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樹業人~風の通心

持続可能な社会や森林・建築・木製品について、気ままに こそっと考える為のネタ帳です。

イタドリの炊き方

2017-04-28 | ひとり言

イタドリを炊いたら、トロトロになったとお友達が言っていたので、
我が家の炊き方を母に聞きました。

イタドリを採ってきたら、なるべく早めに下ごしらえをする。
先は折って捨て、下から指を入れていく節をはねて
深めの容器に入れる。皮は、剥いても剥かなくてもよい。

たっぷり浸かるだけのお湯を沸かし、沸騰したら火を止め、
しばらく冷まし(80〜85℃位かな)、イタドリが浸るまでたっぷりかける。

浮いてくるので、水面から出ないようにお皿などで重しをする。


イタドリの皮の赤い模様が消えるまで浸しておく。
(一晩、12時間くらいまで放置しておいてもいい。)


その後、水を二時間おき位に3回くらい替える。
急ぐ時は、食べる長さに切って、水を出し流しにすると早い。

とにかく、酸っぱいととろけるので、酸味がなくなればよい。

身欠きにしんを短く切り、煮える程度の水から暫く炊いて、
だし汁とイタドリと醤油を入れて、味がつくまで煮る。

以上。

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2019年に聞くと、又 若干違うので(笑) 追記

イタドリのお漬物
皮をむいて、下から指ですーっと節をとばして、塩を敷いた上にイタドリをのせ、また 塩をかけて押して3日程で漬かります。食べる分を出して水で洗い、2~3ミリほどに輪切りします。(すでに輪ではないですが)すったしょうがと混ぜたりします。

煮物
煮炊きやお味噌汁の具にする時の酸味抜きですが、先の葉っぱの部分はとり、節をとばして、指を入れたらギリギリさわれる位の温度のお湯をかけ、イタドリの皮の模様が変わったら(お皿などで重し)、何度も水を変えるか、出し流しにします。ここで、酸味が抜けていないと、炊いた時にとろけます。一日以上は、水を時々変えた方がいいです。
身欠きにしんも前日からつけて、柔らかくしておき、先に炊いておいて、4~5cm位にきったイタドリを入れて、お醤油だけで炊く




とりあえず 個人的なメモ 

2016-02-27 | ひとり言
ずっと、日本では「温暖化」って言うから、いや寒冷化だとか氷河期に向かっているとかという面倒くさい話になるんだよね。
研究者の方は別にして、安全保障 とリスク管理の為に各国動いたんじゃないのと前から思ってた。
資源の奪い合いで戦争、紛争がおきるし政治も不安定になる。
確実に気候変動は起きてるので、防止だけじゃなくて おきた時にどうするかって対策の方に力を入れないと。
 
CO2は、化石資源を使ってしまった事の目盛位の位置付けにしておかないと、本末転倒な事がおきる。
自社でCO2削減に取組んでいる担当者は、結構 そう感じてるんじゃないかな。
最初はCO2CO2って言ってたけど、50%削減に近くなった時に、本質は これじゃないなって 気がついたりするもの。

パリ合意は、そこの所に踏み込んでいるので、今までとは違う方向も必要なんだろうな。延長線上ではだめなんだろう。しかし、建物の断熱と森林への言及は まだ検証が薄い印象。とりあえず、日本にある資源で、基本的な営みができるようにしておく事が大切なんだろう。よその国に、おどされっぱなしはごめんだもん。
 
気候変動長期戦略懇談会からの提言
http://www.env.go.jp/press/102179.html

ゆっくり、読んでみよ。
備えなきゃ。
どんなに省エネなテレビを買ってもね、サイズ大きくしたら 全然 化石資源の使用量は減らないのよね。おんなじ事が、わが業界にも言えると思うし。水害にだって、備えなきゃ。森林で守りきれる雨量を超えたら、凶器になるし、防ぎきれない事も今までより起きる可能性は大きい。バランス 大切。

