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2003年5月 大会前日から香川の旅まで

2003-05-30 17:31:56 | 津軽三味線
2003年05月03日(土)
20030503
大会前日
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弘前大会の前日、出場者の人達の稽古を見学させてもらった。
「去年の大会から今日まで、何に気を付けて稽古してきたの?」
「一の糸を弾く時に、二の糸に当たる事がないように気を付けて練習してきました」

ふーんそうなのか。
自分の苦手や欠点をきちんとわかって、そこを練習して、克服してうまくなっていくものなのですね。
勉強になりました。
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2003年05月04日(日)
20030504
2003年津軽三味線全国大会 審査基準と総評
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「審査基準を要約すると、つぎの事柄になります。津軽の風土・文化。これは津軽民謡に内在しています。形としては民謡五音階、均一な拍節リズム、強弱のバランス、音色の変化、拍節/テンポの激しさ、即興、形式的な統一性などです」(『津軽三味線全国大会パンフレット』より引用)

「ツボを外すと減点です。テンポ早いだけはNGです。何事もやりすぎない。テクニックには心が必要。自分が感動していないのはNGです。全体の中でどこかひらめきや輝きがあること。全体の構成が大切です」(大会後の主催者総評)

***

大会の後、弘前市内の居酒屋で打ち上げに参加した。たまたま居合わせた他の客から「やっぱり津軽のものは津軽の人じゃないと..」というような話が出て、ある人がこう反論した。
「そうおっしゃいますけど、今人気の三味線奏者で津軽出身の方は何人いますか?木下さんは和歌山、上妻さんは茨城、吉田兄弟は北海道。そういう事言うのならもっと津軽の人にがんばってもらわないと」

津軽生まれの人は、津軽が好きで、津軽に対して強い誇りを持っている。他地方の人は、純粋に「津軽的なもの」がいい、と認めて、あこがれを抱く。
違いがあるとすれば、そこだ。

演奏に関して言うと、感動するしないは、奏者の出身には関係無くて、

・旋律が人の心を惹きつける
・三味線それ自体の音色が人を魅了する
・迫力が心に迫る

からだ。
津軽の人がこだわるのは、そこに津軽の面影がないと、津軽三味線と呼ばないからなんだろうな。そしてたぶんそれは、いわゆる超絶技巧で表現できる事とは別物なんだろうな。


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2003年05月10日(土)
20030510
お説教 その1
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「練習でまともに弾けないくせに、舞台で人から『たいしたもんだ』と思われたいために無理してガチャガチャ弾く。それでは金を払って聴く方が迷惑だ。自分の事がわかっている人は、自分は何ができて何ができないかちゃんと知っている。だから、普段の稽古でできる事を本番できちんと弾けるようにするもんだ。難しい曲が良い曲とは限らねえよ。『自分は三味線始めて○年で、まだ何も弾けないけど、○年習ったところを聴いてもらいます』って、今の自分にできるところを弾きなさい」

...先生それ高橋竹山の本に載ってました。


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2003年05月13日(火)
20030513
十三の砂山
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ああ十三湖のシジミラーメンが食べたい。
稽古は引き続き十三の砂山をやってます。
「ま、あとは強弱だな。自分なりに強弱つけてみて」

***

練習方法ちょっと変えようと思う。
漫然と弾きたい曲を弾くより、新しい曲覚えるのと今まで覚えた曲の苦手部分を練習するのに分けて、短時間で集中してやろうと思う。
あんまりダラダラやるのも良くないよな。

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2003年05月15日(木)
20030515
藪塚町文化ホール ロビーコンサートに
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なんと群馬に大阪大会のチャンピオン廣原武美さんが来た。
桐生にあるファイバーカフェの店長と知り合いらしい。
ファイバーカフェの店長はあの○山流の名取りさんだ。

