goo blog サービス終了のお知らせ 

一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
読んだ本の書評をお送りいたします。
活字中毒者のアナタのためのブログです。

実践的物語論(16) -ストーリーづくり【その8】

2007-02-02 06:14:34 | Criticism
江戸人の発見した「悪」の魅力というのは、次のような登場人物に現れています。

近代的解釈でニヒリストとして描くこともできる民谷伊右衛門(鶴屋南北『東海道四谷怪談』)、浜松屋の店先で小気味よい啖呵を切る弁天小僧菊之助(黙阿弥『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』いわゆる『白浪五人男』)、江戸のピカレスク・ロマン『天保六花撰』、などなど。

社会心理学的には、観衆には「しがらみ」となっている「善―悪」という道徳律、その彼岸にある人物に喝采をおくるという面もあるでしょうね。

でも、これらの「悪人」たちが、現在でも魅力を失っていないのは、なぜなのでしょうか。
前回は、そこにユングのいう「影(シャドウ)」の存在を読み取ってみたわけです。

その傍証となるのが、これらの魅力ある「悪人」たちが、現代の作品にどのようにパラフレーズされているかということ。
特に『天保六花撰』の登場人物たち(河内山宗俊、片岡直次郎、金子市之丞,森田屋清蔵、暗闇の丑松、三千歳)が登場する小説には、半村良『講談 碑夜十郎(いしぶみやじゅうろう)』、『藤沢周平『天保悪党伝』、北原亞以子『贋作天保六花撰(うそばっかりえどのはなし)』などがありますから、比較してみると面白いかもしれない。

これは小生の今後の課題として、例によって続きを再掲載します。


「夢独特の記憶のしかた」を考察する手がかりになるのが、「臨死体験」です。

ただし、前もってお断わりしておきますが、小生は、「臨死体験は『死の間際に見た脳の幻覚である』」という「脳内現象説」を採っていますので、誤解なきよう。
また「臨死体験は『あの世の証明である』」とする「死後の世界実在説」の方と、論争するつもりもありませんので、そのような方は、この記事はお読みにならないようにお断わりしておきます(なぜなら「信念」について論争することは不毛だからです)。

「臨死体験」談には、文化による偏りがあることはよく知られているところ。
日本なら「三途の川で船頭さんに追い返された」、キリスト教圏なら「キリスト様に会った」など。これが、キリスト教徒が「三途の川」に行ったなどと語ったという話は聞いたことがない。

その一方、かなり文化圏が違っていても共通していそうなのが、「あたり一面のお花畑」という話。しかし、砂漠に暮す人びとが、そう語るかどうかには疑問がありますけれど。
また、「暗いトンネルを抜けた」とか「光に向かって行った」とか「体から魂が抜けるのを見た」というのは、文化を問わず、かなり共通しているようです。

これらは、脳が一定の状態(例えば、側頭葉という脳の一部分が刺激される、とか、右大脳皮質の「角状回」と呼ばれる部分が刺激される、とか、脳内が酸欠状態になるとエンドサイコシンという脳内麻薬が発生する、などの説がある)になった場合に起る幻覚のようです。
しかし、その幻覚を「臨死体験」後に他人に語る場合には、変容を受けて(というよりは本人の意識で既に変容を受けて)、「三途の川」「キリスト様」「お花畑」「離魂」という情景となっている。

それに照らし合わせてみると、われわれが Ur-traum で受けた〈刺激→反応〉が、覚え易い記憶になる場合には、文化的な変容や人類共通の変容(ユング的な〈原型〉であり、エリアーデ的/神話的な〈モチーフ〉による)を受けているのでは、と考えられます。
小生、それを前意識で、と述べましたが、あるいはもっと違った説明がありうるのかもしれません。特に、神経生理学的に適切な用語があるのかもしれない。
いずれにしても、「臨死体験」を科学的に分析することは、「夢」の記憶/変容メカニズムを明らかにすることにつながるようです。

実践的物語論(15) -ストーリーづくり【その7】

2007-02-01 05:58:53 | Criticism
江戸の人びとは、独自の「悪」の発見をしました。

もともと、ドラマトゥルギーに「悪」の存在は欠かせないものですが、江戸時代当初は、主人公に敵対する、類型的な「悪」しか存在しなかったようです。
例えば『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』で、菅丞相(かんしょうじょう)を讒言によって配流に追い込む藤原時平(しへい)などがそうですね。
「公家悪」という藍の隈取りが、まさしく類型的な存在であることを示しています。

