ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

ソフトパワーとリーダーシップ

2006年11月06日 | ケネディスクールの授業

  社会人の皆さんは、日々、職場で様々な上司に接することと思います。また、自分自身が上司として部下に接するシーンもあるでしょう。時に、皆さんの理想の上司像ってどんなものですか?

①すごくおっかなくて頭ごなしで、失敗した時の大目玉を想像するだけで鳥肌が立つけど、指示に対して上手く結果を出したときには、報酬や昇進という形でしっかりと評価してくれる上司?

②常に部下とのコミュニケーションをしっかりとって、「なぜそれをやらなければならないのか」をじっくり説明してくれる上司?

③指示を出すときに、あまり説得的な説明はないけれど、「この人の言うことなら!」と不思議とついて行きたくなる考え方や人となりを普段から示している上司? 

  という訳で(どういう訳で?)今日は「Soft Power, Hard Power and Leadership」とのテーマで開かれた、ジョセフ・ナイ教授の特別講義に参加しました。ジョセフ・ナイ教授はアメリカでもっとも著名な国際政治学者の一人で、カーター政権で国防次官代理、クリントン政権で国防次官補を務めた後、1995年から2004年までケネディスクールの学長であった人物です。

          

 

 彼はもともと、国際政治の伝統的なコンセプトである「パワー・ポリティクス」に対峙する理論として「相互依存論」を打ち出した人物ですが、2004年に著書「Soft Power: The means to Success in World Politics」の中で、国際政治の新たなコンセプト-「ソフトパワー論」を提示したことで知られます。「ソフト・パワー」とは、彼の著書によると・・・

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The basic concept of power is the ability to influence others to get them to do what you want. There are three major ways to do that: one is to threaten them with sticks; the second is to pay them with carrots; the third is to attract them or co-opt them, so that they want what you want. If you can get others to be attracted, to want what you want, it costs you much less in carrots and sticks.

        

(権力とは他人をして自らの望むことをするよう影響力を及ぼす力のことである。その主たる方法として以下の3つが挙げられる。一つは、相手を「ムチ」で脅す方法。二つは相手に「アメ」を与える方法。三つ目が、自分の望むことを相手が望むよう彼らを魅了し味方に取り込む方法。この方法は、「アメ」や「ムチ」に頼る方法よりもよっぽどコストが低い。)

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とあり、アメとムチ(経済力や軍事力=Hard Power)ではない、第3の力、具体的には政治理念や文化の魅力に裏打ちされた国力として定義付けられています。このように「ソフト・パワー論」自体は、国際政治を理解する上での一つの思考の枠組みですが、今日の特別講義は、それをリーダーシップ論に捉えなおし、情報技術とグローバル化の進展によりますます不確実性を増す社会における、あるべきリーダーシップを提示するというものでした。

 冒頭の質問に戻ると、ナイ教授の定義では、①のパターン、つまり上司が「職責として」与えることのできる報酬や罰に基づくリーダーシップは「ハード・パワー」、②・③のパターン、つまり上司が「単なる人として」与えることの出来る魅力やコミュニケーションに基づくリーダーシップが「ソフト・パワー」ということになります。

 そして、それぞれのパワーを構成する重要な要素として以下を挙げていました。

【ハード・パワー】

①組織力(Organizational Capacity):意思決定に必要な情報を集め、決定した内容を伝える組織内ネットワークや、メンバーの「やる気」を引き出す報酬体系を作ることの出来る能力。

②政治力(Political Skill):いわゆる「組織内政治(力学)」に対する鋭い嗅覚を持っていて、敵を増やさず味方を増やしていく能力や、メンバーを「やる気」にさせる「しかる力(減給や解雇を含む)」「諭す力」「ごまかす力」を持っていること。

【ソフト・パワー】

①感情的知性(Emotional Intelligence):自制心や他人に感情移入できる能力を持ち、メンバーがその熱意を自発的に受け入れるような、人格的魅力を持っていること。

