以下は今年2009年6月14日に掲載させて頂いた詩「骨のゆりかごへ往く」の改訂版です。
この詩は非常に今の気持ちに沿っているので、少しだけ変えてもう一度載せていただきます。
お読みくだされば嬉しいです。
シズコ
戻りたくて
そう 戻りたくて
戻りたくて
戻りたいのに
何故、わたしは
「前に進まねばならぬ」
と
自分を追いたてるのだろう
なぜ?なぜ?
なぜ?
(ああ、高田三郎先生、高野喜久雄先生
御国に私が逝ったら、お話くださいね。
わたしはお二人の合唱曲に導かれて
キリスト者にならせていただいたのですよ・・・)
戻りたいのは
母の子宮?
母の胎内?
母の胎内に生を授かったとき
私はちいさな ちいさな
小指位の存在だったのだろうか?
小さなわたしは
温かい母の羊水に
ゆったりと安心して
浸っていたのだろうか?
或いは?
旧約聖書
エゼキエル書37節に描かれているような
枯れた骨が山と積まれた谷に
淋しく置かれていたのだろうか?
主よ
塵は塵に
灰は灰に
主よ
今、私は知りたいのです
私がどこにいるのかを
追伸:山形の敬愛する詩人、吉野弘氏へ
「雪が激しく降り続ける うわべの白さをこらえながら
どこに純白な雪など あろう? どこに純白な心など あろう?」
こう書くことの出来る、貴方が羨ましい・・・。
貴方のような
魂を抉り出す詩を私も書きたい
昨日、K書店で「続々・吉野弘詩集」を手に取りました。
詩集の裏に載っていた、貴方のお写真は、お年を召されていた
一度、貴方にお会いしたい
酒田で、私の親友、Cちゃんと
土門拳写真館を訪ねて受けた衝撃と
貴方の詩から
受ける 風は
似ています
そう
真っ向から
自分に吹き付ける風に
もろともせず
体当たりしてゆく
潔さ!
私も欲しい!
今!私が欲しいのは!
ああ、ああ・・・・
サンクトゥス・ドミネ・・・
マザー・テレサの言葉
フォーレのレクイエム
何も見てない眼
何も聴いていない耳
おしだまる口だ
(上3行のみ、故・高野喜久雄氏の詩「今、私が欲しいのは」から引用です。)
この詩は非常に今の気持ちに沿っているので、少しだけ変えてもう一度載せていただきます。
お読みくだされば嬉しいです。
シズコ
戻りたくて
そう 戻りたくて
戻りたくて
戻りたいのに
何故、わたしは
「前に進まねばならぬ」
と
自分を追いたてるのだろう
なぜ?なぜ?
なぜ?
(ああ、高田三郎先生、高野喜久雄先生
御国に私が逝ったら、お話くださいね。
わたしはお二人の合唱曲に導かれて
キリスト者にならせていただいたのですよ・・・)
戻りたいのは
母の子宮?
母の胎内?
母の胎内に生を授かったとき
私はちいさな ちいさな
小指位の存在だったのだろうか?
小さなわたしは
温かい母の羊水に
ゆったりと安心して
浸っていたのだろうか?
或いは?
旧約聖書
エゼキエル書37節に描かれているような
枯れた骨が山と積まれた谷に
淋しく置かれていたのだろうか?
主よ
塵は塵に
灰は灰に
主よ
今、私は知りたいのです
私がどこにいるのかを
追伸:山形の敬愛する詩人、吉野弘氏へ
「雪が激しく降り続ける うわべの白さをこらえながら
どこに純白な雪など あろう? どこに純白な心など あろう?」
こう書くことの出来る、貴方が羨ましい・・・。
貴方のような
魂を抉り出す詩を私も書きたい
昨日、K書店で「続々・吉野弘詩集」を手に取りました。
詩集の裏に載っていた、貴方のお写真は、お年を召されていた
一度、貴方にお会いしたい
酒田で、私の親友、Cちゃんと
土門拳写真館を訪ねて受けた衝撃と
貴方の詩から
受ける 風は
似ています
そう
真っ向から
自分に吹き付ける風に
もろともせず
体当たりしてゆく
潔さ!
私も欲しい!
今!私が欲しいのは!
ああ、ああ・・・・
サンクトゥス・ドミネ・・・
マザー・テレサの言葉
フォーレのレクイエム
何も見てない眼
何も聴いていない耳
おしだまる口だ
(上3行のみ、故・高野喜久雄氏の詩「今、私が欲しいのは」から引用です。)