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一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
読んだ本の書評をお送りいたします。
活字中毒者のアナタのためのブログです。

実践的物語論(6) -「主人公」のネーミング【その1】

2007-01-23 01:25:48 | Criticism
さて、主人公の設定がここまでできてくると、最後の締めとして名付けをしたいところ。

小説でのネーミングに関して、小生、かつてメールマガジンに「文章について考える」という記事をものしたことがありますので、それを再掲載することにします。
読者諸兄諸姉のご了解を乞う。


一般的に、長編小説には多くの固有名詞が登場します。
地名、人名、行きつけの店の名前、飼っている犬の名前、その他、その他、実際の固有名詞の場合もあれば、創作された固有名詞の場合もあります。

固有名詞は指向作用(ことばが何かを指示するはたらき)が強いため、小説では必要不可欠なものと言えましょう。それは作者の虚構の指向対象であるだけではなく、作中人物が次々と指向対象を作り出して、小説内部の世界を広げていくことにもなるのです。

ここでは、創作された固有名詞、特に人名のネーミングを考えてみましょう。

まずは、古いところで、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』。
『八犬伝』の場合、ネーミングには、作者の、
「名詮自性(みょうせんじしょう)」(名は自ずからそのものの性質を現す)
という理念が働いています。

ですから、蟇六(ひきろく)、蛇太夫、船虫など、悪役・妖婦には爬虫類や甲殻類の名前がつけられ、石亀地団駄(いしがめじだんだ)、向水五十三太(むかうみづいさんた)、枝独鈷素手吉(えどっこすてきち)などにはキャラクターまんまのネーミングがなされている。

この方法、現在では古臭くて役に立たない、とまず思ってしまうのですが、実は現代の小説でもややそれに近いことがある。ただ、馬琴のような明快な理念ではなく、連想に近いのかもしれませんが(ただし、ことばはそれぞれ、連想させるものだけではなく、語感や「歴史や伝説」の背景をもっています。作者はネーミングに当たって、その点も配慮しているはずです)。

例えば、大沢在昌氏の「新宿鮫」シリーズの主人公、新宿署防犯課の刑事「鮫島」。
このネーミングにおいては明らかに、「鮫」の持つ「獰猛」だとか「不気味」「孤独」といった属性が人間に付加されている。だから、「常に単独で妥協を許さない捜査ぶりから『新宿鮫』とおそれられる」というキャラクターにふさわしいのですね。

これが、仮に、鈴木や山田、高橋といった名字だと、ハード・ボイルド・タッチの主人公にはふさわしくはありますまい。平凡だし、イメージがはっきりしない。いわゆる「キャラクターとして立ってこない」というやつですな。

これを逆手に取ったのが、いしいひさいち氏の「となりの山田くん」(現在は「ののちゃん」に変更)。新聞朝刊の4コママンガとしては、かえって平凡であることが、親近感を生むという高度な戦術からのネーミングと見ました。

そう言えば、主人公に平凡かつニュートラルな名前を付けて、「普通の人」というイメージを強調している小説があったことを思い出しました。矢作俊彦氏の『スズキさんの休息と遍歴』です。
ごく普通のサラリーマンが、大学闘争時代の「過去」を求めて車で旅に出るという内容だったと記憶しています。

副題が「またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行」で、ドン・キホーテ物語が下敷きであることを示唆している。 ちなみに「ドーシーボー」っていうのは、"2CV" (Citroen)のフランス語読み、もちろん主人公の愛車の車種ですね(このフランス製大衆車、中古のものを大学生が乗り回すのがカッコいい時代が、かつてあった。故影山民夫氏の青春回顧もの参照)。
「となりの山田くん」同様、平凡であるという記号としての「スズキさん」の使い方です。

実践的物語論(5) -「主人公」の外面描写に凝る。

2007-01-22 07:47:44 | Criticism
前回までのお話で、主人公の内面がかなり分ってきたはずです。
また、それによって主人公がらみでのストーリーの制約も、ある程度なされてきます。

それでも、まだ主人公が動かないとおっしゃる方には、外形からの制約条件を与えることをお勧めします。
もっとも、容貌がどうであろうが、ストーリーにさほどの影響は与えないというタイプの作者もおりますが(小生は、どちらかといえば、そちらのタイプ)。