それが、「悪」の魅力を発見することになるのは、どうやら『水滸伝』の影響のような気がします(1773年に『本朝水滸伝』が成立、普及)。
しかし、『水滸伝』での「悪」は、「義」の主張によって社会からはみだし、盗賊にならざるを得なかった存在が主となります(だからこそ、宋江はうじうじ悩むのだし、最後には朝廷に帰順する)。まあ、例外といえるのは、無意味な殺人を繰り返す「黒旋風」李逵くらいなものでしょうか。

江戸での「悪」の魅力の発見は、やはり鶴屋南北あたりが最初でしょうか。
その後、 黙阿弥の世界は明治時代にまで及び、大衆小説の世界へも流れ込んでいきます。

かくまで、われわれが「悪」に魅力を感じるのは何故でしょうか。
一つには、「悪」に、われわれ読者は、一体化できない「影(シャドウ)」を投影しているから、とすることもできるでしょう。


前回述べたことが、限りなく妄想に近いのか、それとも何らかの建設的な意味があるのかは、「夢」に関する科学との整合性を確かめれば分ることでしょう。

そこで、アラン・ホブソン『夢の科学』なる書を取り出して、そこでの言説とつき合わせて確認してみよう、というのが、今回のねらい(著者は、ハーバード大学教授で神経生理学者)。

まずは、神経生理学的に見た、「夢をみている状態」とは、
「レム睡眠中の脳で、夢をみているときに弱まる精神機能(一風斎註・記憶、自覚、論理性、現実との参照などの機能)に伴って起きているのは、ノルアドレナリン細胞やセロトニン細胞の沈黙という現象である。ノルアドレナリンもセロトニンも学習、注意、記憶に、ひいては見当識や推論といった機能にも必要な物質とされている。
 そしてもう一つ忘れてならないのが、ノルアドレナリンやセロトニンからの抑制を解かれて活動が高まったコリン作動系だ。この系は、幻覚、連想、情動に関わる脳部位を局所的に活性化して、このような夢の特徴に貢献するのだと思われる。」

ここまでは、特に小生の述べたこととの齟齬はありません。というより、まず Ur-traum の記述に関しては、小生の言説は関係がないからであります。
ただ、現在の科学では、以上のように、「夢みること」を化学的変化として捉えているということを確認しておけばよい。

問題は、その「夢」はどのように記憶され、それが覚醒時にどのように変形されて発言されるか、ということでしょう。

まずは「夢」の記憶が難しいということ。それは前に引いた部分にもあるように、「夢をみている状態」では、記憶に必要なノルアドレナリン細胞やセロトニン細胞が「沈黙」してしまうから。
したがって、本書では、
「よく白黒の夢をみると感じるのは、記憶がうまく働いていないからだ。
 ちなみに、夢を少しも覚えていないとか(一風斎註・夢をみたことさえ覚えていない!)、逆にはっきり思い出せるとか、あるいは長い夢を思い起こせるといったことは、睡眠中の脳の活性化もさることながら、目覚めのコンディションにも深く関わっているのである。」
と説明する。

実践的物語論(14) -ストーリーづくり【その6】

2007-01-31 07:35:48 | Criticism
前回述べた「説話類型」には、まだ発見されずにいて、名まえも付けられていないものもあるでしょう。
また、新たに命名されたものもあるようです。

神話・伝説レヴェルで前に触れなかったものには、「異類婚姻譚」やその下位類型としての「白鳥処女説話(swan maiden)」などがあります。
"Wikipedia" の「物語の類型」という項には、新たなものとして「リセットオチ」「記憶消去オチ」なども挙げられていますが、これは神話・伝説レヴェルの類型とはやや異なった概念でしょう。

いずれにしても、これらの類型が、物語の下敷きとなっていることはけっこう多くあります。それだけ類型は、読者の感情(意識的/無意識的)に訴える力があるということだろうと思われます。

ただし、実作の面からすれば、下手に使うと、先の展開が見えてしまって、読者の感興を削ぐことともなりかねませんので、ご注意の程を。
その点では、歌舞伎における「世界」と「趣向」の関係も参考になるかもしれない。「趣向」に凝ったところがないと、「世界」が見え見えになってしまい、ややもすれば鼻白むことにもなるものです。


