ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

中間選挙

2006年11月08日 | 日々の出来事

 昨日はアメリカにとって、あるいは世界の多くの国々にとって大きな意味を持つ一日でした。日本でも大きく報道されているとおり、中間選挙で民主党が大勝利を収め、アメリカ政治の、そして国際政治の大きな地殻変動がはじまった一日だったと言えるでしょう。

 そもそも中間選挙とは、連邦議会の下院議員(435名)すべて、100名の上院議員の3分の1、そして全米の多くの州(今回は36州)の知事選挙の同日選挙のことで、日本にたとえて言えば、衆議院と参議院の総選挙と全国の都道府県知事選挙が同日に行われることになりますので、そのインパクトの大きさが想像できるかと思います。

 なぜ「中間」選挙かといえば、4年に一度行われる大統領選挙の折り返し地点にあたる年に行われるからであり、今回であれば、ブッシュ大統領のこれまでの成果が有権者によって評価される、大統領にとっての「中間試験」の意味を持ちます。主にイラク政策の失敗が明らかになるにつれ、大統領の成績(支持率)は徐々に下がりつつありましたが、今回の中間試験でとうとう「赤点」がついたことになります。つまり、連邦議会の下院の多数派が共和党から民主党に移ったため、(上院は現在なお票の集計中である最後の1州の結果次第です)、日本と異なり、行政府(大統領)に予算や法律の提出権限がないアメリカでは、議会の基盤を失った大統領ができることは極めて少なくなってしまうと言えます。

 という訳で、「マサチューセッツ州民主党本部?」とも言えるほど、教授陣や学生の民主党色の強いケネディ・スクールは昨晩は大賑わいでした。日ごろ講演会や討論会が行われるJohn F. Kennedy Forumはまるでパーティ会場のように装いを変え、夜7:00から開票直前の結果予想や、大画面に映し出された選挙速報を見ながら盛り上がる「Election Night Celebration」というケネディスクールならではのイベントが催されました。

 Swing State(選挙結果が共和党と民主党の候補者間で“揺れる州”、つまり接戦の州)における民主党候補の当選確定が報じられるたびにフォーラムは歓声に包まれますが、ひときわ大きな歓声が上がったのが、連邦議会選挙ではなく、地元マサチューセッツ州知事選挙の結果が報じられた時でした。なぜなら今回の州知事選挙はまさに「歴史的」な意味を持つものだからです。

    

 この写真の人物が、今回新たにマサチューセッツ州知事に選ばれた民主党のDeval Patrickです。この選挙結果は文字通り「歴史的」であったのですが、それは、

① 民主党が16年ぶりにマサチューセッツ州知事の座を奪還したこと

② 1990年から1994年までバージニア州知事を務めたL. Douglas Wilder氏に次ぐアメリカ史上二番目、マサチューセッツ州では初めてのアフリカン・アメリカン知事が誕生したこと、

からです。彼はシカゴの南部で生活保護を受けていた貧しい家に生まれ育ち、奨学金でハーバード大学およびハーバードロースクールを卒業した後、NACCP(National Association for the Advancement of Colored People:全米有色人地位向上協会)の弁護士を務めながら、米国におけるマイノリティの地位向上のための草の根の活動をしていました。その時に当時アーカンソー州知事だったクリントンと知り合い、クリントン政権時に市民権担当の司法長官補として1994年から3年間活躍しました。その後、彼はテキサコ(今年6月にシェブロンと合併した石油会社)の法務担当責任者、コカ・コーラの取締役副社長を務めた後、今回の知事選に名乗りを上げた訳です。

 このように、彼のキャリアで特筆すべきは、草の根政治活動家、連邦政府の高官、そして大企業の幹部と政府・民間企業そして非営利団体のリーダーを経験していること、にも拘らず、マサチューセッツ州の政治にこれまで関わったことのない、アウトサイダーであったということです。

 僕自身、7月にボストンで暮らし始めて以来、テレビの選挙CMで、あるいはケネディスクールのフォーラムで企画された民主党候補者3名による予備選に向けたディベートを通じて、彼の主張に接していましたが、彼がもっとも力を込めるのが、多様な組織でのリーダーとしての経験に加え、

「Every candidate has great ideas. The point is can we change the culturer of Beacon Hill, so that the good idea has a chance to be carred out」 (候補者は誰もが良いアイディアを持っている。問題は、そういういいアイディアがしっかり実行されるために、ビーコン・ヒル(マサチューセッツ州政府および議会の別称)のカルチャーを変えることが出来るかどうかだ)