ただ、アニメや漫画では、この段階を踏むことが必要になるので、そちらに慣れている方も多いのかもしれませんが。

以下、手持の本から、容貌描写をアット・ランダムに拾ってみました。
「歳は三十を少し過ぎたぐらいでしょう。雄々しい眉の下に鋭い目が光り、鼻筋は通って唇はひきしまり、顎をおおう無精髭がたまらない野性味をかもしだしています。」(米村圭伍『おんみつ蜜姫』)

「平岡素一郎は机の上に右腕の肱を直立させ、その掌で尖った顎を支えて、目の前の書物に目を落としていた。それは素一郎が仕事の暇な時に、いつも無意識の中にとるポーズである。そうすると、彼の長い顔は、長い茎の上に乗っているチューリップのように見えた。
尤も、それは、その形態だけの事で、彼の顔はどうみてもチューリップのように美しくはない。顔も鼻も顎も長くて、色艶は余りよくないし、まだそれ程の年でもないのに、しみも大分出来ている。
ただ、巨きな眼だけは、割合に澄んでいて、時々、陽の光を受けた水の面のように、なにか輝くものが、深く碧く揺らめいた。」(南條範夫『三百年のベール』)

中年男性の描写なのですが、前者の、ある意味でパターン化された(記号化された)外面描写と、後者の、リアリズムによる外面描写との差がお分りになるでしょう。
これは、良し悪しの問題ではなく、どのような種類の物語なのかによって違ってくる描写の差なのです。
逆に言えば、外面描写一つ取っても、ストーリー展開への制約が働く、ということになるでしょう。

実践的物語論(4) -「主人公」の生育歴(年譜)をつくる。

2007-01-21 08:13:39 | Criticism
性別や職業、どの時代を生きたのかなど、架空の登場人物の基本的な属性が分りはしても(外国の話だと、人種や目や髪の色、なども入ってくるのでしょうね)、その人物はまだ容易には動こうとはしないでしょう。

そのような所から、小生は年表をつくることをよくやります。
年表といっても、個人に関することだから「生育歴」や「年譜」と呼んだ方がいいのかもしれない。
何年の生まれなのか、両親はどのような人物だったのか、学校にはいつ入学したのか、高卒なのか大卒なのか(あるいは軍人なら、士官学校何期の卒業なのか、陸大は出ているのか)、最初に勤めたのはどのような職業なのか、いつ結婚したのか、独身なのか、などなど。
詳細であればあるほど、ハビタスによる行動パターンも見えてくる。

また、実在の人物との関連性や、実際の歴史的事件とのかかわり合いなども、分ってくる。
ここで思わぬ矛盾を発見することもあります。どう考えても、出会うことのない人物と会っていたりしてね(山本五十六と同世代の人物は、東郷平八郎や秋山真之とは会っている可能性があるが、勝海舟とはどうでしょうか?)。

これでかなり「主人公」の内面、外面とも見えてきませんか。
まだ、はっきりしない?

それでは、地図を描いてみるというのはいかがでしょうか。
ちなみに、井上ひさし氏は、自分の芝居や小説中の地図を描くのがお好きなようで、作品執筆に行き詰まると、せっせと詳細な地図や家屋の間取り図をおつくりになるそうです。
それも、住まう場所によって、行動のパターンなどが決まってくる面があるからではないでしょうか。

実践的物語論(3) -「合成」による主人公の「つくり方」

2007-01-20 04:39:43 | Criticism
「実践的」と銘打っているのに理屈ばかりだ、という批判もおありかと思います。
そこで、今回はいささか実作についてのお話。

歴史小説の場合、登場人物も実在するケースが多いので、主人公を作り上げるという工夫も、さほど必要でない場合が多いでしょう(あるいは評伝小説、モデル小説などの場合、すでに主人公が存在し、行動の記録がかなりの程度残っている)。
しかし、時代小説など、架空の人物を登場させる時、どのようにしたらいいのでしょうか。特に、架空の主人公は、どのようにして形づくったらいいのか、というのが今回のテーマ。

テーマとはいえ、そこは作者によって、いろいろな方法があるのでしょうから、あくまで、小生の場合、ということになります。

まず、漠然とした主人公のイメージは、既に物語をつくろうとする場合、最初から持っていることでしょう。
イメージというのは、たとえば、それが男なのか女なのか、職業は何か、どのような使命を果たすことになるのか、といったことです。