②コミュニケーション能力(Communication):自分の言葉や経験を用いて、効果的なコミュニケーションを取ることの出来る能力。必ずしも、大勢の前で「感動的な」スピーチをすることの出来る能力が必要なわけではなく、一対一のコミュニケーション能力が何よりも大切。

 ナイ教授はこのような形で、リーダーシップの二つの大きな源泉を分類されたのですが、彼が強調していたのは、ソフト・パワーに満ちた(ハード・パワーを持たない)リーダーが望ましいリーダでは必ずしもないということです。情報化やグローバル化によって、変化のスピードが増している現代社会において、あるいは、同一人物がそのキャリアの中で、政府や民間企業、あるいは非営利組織など、多様な組織のリーダーを務める可能性が高まっている時代において、リーダーシップのあり方は、組織やそのメンバーの特徴や置かれた状況により変わりうるからです。そういう状況の中で、効果的なリーダーシップを発揮するために必要な能力として、ナイ教授は「Smart Power」を提示されました。

 「Smart Power」とは、自身のおかれた状況(Context)を的確に読み、自身のリーダーシップのスタイルを、Contextやメンバーのニーズに応じて、臨機応変に変えていくという能力と定義付けられていました。「Smart Power」を考えるにあたり、留意すべき点としてナイ教授が挙げていたことは、

① リーダーの性格(trait)と技量(skill)を区別して考えること(状況に応じてフレキシブルに対応を変えるということは、必ずしも、リーダーの性格を変えることを意味しない)、

② リーダーに必要な技量と、マネージャーに必要な技量を区別して考えないこと(ハード・パワーの要素としてあげたOrganizational Skillはマネジャーとして求められる技量でもある)、

という2点でした。

 こういう内容の講義を1時間ほど聞いていたのですが、「言うは易し、行うは難し」な内容ばかり・・・一体どうやったら、そんなスキルが身につくのだろう?!と「悶々と」してきたため、その後の質疑応答でナイ教授に質問をぶつけてみました。

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筆者:「バランスの取れたリーダーシップを身に付けるために、私達は日々の仕事や生活の中でどのようなことを心に留めておくべきでしょうか?」

ナイ教授:「説明したように、リーダーシップのあり方は組織やそのメンバーのコンテキストによって変わりうる。また、今の若い世代は最初の10年間のキャリアで5回は職場を変わるといわれている。よって、一つの物事を様々なコンテキストから考えることが重要である。このことは、リーダーシップを考える際のアプローチについても当てはまり、だからこそケネディスクールでは、リーダーシップ論の講義について、複数の教授による様々なアプローチを提供するようにしている。」

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 多くの人は、「リーダーシップ」なんて、机上の学問では決してなく、経験・実戦あるのみ!と考えるかと思います。しかし、過去の様々なリーダーのケーススタディに基づく、リーダーシップの類型を意識しながら、自分の行動や思考様式を客観的に捕らえなおす作業も、リーダーシップを涵養していく上で、必要な作業なのではないか、と感じた次第です。

 昨年は、11月の頭にケンブリッヂに初雪が降ったそうですが、今年のケンブリッジはまだまだ穏やかな秋日和。教室を出ると、今日も、レンガ造りの町並みが秋の日差しに美しく映えていました。    

    

 

    


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして (MAlo)
2006-11-08 21:48:40
濃い内容をすらすらと読ませる文章力に脱帽しております。
とても刺激になる内容なので、
これからもblog続けてください。
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>MAloさん (ikeike)
2006-11-09 00:52:30
 こちらこそはじめまして。ブログを読んでいただき、コメント有難うございました。「濃い内容がすらすら読める」文章(ありがとうございます!)になったのは、ナイ教授の説明が分かりやすかったからだと思います。こちらの教授は難しいことを分かりやすく、かつポイントを絞って教える能力に長けているように思いました。
 ネタは溢れかえるほどあるので、あとは「継続は力なり」を旨に地道に続けていこうと思います。
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