人間の想像力というテーマについて語る時に、「夢」の問題は避けて通ることができないでしょう。
普通、「夢」では日頃考えてもいなかったようなことが出てくるといわれます。
その情景にしても、登場人物にしても、セリフにしても、そしてストーリーにしても。
そう考えてみると、「夢」は人間の想像力がどこまで及んでいるかを確かめるための、一種のゾンデのようなものなのかもしれません。

しかし、「夢」といえども、けっしてデタラメなものではなく、そこには限界あるいは一種の秩序のようなものがあると、感じられたことはないでしょうか。
生物学的な限界ということはさておいて、拙稿(5)で述べたような意味での限界、ということにも関係してきます。

そこで、「夢」とはどのようなメカニズムで見るのかを考えてみましょう。

まず、「夢」を目覚めてからも反芻できるような形にしているのは、前意識的な解釈である、ということを確認しておきたい。
つまり、「夢」をある程度、筋のとおったもの(他人に概要が語れる程度)にしているのは、けっして「夢」を見ている最中の脳内での働きではない、ということです。
われわれ人間は、「夢」をそのままの形で認識することは、けっして出来ない、ということは、脳内の働きの結果生まれた、いわば原「夢」=Ur-"traum"を翻訳する必要が出てくる。それが、目を覚ます直前の前意識なのではないか。

その解釈の段階で関わってくるのが、ユング的な〈原型〉であり、エリアーデ的/神話的な〈モチーフ〉なのではないのか、ということが思い浮かんできます。

*今回のまとめ:われわれが「夢」と読んでいるもの/「夢」として語っているものは、Ur-traumそのものではなく、それを前意識で解釈した結果である。

実践的物語論(13) -ストーリーづくり【その5】

2007-01-30 05:21:09 | Criticism
さて、前回の廣野由美子『批評理論入門』には、神話や物語の「原型」として、「創造、不滅、英雄、探求、楽園追放、闘争、追跡、復讐など」が挙げられていました。

これらは作者からいえば「構想/モチーフ」であり、また「物語素」ということもできるでしょう。

この「物語素」をいくつか組み合わせたものには、それぞれ名まえが付けられていて、あるものは「貴種流離譚*」「勧善懲悪もの」「ピカレスク・ロマン」などと呼ばれています。
これらは「物語素」の上位概念として、「説話類型」と称することもできるでしょう。
*貴種流離譚 「高貴な生まれの人間がみずからの罪によって身をやつして遠い地をさすらい、その苦悩によって罪をあがなう」という話型を持つ物語、説話、神話、小説などをさす。折口信夫が発見した説話類型の一つ。『伊勢物語』の東下り、『源氏物語』の「須磨」「明石」、義経伝説における流浪など。

またまた、『吉原御免状』を引けば、主人公松永誠一郎を中心にしてみれば、典型的ではないにせよ、味付けとして「貴種流離譚」が使われている、ということもできるでしょう(後水尾天皇の隠し子としての松永誠一郎)。

また「貴種流離譚」とは反対に、「逆・貴種流離譚」とでもいうべき「成上り物語」もあるような気もします(同じ隆慶一郎作品では『影武者徳川家康』。その元は村岡素一郎『史疑 徳川家康事績』)。

これらの「説話類型」とは別に、江戸歌舞伎には「世界」という概念があったことも参考になるのではないでしょうか。
念のためにご説明しておきますと、
「歌舞伎の脚本は、「世界」と「趣向」とのからみ合わせによって構成される。
竪筋にあたる「世界」は時間性を、横筋にあたる「趣向」は空間性をもっている。
「世界」とは、脚本の背景となる時代、ストーリー、登場人物の役名とキャラクター、主要な場面の条件など、あらゆる面にわたって、大きな変更を許さない、作劇の大前提としての枠組みのことをいう。
例えば、――時代物では、前太平記、天神記、曾我、平家、義経記、六歌仙、太平記、太閤記など数多くの「世界」があり、世話物では、お染久松、八百屋お七、五大力、累、その他、様々な「世界」を数えあげることができる。
これらは、近年までの日本人ならば誰でもが知っている物語ばかりであったろう。この定められた「世界」の中に、どのような新しい味を持ち込むかの脚色の工夫が「趣向」と呼ばれた。変わらない大筋としての「世界」と、いかに変化させて新しく見せるかという「趣向」とは、松尾芭蕉の“不易流行”説とも通底するところがあるだろう。」(中山幹雄『近松 南北 黙阿弥-歌舞伎ノート』。適宜改行した)
ということになります。

