ラティハン日記

ラティハンと人生の散歩道

雑記帳25・やっぱりねえ

2019-06-01 | 日記
かつて先輩から「ラティハンをやっていればそれだけで全てがうまくいく、というものではない。」と口を酸っぱくして言われたものです。

「世的な事は世的なルールに従え」とも言われました。

今になって振り返ってみれば、まさにその通りでありました。

ラティハンには確かに恩恵があります。

しかしながらそれを頼りにして、自分たちが当然受けなければいけない教育やら訓練、そうして思慮深い行動を抜きにして世の中を渡っていけると考えるのは誤りであります。

人並みの事は人並みに行う。

そこでは手抜きは許されません。

そういうものでありました。


それは我々が食べる食べ物と同じであります。

一つの食物から全ての栄養素を取る事は不可能です。

そのような万能の食物はありません。


同様にラティハンの性質は「良いもの」ではありますが、それだけでは人間の生活は成立しないのです。

そうでありますから、我々は普通の人と何ら変わりのない学習、訓練、生活体験が必要なのであります。

その上でのラティハンでありましょう。

そうであってこそ、ラティハンの成果、結果と言うものも現われてくる、表現する事が可能になる様であります。

そうして、この辺りの事はバパも十分に承知されていたと思われます。

そういうこともあってラティハンを始める事ができる最少年齢を決められた様にも思われます。<--リンク


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