防ぐのでなく、何かあっても立ち直りやすい(直しやすい)というのも、大切な条件になるんだと思う。きっと。

うっ ありがとうございます。

2016-02-01 | ひとり言

なかなか、更新できないまま 放置しているこのブログに 沢山の方が今も訪れて頂いていて とても恐縮しております。

すみません。ありがとうございます。

わからない事があって 検索して 自分のブログが出てきたりして 一人 PCの前で赤面したりする事もシバシバ。
全然、進歩してないなぁとか ずっと同じ事 言ってるんだ 私・・・とか 古いアルバム見てるようです。

書きたい事、いっぱい ためてるんですげど。

とりあえず、元気です。


横ぐしと 森林と 地方創生

2014-09-04 | ひとり言

ローカルアベノミクス、地方創生。ぜひ、期待したい。

自民党の政調会長になられた稲田さんが、おっしゃっていました。

うろ覚えですが「省庁をまたぎ(枠をとっぱらい) 横ぐしをズバズバっと・・・」

そうなの! それをしないと、いくら バイオマス発電とか、CLTとか言っても、山から木は出てこない。
その前に 森林においては、まずは 所有者、資源量、資源の質の把握なくしては!
基本的なことが、ちゃんとわかってないのに、計画も振興もない。

前にも書いたので しつこいですが。
http://blog.goo.ne.jp/jjjko0313/e/bb68c958e166c3901579f3e99982d6dd

所有者がわからない森林が増えるという記事や、Uターンした若者が頑張って所有者を探し、説得してまわり、集約化したという記事を読んだ。

所有者が何人いるのかは、公開された数字が出てこない。農林センサスの数字で計画しては、誤る。1haとか2ha以下の人は含まれていない。相続でどんどん分割されている。
実際は300万人とも言われている。すごい人数である。

最近は、個人情報保護法もある。Uターンした若者や 交通費、電話代、おみあげも自腹で動いておられる村の誰か、問題意識のある町の森林担当者、そんな方々に依存している状況だと思う。

森林組合に、それを押し付けるのも無茶な話だし、管轄は林野庁ではなく、国交省だし、所有者との連絡網が確保できているのは 税金の担当だし、公務員の人が動ける体制をつくるのは違うところだし、最終的には法務局に届けないといけないし・・・。

ズバズバっと、ぜひ 横串をさして欲しい。

あーそれと、コストを下げる努力は必要。だけど、コストを下げて、木をたくさん使ってもらえればいいというのは、大間違い。コストを下げた分は、山に還さないと持続できない。働くこともできない。植林もできない。放置。悪循環。

皆伐のルールや面積や計画性も、一般には見えない。規制がないのかと思える。
コストを下げろだけ言った時に、どうなるのか 簡単に想像できる。
しつこいけど、山に還さないと。

付加価値をつける。
というのも、片方では 低炭素の名のもとに 木が見せられない家にせざるを得ない工法を強いられる状況にある。なんで、日本の木を使うのかを考えて欲しい。
見えなくなったら、どこのどんな木でも良くなる。
死節のある集成材をパテで埋めてる柱なんて、あかんでしょ。
日本の木を使う意味がない。付加価値以前の問題かも。
日本の木の良さを活かす人、価値を認めてまっとうな価格で買ってくれる人を増やさないと。
グローバルな価格に合わせという人より、そういう人を大切にしなくちゃね。
付加価値をつけるというのは、そういう事だし、そういう人がいるのに、ほったらかしになってるもの。新しいもの、違うところばかり見ていては、一番のお客さんをなくしていくのよね。

電気だけの事を考えていては、いけない。エネルギーは資源の中の使い方の一つだし、日本には資源もないけど、捨てるとこも もっとないという事を考えなくては。

80年かけて、育った木は最低80年使う。40年の木は、40年で捨ててしまえばいいかと言えば そうではなくて、建築には、いっぱい化石資源が使われている。コンクリートや石膏ボード、造成もおおかたの断熱材も山を削ったり掘ったりしてつくられている化石資源。