そのイメージだけで、物語を構成していくこともできないことではありません。あなたのイメージがしっかりしていれば、ストーリーが転がっていくにつれ、主人公の具体的な相が明らかになっていく、というケースもありますから。

そうではない場合、ストーリーが転がっていく前に、いくらか主人公に肉付けをしてやる必要があります(「キャラクター設定」などという呼び方もあるようです)。

肉付けの方法も、いくつかありますが、まず第一に考えられるのが、「合成」という手法です。
これは、あなたが知っている具体的な/身近な人物から、さまざまな特徴を引き出してきて、一人の人物に仕立て上げる、という方法です。
そのためには、日頃からの観察が必要なのね。
ああ、あの煙草の吸い方は使えるとか、あの話し方は使えるとか……。
細かいことを馬鹿にしてはいけません。神は細部に宿り給うのですから。

これも外形から入っていくタイプの人、性格から入っていくタイプの人がいるようですので、ご自分のタイプに合わせて適宜、おやりください。

また、脇の人物には、「合成」をしないで、そのまま具体的な/身近な人物の特徴を使ってしまう、なんてことも可能です。
とくに、憎たらしいと日頃思っている人を、悪役にしてしまうのも、精神上よろしいのでは(笑)。

実践的物語論(2) -「原型」としての英雄伝説

2007-01-19 11:19:06 | Criticism
ここでの「原型」とは、カール・グスタフ・ユングの "Archetypus" を厳密に踏まえてではないことをお断りしておきます。
ですから、そのままの意味での、昔ながらの物語の「骨格」とでもご理解いただいた上で……。

ヤマトタケル伝説の時代から、「英雄」に関するプロット*は、
「武技(あるいは智恵)に優れた主人公が、使命を与えられ(あるいは、受け/自覚し)、艱難辛苦の末に、その使命を達成する(あるいは、達成の寸前に自滅する)。」
というものでしょう。
*「王が死んで、それから女王が死んだ」
というのがストーリーで、
「王が死んで、悲しみのために女王が死んだ」
というのがプロットだ、と E. M. フォスターは説明しています。

多くの場合はハッピー・エンディングですが(デウス・エクス・マッキーナの登場など)、主人公の自滅の場合には、「悲劇」ともなります。
また「悲劇」の場合、その原因となるのは、必ずしも外部からではなく、主人公自身の思い上がり(性格)だったり、誤った判断や行為だったりする。

たとえば「義経伝説」の場合、義経の悲劇は、兄頼朝との不和が原因とされてきましたが、近頃の小説(司馬遼太郎『義経』)では、義経の軍事能力の高さと、それに反する政治能力の低さとに悲劇の原因を求めたりしています。

いずれの場合でも、そこに起こる出来事の間に因果律を見出すことになります。
それを以前、人間の「ストーリー/プロット変換機能」と呼んだのでした。

ここで、「英雄」物語に必要な要素として、「主人公」と「状況」が挙げられることがお分かりいただけたと思います。
いわば、ある「状況」の中に「主人公」を投げ入れた時に何が起こるか、というシミュレーションを、物語作者は行なっているわけです。
そこで「主人公」の取る態度や、内部に起こる感情が、読者に共感を与える(感情移入させる)ことによって、物語に推進力が生まれてくる。

ただし、それが余りにも読者に密着し過ぎていて、予想どおりの行為しか生まれないと、今度は「予定調和」的になってしまい、推進力が削がれることにもなりかねない。
その辺の、読者の期待を叶える程度と、裏切る程度との兼ね合いとが、物語作者の腕の見せどころにもなるのです。

司馬遼太郎
『義経 上』
文春文庫
定価:700円 (税込)
ISBN4167663117


実践的物語論(1) -「主人公」という存在

2007-01-18 10:15:32 | Criticism
以前、人間の想像力と物語に関し、「人間のストーリー/プロット変換機能について」という記事を何回か書きました。

けれども、途中で話がどんどん横づれして、最後は近代天皇制にまで至ってしまい、話題が拡散し、記事は中断した状態。

そこで、再度、話を「物語」にしぼって仕切り直ししたいと思います。

まずは、テーマを「物語の推進力」というところに置いて……。

私たちが物語を楽しむ場合に、「それからどうした」と次々に筋を追いかけたくなる原因は、何なのでしょうか。
「提示された謎を解決したい」「出来事の顛末を知りたい」などという原因もあるでしょうが、その推進力を生む根本には、主人公の行動や感情・心理状態に興味・関心を抱く、ということもあるのではないでしょうか。

