鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

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第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第54話(その2) 「予め歪められた生」と「永劫の円環」

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第54話 その2
 
 ◆ ◆

 今から約20年前――新陽暦283年、オーリウム王国の都・エルハインにて。

 その夏、王国は近年稀な猛暑に見舞われ、この時間、日暮れも近くなってから、夕涼みがてら、人々の姿が街にようやく増え始めるのであった。そして、真夏の長い陽がラプルス山脈を遠く望む方角へと、満足げに沈んでゆく頃、王国あるいは世界中から俊才の集まる王都の神学校でも、学生たちがこれから三々五々、お気に入りのカフェや酒場へと繰り出そうとしていた。
 そんな中、平然としつつも、どことなく周囲の様子を気にするような態度で、一人の神学生が校地の奥まった方へと歩いていく。彼が向かっているのは、王立神学校の広大な敷地の中でも普段はあまり使われていない、古い建物のひとつ、《メラクの青の礼拝堂》であった。現在では、図書館や研究棟に入りきらなくなった蔵書を仮に収めている場所であり、いつもなら、特にこのような夕方遅くになると、周辺では人の姿はあまり目につかない。
 神学生は、念押しといわんばかりに、振り返って周囲を見た。向こうから別の学生がやってくる。そして別の方向からも、また一人。大扉のある礼拝堂のファサードは、古いなりにも、いや、むしろ古びた石彫がかえって重厚さを醸し出す様相だが、その脇を通り過ぎ、建物側面の小さな庭園に隣り合う通用口のようなところから、神学生たちは礼拝堂に入ってゆく。
 《青の礼拝堂》という通称の起源になった、深みのある藍色を中心とする壮麗な天井画は、現在の世界の神々を題材としつつ、どことなく《前新陽暦時代》のレマリア帝国の壁画様式をも想起させるタッチで描かれていた。けれども残念なことに、今では天井画の変色が激しく、かなり剥げ落ちてもいる。その様子を頭上に仰ぎみながら、一見すると地下墓地への入口にも思われる階段を降りていく学生たち。その先にある小部屋に集まると、彼らは、猛暑の中で敢えて二重にまとっていた法衣を払いのけ、皆が同じように黒衣の姿となった。
 この黒ずくめのいでたちは、異端として弾圧されるほどではないにせよ、イリュシオーネの神殿における正統派教義からは外れており、多くの神殿関係者から批判の目を向けられる教派、《連続派》のものである。この場合の《連続》というのは、ひとことでいえば、世界観・歴史観において現世界と旧世界との連続性を敢えて強調しつつ、信仰も含め物事の理解を図ろうという意味である。魔道士たちからみれば、現世界の文明は旧世界と切っても切り離せない一方で、この世界の正統教義に立つ神官たちからすれば、いわゆる《イノツェントゥスの誓い》以前のこと、つまりは《新陽暦》が始まる前のことは、ほとんど省みる価値のない《暗黒時代》や《突飛な言い伝え》にすぎない。いや、正統派としては、そういうことにしたいのである。《新陽暦》以前の伝説の蓋を不用意に開けることは、時にはむしろ危険思想ですらあった(なお、旧世界滅亡の真実につながる《沈黙の詩》を研究していることを、以前にシャリオが隠していたのは、この種の研究が神殿関係者の間ではタブー視されているからに他ならない)。