と、期待を込めて 暴走気味に書いてみました。
閣僚 記者会見を聞きながら。

と、農林水産大臣の会見が始まった。

農山漁村を活力ある・・・。

需要の開拓。大規模化。集約化したら、林業は えらい遠くの他県まで木を運ばなくてはいけなくて、運賃に消えるんだけど。製材屋は林業よりも、絶滅危惧種。近くのものは、近くで加工、近くで使うといういう視点もいるのでは。

安くしろ ではなく、材価の回復。すばらしい。そうするには、どうしたらいい?
しかし、関税の問題・・・。関税がかけられないなら、輸出で利益の出た企業から、ガッツリwinwinで その分を還元してもらうという風(実際、補助金でそうなっているとも言えるけど)に 明示をすると 色々変わってくる気がするのだけど。補助金という名前じゃなくてね。

眠たい。閣僚会見って、録画?これを聞き逃すと、フィルターがかかった情報しか入らないしなぁ。
有村さんまで、起きていられるか。


最近

2013-12-04 | ひとり言

しばらく、投稿しないとテンプレートがなくなってしまうのね・・・と気がつきました。テスト投稿です(笑)

見えている地元の山の木が材木屋でも手に入らないと気がついて、山に近づいてみたら、それはぐちゃぐちゃに絡まってしまった糸の塊でした。
少しずつほぐしてみると糸がブチブチに切れていました。
続く。


手先は器用だけど、なんとく不器用な素敵な女子たち

2013-05-27 | ひとり言

23、4才だった随分昔、東京から帰ってきて、実家の仕事をしながら、週に二日、設計事務所で勉強させて頂いていました。でも、やはり 刺激のない日々というか、縄張りでガチガチしている感じで閉そく感を感じ始め、「あっ、面白くないのを地域のせいにしてないで、自分で勝手に面白くなればいいんだ!」と気がついて、たまたま、喫茶店でアルバイトをしていた女の子に、フリーマーケットやドライブインシアターの話をしたら「わー、おもしろそう!」というので、「やりたい?」「うん!やるやる!」「じゃ、お友達、集めてきて」なんてことになって、滋賀県ではたぶん初めてのフリーマーケットとドライブインシアターをやりましたの。
今から考えると、横着なイベントでしたが、かなり楽しくて、少し波風がたった出来ごとでした。

それから、ずいぶんと時がたち・・・facebookで、その女の子たちとつながり それぞれ とっても「らしい!」生き方をしていると知りました。


しゅーちゃんは、子育て中。お洋服を作っていました。近江八幡の尾賀商店のイベントスペース(?)を借りて、展示販売するというので、先週行ってきました。



写真が下手で、服の良さが伝えきれませんが、着心地がよい生地と、彼女らしいとても細やかなこだわりが素敵な服でした。ひと目で、ファンになってしまいました。もう少し高くしてもいいよ!!と、思わず言ってしまったほど、丁寧なつくりと良心的すぎる価格でした。

作り手から、顔の見える形で 直接 何かを買うというのは、なんとも いい感じです。  

そう、会った時には、ちよっとウルッとしました。それなりに、お互い色々あったしね・・・(笑)
相変わらずの、ここちよい空気と気配りは変わってなくて、その後、建築士の資格もとった事、フリマをやった事をお子さんに話している事などを聞き、ほっとして うれしかったです。

29日まで、やっているので お時間のある方は、ぜひ!

安高製作所
http://yasutakasei.shiga-saku.net/

開催場所は 近江八幡の 尾賀商店内のidea です。


そこには、先に話の出た 喫茶店でアルバイトをしていた女の子 ハッタがつくったものも一緒に販売していました!
自分で作った有機栽培の野菜や果物と、こだわりの国産調味料でつくられたジャムとチャツネ。

高知の山で旦那さんとこだわりの農業しているという認識だったので、実は ちゃんと生きていっているのだろうかと、心配してました(笑) かなり、思い切った人生を選んだのね・・・と。
が、その筋では有名な梼原町ではないですか! 地域の生態系や自然資源と共存する農法を目指している とHPには書いてあります。うんうん、らしい、らしい、OK! 応援!

