鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第54話(その1) エレオノーアの危機と遠き世のネクロマンサー

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

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第54話PR |


消えたくないです。生きたいよ。
だけど、私を作り出すために生贄にされた人たちは、
同じように、生きたいと願いながら、命を奪われていったのですよね。
それでも自分だけ助かりたいという私は、地獄に落ちますか?

(エレオノーア・デン・ヘルマレイア)


第54話 その1
 
「私は絶対に負けません。だって、おにいさんと会えたから。何があってもおにいさんと一緒に行くって、決めたから」
 エレオノーアは、戦いのさなか、ルキアンへの想いを率直に口にする。否、その強すぎる気持ちが、自覚も曖昧なまま、自然に言葉となって流れ出たのだろう。大勢で詰め寄る山賊たちに囲まれないよう、彼女は渓谷の岩や木を巧みに利用する。そして油断した相手を確実に潰していく。また一人、剣を抜いて襲いかかるも、その足を払ったエレオノーアは逆に剣を奪い取り、直ちに構えるのだった。
 
 ――灰式・隠密武闘術、一群。剣舞風波(けんぶかざなみ)
 
 大気に遊ぶ風の精(シルフ)のごとく、エレオノーアは、次の流れを予想し難い動きで敵を翻弄する。そこから瞬時の隙をついて繰り出される彼女の一撃は、真空の刃のようだ。剣を手にしたエレオノーアは、素手で戦っていたときよりも遥かに手強い。
「こ、こんなの聞いてないぞ。少しは使えるどころか、強すぎる!」
 相手は小柄な娘一人、本気で戦う必要もないだろうと高を括っていたならず者たちが、明らかに動揺し始めた。身体の動きが悪くなり、太刀筋にも怯えがみえる。その変化をエレオノーアは見逃さなかった。
「に、に、逃げようぜ、殺される!」
 浮足立って統率が取れず、もはや数の多さを活かせない山賊たちは、エレオノーアに一人ずつ次々と狙いうちにされていく。最初、賊たちは30名ほど居たはずだが、まともに動ける者の数はもはや半分近くに減っていた。
 
 ――これで勝てる。おにいさん。
 
 だが、エレオノーアがそう思ったとき、しゃがれ声で山賊の頭が迫った。
「お嬢ちゃん、見ろよ。少しでも動いたら、大事な《おにいさん》の頭が吹き飛ぶぞ」
 咄嗟に振り向いたエレオノーアの目に映ったのは、両手を縛られ、無念そうにうなだれるルキアンの姿だった。彼の頬骨近くに銃を突き付け、したり顔の頭目がエレオノーアをからかうように言う。
「王子様をお姫様が守り、しかも王子様が捕まってお姫様の足を引っ張るなんて、こんなふざけた話は聞いたことがないな。おっと、動くなというのが聞こえなかったのか」
 エレオノーアの顔が怒りに満ちたのを恐れ、頭目はルキアンに銃を強く押しつけた。
「エレオノーア……。すまない。僕はいいから、君は逃げて……」
 泣き出しそうな表情でエレオノーアを見つめたルキアン。本気で決意したはずなのに、今回も大切な人を守れなかった、この惨めさ。悔恨にまみれたルキアンの顔つきは、目を反らしたくなるほど悲痛なものだった。
 エレオノーアは周囲の敵を威嚇するように剣を鋭くひと振りし、断固とした口調で言った。
「人質なんて卑怯です。おにいさんを放してください」
 一瞬、沈黙が支配した後、山賊たちは下卑た笑いを爆発させ、エレオノーアに罵声を浴びせた。その響きがルキアンをますます辛い気持ちにさせる。
 山賊の頭も、黒い眼帯をこすりながら大笑いした。
「卑怯ねぇ。ちょっと頭を使って勝つことの、どこがいけないんだ。世間知らずのお嬢さん。それで、お嬢さんよ」
 頭目がエレオノーアの方を顎でしゃくって、何か指示をする。口元を緩ませながら、数名の手下がエレオノーアの方に近づいていく。
「まずは剣を捨てろ。今すぐ下に置かないと、こいつに一発ぶっ放すぞ」
 勢いに乗った頭目が引き金をひくような素振りを見せたため、エレオノーアは、黙って剣を手放した。石の多い地面に鋼がぶつかり、転がる音。剣は横たわり、日光を反射して眩しく光った。
「捨てました。おにいさんを今すぐ返して」
「駄目だ。お嬢ちゃんは素手でも怖いからな。おい、お前ら」
 手下が二人、両側からエレオノーアの腕をがっちりと掴む。
「何をするんですか! 触らないで!!」
 彼らはエレオノーアを向こうに連れて行こうとする。そこには、真っすぐに伸びる2本の太い木が立っており、別の男たちが縄を何本も手にして待ち構えている。その意図に気づいたエレオノーアの横顔から、一瞬で血の気が引いた。かぶりを振る彼女の姿をにやにやと見て、山賊たちは一緒に来るよう促す。何度もためらいながら、エレオノーアは青い顔をして無抵抗のまま従った。
「やめろ、エレオノーアに手を出すな!」
 ルキアンは必死に叫び、身を乗り出したが、周りの山賊に取り押さえられてしまう。何もできなかった彼は、血が滲み出しそうなほど唇を噛みしめた。自分が不甲斐ないせいで、今度こそ守りたかったエレオノーアを犠牲にしてしまうのだから。しかも、普段は少年エレオンとして振る舞うエレオノーアが、その仮の姿に隠して大切に守ってきた、花開いたばかりの女としての秘めやかな本性を、今から悪党たちの手で無理やり暴き出され、弄ばれることになるのかと思うと、ルキアンは正気を保てなくなりそうだった。それでもなお凛として悲壮な覚悟で臨むエレオノーアを、ルキアンは直視できなかった。
 