というものでした。

 こうした歴史的な結果をもたらした今回のマサチューセッツ州知事選挙でしたが、アメリカならではの問題点が浮き彫りになった選挙でもあったように思います。

 僕自身、翌日のBoston Globe(地元紙)で知ったのですが、なんとも信じられないことに、あちこちの投票所で投票用カードが足りなくなるという事態が発生したのです。このため、州の選挙管理事務所は急遽、投票カードを運ぶべく車を差し向けたのですが、何せ平日の夕方、せっかく用意した車は大渋滞に巻き込まれて動けなくなったとか。結局、警察のパトカーを動員し、サイレンを鳴らしながら投票所にカードを届けるというドタバタぶり。

 この珍事が冗談ですまないのは、こうした事態が発生した投票所が、マイノリティー(アフリカン・アメリカンやヒスパニック系の人々)が住む、所得の少ない地域に集中していたということです。さらに、当局のこの「言い訳」を聞いた時には、ことは非常に深刻だと思わざるを得ませんでした。曰く、

「われわれの予想をはるかに上回る投票率だったため、対応が後手に回った・・・」

 ここから透けて見えるのは、「低所得者(マイノリティー)はどうせ選挙に来ないのだから、投票カードを十分に用意する必要はないだろう」という思考の前提です。 

 日本から見て、アメリカは誰もが選挙や政治に関心を持っているように見えますが、実は、国政選挙の投票率は1960年から1995年の平均で54%弱、日本(71%)より低く、OECD諸国の中では、ポーランド・スイスに次いで、下から3番目の数字です("Electoral Participation" Mark N. Franklin)。この数字の背景として挙げられるのが、教育水準が低く、総じて政治への関心が低いといわれる低所得者の存在です。そして、アメリカの低所得者層が人種的マイノリティーに偏っているのもまた事実です。

 そういう意味では、「低所得者(マイノリティー)は選挙に来ない」という前提は統計的には正しいのかもしれませんが、民主主義の根本的な権利である投票権を、一人一人の有権者が、不自由なく発揮できる環境を整えることをしないとは一体どういうことでしょうか。

 全く事例は異なりますが、昨年の8月末、巨大ハリケーン、カトリーナがルイジアナ州やフロリダ州を襲った際、水没してしまったニューオリンズ市のことを思い出しました。海抜ゼロメートル以下に位置するニューオリンズ市が水害に脆弱であることは、かねて指摘されていたのにも拘らず、有効な対策は何一つ採られなかった。また、現在でもなお、この地域の多くが半ば放置される形になっている。そして、そこの住民の多くが低所得者のアフリカン・アメリカンやヒスパニック系の人々であるということ・・・

 市民権運動から45年たった今なお、米国政府のこうした行政資源の配分を見ると、マイノリティ軽視の傾向が浮き出ているように思えてなりません。マサチューセッツ州初のアフリカン・アメリカン知事、パトリック氏がこうした社会の矛盾を変えるために、これまで様々な分野で培ってきたリーダーシップを存分に発揮されることが望まれます。

 また、投票カードが届くまでの間、多くの有権者が、マサチューセッツ州初のアフリカン・アメリカン知事誕生にどうしても貢献したいという思いで、寒風が吹き込む小学校の体育館の投票所で、長い人では3時間近く待ち続けたのだそうです。仮に、日本で同じようなミスが起こったら、皆すぐに家に帰ってしまうのでは、と思うのは僕だけでしょうか?

 社会の矛盾を変えていくには、こうした有権者の強い思いと、それに応えるリーダーの誠実な行動力の二つがやはり欠かせない、という気持ちに改めてさせられた珍事でありました。


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2 コメント

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ご無沙汰しています! (いくこ)
2006-11-22 01:06:18
MLで紹介してもらって以来、ブログ楽しく読ませてもらっています。かつ、私個人的には懐かしい場所等固有名詞がばんばん出てきて、ものすごく読み込んじゃってます。
投票所の用紙がなくなるなんて、日本では考えられないこと。とても興味深く読みましたが、これって本当アメリカらしいね。
これからも、アメリカで色々と経験し、こうした話を共有してくれると嬉しいです。気の利いたコメントはなかなか残せないかもしれないけど、日々色あせていくアメリカの記憶が呼び起こされ、とても刺激になります。
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>いくこ (ikeike)
2006-11-22 15:26:49
久し振り!そしてコメント有難う。相変わらず不器用でバタバタしているけど、一日一日を大切に、一人一人との出会いを大切に、この貴重な二年間をすごしたいと思っています。いくこさんのブログのように、目と心に優しい美しい、写真達も出来るだけ載せていきたいと思ってます。東京もこれから寒くなるだろうけど、体に気をつけて仕事頑張ってね!
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