「諸君。我々の有志による調査団が、イゼール樹海の遺跡にて《石板》第7編を発見したことは、周知の通りだ。そこに書かれていたことも事実だと考えている」
 おそらく定期的に開催されている教派の会合、先ほどのような事情のため、一種の秘密結社のような集まりなのであろう。学生のリーダー役と目される一人が口火を切った。
 それに耳を傾ける者たちの中には、学生だけでなく、近隣の神殿の神官や神学校の教授とみられる者も何人か混じっている。教授の一人が、静かな物言いの裏にも興味を押さえられないような様子で尋ねる。
「第7編の位置づけは、よくてもせいぜい外典、いや、別の時代に後付けされた偽書ともいわれてきたが……。その実際の姿、早く聞きたいものだ、コズマス君。これまで推測されていたように、第7編には《御子》に関する重要なことが書かれていたのかい?」
「はい、先生。しかし、我々にとっては認めたくない内容も含まれています」
 神学校きっての傑物と呼ばれるコズマス・バルトロメアが答えた。彼は、離れて座っている者には聞き取り難いような、微かで長い溜息をついた後、皆の顔を見渡した。
「これでは、たとえ何回、いや、何千、何万回……人の子が《あれ》のことに気づき、《御子》とともに抗ったところで、結局は毎回、世界はただ《あれ》の導く歴史をなぞり、いつかそこから外れたときには《再起動(リセット)》されて無に帰すだけだ。過去にも無数の世界がそのような結末を迎えてきたと、石板には記されている。永遠に同じことの繰り返しだ……」
 コズマスが話し終わるのを待てず、一人の学生が激高し、立ち上がって叫ぶ。
「それでは、我々の世界とは、歴史とは、いったい何の意味がある!?」
 対するコズマスはあくまで冷静だった。もっともそれは、他に先んじて石板第7編の真実に接し、それを受け止めるための時間が今日に至るまでに幾らかあったからだろう。
「我々の生(なま)の存在や、この世界で生起する生(なま)の事実に意味などない。その意味というのは、我々が自ら与えることにより初めて生じるものだ。破滅に向かうまでの生きざま、日々の道のり、そして滅びの日を迎えたという結果に、人として生きた《意味という爪痕》を刻み込むのだ。たとえ、来るべき世界ではすべて忘れ去られようとも」
 いささか抽象的な言い方で言葉を濁したコズマスに対し、次の一瞬は沈黙が広がる。彼は続けた。
「そう、単に、この世界の本質をなす《絶対的機能の自己展開》をなぞり、因果の鎖が日々現実化していくための無数の作用点として生きること、そうすることが、《人の子》に与えられた存在理由、すなわち、《あれ》の自己展開を賛美し、《あれ》の生み出した世界を予定通りに、できる限り忠実に描き出していくこと。それだけが人間の役割なのだと」
 その言葉を受け、先ほど激高しながら尋ねた学生が言う。
「信じられない。《人の子》は《あれ》の一人遊びの駒でしかないと? しかも、遊戯が間違った局面を迎えれば世界もろとも捨てられるだけの……。あぁ、ならば人は、何のために生まれ、死んでいくのだ? 少なくとも、いま実際に我々の生きているこの世界、我々にとっての唯一本物の、この世界にすら、いったい何の意味があるというのだ」
 別の学生からも発言が次々と飛び交う。
「仮にそうなら、正直なところ、人や世界に意味など求めても空しいだけなのでは? 少なくとも普通の人々にとっては。否、むしろ何も知らない方がよいだろう。それにコズマス、《あれ》の駒として自ら演じさせられてきた現実に、いくら懸命に主観的な《意味》を付与しようとしたところで、それは我々が単に《解釈》を施したということにしかならないのではないか。そんなことは、ただの自己満足だ。《あれ》への抵抗にすらならない」
 だが、喧噪のもと、一人の学生が立ち上がり言葉を発すると、彼のもつ不思議な落ち着きや説得力によって皆が再び静まり返る。コズマスの盟友にして、噂では錬金術にも手を染めているといわれる男、カルバ・ディ・ラシィエンだ。見事に手入れされた現在の彼の口髭とは異なり、無精な状態であった若き頃の髭を撫でながら、彼は告げる。
「だが、どうせよと? 《御子》には二つの呪いが掛けられている。《予め歪められた生》の呪いと《永劫の円環》の呪いだ。たとえ御子が生まれても、御子は《予め歪められた生》の呪いに押しつぶされ、大抵は、自らの使命を知ることもなく惨めな生を終える。そして《御子》が己の使命を自覚しても……」
 彼の言葉に頷きつつも、狭い地下室に溢れた熱気を避けるかのごとく、敢えて奥で腕組みしている学生がいた。まだ当時は不完全な闇の紋章も刻まれていない、その思慮深い瞳で、ネリウス・スヴァンはカルバを黙って見つめている。
 手を打ち合わせ、コズマスの声が響いた。
「諸君、静粛に!」
 それまでよりも低く、重々しい声で彼は皆に伝える。
「そう、第7編の石板は伝える。《永劫の円環》の呪いの詳細を。これでは、あるひとつの時代にすべての御子が揃うことは、《絶対に》あり得ない。絶対にだ。人の子が《あれ》に立ち向かうことなど《最初から》不可能だったことになる」
 常に論理的なコズマスが《絶対に》などという表現を使ったのは、もちろん浅慮や高揚からではない。

 続く言葉が、地獄への戻れぬ道の始まりだった。

「だがそれは、人の子の営みを自然の摂理に任せている場合のこと、つまりは《あれ》の仕掛けた《いかさま》のルールに従っている限りでのこと。諸君、敢えて言おう。《永劫の円環》に背いた存在を《人の子》が作り出す秘術は、同じく第7編の石板に示されている。だからこそ、第7編は禁断の石板と呼ばれ、秘匿され続けてきたのだろう」

「それが、《聖体降喚(ロード)》だ」

 コズマスがそう告げ、一連の説明を続けた後――静寂を突き崩し、地下室から無数の怒号や絶叫、机や壁を叩く音が、すなわち集まった者たちの非難や絶望の表明が、空しく響きわたるのだった。