ここで「主人公」ということばを使いました。
暫定的に定義を与えておけば、
「作者によって、読者が最も感情移入しやすいように設えられた物語の登場人物」
ということになりましょうか。

つまりは、そのように設えられた登場人物だからこそ、物語の推進力を生むことにもなるのです。この辺り、若干トートロジーっぽくなっていますので、いずれまた整理しましょう(ただし、作者の側に、主人公が物語の最大の推進力であるとの意識があるのは確かなことでしょう)。

それでは、このような主人公は、どのようにして生み出されるのでしょうか。

『東京少年』の「一人称小説」としての特徴について

2006-12-19 07:29:42 | Criticism
この手の回想もの(あるいは自伝的作品。「学童疎開小説」に限らず)を、「一人称小説」として仕上げるには、いくつかの問題があります。

というのは、明らかに、執筆時点での知識と、当時の知識との間に齟齬があるにも関わらず、それを腑分けするのが難しい(その他、他人からの伝聞を自分のものと誤解する「虚偽の記憶」という問題もある)。また、当時の知識だけで通そうとすると、現在の読者には分かりにくくなる、というレヴェルの問題も生じてきます。

『東京少年』では、以上の問題をかなり意識的に処理しています。

まず、「三人称小説」での「地の文」のような処理のしかた。
「池袋駅から埼玉県の飯能町まで、電車でどのくらいかかったのか、記憶は空白である。」
という文は、そのまま当時の記憶を表現しています。
これに付け加えるに、著者が現われる「地の文」のような文があります(「メタ・フィクション」的でもある)。
「〈記憶が空白〉というだけでは、疎開先と東京の距離が読者にわからないと思うので、若干の説明を加えると、現在、池袋~飯能市は、急行電車で約五十分である。当時であれば、一時間半から一時間四十五分はかかったろう。」
これで、現時点での知識と、当時の記憶との並列された効果(時間/時代の経過)が出てもきます。

次に、現在の判断と、当時の事実とが混在されている例。
「後者(映画『五重塔』)は良心的な作品なのだが、ぼくは主人公の性格がどうの、ということではなく、五重塔に嵐がくる特殊技術(特撮)を見に行った。人形町松竹で観たこの映画が、焼失する前の東京下町で観た最後の作品であるが、その時は、そんなことは思いもよらない。」
すーっと読めば、さほどの違和感もないのですが、よく考えると、「『良心的な作品』と判断しているのは、どの時点での〈ぼく/私〉なのだろうか」とか「『その時は、そんなことは思いもよらない』というのは、現時点での判断なのだろうか」という問題が出てきます。
ただ、それが「すーっと読め」てしまう、という点が、小説上の工夫ではあるのでしょう(下手に書くと、違和感が強くなる)。

また、意識的に「メタ・フィクション」的手法を使っている例。
「ふつうの小説であれば、〈幻の戦果〉(台湾沖航空戦での)の結果、真相をあとの方で書くことになるだろう。
しかし、これはかなり複雑な事件であり、戦後、かなりたって明らかになった真相を覚えている人もあるだろうが、忘れた人も多いだろう。あるいは、少しも興味を持たなかった人は、さらに数多いと思われる。
大きな問題がからむので、これは〈あとで、真相を大人からきかされた〉という風には処理できない。エンタテインメント小説であれば、一少年が〈国家的虚偽〉を嗅ぎつけるのは、一つの趣向かもしれないが、それはありえない。」

ということで、小説のテーマとは別にして、読みどころが結構ありますので、注意しながら読むと興味深いでしょう。
おそらくは、このような小説的処理がまずいために、妹尾河童『少年H』は、山中恒・山中典子『間違いだらけの少年H』で批判されることにもなったように思えます。

山中恒・山中典子
『間違いだらけの少年H―銃後生活史の研究と手引き』
辺境社
定価:5,880円 (税込)
ISBN4326950285

時代小説と小説の reality 【その8】

2006-10-29 02:40:41 | Criticism
戦前期、同世代の2~3%が知識人で、残りが「大衆」だった時代に、「大衆文学」はエンターテインメントという意味だけではなく、「鍛錬」や「修養」といった教養主義的な色彩が含まれていました。
その典型が、吉川英治の『宮本武蔵』でしょう。
つまり、「大衆」の中の「向上心」のある層が、自らを高めるための一助として文学を読む、といった構造です。