実践的物語論(12) -ストーリーづくり【その4】

2007-01-29 07:50:40 | Criticism
ユング派で「影(シャドウ)」というのは、けっして否定すべきものではありません。
たとえ、それがいかに不快に思われても、自らの「エゴ」と同じ根っ子から生じていて、
「一方がなければ、他方も存在し得ない」
ものだからです。

前近代では、物語で「エゴ」と「影」とは、「善玉」と「悪玉」と捉えられていたようなのね。しかし、「殺人剣」に対して「活人剣」ということばもあるように、必ずしも敵対するものは、滅ぼさねばならない、という心理的な態度だけがあったわけじゃあない。
あくまで物語のストーリーの上では、より分りやすい構造をとっていた場合が多い、とした方が適切なのかもしれない。

それが、近代になり、物語の上では、「ライバル」という関係に投影されてきたわけです。
つまり、両者相まっての心理存在という理解が、ある程度はっきりしてきた。そこに「ライバル」の存在もあるわけです。

ここで、また『吉原御免状』を引けば、主人公(=作者/読者の「エゴ」の投影)松永誠一郎に敵対する、裏柳生のボス柳生義仙は、実に微妙な位置にいます。

最初の登場は、完全に「悪玉」なのですが、ストーリーが進むにつれ、必ずしもそうとは言い切れなくなる。
作者も書いていて、無意識の内、与える役割を徐々に換えていったのではないでしょうか。
最後でも、義仙は生き残る形になり、まさしく主人公の「影(シャドウ)」だったと思わせます。

エリアーデや「神話」がどこかに行ってしまいましたが、ご了承の程を。


文藝評論の立場で言えば、「ユングによる補助線」と小生が述べたことは、「精神分析批評」"psychoanalytic criticism" の「ユング的解釈」になります。つまり、
「優れた文学作品とは、フロイト派の言うように個人の抑圧された欲望の現われではなく、文明によって抑圧された人類全体の欲望を明らかにしたもの」(廣野由美子『批評理論入門』)
なわけです。

また「エリアーデによる補助線」は、「ユング的解釈」とは地続きの「神話批評」。つまり、
「個人や歴史を超えた人間経験の原型を、文学作品のなかに探し当て分析しようとする批評」(廣野、前掲書)
です。

さて、前回は「具体例がないと、説得力がない」と述べましたが、廣野のこの本で扱われたメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』の例を借りて、若干説明しておきましょう (この本では〈プロット〉とは分けて、〈モチーフ〉という用語が使われている。小生述べているところでは〈構想〉に当たりましょうか)。
「神話や文学に繰り返し現われるモチーフには、たとえば創造、不滅、英雄、探求、楽園追放、闘争、追跡、復讐など、さまざまな原型がある。」(廣野、前掲書)

として、作品『フランケンシュタイン』は、
「『英雄(救済者、救助者)が、困難な任務を果たすために長い旅に出て、怪物と戦い、解けない謎を解き、越えがたい障害を越えて王国を救って、王女と結婚する』(Guerin, p.162) という英雄物語の原型と比較してみよう。『ヴィクター=勝利者』と名づけられた主人公は、人類を救済する英雄たるべく、不滅の生命を探求する旅に出る。彼は生命の謎という『解けない謎』を解く(一風斎註・死体の部分を集め、新たな生命を生みだしたこと)が、自ら造り出した怪物との闘争に敗北し、試練を乗り越えることができない。(中略)英雄の原型をパロディ化した物語として読むことができるのだろう。」(廣野、前掲書)
とします。

さて、既成の作品をこのような観点から分析できることは分りましたが、それでは、実作の過程で、このようなモチーフは、意識的に使われるのでしょうか、それとも……。

実践的物語論(11) -ストーリーづくり【その3】

2007-01-28 03:39:00 | Criticism
「老賢人」といった場合、最近再読した本で思い出すのが、隆慶一郎の『吉原御免状』です。

この小説には、主人公の無垢の剣客松永誠一郎と、彼を世間に、そして剣の道へ導く謎の老人幻斎が登場します(実は、御免色里吉原を開いた庄司甚右衛門(甚内))。
この老人が、「老賢人」そのものなのね。