原材料から、何もかも ハッタの手づくりかと思うと、一瓶一瓶が愛おしくなってしまいました。パッケージも、とても 細やかな気配りがしてあります。

いやー、まだ かぼちゃのチャツネとジャムしか食べていませんが、これまた ハッタのこだわりがよくわかる美味しさです。チャツネ、イケマス!! おすすめ。
彼女が撮った写真のポストカードも、日々の暮らしの中で出会った、私たちが見逃しそうな景色です。わかりにくいけど、下のヤギ(めいちゃん)の手ぬぐいも、彼女のデザイン。



展示のようすは、こちらを

お店 谷川農園 めいちゃんとみちくさ のHPは こちら 
屋号の由来 が また いいです。
webでの販売もしていますので、ぜひぜひ。


ここまで書いてみて、気がつきました。手先が器用で、センスがあって、生き方が不器用な女の子に私はどうも魅かれるようです。(あっ、そういう意味ではなくて・笑)
こういう彼女たちの生き方が、少しずつ未来をゆるく作っていってくれている気がするからなのですよね。

松は、最近 鳥取に行ってしまったけれど、なぜか高知の梅原真さんに スギバラをつけていたり、

奈緒ちゃんは、岡山の西粟倉で家具をつくっていたりと、

最近「ものづくり」をしていない私は、彼女たちの生き方がとっても、素敵に思えます。

きっと、別々に出会った彼女たちだけど、いつか つながる気がします。なんとなく、かすってるもの(笑)


多賀大社前夜祭 キャンドルナイトinお多賀さん

2012-08-03 | ひとり言

8/2 多賀大社にて 萬灯祭の前夜祭にキャンドルナイトinお多賀さん2012が開催されました。

今回は、南三陸で被災され、現在 滋賀にお住まいの「星梵竹さん」の尺八の演奏と
美桜さんのコンテンポラリーダンスのコラボです。
NAOHA Candleさんの手づくりの美しいキャンドルと BILLY VERYの貴詠さんの映像なども
すばらしく、とても幽玄な時間を堪能いたしました。すてきでした!!!

もちろん、これを企画運営されている皆さんのおかげです。
多賀って、すごいかも と思う今日この頃です。

多賀サービスエリアにある スターバックスさんが 地域貢献という事で
コーヒー等々をふるまって下さいました。
いつもの心地よい接客をして頂く スタッフさんが勢ぞろいです。

無理を言って(お嬢様方に) 神主さんと 写真をパチリ。

鼻を伸ばしているのが、当日の神事を行った「いとこ」です。
身内なので、ちよっと ありがたみが薄く感じでおりましたが(笑)
東北の震災に対しての祝詞には、心打たれました。
やるやんw
 
NAOHA Candleさんは、以前 河内妛原のホタル狩りに ろうそくを持って
参加して頂いた方だと判明(笑)
さすが、地元。

詳しくは、こちらをどうぞ。

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実は、記事を数日前にUPしたつもりでおりました。
節電のことやら、色々書こうと思っているのですが、諸事情があり しばし(と、いっても いつもだけれど)
お待ち下さい。とりあえず、なんだか申し訳ない関西の電力需給量ですが、エアコンは機器の入れ替え等々で2010年7月比50%削減できました。まだ、削減シロはある気がします・・・。


「2542万kW」を忘れないでいたいと思う。

2012-07-17 | ひとり言

原発を再稼働しない時のリミットが、 「2542万kW」だった。

2012年7月17日の関西電力の 電力供給力は 2831万kW
予想最大電力は 2450万kW( 14:00~15:00)

