時を同じくして
山からのメッセージが届きました。
生の嘆きです。
kikidasより
彼らの水源の森の意識は、どこよりも強い。
何せ、明治から100年以上 川下で水を利用する
人たちとの協同出資で運営されている。
そこの組合長は、毎年 春になると 残雪の量が
気になり 山に行かれる。
もちろん 水を心配してのことだ。
今は、当たり前に水があるが 昔は 水をめぐっての
殺傷事件が多発していた。
日本ダム協会より
昭和7年(1932)夏の旱魃時には,一ノ井の井堰から取水する村々と一ノ井の漏水に頼る二ノ井から取水する村々との間に大規模な紛争が勃発。「農民四百余名竹槍かざしてにらみ合う」と新聞に。
それを解決する為の農業用ダムとして、また 昭和恐慌の対策としての
公共工事の走りでもある犬上ダムが出来たそうだが
その水源を守っているのが 彼らである。
流木などは、ほとんどないそうである。
ちゃんと 手入れされていたのだろう。
彼らだけに、つけを払わせるのは 酷である。
ほんと、二酸化炭素の排出量に比例して
森林を治す資金を 山に還してあげて欲しいと
心から願う。
山からのメッセージが届きました。
生の嘆きです。
kikidasより
彼らの水源の森の意識は、どこよりも強い。
何せ、明治から100年以上 川下で水を利用する
人たちとの協同出資で運営されている。
そこの組合長は、毎年 春になると 残雪の量が
気になり 山に行かれる。
もちろん 水を心配してのことだ。
今は、当たり前に水があるが 昔は 水をめぐっての
殺傷事件が多発していた。
日本ダム協会より
昭和7年(1932)夏の旱魃時には,一ノ井の井堰から取水する村々と一ノ井の漏水に頼る二ノ井から取水する村々との間に大規模な紛争が勃発。「農民四百余名竹槍かざしてにらみ合う」と新聞に。
それを解決する為の農業用ダムとして、また 昭和恐慌の対策としての
公共工事の走りでもある犬上ダムが出来たそうだが
その水源を守っているのが 彼らである。
流木などは、ほとんどないそうである。
ちゃんと 手入れされていたのだろう。
彼らだけに、つけを払わせるのは 酷である。
ほんと、二酸化炭素の排出量に比例して
森林を治す資金を 山に還してあげて欲しいと
心から願う。
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