『吉原御免状』の記事でも触れましたが、ビルドゥングスロマンと「老賢人」とは相性がいい(たとえば、『スターウォーズ』でのヨーダなど)。
これが、吉川英治の『宮本武蔵』だと、沢庵和尚の役割となり、「老賢人」というより「メンター(mentor)」* になる。もっとも、講談ネタでの宮本武蔵には、塚原卜伝という「老賢人」の役回りが登場していたのですが、それが、よりリアルにということで沢庵に変形したのでしょうね。
*「メンター (mentor)」 「良き助言者、指導者、顧問」という意味。これに対して、指導を受ける側を「メンティー (mentee)」「プロテジェ(protege)」という。
ギリシア神話に登場する賢者「メントール」が語源だそうで、オデュッセウス王の友人で助言者、王の息子テレマコスの師も務めたようですから、元々。
「老賢人」とはさほどの違いはなかったのでは。

それはさておき、ライバル関係というのも、お話には付き物。
このライバル関係も、ユングの「影(シャドウ)」で説明がつきそうな気もします(とりあえずは、こちらを参照)。


前回は、ユングを補助線に引いて、物語のありようを妄想してみた。
今回は、エリアーデを補助線として使ってみようと思ったのが、これは大事(おおごと)になって、手に余ってくる。
そこで、物語に関する「よしなしごと」をいくつか。

昔話というのは、いわば神話の世俗化されたものと考えられる。
そして、その世俗化が一層進んだものが、われわれが日常享受している小説、あるいは映画、マンガという存在。
したがって、これらのフィクションには、どこか神話の尾っぽを引きずっている部分があるはずだ。
そして、われわれがその尾っぽを踏んでしまうと、犬や猫の場合と違って、驚くのはわれわれ自身なのだ。
というのは、ユングやエリアーデを引くまでもなく、われわれの存在の根っこが、正確に言えば想像力の根源が、〈神話〉にあるからではなかろうか。

(1)で述べたように、人間の「ストーリー/プロット変換機能」があることを認めた上で、ストーリーに因果律なりの線をどのように引くかは、既に〈神話〉に規定されているのかもしれない。
つまり、ストーリーはさまざまありえたとしても、そこに引く線のありようは、既に〈神話〉で出し尽くされているのかもしれない。

もちろん、実作者としての実感では、「手」はいろいろ考えられると思いますよ。
「しかも、小説や映画やマンガを読んだり、見たりしていると、感心する場合も多々ある。なるほど、巧い「手」を思い付いたな、とね。
でも、それはテクニックに類することで、ここで述べているようなこととは、かなり違う。
ここで述べているのは、お分かりのように、もっと大きな、フィクションで言えば「構想」レベルでのことです。
この「構想」レベルでのプロットが、〈神話〉で出尽くしているのかもしれない、という妄想を言っておるのです。
そういう意味では、シェイクスピアの作品などは、〈神話〉に近いところにいるのかもしれない。

実践的物語論(10) -ストーリーづくり【その2】

2007-01-27 05:31:16 | Criticism
文章を書いていながら、こんなことを言うのもナンですが、実際の物語づくりには役に立たないかもしれない。
そういう意味では、典型的な「羊頭狗肉」。まあ、それじゃあ酷すぎるなら、「狗頭羊肉」。あるいは、ニワトリを割くのに、牛刀を以てする類でしょうか。

でも、本日のユングの〈原型〉については、多少なりとも参考になるかもしれない。とくに、物語の分析にはね。
では……。


『竹取物語』の類話が、チベットにあるのを知ってました?
『斑竹姑娘』といい、
「彼女は竹の中から生まれ、母子家庭の一人息子に出会う。その後、領主の息子たちの無理やりの求婚を退け、めでたく主人公と結ばれるという話」
だそうです。
日本とチベットとは、直線距離にして3000~4000キロメートルも離れています。
どうして、これだけ離れた場所に、類話があるのでしょうか。

従来は、離れた地域に類話があると、A地点からB地点に伝わった、つまりお話が〈伝播〉した、と考えられ勝ちでした(あるいは、C点からAB両地点に伝わった。これを「伝播論」という)。
しかし、最近では、異なる地点で同じようなお話が発生しても不思議ではない、という考え方もかなりされてきているようです。
日本神話で言えば、海幸・山幸のお話と類似したものがポリネシアにあっても、それは伝播ではなく、人類共通の発想(想像力)によるもの。だから、ポリネシアから日本へ、人間の移動があった証拠にはならない、となってきている。

