エネルギー危機で番狂わせが始まる【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
グーネットマガジン より 230408 池田直渡(いけだ なおと)
文●池田直渡
3月22日。東京では電力逼迫警報で大騒ぎになっていた。ギリギリの綱渡り。テレビの生放送で「今すぐテレビを消して下さい」と身も蓋もない発言をしてスタジオを凍り付かせたエネルギーの専門家が話題になり、筆者も電力ピークの時間は家中の電源を落とせる限り落として、布団にくるまっていた。それでも、首都圏ではエリアによって停電が発生し、そのエリアはどこまで広がるかわからない状態だった。
3月16日に福島県沖で起きた最大震度6強の地震によって、東北電力の2つの火力発電所が損壊し、150万kWの発電量を喪失した。そして22日、関東から東北にかけて、折悪しく「寒の戻り」で気温が急低下。加えて広い範囲で雨天となった。
中国、アメリカに次ぐ世界第3位の発電量を誇るわが国の太陽光発電の発電能力は、関東以北に関してはこの日限り無くゼロだった。近隣から融通しようにも、全滅に近い状態だった。こうしてわが国の電力インフラは危機的状況を迎えたのである。
いわゆるグリーンエネルギーの中で、この時、頼ることができたのは揚水型水力発電だけだったが、当然貯水量には限りがある。水を使い切ればアウトという瀬戸際で、国民が「電力各社が驚くほどの節電行動」を取ったお陰で、まさに首の皮一枚で、綱渡りができた。次も同じ状況を超えられるかどうかは神のみぞ知るという際どさだった。
どんなに太陽光発電パネルを増やしても、降れば発電量は限り無くゼロになる。その場面で、発電量を調整できるのは、あらゆる発電方式の中で、火力発電所だけだ。「化石燃料を燃やすなんてカーボンニュートラルに逆行するとんでもない行為だ」というご意見は心情的にはよくわかるのだが、今後、ああいう危機が度々来て、その度に電力危機に立ち向かう覚悟が本当に日本国民全員にあるのかを真剣に考えなければならない。
「バックアップ用に火力発電をキープしておけば良い」という声も耳にするが、晴れの日には使わないその設備の建設・維持のコストはどうするのか? 我々は晴天用と雨天用の大規模発電系統を二重に持つことができるのか?
それは、乱暴を承知で言えば、電力料金が2倍になる選択肢である。しかもそのいざという時の備えのバックアップ設備の負担は、法的な義務付けも無しに、東電を初めとする大手電力会社10社が、彼らの義務感だけで支えている。
しかも、発電量に余裕がある時は、新電力各社が好き放題安いプランを用意して、「あなたもエコな電気に切り替えませんか?」などの美辞麗句でシェアを切り崩されてしまう。「緊急時対応は大手10社に丸投げ、調子の良い時は新電力が稼ぎ放題という制度設計で本当に大丈夫なのか」という議論は、電力自由化の時から、ずっと指摘されて続けていたのだ。
危機に直面しているのは日本だけではない。欧州も大変だ。長期的な上流投資の不足(外部リンク)によるエネルギー価格の記録的暴騰に加えて、ウクライナ危機の勃発で、バックアップとして当てにしてきたロシアの天然ガスが見込み通りには使えなくなった。
カーボンニュートラル急進派のドイツでさえ、慌てて石炭火力発電の整備に入った。平時には調子にのって「プランBなどない。何故なら地球Bはないからだ」とズバッと断言したフランスのマクロン大統領は、EUで目の色を変えて石炭を買いあさっている国々に対して、猛抗議すべきではないか? それとも状況が変わればプランBはあるのだろうか?
皮肉を言っても始まらない。こういうリスクに備えるには、結局マルチソリューションしかない。これも長らく言われて来たことだ。当たり前の話である。
もちろん、われわれは、地球温暖化抑止のために、可能な限り再生可能エネルギーでの電力調達を増やさなければならない。しかし、同時に気象変動時のバックアップを確保する必要がある。とすれば、需要地から離れた ── それは天候や風の条件が全く関連しない、数千から数万キロ離れた ── 地域での太陽光や風力をどう利用するかを工夫し、システム化していくしかない。
理屈から言えば、赤道に近く太陽光が豊かな低緯度で、かつ降水量の少ない天候の安定した地域で、カーボンニュートラルの新たなエネルギーを作り出すプランが最も理想的だろう。より具体的に言えば、沙漠みたいな場所でエネルギーを生産することだ。
上にあげた気象庁作成の「世界の年平均降水量分布」図を見れば明かだが、茶色が年間降水量100ミリ未満、焦げ茶は同100〜200ミリ、オレンジで200〜300ミリだ。日本は2000ミリ級で太陽光発電には降水量的に極めて厳しい。欧州も日本よりマシとは言え、有望とはとても言えない。
ではどこが該当するかと言えば、一目瞭然、アフリカから中東にかけた低緯度地域。南北アメリカの西岸、豪州が太陽光発電のポテンシャルエリアである。しかし、これらの地域で発電したとして、需要地である人口密集エリアまで、何万キロもの距離を高圧線を引っぱって、電力を供給するのは現実的とは思えない。例外となりうるのは北米西海岸くらいだろう。
となれば、発電後、運べるエネルギーに変換する以外に方法はない。だから水素やe-fuelにするのだ。もちろん変換すれば必ずロスが発生するが、輸送できなければ意味がない。
電気を変換してできるのは水素だ。水素はマイナス253℃が沸点で、それを超えると気化してしまい体積効率が落ちて運び難くなる。その水素をもう一度変換するとe-fuelになり、常温で液化して輸送は楽になる。
