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愛とは??性欲ではなく、尊敬であるという考察

2017年06月22日 | 人生を変える方法
どうしても、カルト宗教の教祖はハーレムやら側室を作り、自分の血統を絶やさないよう、婚外子を作りたがります。
相手と性的な関係を持ちたいと思う事は、本能的な部分なのですが、人間における性欲は動物の性欲とは少し事情が違うと考えます。
動物は一年間365日に性欲がありません。
繁殖期、つまりサカリが来た時しか異性、性行為を求めないですよね。
しかし、現在の人間はそうではない。
一年間毎日、性行為までとはいかないにしても、常に異性を気にしてあわよくば理想の異性がいたら射止めたいという気持ちがあります。
また、此の世はインターネットやら、テレビ番組や音楽やファッションなど、全て性的な想いを想起させるように、より過激になっています。そういう刺激に晒された現代において、性欲をコントロールするのは至極難しい事なのです。
そして、世の中全体の価値観が、『恋愛は良い事だ、性的経験をたくさん積むことにより、理想の相手を見つけやすくなるし、人間としてレベルが高い』という価値観が氾濫しています。
例えば、歌手のアイコさんなどは、『私、彼氏が居なかった時期はありません』と発言しており、これに対して世の中は何も反応しない。
『あぁ、単なるセックス依存症なんだな』という簡単な話しなのですが、多くは、『異性を惹きつけるだけの魅力があり、異性との駆け引きが上手い女子なのかな?』とプラスで捉える傾向があるのもまた事実です。
沢山の異性と交際し、沢山異性と性的関係を持った人が、パートナー選びがうまく、幸せな人生を送っているか?と考える時、それは間違いなくノーです。
そういった沢山異性との交際遍歴を持つ人は、何か上手くいかなくなったり、寂しくなると、過去の関係のあった異性と秘密裏に連絡を取り、慰めて貰うという、言わば慰めの場へ直ぐに逃げ込むだけ、逃げ場が沢山あるだけだからです。
逃げていても、問題は解決しませんし、ましてや、伴侶がいるのにも関わらず、他の異性に癒しの場所を求める行為自体、背信以外の何物でもないでしょう。
つまり、異性的な経験が多い少ないは、その人の人間性に何にも関係しないということで、返って逃げ口上ばかりする、害ばかりなのです。
ですから、この世の価値観はかなり狂っているということがはっきりと分かります。
さて、カルト教祖は、ハーレムを作りたがりますが、恐らくカルト教祖も教団設立当初はこの世の富や異性、権威などには興味を持たなかったと思います。
しかし、教団が大きくなれば、それを乗っ取ろうと考える人が出て来ます。それは人ではなく、霊的なサタンかもしれません。
彼らは、教祖の心の隙間に入って来ます。
好みの異性や、富、名声など、多くの人を救うためには必要だと曖昧な口実を立てて近づいてくるのでしょう。
そして、それらの罪を一度犯してしまうと中毒になってしまう。
そして、性的行為が清らかなものだと勝手解釈するようになる。
結果的に自分自身がこの世の快楽や富、名声を手に入れ、それを追い求めてていることを忘れ、サタンの手に堕ちてしまうのです。
ですから、教祖から性的行為やら関係を求められて断ることは尊敬する行為だと言えます。
性的行為やら関係を受け入れれば相手は必ず特別扱いしてくれますが、その先には必ず堕落があるのですから。
異性における尊敬、愛とは難しいものだと言えますね。
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