彼はがっくりと片膝をついた。
「もう、力が……。でも、助けたい」
 ルキアンの視界が闇に落ちた。周囲の暗さのためではなく、彼自身がもう目を開けていられなくなったのだ。気を抜くと一瞬で意識を失いそうな中、ルキアンはうわ言のようにつぶやいた。
「誰か、力を、貸して、ください……。助けて……」
 死にゆく二人に、天からの迎えの光か。にわかに暖かく眩い光にすべてが包まれる。
 だが、それと同時に、光の向こうで力強い声が聞こえた。
 
 ――そうだ、諦めるな。君が最後まで諦めなかったから、私が間に合った。
 
 ルキアンの背後で光が門のようなかたちを取り、その中から、白い衣の上に真っ赤なケープをまとった女性が、ふわりと舞い降りた。
「《通廊》を開いてきた。もっとも、いまの私も実体ではなく、急ごしらえの思念体に過ぎないが」
 後ろで一本に編み上げられた金色の髪を揺らしながら、彼女は、相手の心の奥底まで見通すような闇色の瞳でルキアンを一瞥した。夢うつつで、ルキアンを見ながらももっと遠いどこかに焦点が合っているような眼差しだ。それでいて視線が少し重なっただけで、ルキアンは石に変えられたのかと見まがうほど、身動きが一切取れなくなった。
 ――な、何なんだ、この人は……。いや、本当に人間なのか。
 半ば眠るような彼女の瞳の奥に、身震いするほどの魔力をルキアンは感じ、魔道士としてのあまりの「格」の違いに気圧され、硬直してしまったのだ。
 ――あのクレヴィスさんからも、これほどの魔力のうねりは感じなかった。
 何か神的な存在と相対しているような感覚に陥ったルキアンが、ようやく指先程度は自らの意思で動かせるようになったとき、彼女が不意に目を細めた。笑顔は、普通に人間のそれであり、思いのほか優しくみえた。
「遅れてすまない。独りで、よく頑張ったな。この状況でも、そして今までも……。たった一人になっても戦い続けることができる者は、真の勇者だ。誰にでもできることではない」
 そう言いながら彼女は姿勢を低くして、水晶柱の付いた杖を左手で高く掲げ、右の掌を開いて地面に着けた。彼女の言葉が、シェフィーアがルキアンに告げたそれとよく似ていることが、ルキアンには何故か嬉しかった。
「私はアマリア・ラ・セレスティル。《地の御子》、つまり君の友となる者だ。人は《紅の魔女》と呼ぶ。私が来た限り、もう君たちに、これ以上の悲しい涙は一滴たりとも流させはしない……。闇の御子よ、結界を上書きする。魔力を開放するから、気を付けて伏せていろ。大切なその子を吹き飛ばされないように」
 その言葉の通り、爆風がルキアンを襲った。彼は体を丸めてしゃがみ込み、蝶のエレオノーアが飛ばされないよう、手の中で大事に守っている。アマリアが言ったように、彼女は単に魔法力を開放しただけ、いわばそれは、体を動かす前に深呼吸をする程度のことだ。だが凄まじい魔力の奔流がルキアンを飲み込む。
「君の結界の特性を残したまま、私の結界で上書きした。この支配結界《地母神の宴の園》は、大地から魔力の源をいつまでも吸収し続け、私に与える。実体化された《ディセマの海》は、私とフォリオムで支える。その間に、君は彼女を海の底から取り戻して来い」
 心配そうな顔になったルキアンに、彼女は頷いた。
「そう。もし《地母神の宴の園》を本気で使えば、その土地の魔力を宿した霊脈は、向こう何十年かは霊的加護を一切失うほど、空っぽに枯れ果てるのだが。だが、心配しなくてもそんな使い方はしない」
 日頃は感情を露わにすることの無いアマリアが、さも楽し気に口元を緩ませた。
「闇の御子を助ける。人類が初めて報いる第一矢だ。さぁ、フォリオム」
 
「《宿命》とやら、曲げてやろうか」
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