戦後、都市中間層が成立することによって、その構造に変化が生まれます。
いみじくも「中間小説」というネーミングが、その構造をよく表していると思います。
もともとは大正時代の総合雑誌で、「中間読物」(巻頭論文と巻末小説との中間に読物が置かれたことから)と誌面構成の上で呼ばれた小説が、エリートと大衆の中間にある「都市中間層」のための小説を指すことばとして復活したわけです。

そこには、高等教育の普及が大きく関わっています。
専門学校と大学への進学率が、1940(昭和15)年頃には戦前期のピークを迎えます(10%)。それが、戦後、1948(昭和23)頃に再び同水準となり、その後は、急激に増加していきます。
そのような高等教育を受けた人々が、
「大企業で働いて、ゴルフをやったり、野球を見たり、旅行もすれば、活字も読む」(『座談会 昭和文学史 三』)
といった「都市中間層」を形成した。

それを受けて、メディアの側でも、1956(昭和31)年から出版社系週刊誌の創刊ラッシュが起こります(この年「週刊新潮」、翌57年「週刊大衆」、59年「週刊文春」「週刊現代」「週刊コウロン」創刊)。

このような週刊誌に連載されたのが、五味康祐(ごみ・こうすけ、1921 - 80)の『柳生武芸帳』と柴田錬三郎(しばた・れんざぶろう、1917 - 78) の『眠狂四郎無頼控』といった「剣豪小説」でした。
「二つとも破天荒でとんでもない小説だったが、当時のサラリーマン(ビジネスマンとは言わなかった)のほとんどが目を通した。両者とも独自の文体と奇妙なエロティシズムで鳴らしていて、五味はそこに加えて漢文趣味と集団的孤独感と忍者性というものを、柴田はそこに机竜之介につらなるモダンなニヒリズムとダンディズムを調味していた。」(松岡正剛『千夜千冊』)
とくに前者には、隆慶一郎にもつながる、「柳生一族の謎」や「後水尾天皇の皇子の死亡」といった題材が含まれていることを指摘しておきましょう。

五味康祐
『柳生武芸帳(上)』
新潮文庫
定価:900 円 (税込)
ISBN4-10-115108-3

時代小説と小説の reality 【その7】

2006-10-25 07:03:32 | Criticism
前回、歴史小説や時代小説が「日本近代文学に直接影響を受けない、一連の小説群」というジャンルだったと述べました。
これは、大きく「大衆小説」と捉えた場合にも同様で、これらの小説は、むしろ江戸時代の文藝に根を持っている、といってもいいかもしれません。
小森 大きな視点で見ると〈大衆小説〉の源流は江戸にさかのぼらないといけませんね。
井上 そうですね。黄表紙を代表とする江戸期の挿絵つきの大衆のための読物は、現在の新聞小説の先祖、大親玉のようなものですが、でも、そういう作物(さくぶつ)が大量の読者を獲得したのは大正時代に入ってからです。」(井上ひさし、小森陽一編著『座談会 昭和文学史 三』)
リテラシー(読み書き能力)の高さによって、江戸時代後期、既に〈大衆文藝〉とでも称せられるジャンルが成立していた、という指摘です。

そして、その流れは、明治時代の文学の近代化とは、一線を画す形で続いてきました。
「大衆文学の源流には〈講談〉がありますね。それから、幕末から明治に生きた三遊亭円朝の人情噺を速記したものがある。明治末年には、書き下ろし講談ともいうべき〈立川文庫〉が出ます。大正時代になると、前田曙山(まえだ・しょざん、1872 - 1941)、行友李風(ゆきとも・りふう、1877 - 1959) らの〈新講談〉が出てきます。そして、中里介山の『大菩薩峠』が「都新聞」に連載される。」(井上、小森、前掲書)
どうでしょうか、いわゆる日本近代文学史とは、まったく違った路線が見えてきませんか。
従来の日本近代文学史は、そうした意味で、非常に偏頗なものだったのです。

