だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

月明かりの夜に

2012-02-05 19:48:41 | Weblog
 先週の金曜日は、月に一度の足助千年ゼミの日だった。もうまる3年もやっている。広報なし、申し込みもなし、参加費もなし、たまたまそこに集った人たちで里山の暮らしについて、自由に語り合う会である。 前日から大寒波襲来で、名古屋も大雪だった。日が暮れた国道153号線は気温はもうマイナスで、路面は凍結している。今日は誰も来ないかもと思いながら、車を走らせた。  会場のすげの里には、それでも三々五々参加者 . . . 本文を読む
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学者っぽくない学者でありつづけること

2012-02-05 02:29:31 | Weblog
 先週は名古屋で、今週は三重県松坂市で、市民向けの講演を行った。講演後、どちらの主催者からも、ほぼ同じ内容のことを言われた。つまり、「大学の先生ではないみたい」、「大学の先生にしておくのはもったいない」・・・・よほど、大学の先生の話は分かりにくいらしく、それに比べて私の話はよくわかったということのようである。かなり微妙な心境であるが、お褒めの言葉として有難く受け取っておきたい。  最近、ほぼ同じ . . . 本文を読む
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千年持続学校(2)

2012-01-24 14:06:11 | Weblog
 この週末は千年持続学校・すまいづくり講座に参加した。月一回、土日の一泊二日で実施している。豊田市旭地区太田町の里山の中に、この地に移住してくる若い家族が住めるような、おしゃれでかわいらしいおうちを、みんなで建てようという取り組みである。地元の間伐材を利用し、自然エネルギー100%で暮らせる住まいをめざしている。 受講料5万円をみんなで拠出し、これを集めて資材費にあてる。私はこれを現代の講(こう) . . . 本文を読む
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あきらめるということ

2012-01-14 12:17:11 | Weblog
北米の先住民族は、薬草を探すときに、森に入ると、植物の方から声をかけてくれるという。私は、本屋をぶらぶらしていると、やはり、今の私にもっとも必要とされる本が声をかけてくる。今回は、アルボムッレ・スマナサーラ『小さな「悟り」を積み重ねる』集英社新書。著者は日本在住のスリランカ人仏教僧。現代日本の現実の中でいかされるブッダの教えである。 何かやりたいことがあったり、問題や課題を抱えていたりして、かつ . . . 本文を読む
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原発震災(48)100mSv被曝による影響について

2012-01-07 00:32:11 | Weblog
 ジョン・W・ゴフマン『人間と放射線』明石書店2011年(原著は1981年)を勉強している。ゴフマンは、アメリカの水爆開発拠点であるローレンスリバモア研究所の生物学部門トップをつとめ、低線量被曝の影響の研究を任された。政府としては、低レベル被曝の影響は無視できるという結論を期待していたのだが、ゴフマンらの研究結果は、そうでななく、影響は無視できないとするものだった。それでゴフマンは研究費がつかなく . . . 本文を読む
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原発震災(47)10代と70代のコラボ

2012-01-05 21:15:29 | Weblog
 「国民保護法制を考える会」というかなりカタイ名前の会の方から講演依頼をいただいたのは、昨年の秋のことだった。西英子さんという方からで、メールで決めうちの日程で、内容をつめる前からどんどんコトをすすめる強引なやり方に、私はやや警戒して、一度とにかく顔を合わせてお話しましょうということにした。その時に、私は、聴衆がシニア世代ばかりの会は、お断りしていることをお伝えした。これまでの経験で、シニア世代の . . . 本文を読む
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新年のごあいさつ

2011-12-31 23:46:06 | Weblog
 激動の2011年が終わりました。3月11日で世界が変わりました。日本に住む誰もが、放射能とともに生きていかざるをえなくなったことは、一つの時代を画すものとして、強調してもしすぎることがないほどの、重大なできごとです。これまでの人類の被曝経験から言えば、数万人から数十万人という規模で、何らかの健康被害が発生しかねない状況のなかで、これをゼロをめざして、できることは何でもやっていかなくてはなりません . . . 本文を読む
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原発震災(46)被曝について学ぶ

2011-12-30 19:35:25 | Weblog
「今日の放射線防護の基準とは、核・原子力開発のためにヒバクを強制する側が、それを強制される側に、ヒバクがやむをえないもので、我慢して受忍すべきものと思わせるために、科学的装いを凝らして作った社会的基準であり、原子力開発の推進策を政治的・経済的に支える行政的手段なのである。」中川保雄『増補・放射線被曝の歴史』明石書店2011年p.225  私は、10年ほど前に研究科の放射線防護のための委員会として . . . 本文を読む
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原発震災(45)現像

2011-12-29 21:46:55 | Weblog
 政府は福島第一原発事故について、すべての原子炉が「冷温停止状態」に至ったとして、「原発における事故収束」を宣言したものの、福島県議会はこれに反発、収束宣言を撤回するよう求める決議を出した。細野原発事故担当相は「『収束』という言葉を使うことで事故全体が収まったかのような印象を持たれたとすれば、私の表現が至らず、反省している」と述べたと伝えられる。はからずも政府は、原発事故を「過去のもの」にしたいと . . . 本文を読む
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モノの値段について

2011-12-26 11:56:24 | Weblog
 農村に行って農家の話など聞き、また自分でもままごとのような農作をやってみて思うのは、食べ物を作るというのはなかなか時間も労力もかかるということだ。それでいて農家の収入は少ない。いきおい農家は忙しい。 高度成長期以前の農村の話を聞くと、朝は夜明けと共に起き、田起こし、田植え、草刈り、稲刈り、脱穀、山仕事、水路や道路の修理・・・である。一日四食、五食という生活だったというが、それはそれくらい食べなけ . . . 本文を読む
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