ゆめ未来     

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世界の涙の量は常に不変である 幻夏

2021年05月10日 | もう一冊読んでみた
幻夏  太田愛    2021.5.10    

テーマは、冤罪

尚と拓の二人の兄弟と母、水沢香苗の愛情の物語。
尚と拓は、ふたりして楽しい少年時代を過ごしていた。拓は、成長して父、柴谷哲雄の悲劇を知らされる。拓の驚愕と絶望。そして、取った行動とは。
その時に、尚の下した悲しい決断。
鑓水、修司、相馬と鳥山は、尚を必死に助けようと努めるのだが。

尚と拓の人生を思うと暗い気持ちになってしまう。
ただ、ひとつ、救われるとするならば、少年時代の思い出。輝いていた楽しく幸せな日々が確かにあったこと。
浮かばれないものは、足掻いても、足掻いても、沈むばかり。這い上がれる日は来ない。
笑う奴は、どんなときでも笑っている。




 「どうして二十三年たった今になって興信所を?」
 「見つからないからです。二十三年たっても」
 道理はあっているのだが……


 「そいつは『叩き割り』だ」
 「『叩き割り』ってなんだ」と、修司が相馬に尋ねた。
 「決定的な物証がない場合、取り調べであらゆる手段を使って被疑者を精神的に追い込み、自白させる。そういうやり方のことだ。実際、冤罪事件のほとんどには自白がある」
 「ほとんどって……じゃあ、やってもないことを自白するのは珍しくないてことか」


 乗鞍は押し殺した声で相馬の耳元に囁いた。
「おまえに将来がないのはおまえの自己責任だがな、たった今、倉吉に将来がなくなったのは全部おまえのせいだからな。倉吉はおまえの口車に乗って将来を棒に振ったんだ。この、疫病神が」
 乗鞍は掴んでいた腕を突き放すと大会議室に入っていった。


 「僕は、この事件から外されたようですね」
 「ええ。後悔していますか」
 「後悔しています」
 そう言うと倉吉は深いため息をついた。
 「事件から外されては、今後どんな事実を掴んでも上に上げる窓口がない」
 その通りだ。相馬は胸の中で呟いた。そのことを、もう少し早く思いついてつれたらなお良かったのだが。


 相馬は、初めて倉吉にあった時、案外、撃たれ強いかもしれないと思ったのは間違いではなかったと思った。上にあげる窓口を失ったが、倉吉は戦力になる。本部が動かない以上、自分たちだけで香苗と拓の行方を突き止めなければならないのだ。

 「しかし日本では、裁判でどのような証拠を開示するかは、基本的に検察官の判断に委ねられている」
 修司は怪訝な顔で振り返った。
「『検察官の判断』って、どういうことだ」
「日本の刑事訴訟法では、弁護側には捜査機関が保有する証拠の全面的な開示を求める権利が認められていない。つまり、捜査機関が集めた証拠のうち、どの証拠を開示するかは検察官が決めるんだ。だから、尾上サクの証言を裁判で証拠として使わなかったのはあくまで警察官の権限における判断であって、犯罪ではない」
 修司は愕然と相馬を見つめていた。
「そんな馬鹿な……」
 相馬には修司の気持ちが手に取るように解った。修司は、捜査で見つかった証拠はすべて裁判に提出される、少なくとも隠せば罪になると思っていたのだ。


    『 幻夏/太田愛/角川書店 』



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