ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

成都からやって来た開拓者

2007年09月11日 | 友人

 「オリエンテーションで配られたファイルに入っていたClass AdvisorのBio(biography:経歴)の中で、Yoichiroのを見てすごく鼓舞されたんだ。色々聞きたいことがあるのだけれど、ランチでも食べに行けないかな?」

 来週からの授業スタートをひかえ、ごった返すケネディスクールのラウンジで興奮気味に話しかけてきたのは、今年MPP(Master in Public Policy)プログラム入学してきた中国出身のChun(春)君。僕の経歴のいったい何がそんなに彼の心をつかんだのだろう?

 尋ねてみると、彼は息を弾ませながらこう語ります。

 「ケネディスクールはインターナショナルだと聞いていたのに、MPP(Master in Public Policy)プログラムはアメリカ人が本当に多いので驚いているんだよ。確かに中国人も含めて留学生もいるけれど、殆どアメリカの大学を卒業したり、英米の企業で働いた経験のあるヤツラばかり。」

 「僕は中国といっても、ハーバードでよくいる香港や上海、北京といった沿岸部の都会とは全く違う、外国人もほとんど見かけない内陸の都市、Cheng du(成都)で生まれ育って、海外に出るのはこれが初めて。正直、自分の英語にすごく不安だし、この環境に相当焦っているんだよ。オリエンテーションで質疑応答の機会が多くあったけれど、皆早口なんで、全然わからなかったんだ・・・」

 「ちょっと暗い気持ちでいたところで、YoichiroのBioが目にとまったのさ。僕と全く同じような境遇で、一年たったらClass Advisorなんてやっているって!こんな鼓舞される話はないよ!!色々聞きたいから、是非是非、ご飯を食べに行けないだろうか?」

と一生懸命話してくれる彼を見ていて、

 「正にこのためにClass Advisorに志願したんだよなぁ!」

と、それだけで感慨深い気持ちにさせられます。という訳で、意気投合した二人は、Kennedy Street沿いに最近オープンしたばかりの日本風レストラン「Wagamama(ワガママ)」に繰り出しました。

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 「Wagamama」はラーメンや焼きそば等、この辺りではあまりお目にかかれないメニューが結構安く楽しめることもあり、昼時はかなりの混雑。少し待ってから席に着くと、まずは二人でそれぞれの名前を漢字で書いて交換します。発音は違えど、紙に書けば基本的に同じ漢字。"Chun"と耳で聞くよりも、「春」と漢字で書いてもらうと一層親近感が増すしまた忘れにくい。どうやら彼も同じ感想を持ったよう。お互い不慣れな英語に苦労していることもあってか、会ったばかりなのに昔からの友人のような気分に自然となるのだから、言葉って本当に不思議です。

 また話をするにつれ、彼も成都では僕と同じ公務員だったことが判明しました。しかし彼は国費留学制度を利用している訳でも、奨学金をもらっている訳でもなく、コツコツ貯めたお金とローンで何とかハーバードの高額の学費とケンブリッヂの生活費を賄っていくとのこと。しかも、成都で暮らす彼の同僚や友人達にとって、アメリカに留学するなんていうのは頭の片隅にも入ってこない選択肢だそうで、留学に向けての情報集めや勉強も正にたった一人の戦いだったとのこと。

 僕よりも何十倍も険しかったであろうケネディスクールへの道。では何故そのような厳しい環境の中、敢えてアメリカ留学を決意したのか?こう尋ねた僕に、春君は強い視線をこちらに向けながら語ってくれました。

 「中国の中央政府は色々改革を進めようとしているけれど、地方には全くその気運が伝わらない。官僚主義がはびこっていて、職員の士気も下がるばかりだし、人民のために仕事をする体制がまるで整わっていないんだ。でも、5年近く働いて一番悔しかったのは、そういう環境の中にあって、自分はそれを変えるための知恵も力もないということ。無力な自分を成長させて、中国政府を変えたいと思ったんだ。そのためには、まったく違う環境と視点で政府について考え、自分を鍛えしかないと思って、アメリカを、その中でトップのハーバードを目指そうと決意したんだよ。」

 「ものすごく共感するし、春のそのスピリットと行動力、そして努力に本当に圧倒されるよ。じゃぁ、卒業後は成都政府に戻るのかい?」と僕が尋ねると、彼は首を振りながらこう答えます。