 ◆ ◆

「おやまぁ、あんたたち……」
 あたかも子守りをする老婦人が、幼子の思わぬ反応に呆れながらも目を細めたときのように、リオーネ・デン・ヘルマレイアは、予定より遅く帰宅した二人の姿をみた。
 扉を開けてルキアンが中に入ってくると、後から続くエレオノーアが――いや、今は少年の装いと振舞いに戻ったエレオンが――遠慮がちに、慌ててルキアンと変な距離を取る。そうかと思えば、リオーネとブレンネルの顔つきを横目でちらちらとうかがい、エレオンはまたルキアンににじり寄る。今度は、二人の間は妙に近い。ルキアンの背中で、エレオンの指がルキアンの指に触れ、また離れた。
 ――なんだい、これ。何があったんだろうね。
 リオーネがエレオンを手招きすると、《彼》(彼女)は熱に浮かされたような足取りで、しかし心地よさげな顔をしてそれに応じた。ルキアンの横を通り過ぎるときにも、《彼》の目が意味深にルキアンに向けられ、二人とも一瞬固まったような動きをして、うっすらと頬を染める。
 明らかにおかしく、だが初々しくもある二人の様子をみると、座って地図をみていたブレンネルは口元を緩めた。
 ――あはは。いいね。これが、いわゆるひとつの……青春って、やつか。
 ルキアンたちのいる居間を離れ、リオーネはエレオンを台所に連れて行く。そして急に、頬が擦り合うくらいのところまで顔を近づけると、リオーネは声を潜め、鋭くささやいた。

「ねぇ、あんた……。もしかして、人を斬っただろ? 初めての匂いがするよ」

 経験を積み重ねた戦士の直感、その前ではごまかしはきかない。エレオンが上着の袖をあたふたと触り、どこかに血でも付いていないか探そうとすると、リオーネは仕方なさげに苦笑した。
「馬鹿だねぇ。そういう匂いのことじゃないよ。あんたの感じ、雰囲気のことだよ」
「そ、それは……。はい」
「何か大変なことがあって、あんた自身やルキアン君を守るために、仕方なくやったんだろうけど、人を傷つけた、いや、まだうまく加減できないあんたなら、たぶん何人かは《殺した》ということは事実だろうからね。たとえ相手が悪党でも、あるいは戦場であったとしても」
「は、はい。先生がいつもおっしゃっていたこと……。剣の重さ。それを咄嗟によく考えられず、必死で戦ってしまいました。ご、ごめんなさい」
 エレオンが言葉に迷って頭を下げると、リオーネは《彼》を正面から見据え、首を傾げた。その静かな気迫にエレオンが少し慄いている。
「おや。なんで謝るんだい? そこで謝られたら、あたしの仕事は騎士だった……いくらきれいごとを言っても戦いで人を殺すことが生業だったんだよ。なら、あたしなんか、これまで生きてきてごめんなさい、なんてことになるだろ」
 エレオンの柔らかな銀の髪を撫でながら、リオーネは小声で付け加える。
「手首と足首。その跡、ひどいね。何があったの?」
 赤く腫れ、擦り傷もできている。山賊たちに縛り上げられていたときのことを思い出し、エレオンは誰に弁解するともなく慌てて答えた。
「ち、違います! その、ちょっと跡がついただけで、それ以上、変なことは……されていません!」
「そうかい。無理に、根掘り葉掘り聞かないことにするよ。分かった。いずれにしても、あんたの誇りを汚されるようなことは、されていないんだね。私のかわいいエレオノーア」
「あ、あ、当たり前です! 先生の意地悪……」
 勿論、ルキアンがエレオンにそのような酷い振る舞いをすることなど考えられなかったので、別の事件に巻き込まれたのだろうとリオーネは思った。何があったのか心配だが、彼女は敢えて異なることを言った。
「それに、あんた……。顔が、女になったね。もうエレオンは廃業かもね」
「あ、その、はい?」
 出し抜けに指摘され、驚いて、頭から抜けるような甲高い声で返事をしたエレオン。
「その見た目、いつまでも子どもっぽさが抜けきらないし、いつになったら大人になり始めるのかと思っていたけど……。なんか親離れっていうのか、寂しい気もするよ。変わったのかね」

「人とは違った重荷を抱え、苦しみ抜いて生きてきて、やっと初めての恋をして」

 リオーネが率直な物言いばかりするため、エレオン、いや、エレオノーアは恥ずかしくて卒倒しそうな心持ちになった。《彼女》は必死に首を振る。なぜ否定しようとしているのか、自身でも呆れつつ。
「あ、いえ、そのですね! おにいさんは、私の、大事なおにいさん、であって……。そんな、恋しているとか……いえ、その……つまり……」
 何か言葉を発するたびに、エレオノーアはむしろ深みにはまりつつ、顔もますます赤らめていく。そんな様子をみて、リオーネは、もうお手上げだというふうに肩をすぼめ、両掌を返した。そして居間に戻っていくとき、去り際にひとこと。
「ふぅん。恋かどうかはともかく、でも、一番大事な人なんだろ、ルキアン君」
「はい、それは! もう、もちろん。世界で一番大切な、私のおにいさんです!!」
 結局、エレオノーアは全力で認めている。気持ちを押さえておけないのだろう。

 淡く、可愛らしいエレオノーアのそんな想いとは裏腹に、造られた不完全な御子としての宿命は、まもなく彼女を残酷極まりない結末に向き合わせようとしていた。

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