なんかみんなつながってっちゃうな。
この世界は不思議だ。
というか、狭いっちゅー事か。

お知り合いになれて良かった。
店長と武美さんの演奏も良かったです。
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2003年05月19日(月)
20030519
十三の砂山
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手も大体覚えたので今日から唄付けだ。
先生は唄には絶対の自信を持っていて、自分が唄いやすいように伴奏するにはどう弾いて欲しいかを僕らに教える。
「そこ間をとって。そこ小さく、あんまりバチバチ弾かないで」
三味線奏者出身の先生だと、たぶんそういう風には教えないと思うので、有り難いと思う。
思えば三味線始めて丸4年。
最初はぶつかり合いもあったけど、先生のおかげで秋田民謡の存在を知ったし、今では感謝してます。
ただこれから先津軽もの、5大民謡やろうとしたも、たぶんずっとできないんじゃないか。
どうしたらいいんだ。
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2003年05月23日(金)
20030523
大阪神戸香川の旅
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韓国帰りの同僚が帰国後に熱を出し、出社禁止になったので、急遽大阪の会議に代理出席することになった。
せっかくだから、やっさんにメールする。
夕方、新長田の駅でひろってもらい、自宅にお邪魔した。
神戸牛すきやきをごちそうになり、
おいしいワインもごちそうになり、
お風呂にも入らせてもらい、
着替えも用意してもらった。
ああなんて居心地のいいところだ。
もう群馬には帰れない。

すっかりくつろいで、オサマ・ビンラディンのTシャツを借り、三味線のビデオを見せてもらう。
前から気になっていた五錦竜二さんのビデオを初めて見た。
波打ち際で三味線弾いたり、イカを干している浜で弾いたりしてて面白かった。これは誰の演出なのだろう。ご自身の意向だったのだろうか。

「明日、高松に行くんだけど、一緒に行きますか?」
やっさんは明日、高松の坊さんのところに行くらしい。
無理言って連れていってもらうことにした。

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2003年05月24日(土)
20030524
大阪神戸香川の旅
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午後、やっさんの車に乗って四国に向かった。
夕方、香川の坊さん宅にお邪魔して、坊さんが主宰されてる津軽三味線グループ「ジャンク」の話を聞いた。
今まで出会った津軽三味線奏者は、どちらかというと「オレの心の叫びを聴いてくれ」的な人が多かったけど、坊さんは違った。
「『させて頂く』謙虚な心を持って演奏し、縁をつないで行く」のがグループの基本コンセプトなのだそうだ。
「自分達は三味線を持っていて、とにかく弾く事ができるんだから、何かそれで人に喜んでもらったり、社会の役に立てるような事ができないもんだろうか」と言うのが根底にあるみたいだ。
ジャンクは今、「ちょこっとボランティア・チョボラ88」と称して、近郊の福祉施設88カ所をボランティアで慰問している。88カ所と言のは簡単だけど、月10ステージペースだそうで、これはかなり大変だ。ノーギャラで、機材も衣装も全部自前だ。
「演奏させて頂いてありがとうございます、ということだから」
メンバーも色んな年代の人で構成されていた。経歴もさまざまらしい。
「未熟だから人前ではできない、ではなくて、今のメンバーでできる事、やれる事を考える。それから、主旨に賛同する人には、経験の有無に関わらずとにかく何かに協力してもらう」
ということで、施設との日程調整や音響機材のセッティング、その他もろもろを、全部メンバーみんなで協力してこなしているところがすごい。
ステージもどうやったら聴く側に喜んでもらえるか、よく考えて構成されていた。
うーむ、すごいぞジャンク。

自分は何のために三味線を弾くのか、これから自分はどうしていくべきなのか、すごく考えさせられた。
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2003年05月25日(日)
20030525
大阪神戸香川の旅
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午前、午後それぞれ1ヶ所ずつ、施設をまわるジャンクについて行った。
あんまりうまくは弾けなかったけど、自分なりに一生懸命弾いたので許してください。

夕方、ジャンクの方々と別れ、帰路に着く。
途中牟礼に寄って讃岐うどんを食べる。
うまいうまいとおかわりしてる間に新幹線に乗り遅れた。

ま、いいか。
というか、大阪での会議の内容、何も覚えてないっす。

坊さんをはじめジャンクの皆さん、大変お世話になりました。
ありがとうございました。88ヶ所大願成就に向けて活動を続けてください。応援してます。

やっさん、ともちゃん、今回もありがとう。
おかげで色んな経験をさせてもらいました。
今回の旅がきっかけで自分の三味線も変わりそうな気がします。
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