彼は軽蔑され、人々に見捨てられ
多くの痛みを負い、病を知っている。
旧約聖書:イザヤ書53章3節(新共同訳)
今日の聖句は、三日くらい前、運転する前に読む霊想書「台所の祈り」に書いてあった聖書箇所。
全体が心に響いたが、後半の「多くの痛みを負い、病を知っている。」と言う箇所が特に心に留まった。
ああ、イエス様は私の病気や苦しみをご存知なんだ、と。
ブログに載せようと思い、聖句箇所を覚えてきたつもりが、43章と53章を勘違いし、今日改めて運転する時読み直し、箇所が判ったので書きました。
今朝は起きられたけど、相変わらず活動し始めたのは午後でした。
4時過ぎに、母を車で迎えに行った後、洗濯物を干した時、庭に生っているズッキーニを「もう食べなきゃなあ」と思い、もぎました。
そうしたら、皮が物凄く固くなっていたんです。どうしよう?と迷って、パソコンで検索をかけたら、「皮をむいて食べると良い」と書いてありました。(今は本当に便利ですね。)
早速皮をむいて、輪切りに切ってみました。そうしたら根元にスが入って、酷く固いのです。正直「食べられるかなあ?」と迷いました。
母に相談したら「失敗しても良いから、やってみなさい」と言われ、決心がつきました。今年で50になるのに、まるで子どもの実習ですね。でもこれが私の現実です。「失敗しても良い、やってみよう」と決心し、とりあえずズッキーニだけ多めの水で煮ました。予想外に柔らかくなったので、お湯を少し捨て、ツナ缶加え弱火で煮ました。その時、不思議な感覚に襲われました。料理している私の気持ちが、とても優しく、女らしい柔らかなものとなっていたのです。「わー、この感覚、久しぶりだなあ」と、不思議だけれど、じわじわ~っと嬉しい気持ちになって箸を動かしました。塩、胡椒、醤油を加えて数分、ズッキーニとツナの煮物の完成です。今日は弟が休みで夕食の炒め物を作ってくれたので、それまで盛り付けるのを待って、ぎりぎりに鍋から小皿に盛り付けました。この画像は鍋で煮込んだズッキーニとツナです。本当の家のおかずです。ズッキーニの傷んでいる所をちょっと切ったので、ツナが多めになりましたが、家族はありがたいものです。「うん、うまい、うまい」と皆食べてくれました。
ズッキーニ、まだ小さいのが一杯生ってます。植え替えをしてあげられなかったと友達に話したら「肥料だけでもあげたら変わると思うよ」と助言してくれました。前には、我が家の大きさと変わらないズッキーニがスーパーで安く売られているのを見た時「わざわざ植えなくても良かったかなあ」と思っていたのですが、この頃はすっかり私も親馬鹿です。スーパーでズッキーニを見ると「家の子の方が可愛い」と心でひとりごちでいます。
ゴーヤーはやっと小さな実が生り出しました。ゴーヤーチャンプルーが大好きなので、大きくなったら食べるのが楽しみです。
我が家のズッキーニは、緑色が売り切れだったので黄色を買いましたが、実はゴーヤーは緑と黄色を二種類買って植えました。どんなふうに実が生るか、楽しみです。脇では少しずつアケビが育っています。小さい庭ですが、明日の朝は茄子を取って、山形名物「だし」を作ります。
今読んでいる本がこれです。長尾 剛・著「広岡浅子 気高き生涯」 (PHP文庫)。
NHKで放送された「あさが来た」も、DVDで母と楽しく見ていますが、実在の広岡浅子さんの一生も、なかなか面白いです。
だいたいの浅子さんの生涯の輪郭は、ドラマでわかったので、却って実在の浅子さんを読む時、その事がとても助けになっている感じです。
ただドラマでは、実際の浅子さんの夫には妾が居たこと、浅子さんが後にキリスト教を信じて、クリスチャンになった事はバッサリ省いているので、そう言うドラマと実在の違いを読んでいくのはなかなか興味深いです。特に、クリスチャンとしての広岡浅子さんに関する本が結構出ています。私の購入した広岡浅子・著「人を恐れず天を仰いで: 復刊『一週一信』」(新教出版社)も、100年ぶりの復刊と言う事で、現代文に直されてあり、率直で判り易く感じます。この二冊を昨日、交互に読んでいました。
私の印象では、広岡浅子と言う人は、かなり時代の先を走っていた女性だな、と言う感じです。ドラマで描かれなかったクリスチャンとしての一面で、自分でも「ああ、こんなこと思う時あるある。」と、共感する部分があると、嬉しくなります。
明日は、一日母の足になりますが、精神状態が落ち着いて、上手に休みながら自分の事も出来たらな、と思います。
ある方の文章の中に「丁寧に生きる」と言う言葉がありました。
ふっと、今日私が思ったことは、「『丁寧に生きる』ことは、『自分を大切に生きる』ことじゃないかな?『こんな自分なんて』って思うんじゃなくて、『この自分を大切に生きよう』と言うことではないかな?」と言う事です。
もう一つは、今日の固いズッキーニと同じで「失敗しても良いから、やってみること」なのかな?と思いました。
私にとって、「失敗しても良いから、やること」は、実はとても大変な事なのです。でも、それを書いていると時間がなくなるので、またこの次に書かせて下さい。
毎日、ブログの訪問者数を見ます。すると、100人以上の方々が、このブログを見守っていて下さいます。
私にとって100人って凄い数字です。どんな方が、どんな気持ちで私のブログを見て下さっているのかな?といつも感じています。
読んで下さっている方々へ、そして祈っていて下さる方々へ、本当にありがとうございます。
皆様のためにお祈りしてブログアップいたします。
シズコはまた、カメさんで生きます。
よろしくお願いします。
オヤスミナサイ。
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