余談になりますが、もう一つ、従来の日本近代文学史の偏頗性が出てきたところで、大衆文藝には「反個人主義」という特徴があることを挙げることもできようかと思います。

丸谷才一の指摘(『日本文学早わかり』)によれば、従来の日本文学史は西欧19世紀の国別文学史をお手本にしているために、「かなり特異なもの」になっているといいます。

その特色の一つに「個人主義」があって、日本文学史とはそぐわない面があると指摘されている。

丸谷の場合、これは前近代の「共同体的」文藝、すなわち芭蕉の「座」の文藝――歌仙や、『義経千本桜』の合作などを、「個人主義的文学史」にそぐわないものとして挙げているわけですが、明治以降の大衆小説の場合にも、ある程度言えるのではないでしょうか(ここで「ある程度」というのは、そこにメディアが強力に介在するようになるから)。

いわば「座」にも似た、読者と作者との関係がそれに当ります。
「大衆小説というのは、たしかに読者との共同作業です。読者のことをよくよく考えます。」(井上、小森、前掲書)
というような井上ひさしの指摘や、
「彼ら(時代小説作家)は〈純文学〉のような個人世界に飽き足らず、より〈おもしろい話〉を〈多数の読者〉に提供することこそが文学の役割であると見たのです。」(関川夏央『おじさんはなぜ時代小説が好きか』)
という指摘を考えてみるとよいでしょう。

この項、つづく


井上ひさし、小森陽一編著
『座談会 昭和文学史 三』
集英社
定価:3,570 円 (税込)
ISBN4087746496

時代小説と小説の reality 【その6】

2006-10-24 06:05:56 | Criticism
森鴎外が登場したところで、ここで若干、日本の近代文学の流れについてみておきましょう。
その方が、歴史小説・時代小説の見通しが良くなるでしょう。

というのは、日本の近代文学、とりわけ自然主義文学(顕著な特徴としては「私小説」)から「純文学」という流れに、歴史小説・時代小説が対峙しているからです。
――そのような見通しからすれば、「森鴎外の歴史小説、史伝は、文学の主流と思われていた純文学にではなく、大衆小説、時代小説と呼ばれた系譜のなかに受けつがれて」(関川夏央『おじさんはなぜ時代小説が好きか』)いったのです。

日本の近代文学も、文化の他のジャンルと同じように、西欧のそれを模倣するところから始まりました。その段階で、江戸時代までの伝統的文学は否定されるに至ったのです。
「彼の曲亭の傑作なりける『八犬傳』中の八士の如きは、仁義八行の化物にて、決して人間とはいひ難かり。作者の本意も、もとよりして、彼の八行を人に擬して小説をすべき心得なるから、あくまで八士の行をば完全無缺の者となして、勸懲の意を寓せしなり。されば勸懲を主眼として『八犬傳』を評するときには東西古今に其類なき好稗史なりといふべけれど、他の人情を主脳として此物語を論ひなば、瑕なき玉と稱えがたし。」(坪内逍遙『小説神髄』上巻)
というわけです。

ここには、19世紀的な進歩史観があって、小説は、
 鬼神史(=神話)→奇異譚(ロマンス)→「真実の小説」
という発展段階を踏み、馬琴の『南総里見八犬伝』などは、その「真実の小説」へ達する前段階のもの、という評価になってしまう。

それでは「真実の小説」とは何かということですが、逍遥によれば「模写小説」すなわち「現実を模写した小説」ということになる。
ここから自然主義小説へは、ほんの一歩の距離しかありません。
「何事も露骨でなければならん、何事も真相でなければならん、何事も自然でなければならん」という田山花袋の『露骨なる描写』が、その小説観を端的に表しています(日本の自然主義とフランスのそれとの違いは、今は省く)。
「たぶん日本の自然主義者たちは、自分の体験といふ世界を信じすぎてゐて、ただそれを差出しさえすればいい、趣向なんか要らないと考へたのである。言ふまでもなく、私小説はここから生まれる。」(丸谷才一「趣向について」。『日本文学早わかり』所収)

しかし、ここに日本近代文学に直接影響を受けない、一連の小説群があります。
それが歴史小説であり、時代小説なのです。
「彼ら(時代小説作家)が距離を置きたがるのは夏目漱石や森鴎外ではなく、大正期以降の文学」(関川、前掲書)
だったのです。

この項、つづく


丸谷才一
『日本文学早わかり』
講談社文芸文庫
定価:1,200 円 (税別)
ISBN4-06-198378-4