そして、梅雨明け宣言 早々 
16:18分  最大瞬間使用量が 「2555万kW」

アウト である。本来ならば、既に計画停電が実施されていただろう。

もしかしたら、再稼働しなくても どこかから「電力」はでてきたかもしれない。
再稼働していない時に、 電力供給力が2600万kWの時もあったしね。
そして、再稼働がなければ、もっと みんな 一生懸命 節電したかもしれない。

でも「2542万kW」を超えないこと、これが、大事だったんだけどなぁ。
あまり、話題にならない。

それでも、この数字は忘れないで いつも意識していようと思う。
これまで、あまりにも 電力について無関心すぎた。
昨今は、悪者あつかいの電力会社だけど、実際に電気をつくり、安定供給するのは
大変なことだとも理解した。電気の使い方を、私たちが考えないと。。。
節電の意味が、今までの節電とは違うんだよね。最高使用量があがり続ける限り
発電所を増やしていかなければならないという事になる。

ちなみに、PCには 
電力需給情報ガジェット  

スマホには 政府の節電アクション ひっ迫おしらせ
を入れております。

大飯3号再稼働で 供給力は 2713万kW だったはず。
でも、18日の供給力は 2876万kW

あれ、4号機も再稼働したのかと思ったら 揚水と水力が増えていた。
豪雨だったしね・・・。




自社の過去の何年間の電力使用量と 最高気温の関係を調べたら「2542万kW」以内に
するのは、相当大変なことだとわかった。関電のデータから、ちよっとピックアップさせて頂くと
下図を真っ白にしないといけないという事になる。




17日に「2542万kW」を超えたは 16時台。イメージと違ったなぁ。
そろそろ、いいかと気が緩む時間帯だった。
PCのガシェットからクリック3つで関西電力のHPから、簡単にその日 直前のデータも
みる事ができる。「反対!」ではなく、「もしも、原発がなかったら」ということも同時に
仮想体験しながら、自分にできることをしていこうと思う。

再稼働が決まった日、再稼働された日、「2542万kW」を超えた日 それぞれ 胸が痛い日だった。
4号機が稼働したと、さっき朝のニュースで知った。うーん。


備えて、動いて、発信して 仕掛ける 1

2012-03-20 | ひとり言

書きたい事は山ほどあれど どれも そう簡単には文章に出来ないことばかり。

そっこん、忘れないうちに 昨日 多賀町商工会で講演をして頂いた 仮設の南三陸さんさん商店街を立ち上げに尽力されている (株)ヤマウチ社長 山内正文のお話をメモとして残しておこうと思います。自分用なので 書きなぐりますが 自分の心だけにとめておくのはもったいないので 読みたい方は 読みにくいと思うけれど 読んで下さい。

メディアに取り上げられた地域や店に支援が偏るという話を聞きます。
しかし、私がほんの少しだけれどかかわってきた 住田町の木造仮設住宅も 石巻の木の屋石巻水産さんも 南三陸の千葉のり店さんからご紹介して頂いた 今回の山内社長との出会いも すべて個人的な人のつながりでした。

そして、共通するのは 皆さん 震災前から積極的に活動されていた事、震災直後から復旧ではなく復興を視野に入れ 早々に動いて発信されていた事、そして 今も仕掛けをつくり続けておられる事です。ほんと、もう少し共通する所をうまく表現したいけど 今は無理w

でも、御商売をされている木の屋さんもヤマウチさんも お父さんの世代が地域の為に動き、息子さんが自社も含めて情報発信をするという すばらしい連携が出来ています。


10時に米原に着かれて 長浜、彦根から多賀へ たまたま本社にいた時に到着されて パチリ☆ すごい存在感。父は、1時に到着されると思っていたらしく あわてて迎えに出たようで 普段着で髪のセットもしないまま(笑)