液化水素の保冷に費やすエネルギーと、e-fuel化のロスのどちらが大きいか。そしてそれぞれのインフラ整備のコストがどうなるかで、主流が決まるだろう。特にe-fuelには、長年使って来た石油輸送と販売のインフラがほぼそのまま全部使えるメリットがある。
マツダはスーパー耐久シリーズにバイオディーゼル燃料を使用するMAZDA2 Bio conceputで参戦している
俯瞰的に考えるとこういうことだ。ウクライナの一件で、民主主義国は、非民主主義国と経済的紐帯を深めるリスクを目の当たりにした。短期では作り笑いをしてでも、付き合うしかないだろうが、中長期的には再度資源を盾に脅迫的交渉をされるリスクが高い。経済活動の継続性を考えれば、市場経済が自然にデカップリング(経済の連動を断ち切ること)に向かうことは避けられないだろう。つまり長期的には自由経済世界からロシアの資源は失われる。この世に無かったことになる。今後の流れによっては中国もそうかもしれない。
自由経済諸国の企業が、これから先の未来を描こうとすれば、世界から失われた分のエネルギーをどういう形でか補完するしかない。と言って、やはり中長期的には「化石燃料に戻りましょう」というわけにはおそらくは行かないだろう。
だとすれば、従来民主主義諸国が利用してきたエネルギー相当量をどこかでカーボンニュートラルの理念に沿って生み出して補うしかない。それは例えばOPEC+に代わるカーボンニュートラル時代の産油国(水素かもしれないが)への期待、いや熱望とも考えられる。
OPEC+の構成国の中には石油の収益で全国民が無税という国もある。資源にはそれだけの富を生むポテンシャルがある。とすれば、こうしたプロジェクトに世界の投機マネーが向かう可能性は十分に考えられる。従来は「時間をかけて育成していきましょう」程度の期待しかかけられていなかった水素とe-fuelは、デカップリングを見据えて、一刻も早く実用段階に仕上げて、世界のエネルギー問題の一部を支えてもらいたいという期待が高まりつつある。
ということで、自動車の世界でも、水素やe-fuelへの期待値は自動的に上がることになるだろう。まさかウクライナ危機を予見していたなどということは無いだろうが、日本の自動車産業は、常にマルチソリューションへの対応を念頭に置いてきたことが、奇しくも報われるかも知れない。
ではどこが該当するかと言えば、一目瞭然、アフリカから中東にかけた低緯度地域。南北アメリカの西岸、豪州が太陽光発電のポテンシャルエリアである。しかし、これらの地域で発電したとして、需要地である人口密集エリアまで、何万キロもの距離を高圧線を引っぱって、電力を供給するのは現実的とは思えない。例外となりうるのは北米西海岸くらいだろう。
となれば、発電後、運べるエネルギーに変換する以外に方法はない。だから水素やe-fuelにするのだ。もちろん変換すれば必ずロスが発生するが、輸送できなければ意味がない。
電気を変換してできるのは水素だ。水素はマイナス253℃が沸点で、それを超えると気化してしまい体積効率が落ちて運び難くなる。その水素をもう一度変換するとe-fuelになり、常温で液化して輸送は楽になる。
液化水素の保冷に費やすエネルギーと、e-fuel化のロスのどちらが大きいか。そしてそれぞれのインフラ整備のコストがどうなるかで、主流が決まるだろう。特にe-fuelには、長年使って来た石油輸送と販売のインフラがほぼそのまま全部使えるメリットがある。
マツダはスーパー耐久シリーズにバイオディーゼル燃料を使用するMAZDA2 Bio conceputで参戦している
俯瞰的に考えるとこういうことだ。ウクライナの一件で、民主主義国は、非民主主義国と経済的紐帯を深めるリスクを目の当たりにした。短期では作り笑いをしてでも、付き合うしかないだろうが、中長期的には再度資源を盾に脅迫的交渉をされるリスクが高い。経済活動の継続性を考えれば、市場経済が自然にデカップリング(経済の連動を断ち切ること)に向かうことは避けられないだろう。つまり長期的には自由経済世界からロシアの資源は失われる。この世に無かったことになる。今後の流れによっては中国もそうかもしれない。
自由経済諸国の企業が、これから先の未来を描こうとすれば、世界から失われた分のエネルギーをどういう形でか補完するしかない。と言って、やはり中長期的には「化石燃料に戻りましょう」というわけにはおそらくは行かないだろう。
だとすれば、従来民主主義諸国が利用してきたエネルギー相当量をどこかでカーボンニュートラルの理念に沿って生み出して補うしかない。それは例えばOPEC+に代わるカーボンニュートラル時代の産油国(水素かもしれないが)への期待、いや熱望とも考えられる。
OPEC+の構成国の中には石油の収益で全国民が無税という国もある。資源にはそれだけの富を生むポテンシャルがある。とすれば、こうしたプロジェクトに世界の投機マネーが向かう可能性は十分に考えられる。従来は「時間をかけて育成していきましょう」程度の期待しかかけられていなかった水素とe-fuelは、デカップリングを見据えて、一刻も早く実用段階に仕上げて、世界のエネルギー問題の一部を支えてもらいたいという期待が高まりつつある。
ということで、自動車の世界でも、水素やe-fuelへの期待値は自動的に上がることになるだろう。まさかウクライナ危機を予見していたなどということは無いだろうが、日本の自動車産業は、常にマルチソリューションへの対応を念頭に置いてきたことが、奇しくも報われるかも知れない。