この「人類共通の発想(想像力)」という考え方を、ストーリー展開に妄想したのが、前回のお話でした。
今回は、それをキャラクター(登場人物)と絡めて考えてみようというわけ。

カール・グスタフ・ユングに〈原型〉(Archetypus)という考え方があるのはご承知のとおり。
〈原型〉には、
 1. 影
 2. アニマ/アニムス
 3. 父/母
 4. 老賢人
 5. 英雄/トリックスター
 6. 自己
が挙げられていますが、これを一種のキャラクターとして捉え、お話(仮称〈物語素〉)と絡めたらどうだろう、というのが今回提示する妄想です。

短絡的に言えば、〈影〉というのは、悪役でしょう。しかも、それは単なる「悪」ではなく、無意識に抑圧している自己の部分でもある(その辺が、ゾロアスター教的な「善悪二元論」とは違う)。
つまり、
「私が生きなかった私の半身であり、実は無意識に私の行動を支配している隠れた力」
ということになります。
アニマ/アニムス以下の〈原型〉については、ご興味のある方は、各自お調べください。

実際に、アーシュラ・ル・グイン(『ゲド戦記』)やら、誰やらのファンタジイは意識的に、これらの〈原型〉が使われているということですから(ユング→キャンベル→『スターウォーズ』という線もある)、まんざら妄想というわけではない。
これと前回述べた〈物語素〉とを結びつけると、いかなることになるか、それが妄想の妄想たる由縁であります。

実践的物語論(9) -ストーリーづくり【その1】

2007-01-26 07:35:40 | Criticism
さて、今までのご説明で、主人公が動き始めたでしょうか。

もし、動き始めたとなると、今度はストーリーをどうするか、という問題が生まれてきます。しかし、物語づくりは各人各様の方法があるようで、特にコツといったものもないようです。

ですから、ここでは遠回りになりますが、人間の想像力について考えてみたい。
かつて、「人間のストーリー/プロット変換機能について」という文章で、人間の想像力に関しての考察を行ないましたが、ここで再掲載をして、その地点から話を続けたいと思います。


人間の想像力には、ひょっとしたら限界があるのかもしれない。
限界というと誤解を生じるかもしれませんが、今まで生みだされたお話を分析していくと、いくつかの基本パターンに収斂されてしまうのかもしれない、ということです。

ふと、そう思うようになったのは、ヨーロッパの昔話の研究書で、お話に番号がふってあるのを見た時です。つまり、コード番号のようなもの、ATh 851とかが、お話に付いてるんですね。
これは、フィンランドのアンティ・アールネという人が、自著『昔話の型目録』
で分類したもので、今ではスティース・トンプソンが『昔話の型』で増補改訂した〈アールネ/トンプソン・タイプ・インデックス〉という番号が使われているようです。

これは国際的な昔話の比較研究のために設けられた番号で、例えばAT1620は、The King's New Clothes で、
「詐欺師が王のために着物を作るふりをし、嫡出子にしか見えないものだと言う。王も家来たちも皆、着物が見えないと認めることをおそれる。最後に子供が嘘をあばく」(『裸の王様』の類話は、インドにもあるそうです)
という内容だから、まだ物語の原型のようなものにまでは、及んでいない。
ただし、今でも「裸の王様」というのが、「耳に快い言葉ばかり聞かされて、現実を直視できず、会社を倒産させてしまった経営者」の喩えに使われるように、かなり人間の想像力をかきたてる物語の原初的力はもっているみたい。

けれども、これを進めていくと、いずれは〈物語素〉のようなものに行きつくような気がする。
「ああ、この話は、〈物語素A〉と〈物語素B〉とを〈結合要素C〉で組み立てて、
〈物語素D〉で結論づけているな」
というような会話が、いずれは文藝評論の世界にも登場したりして。
そうなると、オリジナリティーなんてものも危うくなってくる。