商工会の方が対象の講演だったのだけど もっとたくさんの方に聞いて頂きたいお話でした。



最初、ご自身も津波で大変な目にあわれ、地域の為に走り回っておられるのに ボーっと日々を過ごしている私たちに対して とても丁寧にお礼を言って頂き とても 心が痛くなりました。もう、頭など下げないで欲しいと・・・。ほんと、さして何もできていない事を申し訳ないと思いました。

まず、震災が起こった時の行動を話して下さいました。

地元メディアの取材を受けられていた時に揺れたそうです。そこから、何箇所かある店や工場事務所を自転車で回られ、もう一度巡回し、津波を見物していた社員を避難させ、事務所に大切なものを取りに戻り・・・・と お話だけでも 相当な時間の経過と思いきや「ちょうど20分」と 言いきられました。以前にも津波を経験されていて、南三陸沖の場合の津波の到達時間に合わせ、50回以上 シュミレーションしてきたとの事。そして、高台に逃げる時間も入れて 30分と。さすがです。リスクマネージメントの大切を思い知りました。

その後、従業員の方のお譲さんが撮られたという高台にある中学校からの 志津川を逆流してくる津波の映像を見せて頂きました。奥まで到達するのに10分と言われ 確かに時間そうかもしれませんが、リアルな説明を聞きながらでしたので とても長く感じました。
たまに、音声が入ります。ビデオを無言で撮っている娘さんの声。自分にも言い聞かせるように「これは、現実だから」と。
次の日が、中学の卒業式で中学生は学校にいて でも体育館に集められ 津波は見せないようにしていたとの事。その日は、子供たちは体育館。住民は各教室で マットやカーテンなどを利用して一夜を過ごし、次の日には 既に「自治会」をつくったとの事でした。
ご存じのように 役場は機能していない中で 各班のリーダーは商店街の人、副はPTAの人。
そして、朝夕ミーティング。

ここがすごいなと思うのが、どうして商店街の人がリーダーなのかって 町の人の顔を知っていてどこの誰かがわかるからとの事。そう、私が小さい頃は そうだったかもしれないけれど 今は大型の店が出来て 私たちの町では そんな交流はなくなっている気がする。
なお且つ、商店街で毎年 何回も色々なイベントをされてきたそうで 連携も出来ていたのだろう。ここは、ちよっと 考えておいた方がいいかも。町の規模にもよるしね。

最初は、山間の村から届けられたおにぎりを2~3人で一個たべ お米を持ちだしてきたお母さんもいて それを 家庭科の教室で調理し そうこうしているうちに 魚を満杯つんだトラックが近くのアリーナに避難している事がわかり 長丁場を覚悟して それを分け合いしのいだとの事。

ちょうど、その中学が高速から降りて一番最初の避難所にらしく 又 トラックも確保してあったので 他の避難所へ物資を配る拠点にされたそうだ。
ここでの学び1  避難所への物資は 人数分より多めに渡す。しかも 細かく数えない。時間がかかるだけ。公務員でなくて よかったとの事(笑) 多めに渡せば文句は出ないという いかにも商売人さんらしい采配だこと。

そのうちに、それまでネットワークのあった商店街から物資が届き始めたとの事。

それが 「全国ぼうさい朝市ネットワーク」
あれ、見てびっくり。kikitoも取り組んだ 「地方の元気再生事業」の取組みだったのね。
今回の大震災では、山形県酒田市の中通り商店街を「隣」と位置づけ、酒田市に全国からの救援物資や義援金を集中して、酒田市から南三陸町へトラックを派遣する方法をとられたとの事。ほんと 酒田市の中通り商店街の皆さまはがんばって下さったそうです。
でも、確かに遠い。 すごく、可能性を感じる取組みなので ぜひ もっと全国に広げて行って頂けるといいなぁと 思った次第です。
「震災疎開パッケージ」というのもあるそうです。