 「いや、それは無理だよ。今の政府ではアメリカに留学したって何にも評価されない。だから、今のシステムにそのまま乗っかって出世を試みる気はないね。でも、いつか必ず中国にもっと大きな変化が訪れる時が来る。その時に、人民に必要とされる能力を身に付けておいて、政府の責任あるポストにつければ、とおもっているんだよ。」

 こう堂々と語る春君の表情は、ついさっきまでの不安そうな新入生の顔ではなく、確固とした志をもって未来を見据える開拓者のようです。

 さらに僕は、その開拓者が乗り越えてきた想像をはるかに上回る困難に驚かされることになります。

 「実を言うと、僕は去年入学する予定だったんだよ。2006年に出願してその春に合格通知をもらっていたのだから。でも、アメリカ滞在用のVISA取得手続きに6か月以上かかって、結局去年の入学に間に合わなかったんだ。」

 「領事館に何度通ったことか・・・何しろ前例がない話だから、向こうも要領が悪かったし、こちらも色々と不手際があったせいで、領事館から「9月入学には間に合いません」と言われた時にはもう・・・本当にすべてが終わってしまったかのような、絶望的な気分にさせられたよ。政府を辞める手続きは済ませてしまっていたしね。」

 何と、本来なら春君と僕は同級になるはずがVISAの手続きで一年間も足止めを食らってしまっていたのです。それでも、彼は明るい表情でこう続けました。

 「でも、ケネディスクールが一年遅れてでも入学を許可してくれて本当によかった。それにこんなことがあったから、今後は成都からアメリカに留学する若い人たちは、いらない苦労をしないで済むと思うんだ。」

 カバンから取り出した僕への質問一覧を見ながら、授業のことや生活のことなど、一生懸命尋ねてはメモを取る春君は、これまで誰も歩んだことのない道を、志一つで切り開いてきた正に開拓者であったのです。

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 「色々ありがとう、大変そうだけどYoichiroをならって頑張るよ!」といって握手を交わした春君と別れてから、ふと以前に読んだ魯迅の「阿Q正伝」の最後の一節が頭に浮かんできました。

 「希望というものは、もともとあるというものでもないが、ないというものでもない。ちょうど地上の道のようなものだ・・・
 じっさい地上にはもともと道はないのだが、歩く人がおおくなれば、自然に道になるのだ。」

 遠く中国は成都から道なき道を歩み、ケネディスクールまでたどり着いた春君との出会い。そう、ケネディスクールは世界中から様々な道を歩んできた者たちが集う人生のクロス・ロードなのだ。

 皆、そこで切磋琢磨しながら、新たな希望に火をともし、卒業後、また道なき道を切り拓いていく。

 明日から2年目の授業が始まり、卒業まで残り9カ月。僕は果たしてどんな道をつくっていけるのだろうか?

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
東京からの開拓者(になりたい) (三年寝太郎)
2007-09-17 13:36:09
ikeikeさん

まずは、クラスアドバイザー就任、
本当におめでとうございます。

いつもブログを楽しく拝見していますが、
(春さんほどではないにせよ、)
彼と似たような悩みを持ち、
留学実現に向けて苦しんでいる自分にとって、
非常に鼓舞される話だったので、
コメントさせて頂きました。

ところで、ikeikeさんのブログでは、
「鼓舞」という言葉が頻繁に出てきますが、
原語ではどういう単語なんですか。

それから、阿Q正伝からの引用文も、
人生や社会の本質を鋭く考察していて、
本当に良い言葉ですね。さすが魯迅。

こういう本は、仕事や留学準備の合間に
読まれたのですか。
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>三年寝太郎さん (ikeike)
2007-09-26 03:50:19
こんにちは。コメント有り難うございます。お返事が遅くなってしまってごめんなさい。

確かに、留学という大きな選択を前に悩み、道を切り拓く際の苦労や苦悩は大きいものですが、一方で目標を達成しようと努力する人であれば、誰しもが歩む道なのですよね。

ちなみに、「鼓舞される」という表現はInspiredを訳したものです。「阿Q正伝」は高校生の時に読みました。
では、留学準備頑張ってください。「東京からの開拓者」待ってますよ!
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