そのとき……。
 
 ――やれやれ。いくら御子だといっても、大切な一人さえ守れないような軟弱者に、この世界の命運を託してよいはずがなかろうよ。
 この声に、それ以前に声の主の気配に、ルキアンにははっきりと覚えがあった。目の前が暗転し、果ての無い灰色の世界に飲まれ、時間が凍り付くような感覚に落ちていく。その異様な場で、ルキアンは、ひとつの影と向き合っていた。
 影が次第にはっきりとした輪郭をとる。縮れた黒髪をなびかせ、飾り気のない法衣をまとい、羊飼いのような素朴な木の杖を手にした姿。広い額、彫りの深い顔に、奥まった黒い目で悠然と睨むような中年の男。彼は小さな苦笑いを浮かべる。
 ――俺を知っているな。そう、ルカだ。正しくは、かつて生きたルカ・イーヴィックという闇の御子の、残された思念のなれの果てかもしれない。あの可愛らしい娘、俺たちの大事な血族を、野盗ごときにいいようにされるのは気に入らないから、わざわざ出てきてやったぞ。
 唖然とするルキアン。返事を待たずにルカは続けた。会話になっているように思われて、それでいて実はただ一方的に語っているだけにもみえる、いかにも残留思念にありがちな振る舞いであろう。いや、ルカは曲がりなりにも聖職者だったはずなのだが、そのわりには口調が少々野卑だ。
 ――最初に言っておく。俺は、困っている者を放っておかないが、そのためには手段を選ばない。必要なら、どんな汚い手でも平気で使う。何故だか分かるか?
 空間に深々と音を刻み込むように、ルカは静かに、かつ重々しく告げた。
 
 ――なぜなら俺は、僧侶(プリースト)で……しかし、死霊術師(ネクロマンサー)だ。
 
 彼がそう言い終わる前に、ルキアンは急に目眩がして意識が遠のくのを感じた。
 ――あの娘を助けたいのだろ。お前の体を少し貸せ、新しい御子よ。
 そう言ったルカは、いくらか上機嫌そうですらあった。
 