いや、このバージョンで 木造仮設住宅もやれるではないかと・・・。
色んな案が 頭を駆け巡ってきました。むふっ。

そして、いよいよ 4月29日に 売るものも資金も設備もない中で開催された「福興市」についての話になります。これには、もう少し 先でよいではないかとか 田植えがすんでからにしようよという話が出たそうですが そこで 後押しをされたのが たぶん 阪神大震災の神戸長田町の商店街の方だったのではないでしょうか。

こちらに 記事が。

とにかく 商売の「のろし」をあげないとと しかも どこよりも先に と 背中を押してもらわれたそうだ。 最初 南三陸から参加されたのは 1軒だけ。後は 全国の商店街から人もテントも持ってこられて行われたそうです。お客様も お金がないので 地域通貨のタコ券(?)で・・・。

気持ちがどん底の中でも これをきっかけに 少しずつ 南三陸の商店街の人も変わっていったし 町民の方も自分で選んでものを買ったり 何より 人が集まることで 安否確認の場所になったそうだ。 地域の商店の役割 存在意味を見つけられたのではと。

私ごとですが、弊社も火事や雪、水害で工場がひどい事になった事が数度あり やはり喪失感というのがあるのだけれど 前回の時に すぐに 家族みんなで 古民家を改装してレストランをというお客様のところに( ちよっと違ったかも)営業もかねて食事に行った事を思い出しました。結局、とんでも系なことにはなったし、何を言い出すんだ父ちゃんは!!! と思ったけれど それでも 無理してでも 「動く」ことが 次の一歩につながるという事を学んだことを「のろし」の話を聞いて思い出ました。

やっと 半分。でも 今日は これくらいで。続きは、また。

ふぅ 明日は 久しぶりのフルのお休みです。うれしぃー。 

 


「木工房ようび」のなおちゃん

2012-02-18 | ひとり言

何年前だったかなぁ。

多賀の木や森のことを ちよっと考えてみようよって 何人か集まった中に 滋賀県立大の学生が半分位いたのかな。おもしろい子たちだったのよね。

きっと その頃 「どうして、地元の木を皆さん 使わないのですか?!」 みたいな まっすぐな目でストレートに質問をされたのだと思うのよね。

「木起こし( 雪で倒れた苗木を起こす)の時に針金を使っていて、そのまま大きくなってしまって木の中に針金が入ったままの木が結構あるかもという評判を聞くと、そのあたりの山の木は買わないと聞いた事がある。」というような今から思うと、とても狭い範囲のある意味いい加減な聞きかじりの参考事例を話したのかもしれない。(いや、私が言ったかどうかも不確かだけど 実際に製材屋は困るのは確か・笑。 まっ その頃は 私も何もわかってなかったという事で・・・)

でも、それを聞いた大学生は、とにかく、何とかしなくっちゃって、一生懸命考えてくれたんだろうね。

しばらくしたら、地雷探知機を持ってきてくれた。。。。。。

それが、奈緒ちゃん。 確かに、見えないところにある金属を探してくれる。

卒業して、建築や木やものづくりを学べる 彼女らしい会社に就職して行った。
私が、お母さんならいいかも と言ってくれたので いやいや あなたみたいな娘がいたら きっと 心配は多いだろうけど(笑)面白い人生を見せてもらえそうだよ と 心で思っていた。
( お母さんには、ちょっと若いと思うのだけど まぁ それはヨシとして )

そんな彼女が、結婚をして ダーリンと一緒に 岡山の西粟倉村で 木の工房を開いている。
二人とも地元じゃないのだけど、西粟倉村で色々がんばっている皆さんの仲間入りをしたようだ。

本を出版したというので 送ってもらったのがこれ↓ 



ちらっと 中も。






裏には、シリアル番号が。

がんばってね と 心から思う。
でも、疲れた時は こっちに帰ってきてもいいからね。とも、思う。

よろしければ HP 見て、あげて下さいね。素敵な家具や木の小物 あります。

「木工房ようび」 http://youbi.me/  

本にも、HPにも あの頃と変わらず 口を思いっきりあけて元気に笑っている 奈緒ちゃんがうつってます。