もう1つ、登場人物に関してですが、こちらはユングの〈原型〉なんぞという考え方が、小生の妄想をかき立てるのですが……。

実践的物語論(8) -「主人公」のネーミング【その3】

2007-01-25 06:19:39 | Criticism
歌舞伎の場合、実際に起った事件でも、本当の名前を使わない、というルールめいたものがあります。
よく、江戸幕府の規制によって、と説明されていますが、作者側からは、ある「世界」に当てはめるためだと説明が返ってくることでしょう。

例えば、『仮名手本忠臣蔵』を見てみると、浅野内匠頭が塩冶判官、吉良上野介が高師直といったネーミング――塩冶判官と高師直は室町時代初期の実在の人物です。
つまり、この狂言は『太平記』の世界に当てはめられている。
しかも、塩冶には赤穂の名物「塩」が、高師直の「高」には吉良の「高家筆頭」が懸けられている、といった凝り具合。

狂言作者は、最初から『太平記』の世界に、赤穂事件のお話を持って行こうとした、というよりは、塩冶判官と高師直を発見したことから逆算して、『太平記』の世界に仕立てた、という気配が濃厚です(この辺りの事情は、丸谷才一氏の『絵具屋の女房』所収のエッセイは「吉良上野介と高師直」をご覧ください)。

また、次のようなパターンがあることも忘れてならないでしょう。
「無位無官の人名でも、監物、勘解、玄蕃、丹下などと名乗る人の十人が八九人は悪人、郡内、郡藤太などという人の十人が十人は悪。釆女、伊織、求馬、要人、隼人などという名は善人であるのはどういうわけか」(道陀楼主人『羽勘三台図絵』。泡坂妻夫『写楽百面相』より現代語訳引用)

実践的物語論(7) -「主人公」のネーミング【その2】

2007-01-24 03:04:30 | Criticism
さて、これらのネーミングとはひと味違ったところを狙う方法があります。
アルファベットを使うやり方です。
例えば、カフカの『城』(1921、2年の執筆)がこの手。主人公は測量技師のKでありました。

人間の具体的な属性がはがされ、数学の公式のように抽象的な存在になってくる。主人公の主観から見れば、アイデンティティーがあやふやになり、当然、自分を取り巻く外界も自分との関係性を薄くし、悪夢じみた時空間になってくるわけです。

いかにも、戦間期の不安な時代を反映していますね。音楽での「12音技法」や、絵画での「シュールレアリズム」にも一脈通じる所がある。
このように、既視感があるのに、手応えのない空間で、アイデンティティーを失った人間が行動する、というのが、この手法で狙っている線なんでしょう。
一方、単なる匿名の代わりという場合もある。
大正時代の作家、例えば芥川などは、小説『将軍』で「N将軍」という表現を使っているし、エッセイ『本所両国』では出版社の社員を「O君」としている。

これは、単に意匠の新規性しか狙っていないものと思われます(最先例は鴎外の『青年』における「Y県」などか?)。
また、この方法だと固有名詞特有の指向作用が弱い。それならいっそ、漱石のように「甘木先生」(漢字「某」の分解)などとした方が良い、と小生は考えます。

アルファベットを使ったネーミングですが、最近これがちょっと変形されてきている。
M本、S藤、N島の類いですね。
これは、むしろ、物事をはっきりとは言わない、曖昧にしたい、むき出しの自己主張はダサイ、という心理傾向から生まれてきているのではないか。「おぼめかし(わざとはっきりさせない、曖昧にする)」表現の一種と思われます。
「わたし的には、こう思いますけど……」
「油絵みたいなものが、好きなんだけど……」
という口語表現と同根でしょう。

「おぼめかし」ではないのですが、意識的に本名を微妙に変えたネーミングというのもあります。
これはノンフィクション的な小説や、モデル小説などによく使われます。

「実際の事件」ではなく「フィクションの出来事」ですよ、と煙幕を張っているのか、それとも名誉毀損で訴えられるのを怖れてなのか、理由が今ひとつはっきりしませんが、「小泉純一郎」を「大泉純二郎」に変える、といった手法ですね。

ただ、歴史小説の場合は、さすがに「織田信長」を「小田伸長」にしたり、「豊臣秀吉」を「豊田英吉」にしたりする、というのは見たことがない。
やはり、現代モデル小説の場合は、名誉毀損の問題が大きいのでしょうか。

今、「歴史小説の場合は」と述べましたが、これが江戸時代に生まれた義太夫浄瑠璃(文楽)や歌舞伎などになると事情が違います。
次回は、その辺から話を始めましょう。