 静まりかえった渓谷に、山賊たちの密やかな笑い声が漂う。ようやく捕らえたエレオノーアを彼らは取り囲んでいた。
 エレオノーアは、僧衣のような濃紺のローブを脱がされ、白いブラウスとキュロットという格好で、2本の木の間に立たされていた。その姿は、これまでの印象よりもずっと華奢で繊細だった。すらりとした腕は、万歳をするように、左右それぞれの木から縄で吊るし上げられている。ほっそりと白い脚も、同じく縄で左右の木につながれ、開かれたまま閉じることができない。蜘蛛の巣に掛かった惨めな蝶のように、四肢を大きく開いた屈辱的な姿を晒されているエレオノーアは、恥じらいに頬を染め、目を閉じて深々とうつむく。悔し涙で睫毛も濡れていた。
「戦っていたときのあの強気は、どこに行ったのかな、お嬢ちゃん。だが、お楽しみはここからだ」
 山賊の頭目は、すっかり勝ち誇った顔つきになり、エレオノーアの耳元でささやく。不意に、その汚らわしい手がエレオノーアの腰を撫でる。避けるすべのない彼女は、引きつったように震え、声にならない悲鳴を上げた。この反応に嗜虐心をかき立てられた頭目は、血走った目でナイフを手にすると、刃を入れて切り裂こうとエレオノーアのキュロットをつまんだ。
 もはや風前の灯火だ。
 ――おにいさん、見ないで。こんなの嫌です!
 エレオノーアの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 
 だがそのとき、頭目は不自然に息を呑んだ。
 彼に銃口を向けられていたルキアンが、ゆっくりと目を見開き、一転、今までとはまったく違う口調で話し始める。
「まず教えよう。後悔したくなければ聞くがいい」
 彼がそう言うが早いか、その場をすべて飲み込み、凍てつかせるような、吐き気を催すほどの威圧感がルキアンを中心に広がった。
 ――おにいさん? 違う。これは、違う人……。でも、遠い昔、この人とどこかで会ったことがあるような、懐かしいような。
 自分の知るルキアンではない姿に違和感を覚えつつも、エレオノーアは彼を凝視する。たとえ不完全でも闇の御子であるエレオノーアが、ルカ・イーヴィックに関する遠い記憶を引き継いでいるのは当然のことだ。
 一方、ルキアンは、いや、ルキアンの姿を借りた者は、人差し指を立てて目を細めたかと思うと、腐っても僧侶、落ち着いた説教を連想させる物言いになった。
「では、一つ目。ネクロマンサーと対峙したとき、決して彼らに触れられてはいけない。なぜなら高位のネクロマンサーは、自らも《不死者(アンデッド)》と同じ。その指先は生ける者を麻痺させ、毒で侵し、体力や魔力を吸い取り、時には触っただけで命をも奪う」
 ――か、身体が、動かねぇ……。
 山賊の頭は、いつの間にか体中が完全に痺れていることに気づいた。ルキアンは頭目の握りしめている拳銃を悠々と奪い、背後に無造作に投げ捨てた。そして右手を前方に突き出すと、指で何かを招く仕草をする。
「二つ目。ネクロマンサーの呼び出す不死者はたしかに恐ろしい。だが、ネクロマンサーはそれ以上に強い。気を付けろ。そうでなければ、死霊たちを従わせることなどできはしないからだ。遊んでやれ、《惨禍の騎士》よ」
 その言葉に応じて、手前の地面が揺れ、地表を押しのけて灰白色の何かが盛り上がってくる。まず頭部を見せ、するすると這い出し、地の底から全身を現したそれは、穴だらけの黒い衣に身を包み、赤い楯と青白く不気味な輝きを宿す長剣とを持った、骸骨の騎士だ。同じように次から、また次へと、地面から白骨の騎士たちが姿を現す。
「だから、この呪われた骸骨たちがいくら恐ろしいからといっても、間違っても俺と戦う方がましだとは考えないことだ」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、人の限界を遥かに超える強さの不死の剣豪たちは、容赦なく山賊たちを切り刻んでいた。頭目以下、一人残らず殺戮の嵐に巻き込まれ、屍の山が築かれた。穏やかな谷の風景も血だまりの海に変わった。
「最後に三つ目。大抵の不死者には心がない。だから彼らには、恐怖も躊躇も、憐憫も損得勘定もない。今ので実際に分かっただろう? いや、そうだったな、お前たち……俺の助言を活かす機会を永遠に失ったな。何なら、お前たちも不死者にしてやろうか。いや、やめておこう。素材の質が低すぎる」
 淡々と語ったルカの心にも、また、一切の乱れがなかった。あたかも彼自身、もはや人間ではなく不死者であるかのように。
 
 ――返すぞ、ルキアン。お前の体。
 ルカの心の声が響き、ルキアンは意識を取り戻す。
 その体が自分自身のものだと、再び感触が戻ってくるのを確かめる間もなく、ルキアンは飛び出していた。
「エレオノーア!」
「お、おにい、さん……」
 エレオノーアも落ち着きを少し取り戻したようだ。安堵の空気に包まれた二人だが、やがて遠慮がちにエレオノーアは首を振った。
「あ、あの、ですね……おにいさん。こんな格好……すごく、恥ずかしいです。早く、縄をほどいて、ほしい……です」
「そ、そ、そうだね。ごめんね」
 彼女の言葉にルキアンも頬を染め、申し訳なさそうに、なんとも言えない表情でエレオノーアの戒めを解いた。その途端、今までおずおずと喋っていたエレオノーアが、ルキアンの胸に思い切り飛び込んできた。そのまま二人とも後ろに倒れてしまいそうなほどに。
「おにいさん、私のおにいさん!」
 言葉にすることで彼の存在を確かめるかのように、エレオノーアは繰り返し呼ぶのだった。
 ぐしゃぐしゃに泣き 、それでいて、泣き腫らした顔に心からの微笑みも浮かべながら。
 
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